何とも平和な国10


ノアが目を覚ましたとき、隣にクラウツはいなかった
けれど、寂しさは感じない
昨日の言葉が心に残っていて、思い出すだけでもノアは満たされていた
隣国の姫にはお詫びの手紙を書き、またパーティでも開いてもてなそう
そうすれば、クラウツは安心するのだから
便箋をもらいに行こうと廊下へ出たとき、一人の召使いが駆け寄って来た

「王子様、今すぐこちらへお越し下さい。王様と王妃様がお帰りになられました」
「父上と、母上が!?」
久し振りに両親が帰って来たと聞き、ノアの目が輝く
「はい、こちらです」
ノアは、早足で召使いの後をついてゆく
辿り着いた玄関口には、すでに大勢の人がおり、その中心に二人はいた


「父上、母上!」
ノアは声を上げ、両親に駆け寄る
その声に召使いたちはさっと道を開け、脇に寄った
「おお、ノア」
立派な髭を蓄えた王は、にこやかにノアを迎える
隣で、王妃も上品に笑った

「ノア、長い間、寂しい思いをさせてごめんなさい」
柔らかな、おっとりとした口調で王妃が告げる
「いえ。執事がおりましたから、寂しくはありませんでした」
そう、執事が、クラウツがいてくれたから、両親がいない寂しさを忘れることができた
もう、その執事に必要以上に接することはできなくなってしまったけれど、悲しい顔は見せないよう努めた

「そうだ、まずお前に知らせねばな。ノア、私達は世紀の大発明に成功したのだ!」
「世紀の大発明?」
「ええ、多くの人々が喜ぶものですよ」
長い間城を留守にして、一体どんなものを発明したというのか
科学が好きなノアは、それを早く聞いてみたくて仕方がなくなった
王も、それをいち早く伝えたいのか、ノアがせかす前にその大発明を取り出した


「大発明とは、これだ」
取り出されたのは、一粒の小さな薬
いたってシンプルな白いカプセルは、見ただけではなぜ大発明なのかわからなかった
「これは、何の薬なのですか?」
どんな難病でも直す万能薬だろうか
それとも、どんなまずい料理でも美味しくする調味料にだろうか
いろいろな推測が飛び交ったが、その効果は予想だにしない効果を持ったものだった

「これは、誰でも子を生めるようになる薬なのだ」
王は、高らかに言った
とたんに、周囲がざわつく
「誰でも・・・と、いうことは、高齢者や、病気で子を宿せなくなった者もですか?」
「もちろん、その者達も含まれる。
だが、この薬の凄いところは、誰でも、というところなのだ」
誰でも、というところを強調され、ノアははっと気が付いた

「もしかして・・・男性も、含まれるのですか?」
その答えは正しかったのか、王は頷き、王妃はにっこりと笑った
ノアは絶句し、その薬を凝視した
誰でも、子を宿すことができる
それを使えば、自分にも

「父上、母上、申し訳ありませんが、少しだけここで待っていて下さい!」
そう思った瞬間、ノアは駆け出していた
何事かと驚いている召使いたちの視線を無視し、廊下を全力で走る
この身に、子を宿すことができるのなら
何もかもが、全て幸せな形になるかもしれない




廊下の先にクラウツを見つけたとき、ノアは一直線に駆け寄った
「クラウツ、来てくれ、今すぐ来てくれ!」
昨日のことがあるので、クラウツはわずかにたじろぐ
しかし、ノアがやけに興奮しているのでただ事ではないのだろうと、クラウツは腕を惹かれるままに駆け出した
玄関に召使いはいなくなっていたが、王と王妃はまだそこにいた
駆けてきた二人は、目の前で止まる

「国王様、王妃様、ご無沙汰しております」
腕を掴まれたままでも、クラウツは丁寧に礼をする
「うむ。クラウツ、ノアと共に居てくれたこと、礼を言うぞ」
王に言われ、クラウツは一瞬だけ目を伏せ、また一礼した

「父上、母上、お疲れでしょうが、聞いてほしいことがあるのです」
ノアは、クラウツに寄り添う
両親の前で何をしているのかと、クラウツは身を話そうとするが、ノアに腕をまわされ引き止められた
「お願いします、その薬を使わせて下さい。
僕、クラウツとの子を宿したいのです!」
その言葉に、ノアを除く、全員の目が点になる
滅多に表情を変えないクラウツにも、動揺が見てとれた

「王子、どういうことなのですか」
何の説明もなく衝撃的なことを言われ、流石のクラウツも動揺していた
「父上と母上が、誰でも子を宿せる薬というものを発明したんだ!これで、お前と・・・」
「お、お待ち下さい。執事である私などと・・・」
てっきり喜んでくれると思っていたのに、見当違いのことを言われ、ノアは眉根を下げる
そんなとき、凛とした王の声が響いた


「クラウツ、お前は、ノアを愛しているのか?」
王に問われ、クラウツは言葉に詰まる
ノアは、愛しい者をじっと見詰め、答えを待つ
身分違いだと咎められるかもしれないが、ノアは信じていた
クラウツが、本当の気持ちを言ってくれることを

「・・・・・・はい。私は、王子のことを愛しております」
間を開けた後、クラウツは王の目を真っ直ぐに見て言った
その答えを聞き届け、王は大きく頷いた
「そうか、わかった。ノア、この薬はお前に授けよう」
「ありがとうございます!」
満面の笑みで、ノアは王から薬を受け取った

今では笑顔を浮かべているノアだが、さっきまではとても緊張していた
自分の執事を愛してしまったなどと言えば、何を血迷ったことを言っているのかと、呆れられても仕方がない
まさか、王も王妃も、自分の子がこの発明品を使うことになるとは思っていなかっただろう
けれど、相手が同姓だろうが、身分違いだろうが、それでも認めてくれた
薬を受け取ったとき、ノアは言葉では言い表せないほどの感謝の念を抱いていた

「それでは、私達はしばらく休みます。クラウツ、ノアのことをよろしくお願いしますね」
王妃に微笑みかけられ、クラウツはふかぶかと頭を下げた




王と王妃が見えなくなったとき、ノアはたまらずクラウツに抱きついた
「これで、跡取りの心配はなくなったんだ。・・・お前に、触れてもいいだろう?」
お互い、跡取りのことだけを心配していた
けれど、大発明のおかげで、もう気兼ねすることはないのだ
それを嬉しく思っているのはクラウツも同じなのか、ノアをそっと抱き返した

「・・・はい。どうぞ、お好きなだけ触れて下さい」
了承の返事が返される
もう触れられないと思っていた愛しい相手に、これからも触れることができる
これからは、何に咎められることもないと思うと、感激せずにはいられなかった
「愛してる・・・クラウツ、お前のことを、誰よりも愛してる・・・」
とめどなく思いが溢れ、言葉に変わってゆく
制約がなくなった今、この言葉を抑える必要はなくなった
クラウツは、ノアを抱く腕に力を込め、言葉に応えた

「クラウツ、僕と・・・僕と、契りを結んでくれないか・・・?
・・・お前とずっと、一緒にいたいんだ・・・」
秘めていた想いを、今告げた
契りを結ぶことは、婚姻することと同じ
それは、クラウツも理解していることだった

「私などでよろしいのなら、いつまでも王子のお傍におります」
クラウツは、ノアの瞳を見詰め、そう告げた
「クラウツ・・・!」
ノアの瞳に、温かい涙が溢れる
思わず、クラウツの首に腕をまわし、引き寄せる
クラウツは自分からも首を下げ、ノアと、唇を重ねていた




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
次の一話で終わる予定です
そして、いつものようにいかがわしくなる予定です←