何とも平和な国3
(2ちゃんねる、ペケペケのネタが含まれます)


今日、ノアは外出できずにいた
先日できた靴ずれのせいで、普通の靴を履いて歩くだけでも痛い
午後はずっと室内で過ごすことになり、このままでは間違いなく暇を持て余しそうだった

「王子、今日は勉強でもしましょうか」
珍しく、クラウツの方から提案してくる
「勉強か・・・」
好きではないことだったが、やはりこのまま暇を持て余すよりはましだ
それに、クラウツがどんな方法で教えてくれるのか興味があった

「よし、そうしよう。お前は、何を教えてくれるんだ?」
「そうですね、王子は科学がお好きなようなので、その分野から始めましょうか」
まさに自分の好きな科目を言い当てられ、ノアは目を丸くした
なぜ科学が好きだとわかったのかと聞こうとしたが
昨日、いろんな薬品を買ってきていたのを見たら、それもわかるかと思い直した

「では、私が問題を出しますから、答えてみてください」
「ああ、科学分野なら任せておけ」
勉強とあらば、教科書やら参考書を使うと思っていたが、それを準備する様子はない
形式ばった勉強法ではなさそうで、ノアは少し楽しみになった
「まずは簡単なことから。雪が溶けると、何になりますか?」
本当に簡単な問題で、ノアは拍子抜けする
そんなこと、幼稚園児にだってわかりそうなものだ

「そんなの簡単だ、み・・・」
水、と言おうとしたところで、待てよと思い言葉を止める
この意地悪いクラウツが、そんな簡単な問いかけをするだろうか
普通に答えては、馬鹿にされてしまいそうな気がして、ノアは今思った言葉以外の答えはないかと考えた


「・・・わかった!答えは、雪が溶けたら春になる、だ!」
水以外の答えを思いつき、ノアは自信満々に答えた
だが、室内に、どこか冷えたような空気が流れる
もしかしたら、素直な答えを出したほうがよかったのだろうか
クラウツは少しの間ノアを見ていたが、やがてふっと目を伏せた

「・・・まあ、いいでしょう。では、次の問題です。
塩酸にある物質を入れると、何かを発するようになります。
思いつくだけの組み合わせを答えてみて下さい」
さっきの答えが正解かどうかも告げぬまま、次の問題が出される
何にせよ、訂正はされなかったので悪い答えではなかったのだろう

ノアは新たな問題に、頭を切り替える
塩酸と言えば、様々な化学反応を示すことのできる定番の薬品
この反応を何種類答えられるかで、知識を測ろうとしているのだろう
しかし、さっきのことを思うと、これも一筋縄ではいかない問題に違いない
ありきたりな組み合わせを言うのはやめようと、ノアはまた考えた


「・・・・・・よし、わかった!塩酸にトカゲを入れると奇声を発する!これでどうだ」
ノアは自信たっぷりに答えたが、再び冷たい空気が流れた
クラウツはその答えに笑うことなく、ただ、さっきより少し長くノアを見ただけだった

「・・・科学はもういいでしょう。王子、苦手な分野はありますか?」
また、正解を告げぬまま話を変えられる
でも、やはり訂正はされなかったので、良い回答だったのだろう
「そうだな・・・あまり進んで勉強しなかったのは・・・人体だな」
動物の体の仕組みには興味を持っても、人の体のことはあまり気が進まなかった
人体模型は悪夢となって出てきそうなくらいグロテスクだし、骸骨は絵を見るだけでもぞっとする
それだから、未だに一人で参考書を開けないでいた

「・・・人体ですか」
クラウツはぽつりと呟き、何かを考えるように視線を遠くへ向ける
できれば、あのグロテスクな絵を見ることなく進めてほしいとノアは願っていた
その絵が怖くて勉強したくないなんて、口が裂けても言えない

「では、お尋ねしますが、王子は子孫の残し方はおわかりですか?」
人体模型や骸骨とはほど遠い質問に、ノアはほっとする
「それなら、前に母上が教えてくれた。女性が排泄するところに、男にしかないものを差し入れて、初めて命が宿るのですって教わったんだが・・・
正直、それだけで子供が宿るとは思えない」
それは、とても抽象的な教え方で、露骨なことを嫌う王妃ならではの表現だった
しかし、その抽象的な教えは、ノアに間違った解釈をさせてしまっていた

「まあ、厳密に言えばそうですね。それだけではできませんが」
「だろう?男が女性専用のトイレに入るなんて、人目を忍んでもみっともないことだ。
それに、そんな簡単なことで命が生まれるなんて、とても思えない」
「・・・は?」
クラウツは、ノアの言葉が理解できないというように、小さく言葉を漏らす
ノアが母親から教わった説明の解釈は、最初から、完全に間違っていた


静寂の後、クラウツはほんのわずかに口端を上げる
それは、ノアの答えに初めて示した反応だった
「王子は、豊かな発想力をお持ちなのですね。
・・・良い答えでしたので、何かご褒美を差し上げましょうか」
今の答えでよかったのかと疑問が浮かんだが、褒美という言葉にノアの目が輝いた

「褒美?何だ、何か面白い暇潰しでも教えてくれるのか?」
クラウツのことだから、普通のものではないだろうと期待する
「具体的には決まっておりません。なので、王子が望んで下さい。
それが、私にできることであれば遂行いたします」
「僕が、望むのか」
褒美とあれば、相手から与えてくれるものだと思っていたが、今はそれを自由に、自分で決めてもいいのだ

どんなことを願おうかと、ノアは真剣に考える
折角、クラウツがこう言っているのだから、簡単に手に入る物ではつまらない
どうせなら、物ではなく、この執事にしか頼めないことがいい
ノアはしばらく考えた後、口を開いた

「よし、決めた。クラウツ、お前の腕に触れること。それが望みだ」
「私の腕に、ですか?」
クラウツは不思議そうに問い返したが、それはノアにとって意味のあることだった

「王子がお望みならば、ご自由にどうぞ」
クラウツが、ノアの前に立つ
ノアは少し遠慮がちに、クラウツの腕を掴んだ
服の上からでも、その腕が細いことが分かるが、はっきりと感じたものは、それだけしかない
これでは、本当に望んでいることが叶わない
そう思い、ノアはまた少し遠慮がちに、クラウツの服をまくって素肌に触れた

服の上からとは全く違う、素肌の感触が掌に伝わる
それと同時に、人の温かい体温も
兎に触れたときから、こうして誰かの温度を感じてみたかった
柔らかな肌の感触もあってか、兎とはどこか違う温もりを感じる
そして、やはり、その体温は心地良いと思えるもので、ノアはじっと、掌から伝わる感覚に集中していた


「王子は、温かいものが好きなのですか」
「ん?あ、ああ、そう・・・だな。そうみたいだ」
クラウツの言葉に、ノアは気付いた
自分は、誰かの温もりを求めているのかもしれないと
両親に構ってもらえないせいだろうか、兎と戯れたときも、クラウツに触れている今も、どこか、安心感を覚えていた

「それでしたら、もっと温かいものがあります」
クラウツは一旦ノアの手を解き、どこからか小さなナイフを取り出した
何をする気なのかと、ノアは不思議そうに観察している
すると、クラウツはナイフの刃を腕に当て、さっと一線を引いた
「ク、クラウツ!」
とっさに、ノアが叫ぶ
目の前で滴る鮮血は、最も嫌う、真っ赤な液体だった

「これは、人肌以上に温かいものですよ」
触れるか触れないとか、そんな問題ではなかった
今、眼前で、血が流れている
目が見開かれ、動けない
ノアが硬直していると、クラウツはだらりと下げられた手を取り、自分の腕に触れさせた

自ずと、生温かい液体の感触が伝わる
温かいものは感じるが、それはとても嫌な温度で、とたんに息が荒くなってゆく
瞬きができず、目を逸らすこともできなくなった

「・・・王子?」
その呼びかけに、もう答えられない
ノアの目の前はさっと暗くなり、体が崩れ落ちていくのを感じていた




目を覚ましたとき、もう嫌な感触はしなかった
今寝ているのは、自分のベッドの上で、すぐ傍の椅子にはクラウツが座っていた
「王子、気が付かれましたか」
まだぼんやりとする頭を、声の方へ向ける
一番に見たのは、さっき切った腕で、服の下に包帯が巻かれているのがちらりと見える
もう血は出ていないのだとわかると、ノアはほっとした

「申し訳ありません。王子がこれほど血が苦手だとは知らず、余計なことをしてしまいました」
「いや・・・もう、手当てをしたならそれでいい」
ノアは腕から視線を外し、クラウツを見る
本当に心配したのだろうかという、いつものクラウツの表情
けれど、たいしたことではないことに、おろおろとうろたえられるよりはよかった


「クラウツ、腕を見せてくれ」
無言で、包帯が巻かれた腕が差し出される
ノアはその服をまくり、もう血が滲んでいないかと確認する
包帯は白く、赤い色は少しも見えなくて、またほっとした

「それにしても・・・お前は、いつも驚くことをしてくれる」
何の躊躇いもなく腕を切り付けたクラウツを思い出すと、急に不安な思いが沸き上がってくる
もう、同じ光景は二度と見たくない
ノアは、思わずクラウツの手を取っていた

「僕を驚かせることをする、それはいいが・・・
・・・もう二度と、自分を切り付けたりするな」
強い視線を向け、そう告げたが、クラウツは顔色一つ変えない
それがまた不安になり、両手でクラウツの手を強く握った
まるで、この不安を掻き消してほしいと願うように

「頼むから・・・もう二度と、僕に、お前の血を見せてくれるな」
ノアは頭を垂れ、祈るように言った
王子である自分が従者にこれほどものを頼むのは初めてのことだが、不思議と恥は感じなかった
クラウツはしばらくの間、無言でノアを見詰める
静寂な後、クラウツはその思いに答えるように、やんわりとノアの手を握りかえした

「・・・わかりました。これからは、自分の身を一番に考えるようにします」
少しひっかかる言葉だったが、ノアはとりあえず安堵した
そんなとき、ノアは、思った以上にクラウツを気に入っているのだと自覚していた




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
ノアのおかしな回答は、2ちゃんねるの面白回答をまとめた動画のネタで
トイレのくだりは、ペケペケというマンガのネタです