何とも平和な国4


今日も、ノアは外へは出ず、自室にいた
本当は、また街に行ってみたいと思っていたけれど、そうはできない
外では稲光が鳴り、雨風が窓を叩いている
今日の天気は嵐のような大荒れで、庭にすら出られない状態だった

「あぁ・・・退屈だな」
ノアは、稲光を恨めしそうに見る
雷はかなり近いところにあるのか、光の後すぐに轟音が鳴り響く
カーテンを閉めているので光は入ってこなくとも、音はどうにも防ぎようがない
それが苦手なわけではないけれど、うっとうしくて仕方がなかった

「では、今日も勉強しますか?」
クラウツが問いかけたが、ノアはあまり気乗りしていないようだった
昨日、そうやって勉強したものの、結局、問題の答えを教えてくれなかったし、ためになったとは思えない
暇潰しにはなったけれど、二日連続で同じことをするのは気が進まなかった
雨風はさっきから一向に止むことがなく、窓を激しく振動させている
何か、城の中で面白いことが起こってくれないだろうかと思ったとき、ひときわ大きい稲妻の音が、城中にこだました

「うう、うるさい!いいかげんにしろ!」
たまらず耳を塞ぎ、愚痴を言う
自然を相手にそんなことを言っても無意味だとわかっていても、いらつきを抑えきれなかった
その叫びと同時に、また轟音が鳴り響く
そして、突然に、部屋の電気がふっと消えた

「わっ、な、何だ?」
とたんに、室内が暗闇に包まれ、一寸先も見えなくなる
「雷が落ちたのでしょう。少し経てば、復旧すると思います」
「そ、そうか」
闇の中から、声だけが聞こえてくる
クラウツがいるはずなのだが、全く姿が見えない
執事の服は黒いので、完全に闇に紛れてしまっていた
すぐに復旧すると聞いたので、ノアは黙ってソファーに座っていた
しかし、しばらく経っても、一光に電気が点かない
ノアはだんだん不安になり、そわそわし始めた


「・・・クラウツ、そこにいるか?」
「はい」
短い返事が返って来て、ノアはほっとする
だいぶ目が慣れてきても、何も見える物がなくて、目を閉じても開いても、同じ景色が映る
眠るときでも、どこかに光は必ずあるものだったが
滅多に感じたことのない完全な暗闇に、ノアはわずかに恐怖心を抱き始めていた

しばらく経っても、まだ電気は点かない
そうなると、不安感がつのってくる
暗闇の中に居ると、部屋の広さもわからなくなってきて
まるで、密閉空間にいるような気がしてきて、どこか圧迫感を覚える
今は、誰かがそこに居てくれるとわかっているから、まだそれは緩和されているが
一人でいたら、どれだけ不安だっただろうかと思う
自分は、クラウツをよほど頼りにしているのかもしれない
最も、頼れる者がその一人しかいないからだろうけれど

「・・・復旧が遅いですね。様子を見てきます」
椅子が動く音がし、クラウツが立ち上がったのだとわかる
クラウツが行ってしまったら、一人取り残されてしまう
いつ晴れるかわからない、この闇の中で
「ま、待ってくれ!」
声を上げて、引き止める

「・・・たぶん、もう少ししたら、電気が点くだろう。雷の音も、少し弱まってきたし」
何の確証もなかったけれど、呼び止めるためにそう言っていた
一人になりたくない
様子を見てくるだけとはいえ、行ってほしくなかった
「城内の道は把握していますから、すぐ戻ってきますよ」
ノアの言葉も虚しく、クラウツは部屋を出ようとする
そんな態度を目の当たりにしたとたん、余計に行ってほしくなくなった
この相手には、まわりくどいことを言っていては通じないのだ

「待ってくれって言ってるだろう!
・・・行ってほしくないんだ。・・・・・・傍に、居てくれ・・・」
恥を忍んで、ノアは素直に言った
羞恥心よりも、取り残される不安感の方が大きくて
語尾を小さくしつつも、そう伝えていた

少しの静寂の後、足音が聞こえた
その音は遠くへは行かずに、近付いて来る
そして、音が止んだかと思うと、すぐ傍でソファーが沈む気配がした
「王子がお望みなら、傍におります」
隣に、薄らと人影が見える
そのとたん、ノアは安心し、胸を撫で下ろしていた


「・・・すまない、駄々っ子のようなことを言って」
「いえ。暗闇に慣れていないと、不安になるものです」
まるで、思いを読み取られたかのように指摘される
気取られていたことが恥ずかしくて、ノアは開き直った

「ああ、そうだ、一人になるのは嫌だったんだ、不安になったんだ。
いつも無表情なお前のように、冷静なんかじゃいられな・・・」
途中で、言葉が止まる
手に、何か温かいものを感じたから
それが何なのか、触れた瞬間にはわからなかったが
昨日も感じた温もりを思い出したとき、自分の手の上に重ねられているものは、クラウツの掌なのだと気付いた
はっとしたように、ノアは隣の人影を見る
表情まではわからなかったが、自分の方を見ていることだけは確かだった

「王子は、温かいものが好きなのでしょう?こうすれば、落ち着くのではないですか」
言葉と共に、重ねられている手が軽く握られる
その瞬間、心音が一瞬だけ強く脈打ったような気がして、ノアは不思議な感覚を覚えていた
人の肌に触れていることは、昨日と変わらないことなのに
ただ腕を掴んだときとは、どこか違うものを感じる
この感覚は何なのだろうと、そう疑問に思ったけれど、不安な状況の中では深く考えることはできなかった
そんな中、ふいにガシャンと、何かが割れる音がした

「っ・・・!」
急に鳴り響いた鋭い音に、ノアは息を飲む
声は出さなかったものの驚いて、反射的に、重ねられている手を強く握ってしまった
「あ、す、すまん・・・」
はっとしたように、ノアは手を離す
驚いたとはいえ、手を握り締めてしまった
きっと、臆病者だと思われたに違いない
そして、面白いことが好きな執事は、怯える相手を見て内心楽しんでいるに違いない
プライドがずきりと痛んで、ノアは俯いた
いつの間にか雷はおさまったのか、暗闇は静寂に包まれている
それが、とてつもなく気まずく感じて、ノアは何も言えなくなった


「・・・別に、恥じることではありませんよ、王子」
また、心を読み取られたように指摘される
俯いている様子を見たら、恥を覚えていることがわかることかもしれないが
いつも、何にも動じず、平然としているクラウツから言われてもあまり慰めにはならない
ノアは、まだばつが悪そうに俯いていていると、ふいに、体が傾いた

「え・・・」
肩に、クラウツの腕がまわされる
気付けば、体が引き寄せられていた
「ク、クラウツ・・・」
とたんに、腕が触れるのを感じて、動揺する

「手に触れているだけでは、物足りないのかと思いまして」
恥ずかしいことを言われ、ノアはまた動揺する
でも、正直なことを言ってしまうと
こうして引き寄せられていると、手を重ねているとき以上に安心するのだ
触れている面積が大きいからだろうか
腕がまわされ、守られているという感じがするからだろうか
そのとき、ノアはまた不思議な感覚を感じていて
触れている箇所が多いほど、それははっきりとしてくるようだった

顔の横にあるクラウツの肩に寄りかかったら、どんな感じがするのだろうと思う
身を寄せれば、もっと温かな気持ちになるのだろうか
そんな甘えるようなことをするのは躊躇われるが、そうしてみたいという好奇心もある
急に、肩に頭を置かれたら、クラウツは驚くだろうか
こうして相手を引き寄せているのだから、いたって平静でいるだろうか


しばらく、ぐるぐると葛藤が渦巻いていたが、やがて、ノアは決めた
こんな状況になることなんて、そうそうあることはないのだから
折角だから、寄りかかってみようと思い、ノアはわずかに頭を傾ける
そして、もう少しで肩に触れようとしたとたん、部屋の電気が、ぱっと点いた

「やっと復旧したようですね」
びくりとして、ノアは傾けていた頭をさっと元に戻した
それと同時に、まわされていた手が離される
もう、寄り添っている必要はなくなって、クラウツが離れてゆく
そのとき、肩に触れていた温もりが消え、ノアはわずかに寂しさを感じていた
できることならば、もう少し、もう少しだけ、暗闇であったらよかったのに
そうすれば、クラウツの肩に、身を寄せることが―――


「王子、もういいでしょう。私は今度こそ様子を見てきます」
そんなことを考えているときに呼びかけられ、ノアは焦って返事をする
「あ、ああ、わかった」
焦っているのは、いきなり呼びかけられたからでもあったけれど
それ以前に、自分がクラウツに寄り添いたいと、そう思っていたことに気付いて焦っていた
そうやって誰かの存在を求めるなんて、両親がいない寂しさのせいに違いなかった




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
どこかで見たことある停電ネタですね
ここから、だんだんいちゃつきタイム←が増えて行く予定ですー