何とも平和な隣国1


静かな午後の一時
今日も、国は平和だった
だが、ただ一人の王子の心境は曇っていた

「はぁ・・・」
ノアは道すがら、一人溜息をつく
今は平和な国を出て、とある隣国へ向かっている
それというのも、昨日、中庭でぼんやりとしているとき、父親に声をかけられたのが始まりだった
暇ならば、隣国へ行き、他国のことを学んできたらいいと

そのとき、ぼんやりしていたあまり生返事をしてしまったのがいけなかった
隣国には、前々から苦手としている相手がいるというのに
相手の城に世話になるのなら、嫌でも顔を合わせなければならない
そして、変わった遊びの相手をさせられるだろう
隣国へ赴くノアの足取りは、だいぶ重たかった


隣国へは、徒歩で一時間もかからない
なるべくのろのろと歩いてきたが、とうとう着いてしまった
街中を抜け、城の門をくぐる
そのとたん、待ちかねていたように、紫色の髪をした小柄な少年がノアの前に立ち塞がった
そして、髪と同じ色をした瞳を、ノアははっきりと覚えていた

「ノア〜、待ってたよ」
少年は、嬉しそうな笑みを見せる
しかし、その笑顔は純粋なものとはほど遠いものだ
「・・・しばらく、お世話になります、王子」
警戒しつつ、ノアは軽く一礼をする

「敬語なんていらないよ。ノアとボクの仲じゃないか」
王子は距離を詰め、じっとノアの瞳を見上げる
紫の瞳は美しいが、その色に惑わされてはいけないと、ノアはすぐに目を逸らした
「ノア、疲れただろ?部屋に案内するよ」
言葉と共に、さっと手を取られる
振り払ってしまったら、気分を悪くした王子に何をされるかわからない
ノアは大人しく、そのまま引っ張られていった




案内された部屋は、ごく普通の豪華な部屋
それでも、ノアは用心深そうに周囲を見回していた
「そんなに警戒しなくても、何も仕掛けてないって。うん、仕掛けてはいないよ」
意味深な言葉を投げかけ、王子はにやりと笑う
その言葉と笑みに、ノアは不安を覚えずにはいられなかった

このリュカ王子には、困った趣味がある
それは、誰それ構わずイタズラをしかけること
イタズラというからには、かわいいものじゃないかと思うかもしれない
だが、無邪気な子供がするものとは違う
以前に来たときは、果実水だと言われて飲んだものが、強い酒で
一杯飲んだだけで呂律がまわらなくなり、ふらふらとよろけてしまい
何もないところで転びまくり、無様な姿を見て笑われた

さらに前に来たときには、なんとリュカが女装をして現れ、言い寄られた
それに気付かず慌てている様を見て、また笑われた
そんなイタズラをした後、謝ってはくれる
だが、謝罪をするとき、必ず悪どい笑みを浮かべるのだ
さあ、次は何をしようかと、そう考えているような表情が忘れられなかった


「歩いて来たからお腹減ったでしょ?良いものがあるから、一緒に食べよう」
ぐいぐいと手を引かれ、椅子に座るよう促される
「い、いや・・・そんなに、減ってない」
着いて早々、変なものを盛られたらたまったものではない
けれど、リュカはノアの言葉を無視し、小振りの瓶とスプーンを持ってきた

「これ、この国で採れる最高の蜂蜜なんだ。綺麗だろ?」
瓶の中に入っているのは、黄金色をした蜂蜜で、リュカが瓶を揺らすと、仲の液体が揺れ、輝いた
確かに、それは自国にあるものより色が澄んでいて、美しく見えた
リュカがノアの隣に腰を下ろし、蓋を外すと、とたんに甘い香りが漂った
蜜の香りに鼻をくすぐられ、ノアは少しうっとりとしてしまっていた

「はい、ノア。舐めてみてもいいよ」
リュアがにっこりと笑い、スプーンを差し出す
しかし、その笑顔に裏があることは思い知らされている
いかにも美味しそうな蜜でも、中に何が入っているかわかったものではない
もしかしたら、スプーンに何かが塗られているかもしれない
そんな疑いがぽんぽんと浮かび、ノアは眉をひそめていた


「食べないの?じゃあ、ボクが先にいただきまーす」
リュカは蜜をすくい、平然と口へ運ぶ
ノアは、てっきり何かが入っていると思っていたので、その行動は意外だった

「んー、甘い。これ以上のものはないだろうなぁ」
そう言いつつ、リュカは蜜をもう一舐めする
甘みを味わっているその表情に悪どいものは見えず、純粋に味を楽しんでいるようだった
今日は珍しく、何も企んでいないのかもしれない
リュカの自然な表情を見て、ノアの警戒心は緩んできていた

「別に、怪しいものとか入れてないってば。ただ、本当に労をねぎらってるだけだよ」
その言葉をどこまで信用していいのかはわからなかったが、ノアは、再び差し出されたスプーンを取っていた
蜜をすくい、口へ運ぶ
その液体が舌の上に落ちたとたん、甘さが一気に広がった
蜜が、口の中でとろけてゆく
人工的につけられた甘みとは違う
十分に甘くても、くどくはなく、何回舐めても胸焼けがしないような感じがする
最高のものと言うだけあり、その甘さは一級品で、甘くて甘くて、ノアは思わずうっとりと目を細めていた


「気に入った?なら、全部あげるよ。ボクはいつでも食べられるんだし」
「ん・・・ありがとう」
珍しいはからいに、ノアは素直にお礼を言った
言葉に甘えて、どんどんスプーンを口へ運んでゆく
それは、いくら味わっても飽きなくて、小振りの瓶の中身はあっという間に空になっていた
その様子を見たリュカは、満足そうに笑った

「そんなに気に入ったんなら、夕食にも出すよう言っておくよ。
ノアが幸せそうだと、ボクも嬉しくなるし・・・ね」
最後の言葉は疑わしかったけれど、夕食にもまた蜜を味わえるのは嬉しかった
後は、リュカが悪だくみをしてくれなければいいのだが
それは無理だろうなと、ノアは自分の願いを打ち消していた

そんな不安とは裏腹に、夕食のときも特別なイタズラはされなかった
それどころか、デザートに果物の蜂蜜漬けがたっぷりと出て、ノアは満足していた
それから、眠る時間になっても、リュカはとうとう何のイタズラもしかけてはこなかった
もしかしたら、しばらく来なかった内に改心したのかもしれない
ちら、と、そんなことを考え、ノアは少しだけ安心して眠りについた




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
ただ今、少年にはまっておりますので、ほとんど衝動のままに書き始めました
なので、展開は超特急&短いです

そろそろ、次の小説のことを考えないと更新が滞る予感がするのですが
妄想することはあっても、それが連載として続かないので難航していますorz