何とも平和な隣国2


翌日、ノアが目を覚ますと、すぐ目の前にリュカの顔があった
あまりに近い距離に驚き、思わず声をあげそうになる
「お早う、ノア」
リュカは、ノアの驚いた様子を見て、面白そうに笑った
「・・・おはよう」
近距離のまま挨拶を交わした後、リュカの肩をぐいと押して退ける
相手を驚かせて楽しむためとはいえ、もう少しでお互いが接しそうになっていた
相変わらず、リュカの考えていることは分からない

「ノア、昨日はずいぶん蜂蜜を気に入ったみたいだから、今日はそれが採れるとこに連れて行ってあげるよ。
採りたての蜜は、また格別なんだ」
それを聞き、ノアはとたんに興味を示していた
あれだけおいしかった蜂蜜の、さらに上があるのだろうかと
それなら、ぜひとも味わってみたかった

「朝食を食べたら行こう。今日は天気が良くて暖かいし、散歩にはうってつけだよ」
「うん、そうする」
たぶん、雨が降っていても行きたいと言ったと思う
ノアはいつの間にか、蜂蜜の虜になっているようだった
それよりも、リュカが相手を喜ばせようと、そんなことを提案するのが珍しくて、興味を抱く
もう、子供じみたイタズラをするのは飽きたのかもしれない
そのとき、ノアの警戒心はほとんどなくなっていた


朝食に蜂蜜トーストを食べた後、二人は外へ出かける
リュカの言ったとおり、外は晴れ晴れとしていて、とても良い日和だった
目的地へ行くには森の中を通るらしく、木陰を進んでゆく
歩いて体温が上がってくると、涼しげな森の空気が心地良く感じられた

「あそこで、蜂蜜を採ってるんだよ」
リュカが、森の奥を指差す
その先には、林の中に切り開かれた場所があり、そこに無数のビニールハウスと、一件の小屋があった
ビニールハウスにはさんさんと陽が差し込んでいて、中には多くの花が咲いている
色とりどりの花のまわりには、巨大な蜂が飛び交っていた

「この国名物の大王蜂さ。刺されたら一発であの世行きだけど、今は血清があるから平気なんだ」
「そ、そうなのか」
大王蜂は、カブト虫と同じくらい大きい
見るからに針が太そうで、血清があっても刺されたらただではすまなさそうだった
「ちょっと待ってて。今、蜜をもらってくるから」
リュカは、奥の方にある小屋へと駆けて行った


ほどなくして、リュカが瓶を持って戻って来た
勿論、中には蜂蜜が入っている
陽の光に当たっているからか、それはひときわ輝いているように見えた
「涼しい場所で、座って食べよう」
ノアはすぐに頷き、リュカの後をついて行った
少し歩いたところで、二人は大木を背にして座る
リュカが瓶の蓋を空けると、とたんに甘い香りが広がり
採りたてはやはり違うのか、ノアは瞬く間にその香りに魅了されていた

「あ、スプーンもらってくるの忘れた。
・・・まあ、指ですくって食べれば問題ないよね」
そう言い、リュカは躊躇いなく蜂蜜に指を浸し、舐め取った
その様子は子供っぽくも見えたが、何か、別の印象も受けるものでもあった

「ほら、ノアも」
瓶を差し出され、指をつけるよう促される
少し抵抗はあったけれど、甘い香りには勝てず、リュカと同じように蜂蜜を指ですくった
指を口内に含んだ途端、隅々まで甘さが広がる
この味の前では、抵抗感など打ち消されていた
お互いに、次々と蜜を堪能してゆく
あまり大きくない瓶の中身が残り少なくなるのに、そう時間はかからなかった

「はー、おいしかった。これで最後だね」
リュカが指に蜜を絡め、瓶は空になる
ノアは名残惜しく思ったが、これ以上要求するのはあつかましかった
「はい、ノア。最後の一口はキミにあげるよ」
「え」
笑顔と共に、蜜をまとった指が差し出される

「そ、そんな、いいよ、リュカが食べればいい」
自分の指ならまだしも、相手のものを舐めるなんて
そんな無礼で恥ずかしいことを、二つ返事で了解することはできなかった
「ボクはいつでも味わえるんだから、遠慮することないんだよ」
そうは言われても、抵抗を感じずにはいられない
ノアが躊躇っていると、リュカはふいに指をノアの唇へと近付けた


「ノア・・・舐めて」
指が、ノアの唇に触れる
そして、ゆっくりと、そこの形をなぞり始めた
「う・・・」
蜜の香りが鼻に届くと、すぐにそれを口に含みたくなる
けれど、やはりそんなことをするのは躊躇われた
一旦、蜜の味を感じてしまったら、たぶん、執拗に欲してしまう

「ボクは気にしないよ。ノアは、大切なお客様なんだから・・・ね」
遠慮はいらないと言うように、リュカは指先でノアの唇を割る
そのとたん、抑えがきかなくなっていた
わずかに蜜の味を感じた瞬間、ノアは自ら口を開き、リュカの指を口内に含んでいた

「ふふ・・・」
自分の指にノアが触れたのを感じ、リュカはにやりと笑う
その笑みにはまさにあくどいものが含まれていたが、蜜を味わっているノアは気付かなかった
恥ずかしいことをしていると感じたが、止められない
リュカの指から香りがしなくなるまで、それを離すことはできなかった


もう、味も香りもしなくなったとき
ノアははっとして、慌ててリュカの指を離した
「ご、ごめん」
相手から促されたことだが、つい謝ってしまう

「別に、謝らなくていいよ。そんなに悪い感触じゃなかったし」
何を思ったのか、リュカは濡れている指をぺろりと舐めた
その液は、蜂蜜ではないというのに
リュカのそんな様子を見て、ノアは思わず赤面していた

「ふふ、少し甘いや。もう用はないし、帰ろう」
リュカは、濡れていない方の手でノアを引っ張る
ノアは、まだ焦りが癒えぬまま、引かれるままに城へ帰った




その後、昼も夜も、特別なイタズラはされなかった
これなら、この滞在は楽しいものになるかもしれない
そうして、そろそろ眠ろうとしていたとき、リュカが部屋に入ってきた

「ノア〜、折角だし、一緒に寝ようよ」
今日こそ何かされるかと、ノアは一瞬ためらう
しかし、あれだけ高級な蜂蜜を味あわせてもらった後で、断るのは気が引けた
「いいよ。世話になってる身だし」
了承してベッドに横になると、隣にリュカが並ぶ
友人とこうして共に眠るのは初めてで、たとえ相手がリュカでもどこか嬉しかった

「そういえば、リュカ、いつの間にかイタズラしなくなったんだな」
「・・・ボクも大人になったってことだよ。もう、そんなこと飽きちゃってさ」
信じられない言葉だったけれど、あからさまに嘘をついている口ぶりではなかった
「それよりも、ノアに指を舐められたとき、あったかくて、柔らかくて、いやらしかったなぁ」
「え・・・」
突然、午前中の出来事を思い出させることを言われ、ノアの目が点になる

「何か、癖になりそうな感じがしたし・・・今度は、お互いああして舐めるようにしようか」
「な、何言ってるんだ。・・・も、もう寝るよ、お休み」
ノアは早口で告げ、リュカに背を向けた
「ふふ・・・お休み」
そのとき、ノアは背を向けていたせいで気付かなかった
リュカが、ひときわ怪しい笑みを浮かべていたことに




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
この話は、ずっと蜂蜜ネタで行く予定です。一回やってみたかった・・・
変態っぽくてさーせん、今更ですが←