何とも平和な隣国3


翌日、リュカは朝から蜂蜜を入れた瓶を持ってきていた
「ノア、昨日言った通り、お互い食べさせ合いっこしよう」
「ほ、ほんとにするのか」
あれは、ただからかうだけの言葉だと思っていたのに、リュカは本当にする気なのか瓶を持ってきている
ノアが止める間もなく、蓋は開けられた
誘惑するような香りが、部屋に漂い始める

「ほら、ノア。すくって」
リュカは、せかすように瓶を差し出す
香りが強くなると、断る気をなくしてしまい、ノアはおずおずと蜜に指を浸した
その様子を見たリュカはにこりと笑い、自らも指をつける
そして、ノアの口元へと持って行った

「ぼんやりしてないで、同じようにしてよ」
「あ・・・うん」
断る隙を与えられず、ノアもリュカの口元へ指を移動させる
そうしたとたん、待ちかねていたようにそれは口内へいざなわれた
「あ・・・」
温かくて、柔らかくて、それでいていやらしい
リュカに指を含まれたとき、そんな感触に、わずかに感嘆の声を漏らした

声を漏らした隙間からは、リュカの指が入り込んできて、甘い甘い蜜が口内を満たしていた
相変わらず、指にはリュカの柔らかなものを感じている
これは、ただの遊び
相手を動揺させて、楽しみたいだけだ
そう思っていても、ノアは戸惑わずにはいられなかった


味と香りがなくなると、やっとリュカを離すことができた
同じタイミングで、ノアの指も解放される
そのとき、指先に液が伝い、それがとても官能的に見えた

「ねえ、もっと欲しいよね。指先だけじゃ、足りないよね?」
リュカは、肯定以外の返答は受け付けないというように問いかける
ほとんど無意識の内に、ノアは頷いていた
「しょうがないな・・・」
リュカはにやりと笑い、小瓶の中身を全て掌に零す
そして、掌から指先まで、まんべんなく蜜を伸ばした

「これなら、たくさん味わえるよ」
蜜をまとった掌が、ノアの前に差し出される
こんな食べ方はおかしいと、一瞬思う
けれど、その考えは甘い香りに掻き消されるて、気付けば、ノアはリュカの掌に舌を這わせていた

「ふふっ・・・」
思惑どおりに事が進み、リュカは笑みを漏らす
目の前の相手は、まるで飼い主に甘える子犬の様だ
掌を弄る舌と、蜜とは違う液の感触を感じると、ぞくぞくとして、気分が昂ってゆく
指を根元までノアに含まれると、それはさらに強くなった
この蜜があれば、どんなところでも触れさせることができる
リュカはひときわ怪しい笑みを浮かべ、指から伝わる感触をじっと味わっていた



味がなくなり、ノアはやっと我に返る
とたんに、自分がどんなに恥ずかしいことをしていたのか気付き、うろたえずにはいられない
それを見て、リュカは楽しそうに笑った
ひょっとしたら、これは普段のイタズラよりタチの悪いものではないだろうか
けれど、相手はただ蜂蜜を差し出しているだけで、行動しているのは自分だ
今度、同じように差し出されても、口をつけるのはよそうと
ノアは、自分にそう言い聞かせていた

昼食にも、夕食にも、当たり前のように蜂蜜を使った料理が出た
それらは、普通に味わって食べることができが
問題は、リュカがまた小瓶を持ってベッドに入り込んできたときだった

「リュカ・・・そうやって、蜂蜜を振る舞ってくれるのは嬉しい。
嬉しいんだけど・・・流石に、もう、いらないよ」
蓋を開けられてしまうと、抑えがきかなくなるかもしれない
その前に、はっきりと断っておいた

「ふーん、そっか。じゃあ、置いてくるから」
やけにあっさりとした態度で、リュカはベッドから下りた
反発されるかと思ったが、とても聞きわけが良い
大人になったという言葉は、やはり嘘ではなさそうだった




リュカが戻って来たとき、その手に瓶は持っていなかった
なので、ノアは安心して、ベッドに寝転がる
しかし、リュカが傍に来たとき、ふいに、甘い香りが鼻をくすぐった
ぎょっとして、リュカを見る
蜜の香りは、確かに目の前の相手からしていた

「あ、気付いた?」
リュカはにやりと笑い、ノアに身を寄せた
近くに来ると、香りの発生源がはっきりとわかる
「言われた通り、瓶は置いてきたよ。
中身は・・・こうして、持って来たけどね」
香りの発生源は、リュカが言葉を発している、その箇所だった

「な、何てところに付けてきてるんだっ」
ノアはとっさに身を起こし、リュカと距離を空ける
慌てていたせいで、背中が思い切り壁にぶつかった

「逃げたってダメだよ。もう、ノアはこの香りを無視できないんだから」
リュカが、怪しい笑みを浮かべながら近付いて来る
その笑みを見ると、やはり本性は変わっていなかったのかと実感した
相手をからかい、辱しめ、面白がる
いくらなんでも、そんなところに、唇に蜜を付けてくるなんて信じられなかった


「いいんだよ、ボクは構わない。指につけてたときと、同じようにしていいんだよ・・・」
リュカは、ノアを見上げる様にして身を寄せる
「う・・・」
口元からする甘い香りに、誘惑される
顔を背けたいけれど、体が、自分の言うとおりに動いてくれない
蜜の香りがするところから、目が離せない

そんなところにある蜜を欲してはいけないと言い聞かせているのに、首が傾いていってしまう
顔が、近付いていってしまう
お互いの距離が目と鼻の先にまでなったとき
いけないと思いつつも、ノアは、目の前の唇に、舌先で触れていた
触れた瞬間、リュカが一瞬だけ目を細める
蜜の味を知ってしまったノアは、もう離れることができなかった

リュカに唇を重ね、そして味わう
友人である相手に何てことをしているのか
そんな思いはあったが、甘味に酔わされ、どうしようもできなかった
リュカはリュカで、自分に重なっているものの感触に酔っていた

恋人まがいのことを強要しても、ノアは逆らえない
唇同士の触れ合いは、思った以上に柔らかく、気分が高揚した
どこまでさせることができるだろうか、試してみたい
そして、もっとこの高揚を感じたい
リュカは口付けを受けながらも、新たな企てを目論んでいた


身を離した後、ノアは自分を責めていた
どうして、どうして止められないのか
いくら美味しいといっても、たかだか蜂蜜なのに
自分の自制心は、こんなにも脆かったのだろうか
リュカに口付けたことを、嫌悪しているわけではない
ただ、抑制がきかない自分が情けないだけなのだ

「ノア・・・」
リュカは、あからさまに気落ちしているノアに声をかける
「リュカ、ごめん・・・。・・・・・・お休み」
ノアは、リュカに背を向けて目を閉じた
もう、この国から出た方がいいかもしれない
これ以上、過度なことをしてしまう前に




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
だんだん展開がいかがわしくなってまいりました
次回は自重しないのでご注意を!