召喚魔にいろいろされて人間止めてみた話1


朝起きたとき、服は乱れておらず、布団が掛けられていた。
昨日のことは夢だったのだろうかと一瞬思ったけれど、上半身の服が真っ二つになったままだった。
途中で精神力が尽きたのか、ルシファーの姿はない。
何時間寝たのかわからないが、身体共に回復していた。
体力が戻ると、服を着替えて外へ出る。
まだ空腹感はなかったので、昨日行けずじまいだった森を探索してみようと、足を進めた。

家から森までは本当に近く、ものの5分で到着する。
森の中へ足を踏み入れると、すぐに雰囲気が変わった。
恐ろしいものにも、平和的なものにも感じられない。
迷わないように、ちらちらと後ろを振り返りつつ進んで行く。
何かが居そうな雰囲気はあっても、動物一匹でこないのが奇妙だった。

それでも、風がそよぐと草木が揺らぎ、擦れる音が聞き心地が良い。
ここなら、鋭い言葉に傷つけられる心配なんてないと感じさせてくれる。
帰るのが惜しくなって、目的もなくしばらく歩き続けていた。

すると、どこからか白い霧が漂い始める。
気温の変化もないのに、また奇妙なものを感じ、そろそろ戻ろうかと振り向く。
けれど、霧はとたんに濃くなり、帰り道を覆い隠していた。
周囲はどんどん囲まれてゆき、一寸先も見えなくなる。
下手に動かない方がいいと、祐樹は緊張して、その場に留まっていた。
いつでも召喚魔を呼び出せるよう、魔導書を開いておく。


やがて、前方の霧だけが晴れてくる。
こちらへ来いと導かれているようで、祐樹は警戒しつつ進んで行った。

ほどなくして、霧が完全に晴れる。
そのときには、目の前に巨大な門があり、奥には見慣れない城があった。
森の中にあるのは不自然で、祐樹は唖然として城を見上げる。

「こんにちは、見慣れない少年」
突然何者かに話しかけられ、とっさに振り返る。
さっきまで何の気配もしなかったのに、そこには一人の青年が居た。
人の形をしているけれど、珍しい髪の色や衣服から、恐らく妖魔なのだろうとわかる。

「懐かしい雰囲気だ。その中にいるんだろう」
青年が本を指差すと、ページが赤く光る。
そして、祐樹が何も言っていないのに黒い霧が立ち上り、ルシファーが姿を現した。
青年の力なのだろうか、指示もなく出て来られるとは思わず、祐樹は目を丸くする。

「久しいな、アゼル。やはり、この森はお前の住処だったか」
「君が一歩踏み入れたときからわかっていたよ、ルシファー」
祐樹は、親しげに話す二人を不思議そうに見る。

「それにしても、君が召喚魔になるなんて意外だよ。自分の力はその子に抑制されてしまうのに」
「お前にはわからんだろう。従うべき者が、主人を組み伏すときの快感が」
ルシファーは、ちらと祐樹に視線を向ける。
「な、何てこと言ってるんだ・・・」
アゼルと呼ばれた妖魔にも注目され、祐樹はふいと顔を逸らしていた。

「ふふ、そういうことか。でも、軽蔑なんてしないよ。私だって人のことは言えないからね」
意味深な言葉と共に、アゼルはにやりと笑う。
その笑みがなぜか不気味に見えて、祐樹はわずかにたじろいだ。


「アゼル様、今日も採って来たよ」
森の中から二人の少年が表れ、祐樹はそっちに目を向ける。
一人は白髪に赤い瞳、手には巨大な何かの爪が握られていて。
もう一人は黒い翼を生やしており、確実に人ではなかった。
少年達は珍しいものを見るような目で、祐樹とルシファーを見た。

「ちょうどよかった、ユノ、お客様の相手をしてあげて。。
カイブツは、それを研究室に片付けておくように」
「わ、わかりました」
ユノと呼ばれた少年が、緊張ぎみに祐樹に近付く。

「えっと・・・城に入る?それとも、森の方がいいかな」
祐樹はちらと城を見る。
あの中がどうなっているのか興味はあったけれど、危険に踏み入ってしまう気がした。

「・・・森がいい」
「わかった。じゃあ、案内するよ」
ユノが先導し、森の中へ入る。
ルシファーも来ると思ったけれど、その足は城の方へ向かっていた。
何かを訴えるように見ていると、視線に気付いたのかルシファーが振り向く。

「我は少し話をして来る。心細くなったら、呼び戻すがいい」
「こ、子供じゃないんだから平気だ。それに、明光がいる」
祐樹はきびすを返し、ユノの後に続く。
強がりはしたものの、妖魔と二人きりになるのは少し不安で。
それ以前に、どんな会話をしたらいいのか検討がつかなかった。


森の木々は、ユノを導くように整列し、道を作る。
不思議な現象に、祐樹は驚きつつも好奇心が疼いていた。
しばらくした後、巨木に道を塞がれたが、ユノが触れると一瞬で消え去る。

「ここなら、リラックスできると思うよ」
そこに広がっていたのは、木々に囲まれた、隔離された空間だった。
中央の泉は美しく、心地よい風がそよいでいて。
この場所だけ空気がまるで違い、何物にも侵されていない感じがある。
ユノが草原に腰を下ろすと、祐樹は少し距離を空けて隣に座った。

相手は妖魔と言っても、翼がなければ普通の人のように見えるだろう。
同じ年頃の少年と接するのは久々で、やはり何を話していいものかわからない。
けれど、沈黙していても空気が痛々しくなくて。
雰囲気がいいからだろうか、さわさわとこすれ合う葉の音を聞いていると落ち着いた。
ちらとユノの方を見ると、相手も安らいでいるのかぼんやりとしている。
背中の翼は、陽の光でさらにきらめいていて綺麗だった。

「あの・・・ユノの羽、綺麗だな。ルシファーとは全然違う」
素直な感想が漏れると、ユノは嬉しそうにはにかんだ。
「ありがとう。これは、アゼル様と、カイブツのおかげなんだ」
「どういう意味だ?」
そこで、ユノは視線を逸らす。
聞いてはいけないことを聞いてしまったかと、祐樹は言及しなかった。


「・・・そういえば、君の名前は?」
「あ、オレは祐樹。最近、近くに引っ越してきたんだ」
「近くって、もしかして森の近くの・・・」
「ああ、そこ、誰もいないみたいだから、住まわせてもらってる」
ユノは目を丸くしたけれど、すぐに表情を緩ませた。

「そっか。・・・祐樹、違ってたら謝るけれど、人付き合いが得意じゃないのかな」
「え・・・まあ、そうだけど、何で・・・」
「あんな所へ引っ越して来るなんて、あんまり人と関わりたくないって言ってるようなもんだよ。
・・・僕も、そうだったから」
昔を懐古する様に、ユノは遠くを見る。
何と言っていいかわからず、祐樹も前を向く。
しばらくはお互いに黙っていたけれど、ふいにユノが口を開いた。

「僕、人間だったんだ。前は、アゼル様とカイブツを殺そうとしてた」
祐樹は目を見開き、言葉を無くす。
ユノは、真剣な表情で祐樹に向き直った。

「祐樹、妖魔になりたかったら相談してほしい。僕はその方法を知ってるから」
「オレが、妖魔に・・・」
人がその世界を捨てて妖魔になるなんて、そんなことは考えたこともなかった。
けれど、その提案は魅力的で、妖魔になればどんな世界が待っているのだろうかと、好奇心が疼いた。

「ここには人の喧騒なんてないし、嫌味ごとを言われることもない。。
ただ、身の安全もないけどね」
死の危険にさらされたことを思い出し、ユノは苦笑する。
それでも、祐樹にとってそんな危険はあまり気にならなかった。

無理に人と関わらなくてよくて、集団生活で気を遣うこともなくなるのならば。
安全性なんて、捨ててしまってもよかった。
肉体的な傷は治るけれど、精神的なものは一生残る。
そんな、精神的な苦しさから逃れられると聞き、祐樹はひかれずにはいられなかった。


「ユノは、どうやって妖魔になったんだ」
「ええと・・・」
思わず問うと、ユノは口ごもる。
祐樹からさっと視線は逸らしたものの、言葉を続けた。

「要因は二つあるんだけど・・・僕が出血多量で死にかけたとき、カイブツの血を輸血してもらって、あと・・・。
・・・アゼル様と、繋がり合ったんだ。・・・意味、わかるかな」
「繋がり・・・」
そこで、明光やルシファーとした、大それた行為が脳裏に浮かぶ。
ユノが言い辛そうにしている様子から、きっと自分の予測通りなんだと、祐樹も顔を背けた。

「召喚魔でも同じ事ができるかわからないけど・・・強力な存在なら、あり得ると思う」
そのとき、ルシファーのことが思い浮かび、祐樹は内心動揺する。
繋がり合えば、妖魔になれるだろうか。
けれど、そんなことはとても考えられなかった。

「だって、痛くないのか、そんなこと・・・」
「そりゃあ、最初は痛むけど・・・その後は、胸の中が満たされていって・・・そ、それで・・・」
口に出して言うのは恥ずかしいようで、ユノの声が小さくなる。
祐樹は先を聞きたかったけれど、一本の木が消え、誰かが入ってきたものだから、続きは語られなかった。


「ユノ、昼食ができたから帰ってきなさいって、アゼル様が呼んでるよ。
あと、そっちのお客様も一緒にどうかって」
カイブツに誘われて、祐樹は返答に迷う。
今まで、妖魔は合成材料にする対象としか見ていなかったからか。
友好的に接されると、自分が行ってもいいのだろうかと遠慮していた。

「よかったら、城においでよ。アゼル様の料理は一級品だから」
一級品と聞いて、朝から何も食べていなかった祐樹の腹の音が鳴る。
妖魔の食事なんて、と警戒するところもありつつ、興味もあった。

「・・・じゃあ、そうする」
「わかった。行こう」
ユノが先を歩き、カイブツがさっと隣につく。
どことなく、二人の雰囲気はよくて、その関係性が垣間見えるようだった。

邪魔をしないよう、祐樹はやや後ろを歩いて行く。
木々は住民を導くよう整列し、ほどなくして城に着いた。
祐樹はやや緊張して本を握り、中へ入る。
通された部屋は食堂のようで、香辛料の匂いが漂っている。
長いテーブルと椅子があり、奥にはアゼルが座っていた。

「ようこそ、祐樹君。久々のお客様だ、歓迎するよ」
アゼルは微笑みを浮かべたけれど、なぜか祐樹は笑い返せなかった。
「さあ、座って。今日の昼食はカレーだよ」
「カレー?」
思いの外庶民的な料理に、祐樹は拍子抜けする。
近場にあった椅子に座ると、ユノがその料理を運んできた。


「見た目はちょっと、珍しいかもしれないけど、味は予想以上だから」
そう言って、祐樹の前に皿を置き、隣に座った。
「カレー・・・だよな」
「うん、一応はそう呼んでる」
目の前にあるものは、全てが黒かった。
自分が思っているカレーとは違い、妖魔の料理だと実感する。

「じゃあ、いただきます」
ユノとカイブツは、平然とスプーンを取って、真っ黒な液を口へ運ぶ。
食べている様子を祐樹はじっと凝視していたけれど、顔をしかめはしていなかった。
むしろ、じっくり味わっているように、たまに目を閉じて満足そうにしている。
祐樹は今一度カレーのようなものを見たけれど、嗅いだことのない香辛料の香りが、口に運ぶことを躊躇わせた。

妖魔はよくても、人が食べても平気なのだろうか。
そんな心配はあっても、腹の虫は納まらなくて、スプーンを手に取っていた。
恐る恐るすくって、一口含んでみる。
そのとたん、懸念はすぐに消え去った。
レトルトとは全く違う、様々な香辛料の味がして。
何種類の食材が含まれているのか、複雑な味がしたけれどうまく調和して違和感がない。
濃厚で旨みが凝縮された味わいに、祐樹は舌鼓を打っていた。


もうスプーンは止まらなくて、どんどん食べ進める。
自分が作るどんな料理よりおいしくて、気付けば見た目の違和感も忘れて完食していた。
「気に入ってくれたようでよかったよ。。
満足したところで、早速なんだけど、君のもう一人の召喚魔を見せてもらえないかな」
ルシファーが話したのだろうか、アゼルは魔導書を指差す。

「いいですよ。明光、出てきてくれ」
満腹になって機嫌が良くなり、祐樹はすぐに明光を呼ぶ。
魔導書から立ち上った青い霧は、瞬く間に召喚魔を形どった。
珍しいのか、ユノもカイブツも興味深そうに注視している。

「明光、と言うんだね。私はアゼル、ルシファーの知り合いだよ」
ルシファーの名が出て、明光はわずかに眉を動かしたけれど。
逆らわない方がいい相手だと感じ取ったのか、軽く一礼した。

「懸命な子だ。君と主人の関係は・・・ああ、左手を見たらわかるね」
アゼルは目ざとく左手の薬指にある指輪を見つけ、にやりと口端を上げる。
「こ、これは、こいつがふざけて・・・」
「恥ずかしがることはない、想い合うのは良いことだよ。。
召喚魔と人間が交わって・・・ふふ、その血にはどんな変化があるのか・・・」
好奇の目で見詰められると、祐樹はなぜか悪寒を覚えていた。
カイブツとユノは慣れているのか、苦笑している。

「えーと・・・オレ、そろそろ帰ります、ごちそうさまでした」
あまり長居してはいけない気がして、祐樹は席を立つ。
「そうだ、その前に」
アゼルも立ち上がり、祐樹を見据える。
次の瞬間には、その姿は消えていた。
祐樹が目を丸くしていると、体がぐいと後ろに引かれる。
そのまま、明光の腕の中におさまったかと思うと、目の前にはアゼルが注射器を持って佇んでいた。
今の一瞬でここまで移動してきたのを見て、妖魔の力を実感する。


「おや、良い反射神経だね。それは主を守るために鍛え上げたのかな」
「主を害そうとする者は、阻んでみせます。たとえ、力の差が計り知れなくとも」
明光は、敵意を持った目でアゼルを見据える。
体を抱く腕に力が込められ、祐樹は悪い気はしないものの、恥ずかしかった。

「ふふ、まるであの子達を見ている様だ。わかった、今日は諦めよう」
アゼルが注射器を懐にしまうと、明光は腕を解いた。
祐樹はすぐさま身を離し、少し距離を置く。

「ユノ、お客様を送ってあげて。いつでも遊びにおいで、祐樹」
「あ・・・ありがとう、ございます」
歓迎されているはずなのに、なぜか素直に喜べない。
祐樹は複雑なものを覚えつつ、ユノと明光と一緒に城を出た。

「あの、アゼル様は少し変わってるけれど、悪い人じゃないから・・・たぶん」
城を出るなり、ユノが控えめに言う。
自信なさげな声は、自分でもアゼルの存在をはかりかねているようだった。
「確かに奇妙な感じだけど、面白そうだと思う」
祐樹の言葉に、ユノは安心したように軽く微笑んだ。

「よかったらまたおいでよ。人の世界が嫌になったら、いつでもいいから」
「あ、ああ」
祐樹はそう言ったものの、明光は神妙な表情をしたまま、何も答えない。
また森を訪れる、そんな日は遠くない気がしていた。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
まさかの続き方、世界観が似ていたので一度してみたかったんです。