召喚魔にいろいろされて人間止めてみた話10


鎖も尻尾も力を使えるようになり、祐樹は毎日訓練していた。
最近では、細い鎖を自由に出せるようになり、尻尾もぼんやりと光らせることができる。
今日も森へ行こうとしていたそのとき、思わぬ来訪者が祐樹の元を訪れていた。
「祐樹様、ご無沙汰しております」
明光よりさらに丁寧な敬語が聞こえ、祐樹は足を止める。
振り向くと、そこには僧侶のような恰好をしている、青い髪をした青年がいた。

「ヨシュアじゃないか、久しぶりだな」
「はい、お懐かしい声です。今日は、お伝えしたいことがあって参りました」
祐樹は、どことなく嫌な予感を覚える。
母の元に居るはずの召喚魔がわざわざ来たのだから、重要なことに違いない。

「実は、お母様が祐樹様の力を試してみたいと仰っているのです。
そこで、私と戦わせたいと、そう提案しておられます」
「お、お前と!?」
「はい。もし、私に一撃も加えられなかったら、連れ戻すと仰っておりました」
突然に、衝撃的なことを告げられ、祐樹は口が半開きになる。

「また、3日後、この森に参ります。では、失礼いたします」
その言葉を最後に、ヨシュアは金の光に包まれて消え去る。
3日後なんて、時間がなさすぎた。


それから、祐樹は寝る間も惜しんで特訓した。
辺りが暗くなっても、城の近くで鎖を操り、球体を放つ。
必死さが助長して、鎖はだいぶスムーズに動き、球体の大きさが増す。
尻尾も葉っぱくらいは切れるようになったが、祐樹は力不足を感じていた。

「精が出るな。明日来るヨシュアという奴は強いのか」
気配もなくルシファーが現れ、祐樹の隣に並ぶ。
「ヨシュアは、たぶん明光より強い。今のオレじゃあ、太刀打ちできないだろうな・・・」
珍しく、祐樹は自信なさげに言う。
それくらい、ヨシュアは強力な召喚魔だと知っていた。

「なら、お前は母親の元に引き戻される訳だな。人の世界で暮らしていけるとは思えんが」
ルシファーが素知らぬ顔で言うので、祐樹は少し寂しくなる。
口惜しいと、そう言ってほしいとわずかでも思った自分が情けなかった。

「・・・でも、一撃でも与えればいいんだ。可能性はゼロじゃないさ」
これ以上弱さを見せたくなくて、祐樹は強がる。
「まあ、疲労を残さんことだな」
軽く言葉をかけ、ルシファーは去って行く。
ただ冷やかしに来ただけかと、祐樹は訓練を再開した。




そして、いよいよ指定された日がやってきた。
祐樹は明光と共に開けた場所に移動し、ヨシュアを待つ。
明光もヨシュアの力を知っているだけに、しきりに祐樹を気にしていた。
「・・・来たぞ」
林の中から、母とヨシュアが歩いて来る。
一定の距離を空けて、二人は足を止めた。

「祐樹、妖魔になることを許したんだから、実力を見せてもらうわよ。
半端な力だったら、連れ帰って特訓だからね!」
「げ・・・一撃加えればいいんだろ、やってやる!」
祐樹は自分を奮起させ、前に出る。
街に戻るのも嫌なのに、母の特訓まで課されるなんて嫌すぎた。
ヨシュアも歩みを進め、沈黙が流れる。

先に仕掛けたのは、祐樹からだった。
まずは様子見に、距離を保ったまま球体を出す。
今や、両手でも投げられるようになり、連続で放った。
ヨシュアはメイスで次々と弾き飛ばし、球体が空中で消える。

ちゃちな攻撃は効かないと、今度は袖口から鎖を伸ばした。
鎖は右左に折れ、複雑な動きをしながらヨシュアに襲いかかる。
それも、易々とメイスで防がれ、断ち切られてしまった。
「今度は、こちらから参ります」
ヨシュアはメイスを前に突き出し、金色の光線を放つ。
一瞬で目の前まで来た光を、祐樹はぎりぎりのところでかわした。


光線は次々と放たれ、休む暇を与えない。
祐樹は右に左に走り回り、何とかかわしきっていた。
光が止んだと思ったら、ヨシュアがすぐ側まで迫る。
メイスの柄が腹部を突こうとしたが、祐樹は反射的に尻尾を使って払い除けた。

一旦距離を空けようとするけれど、すぐに間を詰められる。
少しの間は何とか抵抗していた祐樹だが、体力が無くなるのは時間の問題だった。
徐々に息があがってきて、動きが鈍くなる。
足払いをかけられて尻餅をついたとき、メイスが目の前に突き付けられた。

「祐樹、もう降参かしら?」
遠くからの呼びかけに、祐樹は首を横に振る。
「降参なんて、するはずないだろ!だって・・・」
祐樹は、本音を留めるように言葉を止める。
けれど、躊躇っている場合ではなかった。

「ここでは、ユノやカイブツっていう友達もできたし、明光やルシファーといつでも会える。
何より、オレのこと・・・白い目で見る奴なんて、ここにはいないんだ!」
悲痛な叫びに、母親も明光も顔を曇らせる。
ヨシュアも動きを止めた瞬間、祐樹は地面を蹴って距離を取る。
そして、再び鎖を放ったが、またもやメイスに払い除けられてしまった。
やはり、自分の力では敵わないのかと、諦めが祐樹の脳裏に浮かぶ。


「なかなか苦戦しているようだな」
今頃、ルシファーが森の中から現れる。
驚異的な力を持つ相手の出現に、全員の意識がそっちへ向いた。
隙ができたとき、ルシファーは小瓶を祐樹に投げる。
中には赤黒い液体が入っていて、嫌なものを思い出した。

「まさか、これお前の血じゃ・・・」
「アゼルの倉庫から魔力増強剤をくすねてきてやった。
明らかな実力の差があるのだから、これくらい構わないだろう」
「・・・まあ、薬くらいでどうこうなるとは思えないし、別にいいわよ」
母親が許可すると、祐樹は瓶の蓋を開ける。
ルシファーから施しを受けるのは癪に障るけれど、意地を張っている場合ではない。
口元に近付けると、血液に似た匂いがして、本当に薬なのだろうかと疑う。
それでも、今は飲むしかなかった。

思い切って、液体を一気に飲み干す。
そのとき、口内に広まった味と匂いは、血に似すぎていた。


「う・・・やっぱり、これは・・・!」
とたんに、心臓が熱くなり、血液が全身を駆け巡る。
祐樹は瓶を落とし、心臓の辺りを抑えた。
汗が吹き出し、体温が上がってゆく。
だが、それは一時のことで、すぐに安定してきた。
脈拍は正常に戻り、祐樹は正面を向く。
眼差しから焦りは消え、とても冷静なものになっていた。

ヨシュアは異様な気を感じ、先制して光線を放つ。
祐樹は球体を放ち、光を相殺させた。
明らかに威力が上がっているのを見て、ヨシュアはメイスに力を溜め、鋭さを増した光線で応戦する。
真っ直ぐに向って来る光に怯むことなく、祐樹は袖口から鎖を伸ばした。
見た目はさっきとさほど変わりないものの、硬度はまるで違う。
鎖は光線に絡みつき、縛り上げて、消滅させた。

鎖がそのまま襲い掛かろうとし、ヨシュアはメイスで弾こうとする。
けれど、弾かれたのはメイスの方で、ヨシュアの体は瞬く間に束縛されていた。
捕らえられた姿を見て、母親は目を丸くする。
光線と同じように締め付けてしまおうとしたとき、眩しい光が鎖を包んだ。

ヨシュアの姿は消え、離れた場所に移動する。
捕らえられないのなら、広い範囲の攻撃で吹き飛ばしてしまえばいい。
祐樹が掌に意識を集中させると、人の頭の倍以上ある巨大な球体が出現した。
ヨシュアが消えない内に、近くに母親が居るのも忘れてそれを放つ。
球体は大爆発を起こし、前方に居た二人を吹き飛ばした。

「きゃあ!」
辺りが黒い霧で覆われる中、母の叫びが聞こえてくる。
けれど、祐樹の耳には届いていないのか、無反応だった。
反射的に明光が駆け出し、様子を見に行く。
母親は爆風にあおられて木に打ち付けられたのか、地面に横たわっていた。

ヨシュアの身を案じてとっさに戻したのか、その姿はない。
霧が晴れると、祐樹が無表情のまま母を見下ろしていた。
明光は、母親を守るように抱き起こす。


「祐樹さん、もう勝負はつきました」
「ああ、そうだな。・・・でも」
祐樹は、攻撃の準備をするように手を前に出す。
何をする気なのかと、明光は目を丸くした。

「その人がいなくなれば、もう引き戻される危険なんてなくなる・・・明光、そこを退くんだ」
「何と恐ろしいことを・・・!いくら貴方の命令でも、それは聞くわけにはいきません」
祐樹は一瞬悲しそうな顔をしたが、容赦なく袖口から鎖を放つ。
明光は母を抱えたまま、真っ直ぐに祐樹を見据えていた。

鎖が、二人に巻き付こうと周囲を取り巻く。
そうして、相手をがんじがらめにする直前で、祐樹は顔をしかめて頭に手をやった。
「っ・・・い、嫌だ・・・こんなこと、したくない・・・!」
鎖が震え、金属音をたてて砕ける。
今が好機だと、明光は母をそっと横たえ、祐樹に近付いた。
祐樹は頭を抱えたまま、膝をつく。

「祐樹さん、もう大丈夫です、貴方が引き戻されることはありません」
明光が諭し、落ち着かせるように祐樹の背を抱く。
しばらくの間、祐樹は何かを堪えるように震えていたが、やがて息をついた。
「引き戻されないんだな・・・お前が言うなら、信じるよ・・・」
祐樹は、安心したように目を閉じる。
すぐに意識が遠のき、力なく明光に寄りかかっていた。




祐樹が目を覚ましたのは、ベッドの上だった。
さっきまで外にいて、ヨシュアと戦っていたはずなのに、いつの間に移動したのか。
体を起こすと、強い気だるさにみまわれた。
「祐樹さん、気付きましたか」
明光に呼び掛けられ、祐樹は声の方を向く。

「明光、オレ、ヨシュアと戦ってたはずじゃ・・・」
「覚えていないのですね」
明光は祐樹の隣に腰掛け、様子を窺う。
だいぶ疲弊しているのか、全く覇気がなかった。

「貴方は、あの輩から渡された液体を飲んで、ヨシュアに勝ちました。それから・・・」
その先を、明光は言いよどむ。
戦闘の場面を思い出そうとしているのか、祐樹は眉を寄せた。
おぼろげに、ヨシュアと母の姿が思い浮かぶ。
小瓶の中身を飲んだとたん、血が沸騰するような熱さを感じた。

そして、沸き上がる衝動のままに力を使い、ヨシュアを吹き飛ばした。
その後に見えたのは、倒れている母親の姿と、それを庇う明光の姿。
そこまで思い出して、祐樹は青ざめた。

「オレ、もしかして母さんを・・・」
「貴方の母はあの後すぐに気付き、街へ帰って行きました。幸いにも、かすり傷一つありませんでしたよ」
祐樹が不吉なことを言わないうちに、明光は言葉を遮る。

「そうか・・・でも、オレは・・・」
また、頭が痛む。
まるで、嫌な記憶を押さえつけるように。
けれど、目を反らしてはいけないと、祐樹はまた場面を思い起こそうとした。
自分が、明光と母親の前に立ち塞がり、鎖を放った時を。

「まさか・・・オレ、お前と、母さんを殺そうと・・・」
「違います!決して、貴方の意思ではありません」
珍しく明光が声を荒げ、言葉の続きを遮る。
祐樹は、目を丸くして明光と向き合った。

「何より、貴方は鎖を止めてくださいました。力に支配されず、抵抗できたではありませんか」
明光は、いつになく饒舌に語る。
祐樹は繊細な心を持っていると、一番よく知っていただけに
罪の意識を持たせないよう、必死だった。
そして、祐樹は明光のそんな気遣いを察していた。


「・・・ありがとな、明光。お前がいなかったら、オレも母さんもどうなってたかわからないな・・・」
心苦しくなって、祐樹は俯きがちになる。
明光は祐樹の肩に腕をまわし、そっと抱き寄せた。

「どうか、あまり気に病まないでください。私は、貴方が傷付いている姿を見ることが、一番辛い・・・」
優しい言葉に、祐樹の鼓動が一瞬強くなる。
甘えるなんてみっともないけれど、自然と身を寄せていた。
尻尾は力なく下ろされていて、落ち込みようがよくわかる。
明光は、祐樹の頬にやんわりと手を添えた。

「祐樹さん、私は貴方の力になれるのなら、どんなことでもいたします。
何か、ご要望はありませんか」
「よ、要望って、それは・・・」
祐樹はまごつき、閉口する。
掌に伝わる温度が高くなると、望みはすぐに判明した。
明光は祐樹の顔を上げさせ、視線を会わせる。
そして、祐樹がまた俯かないうちに、唇を優しく重ねた。

「う、ん・・・」
祐樹は羞恥を感じつつも、目を閉じた。
唇に感じる柔さと温もりが、気を落ち着かせてくれる。
明光が一旦離れると、祐樹は細い吐息を漏らした。

解放されても、祐樹は目を閉じたままその場に留まる。
自分から腕を回すことはできなくとも、離れようとはしない。
そんな様子を見て、明光は再び唇を寄せる。
今度は、開いた隙間から、ゆっくりと舌を差し入れていた。

「は・・・っ」
柔い感触を口内にも感じ、祐樹は吐息を漏らす。
ゆったりと舌に触れられると、温かなものが胸の内に湧き上がる。
明光は自分の熱を与えるように、祐樹にゆったりと絡みついた。

「は、あ・・・」
やんわりとした愛撫に、祐樹から力が抜ける。
触れ合う個所から熱が広がってゆき、不思議な心地よさに陶酔していた。
明光が体重をかけると、体がゆっくりとベッドに倒れる。
そこで絡まりが解かれ、軽い口付けが落とされて
二回の触れ合いだけで、祐樹の目は虚ろになっていた。
大人しい様子を見て、明光は祐樹の服の中へ手を進め、腹部に触れる。

「あ・・・明光・・・」
「祐樹さん、どこまで、いたしましょうか・・・?」
耳元で告げられ、祐樹の鼓動が強さを増す。
明光になら、どこまでだって許せると思う。
けれど、自ら求めるのは羞恥心が許さなかった。

「そ、そんな、大それたことしなくていいから・・・ただ、一緒にいてくれるだけで、それで、いい」
素直に甘えることは躊躇われて、言葉が途切れ途切れになる。
明光はくすりと笑い、祐樹の隣へ横になった。

「言われなくとも、私はずっと側にいますよ・・・」
「・・・相変わらず過保護だな、お前は」
その、過保護なところに救われているのは間違いなかったけれど
照れくさくなって、目を合わせずに仰向けになったまま言う。
そんな様子が愛らしく見えて、明光は祐樹を抱き寄せた。

「お、おい・・・」
体が反転して、明光に顔を埋める形になる。
「途中で堪えたんですから、これくらいさせてください」
恥ずかしく思いつつも、祐樹は大人しくなる。
こうして、明光に抱き寄せられているとき、他の何にも代えがたい幸福感で包まれていた。



―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
明光とやんわりいちゃつき、そしてヨシュア君の登場。聖☆おにいさんとは一切関係ありませんので・・・