召喚魔にいろいろされて人間止めてみた話2


明光の予想通り、祐樹は翌日にも森へ入り、アゼルの城へ行っていた。
二日続けての来訪に、妖魔の三人は嫌な顔一つせず祐樹を歓迎する。
ほとんど初対面の人を迎え入れるなんて、何か裏がありそうだったけれど。
人の世界にはない空気を感じると、そんなことはどうでもよくなった。

その後、登校日が始まるまで、祐樹は毎日のように森へ行くようになっていた。
元々、妖魔を狩りに、人気のない場所へ行くことが多かったからだろう。
騒がしい街を訪れる気にならなくて、気付けば城へ向かっている。
似たような境遇からか、ユノとはあまり抵抗なく会話ができて。
日が経つごとに、祐樹は登校日が嫌になっていた。


「主、明日は森へ行くわけにはまいりませんよ」
「・・・わかってる」
そして、とうとう明日が登校日になる。
明光は念押しするように言ったが、駄々をこねるのではないかと心配していた。

そんな心配をよそに、当日、祐樹は普通に登校して行った。
おそらく、また母にばれるのを恐れているのだろう。
明光は家で待機していたけれど、学校でルシファーを召喚する機会があったのか、途中で魔導書に戻された。

その間、何があったのかはわからないが。
明光が再び呼び出されたとき、祐樹はいつかのように俯きがちになって、ベッドに座っていた。
嫌な予感がして、明光が歩み寄る。

「主、どうなさいましたか」
「・・・やっぱり、嫌だ。行きたくない」
祐樹は、顔を上げないままぽつりと呟く。
明光は小さく溜め息をつき、祐樹の隣に腰を下ろした。

「まだ初日ですよ、母親に知られたら・・・」
「わかってる!」
祐樹が叫ぶように言ったので、明光は口をつぐんだ。
黙ってその方を引き寄せると、祐樹は大人しく明光にもたれかかる。
しばらくは沈黙が流れていたけれど、やがて、祐樹から口を開いた。


「今日・・・今日はな、転校生の実力を知りたいって言われたから、ルシファーを召喚したんだ」
そこで、祐樹は息を吸い込む。
言いたくないことを、外に出せるように。

「そうしたら、生徒も教師も唖然としてた。けど、その目は尊敬なんかじゃなくて・・・。
厄介者を見るような、そんな感じがして仕方がなかったんだ・・・!」
一度蔑まれたからか、祐樹は場の雰囲気にはかなり敏感になっていて。
ルシファーの力を目の当たりにしたときの視線の違いを、ひしひしと感じていた。
弱すぎても、強すぎても、扱いきれない相手だとして敬遠される。
ただの被害妄想かもしれないとしても、明日も登校する気にはとてもなれなかった。

「・・・お前にはわからないだろうな、こんな、胃が締め付けられるような感覚は」
気が晴れるわけでもないのに、つい八つ当たりをしてしまう。
そんな自分が嫌になり、祐樹は口を閉じた。

「確かに、私に主の痛みはわかりません」
明光は正直に、素っ気ないことを言う。
けれど、祐樹を見放しているわけではなかった。
俯いている頬に手を添え、ゆっくりと上を向かせる。

「ですが、主にもわからないでしょう。。
貴方が傷付いている姿を見て、私がどれだけ心を痛めているか・・・」
本気で心配していると、そう告げられて祐樹は目を丸くする。
慰めの言葉は逆効果になると知っていて、明光はそれ以上何も言わず、祐樹を抱き締めた。
とたんに、祐樹は胸の内に温かいものを感じて、泣きそうになったけれど、歯を食いしばって耐えていた。




翌日、祐樹は平日にも関わらず森へ来ていた。
明光に何か言われるのが怖くて、誰も召喚しないまま城へ赴く。
到着すると、ちょうどユノと出くわした。

「あれ、祐樹、学校は休み?」
不思議そうに問われても、祐樹は視線を逸らして答えない。
そんな様子を見てユノは察したのか、言及しなかった。

「・・・おいでよ。アゼル様が、話をしたがってるから」
こういうことになると、予測していたのだろうか。
祐樹はユノに続いて、城へ赴いた。


案内された部屋は、鍵のついた扉がついていて、そこでユノと別れる。
どこか異様なものを感じつつも、祐樹は中へ入った。
中にはよくわからない機械や実験器具が並んでいて、その奥にアゼルがいた。

「おや、いらっしゃい。その様子だと、新しい場所には馴染めなかったようだね」
顔に出てしまっていたのか、指摘されて小さく頷く。
「それで、妖魔になりに来た?」
「い、いや・・・」
人の形を捨てようと、そう思って来たのではなく、自然と足が向いていた。

「なりたいのなら歓迎するよ。私の陣営に入ればいいし、妖魔を狩っていたのなら心強いしね」
歓迎する、という言葉に引かれる。
もしかしたら、アゼルの目的はルシファーと明光を引き入れるためなのかもしれないけれど。
受け入れてくれる場所があるのなら、そこへ入ってしまいたかった。


「・・・妖魔になるには、どんな方法があるんですか」
ユノに聞いた以外の方法があるかもしれないと、期待を込めて問う。
とたんに、アゼルは目を光らせて注射器を取り出した。
「それなら、採血させてもらって、適合しそうなやり方を見つけようか」
アゼルがさっと祐樹の隣へ移動し、腕を取る。
祐樹は身構えたけれど、服の上からさっと針が刺され、痛む間もなく抜かれた。

今の一瞬でどうやったのか、注射器の中には血液が入っている。
アゼルは早速、祐樹の血を機械の中へ入れる。
すると、ディスプレイに文字の羅列がずらりと並んだ。
祐樹には読むことができず、ぼんやりと立ち尽くしている。

「ああ、ルシファーの血が入っているね。あれは召喚者の力を高めるけど、麻薬みたいなものだよ」
「そ、そうですね・・・」
みなまで言われなくても、その効果は嫌と言うほど知っていた。


「この混じり気は唾液かな。やっぱり、仲睦まじいんだね」
「む、睦まじいというか・・・」
否定はできなくて、祐樹は押し黙る。
以前にした行為を思い出すと、主従関係の一言では言えない関係に違いなかった。

「うまく適合しているようだし、これなら妖魔になるなんて難しくないよ」
「それって・・・性的なことですか」
アゼルは意味深な笑みを浮かべ、肯定の意を示した。

「その方法が一番手っ取り早いだろうね。お互いに想い合っている仲なら、拒否反応も出にくい」
「他の方法は・・・」
「あるにはあるけど、骨を削ったり、目を取り替えたりするから、痛いし時間もかかるよ」
さらりと恐ろしいことが告げられ、祐樹はぞっとした。
やはりユノが言ったとおりの方法しかないのかと、複雑な思いにかられる。


「さてと、私はそろそろ外交へ行ってくるよ。
妖魔になる決意ができたら、準備をしてあげるからね」
アゼルは無用心にも、祐樹をその場に残して部屋を出た。
周りには見たこともない機械だらけで、触る気が失せる。
とりあえず部屋を出て、この城を知っていそうな相手を呼び出すために魔導書を取り出した。

「ルシファー、出てきてくれ」
魔導書が赤く光り、霧がルシファーの形になる。
「お前はアゼルと親しいんだろ。どこか、暇潰しできる場所を知らないか」
「親しくはないが、一応は把握しているな。ついて来い」
珍しく素直に言うことを聞き、ルシファーは祐樹を先導した。
同じような扉をいくつも過ぎた後、部屋に入る。

「ここは奴の書斎だ、難しい書物が好きならいくらでも過ごせるだろう」
「これが、書斎・・・」
書斎と言えば、小ぢんまりとした部屋を思い浮かべるけれど。
そこは図書館のような広さがあり、祐樹は唖然としていた。
ルシファーも調べたいことがあるのか、奥へ入って行く。
祐樹は、ひときわ目立つ赤い本棚へ近付いていた。

ほとんどは読めない文字だったけれど、表紙に人と妖魔が描かれている本を手に取ってみる。
中には、読めない文字と人が使う文字が混在していて目を凝らす。
そこで、目次に「妖魔への転換」と書かれているのを見つけ、ページを開いた。
アゼルの言ったとおり、人が妖魔になる方法はいくつかあるらしく、挿絵付きで事例が書かれている。
腕が四本になっていたり、形を留めていないものがあったり、見ていると悪寒がする。

おぞましい奇形が描かれている中に、一つ、まともな姿を留めていて。
それは、人間の頃と比較する形で描かれている、黒い翼を生やしたユノだった。
横には、妖魔になった方法も書かれていて、事細かに読んでいく。
親しく、相性の良い相手の血を輸血し、その後は強大な力を持つ妖魔の精を。


「妖魔になりたいのか」
背後から話しかけられ、祐樹は慌てて本を閉じる。
書棚に戻して振り向くと、さっと顎を取られた。

「っ、おい・・・」
「お前が望むのなら、いつでも手解きをしてやろう。方法は、もう知っているな」
そのまま顎を撫でられ、微かに寒気を覚える。
そう、妖魔になるためには、ルシファーの力が必要で。
そして、口ではとても言えないようなことをしなければならない。
大それたことは、想像することさえ羞恥心が許さなかった。

「・・・正直に言うと、妖魔に興味はある。けど、そんなこと、許すと思うか?あの母さんが」
祐樹が心配そうに言うと、ルシファーは黙って手を離す。
いくら力を持っていても、捻じ伏せられない相手がいるとわかっているようだった。

「では、その問題が解決すればいいのだな」
「まあ、そうだけど・・・」
微妙な返事だったけれど、否定していないのを聞くとルシファーは部屋から出て行く。
もしかしたら、説き伏せに行くのだろうかと不安になったけれど。
ちょっとやそっとでは大人しく言うことを聞く母親ではないと、祐樹が一番分かっていた。
加えて、ルシファーが簡単に引き下がる相手ではないということも。


その日は、珍しい書物をいろいろと読みふけって、暗くなる前に帰宅した。
そして、次の日も学校ではなく森へ行こうと家を出たとき。
この家に訪問しようとしていたのか、目の前にいた相手を見て祐樹は足を止めていた。
「祐樹、登校時間はとっくに過ぎてるわよ」
「いっ・・・な、なんで、母さんが・・・」
いつかと同じことを言い、祐樹はたじろぐ。

「最近、お世話になってる人がいるそうじゃない。ご挨拶をするから、連れて行きなさい」
「わ、わかった・・・」
転校してから早々に行かなくなったものだから、また、学校に呼び出されたのだろうか。
冷静な様子が逆に恐ろしくて、祐樹は素直に森を案内した。
木々は、母を避けるようにさっと両端に寄り、道を作る。
怖々しつつ、ほぼ一本道になった道を歩いて行くと、すぐに城へ着いた。
そこへ、狩りから戻って来たカイブツが通りかかり、見慣れない相手を珍しそうに見た。

「あれ、おばさん、祐樹の知り合い?」
堂々と、怖いもの知らずなことを告げられて、祐樹は頬を引きつらせる。
けれど、ここでも母は怒らず、カイブツをじっと見ていた。
「こんにちは、私は祐樹のお母さんよ。あなたは、祐樹の友達?」
「そうだよ。ユノの友達は、俺も大切にしなきゃ」
素直な物言いが気に入ったのか、母はやんわりと頬を緩ませた。

「ユノっていう子もいるの。・・・この子、結構意地っ張りだけど、仲良くしてくれる?」
「うん。友達が増えてユノが嬉しがってたし、俺も嬉しいから」
カイブツが屈託なく笑うと、母はよしよしと頭を撫でた。


「これはこれは、祐樹君のお母様、よくおいで下さいました」
城の方から呼び掛けられ、祐樹も母も目を向ける。
そこには、いかにも人の良さそうな、爽やかな微笑みを浮かべているアゼルかいた。
一見、人畜無害の好青年に見え、祐樹は逆に違和感を覚える。
けれど、母はアゼルに歩み寄り、同じく愛想よくしていた。

「いつもうちの祐樹がお世話になっています、ええと・・・」
「私はアゼルと申します。こちらこそ、祐樹君にはいつも子供達と仲良くしてもらっています」
アゼルはうやうやしく一礼し、感謝の意を示す。
声の調子は全くよどみなく、礼儀正しく、饒舌だった。

「それにしても、お母様は強力な妖魔を従えていらっしゃるようですね。。
この親にしてこの子ありだと実感いたします、祐樹君もとても優秀で、羨ましい限りです」
自分だけでなく祐樹のこともいっぺんに褒められ、母は恥ずかしそうにはにかむ。
子を褒められて嫌だと思う親はそうそういないと、アゼルは熟知しているようだった。

「そんな、祐樹は至らぬところばかりでお恥ずかしいです。。
今だって、わがままを言っているところで・・・」
「おや、何か事情がおありのようですね。親の立場にあるのは私も同じ、苦労はお察しいたします。
こちらへどうぞ、私も祐樹君のことには興味がありますので、ぜひお話を聞かせていただけないでしょうか」
懇切丁寧な態度に気を許したのか、母はアゼルに促されるがまま城へ向かって行った。
あまりに見事な話術に、祐樹は呆然とする。
カイブツはもう慣れているのか、二人の姿が見えなくなってから城へ入った。


「・・・ルシファー」
一言名を呼び、ルシファーを召喚する。
霧が形を留めると、祐樹はすぐに問いかけた。

「お前、母さんを呼びに行ったのか」
「召喚魔が偵察に来ていたから、そのついでにな。
それよりも、なぜ奴が中立で居続けられるか、わかっただろう」
「ああ、母さんの警戒心をあんなに簡単に解くなんて、驚いた」
相手は妖魔なのだから、母でなくとも訝しむのが当然のはず。
けれど、いとも簡単に相手を安心させ、城へと導いていた。
あの饒舌な言葉と、外面の良さから醸し出される友好的な雰囲気が、敵を作らない秘訣なのだと学んだ。

母が、そう簡単には丸め込まれるとは思えないけれど。
祐樹は、もしかしたらという期待を抱いていた。


その後、数時間ほど経っただろうか。
祐樹がそわそわとしていると、城から二人が出てきた。
母と目が合うと真っ直ぐに向かってくる。
「み、明光」
祐樹は思わず明光を呼び出し、隣に並ばせた。

「祐樹、あなた、妖魔になりたいの」
叱られるだろうかと、祐樹はおずおずと頷く。
母が怖くても、自分の正直な気持ちはごまかしようがなかった。
「そう。明光、貴方はそれでもいいの?祐樹が人でなくなっても」
「それが、主の幸せに繋がるのなら」
明光が即答すると、母は軽く溜め息をついた。

「・・・わかったわ。祐樹、あなたの好きにしなさい」
「好きに、って・・・」
「どうか、祐樹を宜しくお願いします」
母はアゼルに向き直り、一礼する。
「お任せ下さい。私としても、子が一人増えたようで喜ばしい限りです」
相変わらずの爽やかな微笑みに、母は表情を緩ませた。

「迷惑かけないのよ、わかったわね」
それだけ言い、母は森を出て行く。
やけにあっさりと許され、祐樹は拍子抜けしていた。


「アゼル・・・様、一体どうやって母さんを説得したんですか」
「ああ、妖魔の世界なら自分の力だけでも生きていける、最高の自立心を育めると言ってね。。
のんべんだらりと家に居るよりはいいって、納得してくださったよ」
数時間も話していたのだから、とてもそれだけでは要約できないだろう。
祐樹はアゼルに感謝すると同時に、この相手には逆らえないと感じていた。

「そうそう、君の体内にはわずかにルシファーの血が残っているから、完全に出してしまわないとね。
そこにいる明光にしてもらうといい」
「出すって、どうやって・・・」
「普通にするだけじゃあ何回かかるかわからないから、吸い出してもらえばいいんじゃないかな」
最後の言葉を聞いて、祐樹は硬直する。

「あはは、まだまだ純情だね。よかったら、私が作った触手を貸してあげようか」
「し、触手・・・」
動揺している祐樹を見て、明光が前に歩み出る。
「その必要はありません。あの輩の血気など、私が昇華させてみせます」
「おや、それは失礼。それでは、邪魔者は退散するよ」
アゼルが立ち去ると、祐樹は動揺したまま明光を見る。

「お、お前、本気なのか・・・」
「冗談は苦手です。最も、主の気が進まないのなら無理にとは言いませんが」
すぐに否定することも、肯定することもできずに、直樹は黙る。
それでも、妖魔になりたいのなら、返事は一つしかなかった。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
いちゃつきが全くなくて申し訳ない、でも、これでフラグが立ちました。
なので、次からは全く自重しません。