召喚魔にいろいろされて人間止めてみた話5


ルシファーとあらぬことをした数日後、祐樹はあまり体調が良くなかった。
こめかみと、腰と、背中が痛む。
体の内側を何かがつついているような感じがするけれど、特に対処もできなかった。
外が暗くなり、早めに寝てしまおうと祐樹は自室のベッドへ向かう。
けれど、そこにはすでに先客が居て、足を止めた。

「・・・ルシファー?」
珍しいことに、ベッドはルシファーに占領されていた。
眠っている姿なんて見るのは初めてで、まじまじと顔を覗き込む。
狸寝入りではないようで、規則的な寝息が聞こえてくる。
とりあえず邪魔なので戻そうかと、魔導書を取りに行く。
そう思ったけれど、ふと、このまま見過ごすのは勿体ない気がした。

いつもは好きなようにされているのだから、たまには逆の立場になってみたい。
まず一番に興味が沸き起こったのは、鎖が出て来る服だった。
たいてい、その厄介な鎖に巻き付かれて、動きを封じられてしまう。
その仕組みがわかれば対処法も思いつくかもしれないと、祐樹は慎重にルシファーの服に手をかけた。

上着を脱がそうとしたところで手を止め、一旦様子を覗う。
何か、疲弊することがあったのだろうか、起きる気配はなかった。
祐樹は安心して、服をめくり、袖口を探ってみる。
けれど、そこはただの空洞で、鎖が隠されていることはなさそうだった。


ならばシャツも探ってみようと、上着を慎重に取り払っていく。
流石に起きるだろうかと警戒したけれど、まだ寝息は続いていた。
緊張しつつもシャツのボタンに手をかけ、一個一個外し始める。
その中に鎖があるかと予想していたけれど、見えたのは素肌だけだった。
一応、全部のボタンを外してみて、袖の方も確認してみる。
それでも、鎖の一本も出て来なくてがっかりした。

もしや、下半身の衣服の方に収納されているのだろうか。
流石にそこまで手をかける度量はなく、手を引っ込める。
そのとき、ふと気が付いた。
いつの間にか、寝息が聞こえなくなっていることに。

はっとして、離れようとしたときにはもう遅かった。
一瞬で手首が掴まれ、ベッドから下りることができなくなる。
顔を上げると、ルシファーが体を起こしていて、意地悪い笑みと目が合った。


「まさか、お前に寝込みを襲う度量があったとはな。夜這いのつもりか?」
「なっ、何言ってんだ!た、ただ、構造に興味があっただけで・・・」
「ほう、我の構造が知りたいのか」
ルシファーは自分の衣服が乱れていることに少しも同様せず、面白がっている様子を崩さない。
そして、あろうことか祐樹の手を誘導し、自分の胸部に当てた。

「お、お前、どういうつもりだ・・・っ」
「何だ、他者の体に触れてみたかったのではないのか」
恥ずかしげもなく、ルシファーは無理やり胸部をなぞらせる。
その部分は、自分のものとはまるで違って、祐樹は目を丸くしていた。
固くて、広くて、大の男のものだと実感する。
思わず凝視すると、全体的にしっかりとした体つきをしていると、初めてわかった。

今の今まで、行為をするときでさえ曝されなかった素肌を目の前にして、緊張感が芽生える。
たくましい体つきに嫉妬すると同時に、目が離せなくなっていた。
ルシファーは、祐樹の手を自分の腹部へも誘導していく。
そこには無駄な肉がなく、固さがあって、やはりたくましかった。


「・・・良い体つきしてるな」
「潜って来た修羅場の数が違うからな。お前の方も見せてもらおうか」
そう言って、ルシファーはさっさと祐樹の上着を脱がす。

「っ、何でオレも脱がされないといけないんだ!それに・・・見たこと、あるだろ・・・」
「抱き合っている状態では見えなかったからな」
案外納得することを言われてしまい、祐樹は押し黙る。
その間に、手早く上着が取り払われ、肌着は一気に切り裂かれた。

「こ、この服、借り物なんだぞ!」
「奴には代償を払ってある。服の一枚や二枚で煩くは言わん」
「代償?」
祐樹が不思議そうに問うと、ルシファーはちらと背後に目をやる。
そこで、八本あるはずの翼が七本しかないことに気付いた。

「お前、翼が・・・」
「お前の母親を説得してやった見返りに、羽が欲しいと言うんでな。
数枚どころか、根こそぎ持って行かれたのは誤算だった」
だから、珍しく眠っていたのだろうか。
翼というのは、召喚魔や妖魔にとって特別な意味を持つものなのかもしれない。
そうやって力を削がれたのは、自分のせいなのだと思うと罪悪感が芽生えた。


「・・・悪かったな、お前の力を弱めることになって」
素直な謝罪の言葉が意外で、ルシファーは黙っている。
返事の代わりのつもりか、祐樹の身を抱き寄せた。
お互いに上半身が露わになっていて、素肌が密着する。
思いの外、ルシファーの体温が温かくて、祐樹は目を細めた。

固い胸筋が触れ、たくましい腕に抱かれるのは、服の上からとはまるで違う。
全体的に筋肉質な肌に体が押し付けられると、自分の体温も上がった。
今思えば、行為をした時でさえ脱がされたのは自分だけで、ルシファーは無防備になろうとはしなかった。
信頼してくれたのだろうか、はたまた、調教できたと高をくくっているのだろうか。
どちらにせよ、居心地が悪いことはなく、祐樹は大人しくしていた。


「・・・父親に抱かれるって、こんな感じなのかもな」
感じていたことが、ぽろりと零れる。
「そうなると、お前は父親と交わったわけだな」
「た、例えだよ、例え!」
とんでもないことを恥ずかしげもなく言われ、祐樹の方が焦る。
からかわれることは気に食わなくとも、どこか和やかな雰囲気があって、わずかに頬が緩んでいた。
最初は、とんでもない奴を召喚してしまったと、不安なところもあったけれど、
今となっては、微妙な主従関係の中でうまく制御できていると思う。

抵抗しないままでいると、背に回る腕に少し力が込められ、より密接になる。
自分よりも大きな相手に包み込まれたとき、父親に感じるような頼りがいを覚えていた。
無意識の内に、直樹は自分からも身を寄せる。
誰かにもたれかかって、身を預けてしまいたい。
そんな願望が、自分でも気付かない内に芽生えていた。

そのとき、急にこめかみと、背中と、腰が痛くなる。
普段よりも痛みが増しているようで、祐樹は顔をしかめた。
「どうした、皮膚が痙攣しているな」
「っ・・・痛いんだ、内側からつつかれているような・・・」
ルシファーは変化を察したのか、祐樹の背に腕がかからないようにする。
けれど、その身は離さず、後頭部を軽く抱いていた。


「痛みに反発しようとするな、拒む意思があると出て来られないだろう」
「な、にが・・・」
祐樹は痛む個所を抑えようとしたが、ルシファーに腕を取られて止められる。
「このまま身を委ねていろ。いずれ、楽になる」
気を紛らわせようと、ルシファーは祐樹の髪をゆったりと撫でる。
そして、上を向かせ、苦痛の言葉を吐き出す口を塞いだ。

「ん、う・・・」
重ね合わせるだけの静かな口付けに、祐樹の心音がとくんと鳴る。
まるで、父性に慈しまれているような気がして、自然と目を閉じていた。
それは、苦痛を紛らわすための、都合のいい解釈でしかないけれど、
痛みのさなか、気が紛らわされていることは確かだった。

そうして油断した時、皮膚がぐいと持ち上げられる感覚がする。
次の瞬間には、内側に押し留められていたものが、解放されていた。
「あ・・・っ・・・!」
驚きのあまり、ルシファーを押し退けて声を上げる。
痛みが消えたと思えば、背中や頭が重たくなっていた。
祐樹は深く呼吸をし、気を落ち着かせる。


「中々、良い姿になったではないか」
ルシファーは口端を上げて笑み、祐樹の耳の辺りに触れる。
恐る恐る祐樹もそこへ手を伸ばすと、人にはあるはずのない、固い感触があった。
形をなぞってみると、ルシファーと同じような角が生えているのだと想像できる。
後ろを見てみると、背にはコウモリのような翼が備わっており、
腰元からは、細くて黒い尻尾が生えていた。

「まるで小悪魔だな、似合っているぞ」
悪魔の姿が似合っているなんて、嬉しいのか嬉しくないのか微妙な心境になる。
けれど、どんな形にせよ、妖魔に慣れたことは喜ばしかった。

「これで、もうお前達の力に頼らなくてもよくなったんだな。
・・・見てろよ、今にひれ伏せさせてやる」
「ほう、何百年かかるか見物だな」
「そう言っていられるのも、今の内だ!」
強気に言うと、感情が伝わっているかのように尻尾が揺れる。
視界でちらちらと動くものが鬱陶しいのか、ルシファーはその尻尾を掴んだ。

「ひっ!」
とたんに、祐樹は体をびくりと震わせる。
尻尾を掴まれると、まるで腰元にがっしりと腕を回されているような感覚がした。
「細い割に、感覚は通っているようだな」
観察するように、ルシファーは祐樹の尻尾を指先で撫でる。
先端の方へ触れると、全体が細かに震えた。

「や、やめ・・・っ、そこ、触んな・・・」
やたらと鮮明に手の動きを感じ、初めての感覚に祐樹は狼狽する。
素肌を撫でられているようで、性感帯ほどではないけれど、敏感に反応していた。
面白がるように、ルシファーは尻尾を口元へ引き寄せ、軽く甘噛みする。
「だ、だから、やめろ・・・っ、ぁ・・・」
食まれるだけでも赤面するのに、そこへ舌が這わされると体がかっと熱くなる。
下半身についているせいか、その感覚はすぐに伝わってしまった。


「折角肌を曝したのだから、下も同じようにしてみるか」
「何、言ってんだ・・・そんな、こと・・・」
ここから先の出来事が予測できるのに、本気で抵抗できない。
これも、妖魔になったせいなのだろうか、理性が本能に負けているような気がした。
ルシファーは尻尾を離し、祐樹の残りの衣服へ手をかける。
祐樹は息を飲み、覚悟したが、廊下の方で、駆けてくる足音が聞こえてきた。
その足音の主が勢いよく扉を開けたものだから、祐樹は慌ててルシファーの肩を押した。

「人の気配がなくなったと思ったら、祐樹、妖魔になったんだね!」
空気を読まずアゼルは真っ直ぐに二人の元へ近付く。
その目には、妖魔になった祐樹しか映っていないようだった。

「その姿はまさしく小悪魔だね、似合っているよ。
それにしても、血を交わらせていないのに変化が起こったのは興味深い。
ルシファーの精が順応しきったのかな」

「失せろ、アゼル。愉しみの邪魔をするな」
ルシファーはアゼルを睨み、祐樹を引き寄せる。
そこで、やっと今の状況を察したのか、アゼルはあっけらかんに笑った。

「あはは、ごめんごめん、つい興奮してしまって。
また明日、採血させてほしいな。では、良い夜を・・・」
アゼルはわざとらしく一礼して、部屋を出る。
明日、採血だけで済めばいいと、祐樹は溜息をついた。
同時に、ルシファーも小さく息を吐く。
祐樹が顔を上げると、瞼が重たくなっているように見えた。

「お前、もう眠いんじゃないのか」
否定も肯定もしなかったが、ルシファーは再びベッドに横になる。
腕には、しっかりと祐樹を抱いたまま。
まさか、このまま眠る気なのかと、祐樹は身じろぐ。
けれど、腕は断固として解かれなくて、もう寝息が聞こえてきていた。

直樹は諦めて、自分も目を閉じる。
すると、胸部の辺りから規則的な鼓動が聞こえて来た。
静かな音が心地よくて、肌が触れ合っているのに気が落ち着いていく。
守られている安心感があるのだろうか。
最初は焦っていたけれど、いつの間にか身を寄せていた。
まるで、父親に甘える子供のように。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
ルシファーのがたいのいい体に祐樹を寄り添わせたくて書いたものでした。
最近は、シチュエーション先行型で書いてる気がします。