召喚魔にいろいろされて人間止めてみた話6


目が覚めると、いつものようにルシファーはいない。
自分の耳の上へ手をやると固いものが当たり、本当に妖魔になったんだと改めて実感する。
上半身の服が割かれているのはそのままだったけれど、枕元に新しい服が置いてあった。
もしかしたらアゼルが置いたのかもしれないけれど、そんな心配りが嬉しく感じる。

翼がある状態で着られるだろうかと思いつつ、袖を通す。
すると、服や翼は尻尾を通り抜け、いとも簡単に着衣ができた。
妖魔の気をすり抜ける服を作るなんて、アゼルにとっては朝飯前なのだろう。
服のデザインがややルシファーに似ているのが気になったけれど、居候の身で文句を言うほどふてぶてしくはなかった。

下も着替えて、部屋の外へ出る。
その気配を察したのか、どこからかアゼルが姿を表した。
「おはよう、祐樹。昨日は魅力的な時を過ごせたかな?」
「い、いや、昨日は、ただ眠っただけで・・・」
「まあ、それはどちらでもいいけれどね。とりあえず、採血させてくれるかな?」
了承する前なのに、アゼルはすでに注射器を手にしている。
拒否権はないのだと、祐樹は渋々頷いた。

とたんに、アゼルは目を光らせ、一瞬で祐樹の腕に細い針を刺す。
まるで、服の上から血管が見えているかのように正確で、
痛みを感じるまでもなく針が抜かれ、血の一滴も零れなかった。
注射器に溜まった血液は、心なしか黒が混じっているような気がする。


「ふふ、ありがとう。今日からは、力の使い方を探ってみるといい。
ただ、もう君を防護するものはないから、ルシファーかミョウコウを連れて行ったほうがいいよ」
血を取るだけ取って、アゼルは去って行く。
本当に、魔導書は使えなくなってしまったのだろうか。

「・・・明光」
試しに、本を手にして呼び掛けてみるけれど、何の光も生まれない。
それもそのはず、中を開いてみると、全てのページが真っ白になっていた。
ならば、明光やルシファーはどこへ行ってしまったのかと、祐樹は出口へ駆け出した。


外へ出ると、遠くの方から歩いて来る人影が見えた。
思わず、小走りで歩み寄ると、輪郭がはっきりとしてくる。
「明光・・・お前、どこにいたんだ」
「気付いたときには、以前に主が暮らしていた家に居ました。
おそらく、最も馴染み深い場所が選ばれたのだと思います」
馴染み深い場所が、母の元でなく自分の家だと聞き、内心嬉しくなる。
感情に呼応するように、尻尾はゆらゆらと揺れていた。
明光は、祐樹の変わり様を見て、わずかに眉をひそめる。

「そ、そうだ、オレ、妖魔になったんだ。・・・お前は、気に入らないか」
あまり喜んではいない様子を見て、祐樹は不安になる。
「いえ、それが主の望んだ結果ならば、何も文句は言いません。ただ・・・」
続きがあるように思えたけれど、明光はそこで閉口する。

「ただ、何だ?」
「・・・いえ、それよりも、妖魔になったからには、力の使い方を覚えなければならないのではないのですか」
「そうなんだ、ちょうどお前が見つかったことだし、しばらく付き合ってくれ」
話をすり替えられたが、今は期待に満ち溢れていて気にならなかった。


周りに被害を与えないよう、祐樹は森の奥へ移動する。
「さて、と。力を使うって言っても、どうするかな・・・。
明光、お前は力を使うとき、どうやっているんだ」
「私は、鋭利な刃で敵を一刀両断にする場面をイメージしています。
全神経を刀へ集中させる感じでしょうか」

「イメージと集中、か」
祐樹は掌を前に出し、掌の上へ黒い塊が渦巻く場面を想像する。
そうして、指先まで力を入れると、体がざわめくような感覚がした。
掌を凝視すると、そこへ黒い妖気が渦巻き始める。

「これが、魔導書と引き換えに手に入れた力・・・」
この禍々しい物体は、一体どれほどの威力を持っているのだろう。
塊がある程度大きくなったところで、祐樹はボールのように思い切り投げた。
勢いよく飛んで行く、と思いきや、球体はふわりと浮かぶ。
そして、地面に着く前に、ぱちりと弾けて消えてしまった。
祐樹も明光も呆気にとられ、一瞬言葉を失う。

「・・・外見の割に、威力が伴っていませんね」
「う、うるさい、まだ始めたばかりだ!」
祐樹は半ばやけになって、同じことを何度も繰り返す。
けれど、球体は周りに被害を与えるどころか、地面に辿り着くこともなくて、
全力投球している祐樹には、徐々に疲労が蓄積されていった。


「こ、これだけやっても駄目なのか・・・」
何十球投げても、何の進歩もない。
どうやら、妖魔の力を扱うのは結構難しいことのようだった。

「まだ一日目です、焦ることはないと思いますが」
「のんびりなんてしていられないんだ!
我儘言って妖魔になったんだから、一日でも早く、お前達に頼らなくてもいいくらいの力をつけたいんだ!」
明光にも、ルシファーにも、アゼルにも迷惑をかけて、やっと妖魔になった。
だから、少しでも早く妖魔の力を高め、自分も役に立てるようになりたい。
自立心が芽生えているのは良いことのはずだが、明光はふっと目を伏せていた。

「明光、さっきから変だぞ。何か気にかかることでもあるのか?」
「いえ・・・。そろそろ、戻りましょう。暗くなると帰り道がわからなくなりますよ」
返事を聞く前に、明光は城への帰路を辿る。
祐樹はそんな態度を訝しみつつも、後を追った。




帰った頃には夕食ができていて、疲労しているからか一段と絶品に感じた。
その後は風呂場でうとうととしてしまい、浴槽に沈んでしまう前に浴室を出た。
今日は張り切りすぎたのかと反省し、ベッドに腰掛ける。
妖魔の力に関する書物でも読みたかったけれど、活字を見る気が起きなかった。
もう眠ろうかと思ったとき、扉がノックされる。
目を向けると、明光が入って来るところだった。

「明光、どうした・・・って、そうか、もう魔導書には戻れないんだったよな」
「はい。まだ部屋の用意ができていないようなので、今日はここに居てもいいでしょうか」
「ああ、いいぞ。ベッドは広いからな」
許可が下りると、明光は祐樹の隣に腰かける。
すると、すぐに肩を密着させ、腕を回して身を寄せていた。
密接になるのはもはや珍しいことではないけれど、寄り添われることは滅多にない。

「な、何だ、急に・・・」
「申し訳ありません。今日一日で、だいぶ・・・不安に、なってしまいまして」
「不安に?」
不思議そうに尋ねると、明光はきつく祐樹を抱き締めた。

「今まで、私は貴方の面倒を見るように仰せつかっていました。
ですが、ここには城の主がいますし・・・私のことが、もう必要でなくなるのかと・・・」
その声は細くて、本当に不安になっているのだと、ひしひしと感じられた。
自分が人から妖魔になったように、明光も召喚魔ではなくなった。
それで戸惑い、存在価値が失われてしまう危機感を覚えているのだろう。
急に切なくなり、祐樹は明光に片手を回す。

「頼らないとは言ったけど、必要ないなんて一言も言ってない。
お前が召喚魔でなくなって、自由になっても・・・て、手放す気なんて、ないからな」
自分からこうして慰めようとするなんて初めてのことで、どもりそうになる。
戸惑いをよそに、尻尾が自然と明光の体にまわった。


「ありがとうございます、主・・・」
抱き締められているのに、支えているのは自分の方に感じる。
いつもと逆の立場になったとき、誰かの止まり木になれることは喜ばしいことだと実感していた。

「そうだ、オレはもうお前の主人じゃないんだから、そんな呼び方じゃなくてもいいんだぞ」
「いえ、貴方の名を呼ぶときは、特別な時だけにしたいのです」
特別な時とは、どんな場合なのか。
過去のあられもないことが思い浮かび、祐樹は視線を逸らす。
尻尾が解かれようとしたけれど、明光はそれを掴んで引き留めた。

「っ・・・」
急に握られ、祐樹はわずかに肩を揺らす。
明光はそんな反応をじっと見た後、尻尾をゆっくりと撫でた。
「そ、そこは、あんまり触るな」
そう言ったものの、明光が手を離す気配はない。
それどころか、尖った先端から、掌でなだらかに愛撫し始めた。

「あ、っ・・・だ、だから、もう離せっ」
少し強く言われ、明光は渋々手を離す。
けれど、言葉とは裏腹に、尻尾は明光の手首にやんわりと巻き付いていた。
まだ触れていてほしいと、そう主張するように。
ぎょっとして、祐樹も尻尾を見る。


「ち、違う、まだ、制御できないだけで・・・」
「ですが、これは主の感情を反映するように思えます」
明光は愛撫を再開させ、尻尾に優しく触れる。
変な声を出さないよう、祐樹は歯を食いしばっていたけれど、
今までにない、新たな部位への感覚に、息が荒くなりつつあった。
だんだんと、感覚に酔いしれるように、目が虚ろになる。
そんな様子を目の当たりにするとたまらなくなって、明光は祐樹に顔を寄せ、吐息を塞いだ。

「っ、ん・・・」
口付けられると、尻尾が明光の腕にさらに巻き付く。
柔らかくて温かな感触を与えてほしいと、そう望むように。
口付けのさなか、明光は祐樹の下肢へと手を伸ばす。
胸部を撫で、腹部をゆっくりと通り過ぎて行く。
どこへ触れようとしているのか察したけれど、相変わらず尻尾は明光から離れようとしなかった。


拒まれないとわかると、明光は服の上から祐樹の下肢の中心へ手をやる。
反射的な肩の震えが伝わり、塞いでいた箇所から離れた。
「私は、妖魔の姿になった貴方を受け入れたい。・・・許して、くださいますか」
「み、明光・・・」
肯定の返事以外できないと、祐樹は自分でもわかっていた。
言うことを聞かない尻尾を恥ずかしく思いつつ、小さく頷く。
すると、明光は祐樹の寝具の中へ手を入り込ませた。

「あ、っ・・・」
直に触れられたものは、すでに固くなりつつある。
明光は伝わる熱に目を細め、それをゆったりと愛撫していく。
同時に、尻尾を口元へ持ってゆき、軽く舌を這わせた。
「あぁっ、う、ぅ・・・」
ただ前に触れられるより強い感覚に襲われ、あられもない声を上げてしまう。
とっさに口を閉じたけれど、尻尾を弄られるともう駄目だった。
息を吐くたびに細かな声が発されてしまうほど、感じるものが増している。
声も、吐息も、自分の意思ではとても抑制できなかった。

「普段より、だいぶ敏感になっているのですね」
「だ、だから、あんまり触るな・・・っ」
拒否しても、尻尾は明光の手を振り払おうとしない。
そんな様子に、明光はふっと微笑んだ。


「・・・体は、ずいぶんと正直ですね」
「う、うるさい・・・!」
声を強くすると、尻尾が揺れる。
その先端が、明光を傷付けることは決してなかった。
言葉を止めると、明光は再び手を動かし、尻尾を甘噛みする。

「ああ、っ・・・」
ぞくぞくとしたものが背を走り、体が悦に打ち震える。
尻尾を明光の唾液が流れ落ちる感触さえもわかってしまう。
淫らな液は、後ろだけでなく、前のものも濡らしていた。
もう達してしまいそうになったところで、ふいに手の動きが止まる。
じれったくなったけれど、自分から求めることはわずかな理性が許さなかった。

「主・・・私と貴方の間に、もう主従関係はありません。
こうして、衝動的に貴方を襲ってしまうかもしれない。それでも・・・傍に置いていただけますか」
こんなぎりぎりの状態で、重要なことを問われてもうまく頭が働かない。
もしかしたら、深く考えさせないことが狙いなのかもしれないけれど、
どちらにせよ、答えは決まっていた。


「さっきも、言っただろ・・・手放す気はないって。お前は・・・オレだけの召喚魔だ」
理性が薄れている今、本音が零れる。
そして、尻尾が明光の腕を軽く引いていた。
明光も自分を抑えられなくなり、本能が望むままに祐樹を愛撫する。

「ひ、あ、ぁぁ・・・」
前も後ろも刺激を受け、体はもう耐えられなかった。
抑制も忘れて、尻尾が明光に強く巻き付く。
この相手を求めてやまないと、そう言うように。

「主・・・いえ、祐樹さん。私は・・・幸せです」
「明・・・光・・・」
そんな言葉を聞いた瞬間、幸福感を共有するように、祐樹の胸も温かくなる。
そうやって気が抜けて、油断した途端に弱い個所がなぞられた。
「あぁ、ぅ・・・っ、ああ・・・!」
ひときわ上ずった声が発され、尻尾が明光を締め付ける。
無意識の内に明光にしがみつき、襲ってくる衝動に耐えようとする。
それは無意味な抵抗で、掌に包まれた下肢からは、欲が溢れ出ていた。
淫猥な感触に、明光は目を細める。
そこにあるものは、嫌悪感ではなく、確かな愛おしさだった。


液がおさまると、祐樹は肩で息をして脱力する。
尻尾も明光から解かれ、力なくベッドに落ちた。
目を伏せていると、ふいに肩を抱かれ、抗うことなく明光にもたれかかる。
同じように高揚しているのか、その体温は高い気がした。

「私は、貴方の側に寄り添っていたい・・・たとえ、貴方がどんな姿になったとしても・・・」
優しい言葉に、祐樹は心から安堵する。
口から出てきたのは「当たり前だ・・・」と、いう素直じゃない返事だったけれど、
横たわっていた尻尾はふわりと浮き、明光の腰元へまわされていた。
こんなことをしたら、また明光を煽ってしまうかもしれないけれど、
この相手になら、衝動的にされても構わないと、そう思っていた。

口が裂けても言えない甘い言葉は、尻尾に伝わる。
引き寄せられるまま、明光は静かに、祐樹に口付けた。
まだ余韻が残る中で、優しい行為がやけに心地よくて、祐樹は目を閉じる。
触れ合っているこの時間が至福だと、そう言っても過言ではなかった。
唇を離すと、明光は虚ろな目をしている祐樹をそっと抱く。

「どうぞ、眠って下さい。後処理は私がしておきますから」
「ん・・・」
祐樹は明光に身を委ね、目を閉じる。
胸の内にあるのは、行為をした羞恥心ではなく、幸福感だった。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
せっかく尻尾を敏感にしたから、どうしてもさせてみたかった・・・
しっとりとした、と言いますか、和やかな雰囲気にしてみました。