召喚魔にいろいろされて人間止めてみた話9


最近、祐樹は安定して力を発揮できるようになっていた。
幼くなっていたとき、ルシファーに教えられたことを体が覚えているのか
黒い球体をイメージするとすぐに出てくるようになり、投げても途中で消えることはない。
木に当てると、さわさわと葉を揺らすことができるようになった。

けれど、祐樹はまだまだ満足しない。
せめて、木の一本でも倒せるようにならなければ使い物にならなさそうだった。
のんべんだらりと訓練しているだけでは、限界を感じる。
そこで、祐樹は思い切って森の奥に踏み入っていた。

隣には、過保護にも明光がついてきている。
祐樹は一人で行くと言ったのだが、明光は断固として聞き入れなかった。
相変わらず、息子思いの母親の様だと、嬉しい反面呆れもする。
これも、自分の力がまだふがいないせいだと、祐樹は諦めていた。

「明光、ちょっとオレが苦戦したからって、すぐに手出しするなよ。それだと、何にもならないからな」
「わかりました。なるべく、限界まで堪えます」
本当だろうかと訝しみつつ、祐樹は奥へと進む。
すると、おあつらえ向きの魔物がいた。
植物が変異したような、緑色の、奇妙な生き物がいる。
地に植え付けられているけれど、茎がうねうねと動いていた。

これなら、移動して飛びかかってくることもなさそうだと、祐樹は植物に近付く。
射程距離内に入ると、植物はとたんに茎を伸ばして刺そうとしてきた。
祐樹はさっと身をかわし、茎を避ける。

「これなら、いい練習相手になりそうだ」
明光は後ろに下がり、言われた通り諦観する。
祐樹は黒い球体をイメージし、植物めがけて放った。
けれど、速度が足りないようで、植物は身をくねらせて避ける。
少しむっとして、祐樹は両手に球体を携え、連続で投げた。
それも、かすりもせずに森の奥へ飛んで行く。
くねくねとした挙動が、まるで馬鹿にされているように思えて、祐樹は連弾を投げた。


数分後、祐樹は疲弊している一方、植物は傷一つついていなかった。
「くっ・・・一回も当たらないなんて・・・!」
自分の未熟さに苛立ち、祐樹は歯ぎしりをする。
その感情に誘発されるように、ひときわ大きい球体が掌の上に渦巻いた。
今までは野球の玉くらいだった球体が、三倍ほどに肥大する。
これなら避けられまいと、祐樹は力を込めて投げた。

球体が植物に当たり、周囲に黒い霧が散布される。
やったか、と思ったとき、霧の中から植物が向かって来ていた。
今の一撃に驚いたのか、植物は地面から抜け出し、茎を足のように使って走ってくる。
「いっ!?」
てっきり、その場から動けないと思っていただけに、祐樹の反応が遅れた。
茎が体に絡みつき、瞬く間に動きを封じられる。
羽をばたつかせて逃れようとするけれど、案外力が強くてびくともしない。

「祐樹さん!」
明光は、とっさに腰元の刀に手をかける。
駆け寄ろうとしたけれど、すぐに手出しをするなという言葉を思い出し、その場に踏み止まった。
茎はますます祐樹をがんじがらめにし、逃れられないようにする。

「っ、この・・・!」
茎を思い切り引っ張っても、引っ掻いても植物はまるで怯まない。
もたついていると、茎が服の隙間から入り込んできた。
寒気が背筋に走り、祐樹は危機感を覚える。
服の中でもぞもぞと動かれ、下半身の方へ伸ばされると鳥肌が立ち、嫌悪感が湧き上がった。

このままだと、捕食されてしまう。
ただ単に食べる、という意味合いだけではないかもしれない。
明光はもう堪え切れないと言うように、刀を抜く。
その金属音を聞いて、祐樹ははっとした。


いつまでも、明光に頼りっきりではいけない、自分で打開しなければならない。
その自立心と危機感が、祐樹の力を助長した。
尻尾が大きく震え、青い霧をまとう。
それは鋭い刃に変わり、茎を切り刻んだ。
植物は奇声を発し、祐樹から離れる。
そして、一目散に森の奥へ走って行った。

解放された祐樹は、茫然として自分の尻尾を見る。
脅威が去ると、尻尾から鋭さは消え、元に戻っていた。

「祐樹さん、大丈夫ですか」
「あ、ああ。少し驚いただけだ。・・・それより、今の見たか!尻尾が鋭くなって、相手を切り裂いたんだ!」
新しい力が使えたのが嬉しくて、祐樹は興奮ぎみに言う。

「お見事でした。あれも、何かをイメージしたのですか?」
「ん、まあ・・・刀の音を聞いたから、反射的にお前のことを考えてた」
祐樹の声がやや小さくなると、明光にとってはとたんに可愛げのあるものになる。

「あの輩ではなく、私を思ってくださって光栄です。格好良かったですよ、祐樹さん」
「そ、そうか」
あんまり素直に褒められると照れくさくて、祐樹は視線を逸らす。
そのとき、あの輩という言葉を聞いてルシファーのことも思い出していた。


「・・・そうだ、お前のことを考えて刀が出たんなら、ルシファーなら鎖が出るんじゃないか?」
祐樹は森の方へ反転し、鎖をイメージして手を掲げてみる。
けれど、そう簡単にはいかないのか、何も起こらない。

「うーん、すぐに出てくるもんでもないか。やっぱり、強い感情がないと・・・」
言葉を言いかけているところで、明光がふいに祐樹を後ろから抱きしめる。
どきりとして、祐樹は言葉を止めた。

「ど、どうした・・・」
明光は黙ったまま、祐樹にしっかりと両腕をまわす。
ルシファーの力を、使ってほしくないと言うように。
けれど、それは祐樹の成長を止めること。
ほどなくして、明光は祐樹から腕を解いた。

「祐樹さん、どうか力に呑まれないようにして下さい」
「わ、わかってる」
ルシファーの力は危険だと、祐樹自身もわかっている。
それでも、妖魔になったからには自分の力を高めたいという願望が拭えなかった。




眠る前に、祐樹はひたすら鎖を出すことをイメージしていた。
袖口から黒い鎖が放たれ、相手を束縛する。
脳が冴えていたからか中々眠れず、夢の中にまで鎖が出てきた。

起きたら、ひたすらイメージトレーニングに勤しむ。
いつも言う事を聞かない相手を縛り付け、屈服させる場面を想像すると高揚した。
じわじわと、よからぬ欲望が湧き上がってきて、力の原動力になる。
下剋上を果たして、見返してやることを、祐樹は強く望んでいた。

どんなにイメージを膨らませても、昨日のように危機感がないからか、鎖が出る気配はない。
何か他に良い方法はないかと、祐樹は書斎を訪れていた。
これだけ書物があれば、力を増幅させる方法が書いてある本があってもおかしくはない。

本棚を眺めて奥の方へ行くと、人の気配に気付く。
そこには、ルシファーが椅子にゆったりと座って読書をしていた。
祐樹はとっさに棚の陰に隠れ、こっそりと様子を覗う。
気付いていないのか、ルシファーは本のページをめくった。

これは願ってもないチャンスだと、祐樹は集中する。
ルシファーをあの椅子に縛り付けて、身動きを取れなくしてやりたい。
驚かせて、力を示して、見返してやりたい。
本人を目の前にすると、そんな願望がとたんに強まった。


ざわりと手が疼き、風もないのに袖口がはためく。
祐樹がルシファーの方向へ手を掲げた瞬間、袖口から黒い鎖が飛び出ていた。
ルシファーが本から鎖へ目を向けたときには、鎖が向かって来ていて
鎖は、椅子ごとルシファーの胴体や腕に巻き付き、束縛していた。
「やった!」
祐樹は姿を現し、ルシファーの前に移動する。

「この鎖は、お前が出したのか」
ルシファーは特に驚くこともなく、本を手放してもいない。
「そうだ、いつも好き勝手されてばっかりだったからな」
祐樹が言葉に力を込めると、鎖がきしんできつくなる。
それでも、ルシファーは顔色一つ変えず悠然としていた。
面白くなくて、祐樹はルシファーににじり寄る。

「今まで、さんざんなことされてきたけど・・・今回は立場が逆だ、覚悟しろ」
そう言ったものの、特にすることは決めていない。
ただ、動きを封じることができて、力を示せればよかった。
とりあえず、羽でもいじってやろうかと、また一歩近づいた。

「こんなもので、束縛したつもりとはな」
ルシファーがわずかに身じろぐと、いとも簡単に鎖が破壊される。
祐樹が呆気にとられると、鎖を引っ張られて椅子に乗り上げた。

「な、な・・・」
「覚えたての技で、我を封じられるわけがないだろう」
せせら笑うわけではなく、ルシファーは警告するように言う。
鎖が出たことに喜んでいて、こんなに脆いものだとは思っていなかった。


「束縛するのなら、これくらいしなければな」
ルシファーの袖口から鎖が出て、祐樹に巻き付く。
同時に、背中には両腕を回し、完全に動きを封じていた。

「は、離せよ・・・」
体が密接になり、身じろぐことさえできない。
正直、抱きしめられることは嫌ではなかったけれど、今は悔しさが勝っていた。
「まだ、振り払う事も出来んか」
呆れられた気がして、さらに悔しくなる。

「見てろよ、お前の鎖なんてすぐに切ってやる!」
祐樹は尻尾に意識を集中させ、明光の刀をイメージする。
尻尾をばたつかせるけれど、細いままで一向に強化される気配はなかった。
ルシファーが黙っていると、やたらと気まずくなる。

「き、昨日はできたんだ!尻尾が刀になって、植物を切り裂いて・・・」
「いざというときに出せなければ、意味がないだろう」
正論を言われて、祐樹は押し黙る。
恐らく、ルシファーに警戒心を抱いていないから。
抱き留められているこの状況を許容してしまっているから、そのせいだと薄々気づいていた。
祐樹が尻尾を動かし続けていると、ふいにルシファーが服の中へ手を入れてくる。


「え・・・」
たくましい手に背筋をなぞられると、植物に触られたときとは違う寒気がした。
ルシファーは、ゆったりと祐樹の背を撫でていく。
何をされても動けない状況だからか、それだけでも祐樹はどぎまぎしていた。

「そういえば、最近はお前が幼子になっていたから、元の姿を抱くのは久し振りだな。
たまには、後ろの方にも触れてやろうか」
背にあった手は、下方へ下がって行く。
抱く、という言葉がとても健全な意味には聞こえなくて、祐樹はとたんに危機感を覚えた。

「やっ、やめろよ、ここ、どこだと思ってんだ!」
「書斎だが、それがどうした」
これは口で言っても無駄だと、祐樹は尻尾を激しく振る。
解放される気配は全くなく、ルシファーはゆっくりと手を滑らせていった。

手が少し下げられるだけで、祐樹の背に悪寒が走る。
行為を断固として拒むわけではないけれど、誰が入ってくるかもわからない場所は嫌だ。
ルシファーには羞恥心というものがないのだろうか、とうとうズボンの中へも指を進めてくる。
本気だと感じた瞬間、尻尾が大きく震えた。

「っ・・・止めろって、言ってるだろ!」
祐樹が叫ぶと同時に、尻尾が反応するように光る。
そして、青い光をまとった瞬間、鎖を切り崩していた。
ルシファーの手には電流が流れたような衝撃が走り、祐樹から手を離す。
解放され、祐樹はすかさず距離を取っていた。

「ほう、尻尾を強化したのか」
「あ、ああ、昨日はこれで敵を切ったんだ」
祐樹自身も驚きつつ、どこか誇らしげになる。

「威力はそこそこだな。だが、危険を感じてから発動するようでは遅いぞ」
「う・・・わかってる」
本来なら、危険な状態になる前に発動できれば一番いい。
けれど、強い感情が伴わなければまだ力が出なかった。
危機が去ったとたん、もう、尻尾の光は消えてしまっている。

ルシファーは立ち上がり、祐樹との距離を詰める。
そして、顎を撮って自分の方を向かせた。
「もっと力を求めるがいい。我に認めてほしいのだろう」
「ま、まあ、それもあるけど・・・タダ飯食らいにはなりたくないしな」
ルシファーはにやりと笑い、手を離す。
その笑みが、祐樹には恐ろしいものに思えて仕方がなかった。