No. 6 #11


は二人に本当の事を言うべく、子ネズミを連れてネズミの家の前に来ていた。
風邪はどうやら重いものではなかったようで、朝起きた時はもう体のだるさはなくなっていた。
早く扉を叩けばいいものの、もう何分扉の前に立っているだろうか。
子ネズミは寒そうに肩の上で丸まっている。
昨日決断したのに、いざとなると中々一歩を踏み出せないでいる自分に苛立ちを覚える。

その苛立ちがつのってきたこともあって、はようやく扉を叩こうと手を動かした。
その時、扉がいきなり開いて僕のぶつかった。
かなり緊張していたので心臓が跳ねて、反射的に後ろへ飛び退いた。

「あれ、。おはよう」
扉を開けたのは紫苑だった。
時間はもう昼に近かったが、訪問者に紫苑は穏やかな表情で挨拶をした。
「あ、ああ。おはよう。・・・紫苑、話があるんだけど、いいかな」
まだ心臓は落ち着いていなかったが、は驚きを隠して真剣な表情で言った。

「話?うん、いいよ。とりあえず、寒いから中に入ろう」
紫苑はの手を取ったが、あまりの冷たさに放しそうになった。
だが、紫苑は逆にの手を強く握り、部屋に引っ張って行った。




部屋の中は充分に温まっており、さっきまで寒そうに丸くなっていた子ネズミは元気を取り戻す。
テーブルの上に座っている仲間を見つけると、の肩から離れ、駆け寄っていった。
ネズミはおらず、部屋の中にいたのは、その子ネズミ達だけだった。

「寒いから、こっちに座ろう」
は紫苑に誘導され、ストーブの前に腰を下ろす。
「手袋、取ったほうがいいよ。君の手、本当に冷たい」
外で立ち尽くしていたせいで、手袋はかなり冷たくなっている。
それが、今も流手を冷やし続けていたが、はそれでも手袋を外そうとはしなかった。

「・・・まだ、駄目だ」
まだ外すわけにはいかない。
この手袋を自ら外す時は、罪を重ねる時と、全てを話した後だけだ。

「それで、話って?」
「ああ。・・・話っていうのは・・・」
本当はネズミもいる時に話したかったが仕方無い。
先に紫苑だけにでも言ってしまおうと、は言葉を続けようとした。

「話っていうのは・・・」
は、もう一度同じ言葉を反復した。
先に続く言葉が出てこない。
一歩を踏み出せずに、その場で足踏みしてしまっている感じがする。
言わなければならないのに。
言ってしまおうと、そう決心してここに来たはずなのに。



部屋の中に、長い沈黙が流れた。
紫苑はの言葉をせかすわけでもなく、じっと待っていた。
が自分から話をしてくれるのなら、このまま何時間でも待つつもりだった。

沈黙のさなか、玄関の方で扉が開く音がした。
部屋に入ろうとしたその人物は、その静まり返った雰囲気に部屋の前で足を止める。
は、人の気配がして振り返った。

「ネズミ・・・君にも話があるんだ。来てくれ」
「あんたから話があるなんて、珍しいな」
ネズミは紫苑とは逆側の位置に、間にを挟む形で座った。

「話っていうのは・・・」
は、またもや同じ言葉を繰り返してしまった。
やはり、いざとなると言葉に詰まってしまう自分が情けない。
もはや、自分はすでにこの二人に嫌われる事を恐れるようになってしまったのだろうか。
だから、こんなにも言葉に詰まり、黙りこんでしまうのだろうか。
僕は、自分で思っている以上に二人に執着しているのかもしれなかった 。


「言いにくい事ならまた後で言いな。おれは暇じゃないんでね」
痺れをきらしたネズミが立ち上がって、その場を去ろうとする。
「待ってくれ!」
はとっさにネズミの腕を掴み、引き止めた。
今話さなければ、この先ずっと話す事ができない気がする。
それだけは、避けねばならない。

「今から話す。そんなに、時間はとらせないから・・・」
本気で懇願するに、ネズミは再び腰を下ろす。
は手を放し、静かな声で話し始めた。


「僕は、君達に出会った時からずっと、自分を偽ってきたんだ。
君達は気付いていないと思うけど、今こうして話している時も例外じゃない」
今の僕は、こうして存在しているだけで人を偽っている。
意図的ではなくとも、相手も、自分も偽り続ける存在として生きてきた。
僕は初めて自分から、その偽りを破綻させようとしている。
そんな事をしたら、自分が傷つくだけかもしれないのに。

「未完成品として生まれた時から、僕の偽りは始まったんだ。
そのせいで親や周囲の人に蔑まれ、敬遠された・・・」
の言葉は途切れがちで、ゆっくりとしていたが、二人はせかすこともなく話を聞いていた。
未完成品、この言葉を聞くだけで、過去の記憶が鮮明に蘇る。
けれど、話を止めるわけにはいかない。
この未完成品の意味を伝えに、ここに来たのだから。

「その未完成品の意味・・・それは・・・」
次の言葉を言ってしまえば、二人は僕がずっと隠し通してきた真実を知ることになる。
その真実を知って、僕を蔑む人や距離を置く人はたくさんいた。
今も、それを恐れるがあまり声が震えてしまいそうになる。
でも、僕はそれ以上にこの二人を偽り続ける事が・・・嫌なんだ。


「僕は未完成品・・・僕は・・・・僕・・・は・・・・・・りょう・・・・・・」
言葉が詰まりそうになる。
次に発されるであろう言葉を強く拒み、声帯が勝手に閉じようとする。
決して自分から発する事のなかった言葉を告げようとしている自分を止めようと、体が震えようとする。
けれど、僕は拳を強く握り、震えを抑えた。
声帯を震わせ、声を絞り出す。

「僕は・・・・・・っ!」
声を出すんだ、二人が聞き洩らす事のないような、はっきりとした声を!
震えるんじゃない、怯えるんじゃない!もう、自分を偽るな―――
僕は自分で自分を奮い立たせ、言った。



「僕は――――――――両性具有者なんだ・・・・・・!」




二人は、何も言わなかった。
驚きのあまり、声が出ないのだろうか。
静寂が部屋を包む。
にとって、これ以上にない程重苦しい空気が体にまとわりつく。

部屋の中はこんなにも静かなのに、心臓の音は強く、激しくなってくる。
今の僕は、どんな顔をしているだろうか。
それを知る術はなく、俯いて視線を落とすしかなかった。
二人の顔を見ることができない。
蔑む視線がそこにあるかもしれない。
怖くて、顔を上げることができない。


それならこのまま、話はこれで終わりだと告げて立ち去ってしまえばいい。
でも、もう声が出てこない。
それなら何も告げずに黙って出て行けばいい。
でも、足が体を支えようとしない。
僕にしかわからない重い重圧に抑えつけられ、この場から動けなくなっている。
以前、僕は紫苑を、彼等を受け入れたはずだった。
だから、こんなに、圧迫感を感じる事はないと思っていた。

でも、同じだ、No. 6に居た時と、同じ圧迫感が襲いかかってくる。
重苦しい空気に、息が詰まりそうになる。
この場から消える事ができたなら、どんなにいいだろうか・・・。

だめだ、負けてしまう、潰されてしまう、耐えられなくなる。
この空気に、重圧に、圧迫感に、自分で招いた恐れをどうする事もできなくなっていく・・・。




紫苑とネズミは今日、を最初に見た時から、いつもとどこか様子が違うと感じていた。
今のは、いつもより小さく、か弱く見えて仕方がない。
は、自分の真実を告白してから、あきらかに何かに怯えていた。

は、両性具有者だった。
そのせいで、辛い思いをしてきたのだろう。
他人とあきらかに違うところがあり、強いコンプレックスを抱いてきたのだろうということも、充分に伝わってくる。
沈黙が続く中、パサリと布が落ちる音がした。



、ぼくを見て」
呼び掛けられ、はおずおずと顔を上げて紫苑の顔を見た。
いつもと変わらぬ、美しい白髪が見える。
けれど、その直後、驚くべきものを目にした。
紫苑の体には、血管が盛り上がっているような赤々とした痕が、まるで蛇のように体をくねらせて巻きついている。
は、驚きのあまり何も言えなかった。

首にも同じような痕があるのは知っていた。
けれど、少し重度な痣だろうと思ってたいして気にしていなかった。
それが、平穏無事に過ごしてきたと思っていた少年が、こんなにたいそうな赤い蛇を持っているなんて思いもしなかった。

「ネズミにもある。普通の人には、ないような物が」
紫苑がそう言うと、ネズミは背を向けて背中側の服をたくし上げた。
その背中を見て、は息を呑む。
ネズミの背中の皮膚には、明らかに火傷の痕だとわかる、痛々しい傷跡がはっきりと残っていた。
ネズミはすぐに服を下ろし、に向き直る。
その眼差しは、何かを訴えているように見えた。

、きみはこんなぼくらのこと不気味だと思う?近寄りたくないって思う?」
確かに、ネズミと紫苑の体に残った傷痕は、一般人から見れば驚くべきものだ。
けれど、驚きはしたが不気味だとは思わなかった。
相手がこの二人だからというわけではない。
一目見た時、不気味だとか、近寄りたくないといった印象は感じられなかった。


「・・・思わない」
がそう言うと、紫苑はにっこりと笑った。
それは、怯える子供を安心させるような、柔らかな笑みだった。
そんな優しい頬笑みを直視することができずに、はまた俯きがちになる。
そんな顔を向けられると、どうやって反応を返せばいいのかわからなかった。

「だから、ぼくたちもきみにどこか違うところがあっても、それを拒んだりしないよ」
は横眼で紫苑をちらと見た後、またすぐに視線を床へ移した。
「そんな薄っぺらい言葉なんて・・・嫌というほど聞いてきた」
紫音の思いを跳ねのけるような言葉が、自然と口から出てしまう。
それは、過去に積み重なって来た経験が発させているような、機械的なものだった。
それでも、紫苑の目はまるで嘘を知らない純粋無垢な子供のように、真っ直ぐ向けられている。

正直に言うと、紫音が嘘をついているとは思わない。
けれど、裏切られるかもしれないというわずかな可能性に怯え、紫音の目を直視できなかった。
寒くなったのか、視界の隅で紫苑が服を着る姿が見える。


「・・・最初に会った時から警戒心をむき出しにしていたアンタのことだ。。
易々と他人を信じることなんて、できないだろうな」
ふいに、ネズミが口を開く。
まさにその通りで、これは僕と同じく人に強い警戒心を持っているネズミだからこそ言えることだ。

「だが、こいつは・・・紫苑は、あんたを裏切らない。おれが、保障する」
「・・・君が?」
その言葉を聞いて、は顔を上げてネズミを見る。
いつも警戒心を忘れることのなかったネズミが、こんな事を言うなんて信じられなかった。
ネズミの言葉は、紫苑という存在に絶対安全な保障がついていると言っても過言ではない。
紫苑は決して、裏切らないという言葉は確実に、を揺り動かしていた。
同じように、他人に強い警戒心を持っている者の言葉だからこそ、その発言は重く感じられた。

けれど、それでも疑り深くなってしまった性格は、やはりその言葉も易々とは受け入れられない。
どうやったら彼等の言葉を素直に受け入れられるのだろうと、自問自答したくなる。


「ネズミだって、きみを裏切らない。ぼくが保障する」
今度は、紫苑がそう言った。
彼はお人好しだから、少し仲良くなった人にならそう言うのではないかと思う。
けれど、嘘や冗談など一切含んでいない、よどみのない、真っ直ぐな瞳が僕を見ていた。

「ぼくらは、絶対にきみを裏切らない」
紫苑が、協調するように再び言った。
「そんな・・・言葉・・・・・・・」
反発する言葉が、だんだん出てこなくなってきている。
彼らから言葉が発される度に、確実に揺らいでいく。
そして少しずつ、自分にのしかかっている重圧が軽くなっていくのを感じていた。

は、何で二人がそんな事が言えるのかわからなかった。
もし、僕が大罪を犯していてもだったら、それでも君は同じ事が言えるのかと問い詰めてみたくなる。
けれど、そんな事を尋ねる気にはならなかった。
そう質問しても、そうだという返事が返ってきそうな、そんな気がした。
いつの間にかは、二人を信じることではなく、疑うことに抑制をかけはじめていた。

ずっと向けられている真っ直ぐな瞳を、よどみのない言葉を、信じたくなっている。
猜疑心なんて全て捨てて、彼等を受け入れてしまいたい。
そう思い始めたのに、過去の積み重なったトラウマが邪魔をして、相手を疑うという思いを完全には捨て去ることができない。


「・・・信じられないんだ・・・・どうしても・・・。
君達に安心を感じたことはあった。けれど・・・。
ずっと、蔑まれてきた性質を、君達が簡単に受け入れられるなんて・・・信じられないんだ・・・・」
その時、は痛感した。
自分は、弱い人間だと。
傷つくのが怖くて、だから人を疑って、自分を守り続けている。

一度は取ったことがある差し伸べられた手を、再び取ることができなくなっている。
未だ残る重圧感と猜疑心が、その手を取る事を拒んでしまう。
彼等はこんなに言葉をかけ続けてくれているのに、視線を合わせることすらできないでいる。
ずっと、俯いたまま彼等の言葉を聞いていた。



「それなら、証明する。ぼくらが、きみを受け入れられるってことを」
ふいに紫苑がに近付き、腕を掴もうとする。
は、反射的に後ろへのけぞった。
その手は空を掴んだが、紫苑はさらに近付き、腕を掴んで思いきり引き寄せた。
突然の事で、意外と強い紫苑の力に抵抗できない。
そしてそのまま、紫苑にに口付けていた。

は目を見開き驚愕したが、紫音を思い切り押し退けることはできなかった。
突拍子もなく、しかも人前でされているというのに。
口付けられている間、の両手は床に張りついたように動かなかった。


紫音からの口付けは、一回では終わらなかった。
まるで、自分の思いをぶつけるかのように何回も、慣れていない不器用なものが繰り返された。
はいつの間にか目を閉じ、唇から伝わる紫苑の体温を感じていた。

顎をとられたり、背中に手を回されたりして動けないわけではない。
少し後ろへ退けば、すぐにでも逃れることができる。
けれど、そうできなかった。
猜疑心が抑制をかけていたように、今は紫音から離れることを何かが抑制している。

がじっと動かないでいると、紫苑は床に張り付いている手からそっと手袋を取り外し、その両手を握った。
直に手に触れられているというのに、それでも抵抗する気にならない。

不思議だ・・・紫音にこうされていると、重圧感や疑心が取り払われていくようだ。
以前、使魔さんのことで不安で仕方がなかった時もそうだった。
あわよくば、このまま紫音を感じていたいとも思ってしまう。
僕にそう思わせる、この感覚は何なのだろう・・・。



紫苑が離れると、は目を開いた。
目の前の相手は、微笑んでいた。
そんな表情を見ると、の中にある不思議な感覚はいっそう大きくなった。
、ぼくはきみが好きだ。きみの手が汚れていても、両性具有者でも関係無い。ぼくは、きみのことが好きだ」
「紫苑・・・」
関係無いと、生まれた頃からのコンプレックスを、紫音はいともたやすく崩した。
ずっと、ずっと忌み嫌っていた性質を、紫音は本当に・・・。

もう、紫音から目は逸らさなかった。
真っ直ぐに見てくれる瞳を見つめ返す。
そうしていると、少し目の奥が熱くなった。
好き、なのだろうか。
僕も、紫苑の事が。
さっき気付いたこの感覚は、好きという感情のことなのだろうか。


「ネズミ」
紫苑は一旦から離れ、こっちを直視していたネズミを呼んだ。
その一言で紫苑が何を言わんとしているのかわかったのか、ネズミが近づく。
そして、無言での肩を掴み、自分のほうに引き寄せた。
は、何をする間もなくネズミにも、口付けられていた。
紫苑にされた時と同じく、抵抗しなかった。
再び目を閉じ、その感覚に身を任せていた。

ネズミの口付けは一回だけだったが、長く、深いものだった。
まるで、じっくりと自分の思いを伝えるような、そんな感じだった。
片手は首の後ろにまわされていたが、もう片方の手は手を握ってくれていた。

とても、温かい。
表面上だけではなく、体の中まで温めてくれるような気がする。
特に、目の奥はさらに熱くなっていく。


長い口付けが終わり、ネズミが離れる。
そのとき、はすぐに言った。
「本当に・・・本当に受け入れて・・・くれるのか・・・?」
それは、すでに二人の行為で明らかになっているようなものだった。
けれど、明確な言葉が聞きたかった。

「おれたちは、あんたの全てを受け入れる。・・・・・・好き・・・だ、
こんな台詞は言い慣れていないのだろう、ネズミは照れくさそうにしながら言った。
そんな姿がおかしくて、笑みがこぼれる。
そして、その笑みとほぼ同時に、の頬に雫が流れ落ちていた。

「あれ・・・」
は、頬を伝う冷たいものを指先で拭った。
涙が、零れていた。
一滴だけではない、目の奥がとても熱くなり、とめどなく溢れてくる。
目の前が、水の幕を張ったようにぼやけていく。

「何で・・・」
物心ついた時からずっと、弱みを見せないように耐えてきたのに。
悲哀ではない、別の感情から溢れてくる涙を抑えることができない。
何滴も何滴も、頬を滑り落ちていく。


ぼやけていた目の前が、急に暗くなる。
気づけば、ネズミに、抱き締められていた。
背にまわされた手に力がこめられると、涙はさらに溢れてきた。
息をするたびに肩が上下し、情けない声が漏れそうになる。
奥歯を噛み締め必死に耐えている時、背中全体に人の温もりを感じた。
紫苑は、後ろからを抱きしめ、肩に頭を乗せていた。

「もう、一人で我慢しなくていい。ぼくらが、そばにいる」
「・・・ああ・・・」
もう、限界だった。
紫苑の優しい言葉に止めをさされ、の口から嗚咽が漏れる。

「ぅ・・・う・・・っ」
は、声を出して泣いた。
初めて、人前で自分の弱さをさらけ出した。
僕は彼等と関わりすぎた。
そして、いつの間にか彼等に好感を持ちすぎていた。


「・・・き・・・だ・・・」
唇が勝手に動いたのかと思うくらい、自然に声が発された。
その声は自分にかろうじて聞こえるくらい、とても小さかった。
そして、無意識に、今の言葉を繰り返していた。

「好き・・・だ・・・僕も、君達の事が・・・・・・好きだ・・・っ!」
嗚咽が入り混じる声を振り絞って、本音を言った。
その言葉を発したとたん、たまらなくなってネズミの背に手をまわしていた。
離れないでほしい、裏切らないでほしい。
二人に遠ざけられたら、この上ない絶望を味わうことになってしまう。
二人を好きだと感じてしまった今、この感情をどうやっても抑えることができない。
離れたくない、友と呼べる存在を離したくない。
は強く、ネズミを抱きしめた。




はその後、目が真っ赤になるまで泣き続けた。
ネズミの服が涙でかなり濡れてしまい、申し訳なかった。
そして、は一旦家へ帰った。
がらんとした家の中に入っても、肌寒い部屋で過ごしていても、どこか満たされていた。

両性具有者―――このことが知られた反動で、必ず襲いかかってくる重圧も、もう感じなくなっていた。
はその時、部屋の中で一人、頬を緩ませて笑っていた。



それから、三人の関係ががらっと変わった、ということはなかった。
普段通り偶然会ったり、犬を連れて丘へ行くとすでに先客がいたりと。
そんな感じで出会い、とりとめのない話をしていた。

もう、が二人に対して警戒心を露わにすることはなくなった。
そして、もうの手に手袋は必要なかった。
大多数の他人に蔑まれても、受け入れてくれる存在が、ネズミと、紫苑がいてくれる。
僕はもう、独りじゃなくなったから・・・。





―後書き―
終わった・・・読んでいただき、ありがとうございました!
もう、ここぞとばかりに心理描写ばっかりです。視点も、ほぼ視点で。
そして・・・写真の話を、タイミングが掴めなくて入れる事ができなかったことをお詫び申し上げます。
後書きで書くのも何ですが・・・。
あの写真の女の子は、幼い頃のです。
昔は女の子として生きてきたけど、両性具有ということで周囲の子からからかわれたりして、
反発できない弱い自分に嫌気がさして、弱い自分であった過去は捨てて、
男として新しく生きると決意した(勿論親はに関与しなかった)。

写真を破り捨てたのは、まさかまだ残っていると思わなかった自分の弱い過去を見られたくなかったし、
見たくなかったから(写真は、が完全に過去を捨て切れず、無意識に町へ来る時に持ってきていた)
っていう、エピソードを話すところを入れたかったんですけど・・・何ていうか・・・構成不足でしたorz。
ちなみに、は上も下もつるぺたなんです。つまり、上半身は男で、下半身は女なんです。
一応連載は終りですが、妄想力がありあまっているので、その後の話を構成中です。