No. 6 #6


太陽の光が射さない曇り空の中、は仕事の仲介人、使魔のもとを訪れていた。
いつも仕事の依頼は夜に行われていたが、今日は珍しく昼間から呼び出されていた。
「昼間から呼び出すなんて、珍しいですね。特別な依頼でも入ったんですか?」
「その前に、一つ尋ねたいことがある」
使魔が、とってつけたような深刻な表情をして言う。
はいまだかつて、作り物のような表情以外見たことがなかった。
完全に他人と心を隔て、本性を見せないようにしているのがよくわかり。
この町で生きていくにあたって、見習わなければならないことだ。

「先日、君はある少年を助けていたそうだね」
「あ・・・はい。でも、それは貸しを作っておけば後後有利になると、そう思ったものですから」
ネズミに肩を貸して、家まで運んだことを見られていたらしい。
けれど、あれは貸しを作るためだけの行為で、それ以外の意味は決して無かった。


「本当に、それだけを思って彼を助けたのかい?」
「何を・・・当たり前でしょう」
人を助ける時は、貸しを作る時だけだと教わった。
ネズミに余計な思いを抱いていないということは、使魔さんが一番知っているはず。
自分自身もあの時、何も思っていなかったはずだ。
余計な事は、何も。

「僕は使魔さんに教わった事を戒めにこ生きてきたんです。。
今更、その教えを撤回するようなことはしません」
口でははっきりとそう言ったものの、紫苑を家に入れてしまったことを思い出すと自信がなくなりそうになった。

「それを聞いて安心したよ。それなら、今回の依頼もこなせることだろう」
は使魔から報酬と、標的の写真を受け取る。
その写真を見て、硬直した。


「昼間に呼び出したのはね、その標的は明るい内に処理してほしいからなんだ。。
今日中に、君のお気に入りの、あの場所でね」
「明るい内に、あの場所で・・・」
確認するように、言葉を反復する。
誰かが使魔さんに依頼するほどの恨みを、この少年が買っているとは思っていなかった。
けれど、これは仕事だ。
いつものようにこの手を汚すだけ。
標的には、運が悪かったと思ってもらうほかないだろう。

「それじゃあ、いい結果を期待しているよ」
「・・・わかりました」
その標的の顔はもうわかっているので、は写真を返して部屋を出た。
部屋を出る時、なぜか肩に重圧感がかかるのを感じていた。




期限は今日の夜。
今すぐにでも、標的を呼び出し、裁かなければならない。
使魔さんに依頼する人は、標的を恨む正当な理由を持っていた。
愛していた人に騙された、荷物や金をことごとく取られた。
この町では訴えても誰も同情してくれない、そんな内容だ。

けれど、使魔さんはそういった恨みを聞き入れ、標的を調べ、そして託す。
が汚れ役を続けられるのは、標的には裁かれるべき罪を犯しているとわかっており。
だから、依頼人の代わりに裁いているんだと、どこかで自分を正当化しているところがあったからだ。

今回の標的も、そうに違いない。
そうでなければ、依頼が来る理由が無い。
人なんて、裏で何をやっているかわからないものなのだから。
は、使魔が教えてくれた戒めの言葉だけは、正しいものだと信じていた。

そして、標的が住む家の前に着き、その名を呼んだ。
運良く標的は家にいたようで、すぐに扉が開く。
そして、君だけに話したい事があるから一人で来てほしいと、典型的な誘いの台詞を言い、その場所を告げた。
そうして、は一足先に指定した場所へ向かった。
未だ、重圧感を肩に乗せたまま。




標的に今すぐ来てくれとは言わなかったので、しばらく小高い丘で待っていた。
この場所が血で汚れてしまう前の情景を、目に焼き付けておきたかった。
今回の標的を裁くには、相応しい場所だろう。
そして、標的がやって来るのが見えたので、手袋を外し、刀に手をかけた。

標的が近くにやってきた瞬間、刀を抜き、喉元につきつけた。
相手は眼を丸くしていたが、が手袋をしていないのを見ると、はっとした表情になった。
仕事の時は手袋を外すことを、相手は覚えていた。

「そう、今回の仕事の標的は君なんだよ・・・紫苑」




紫苑の写真を見たときは、自分の目を疑った。
だが、紫苑もやはり恨みを買うような汚れた人間だったのだ。
裁かなければならない。
相手が数少ない、知り合いの一人だとしても。

「ぼくを殺すの?」
「いや、腕や足に深い傷を付けるだけだ」
死んでしまっては、依頼人が傷ついた標的を確認できない。
だから、目で見てわかるくらいの怪我をさせるというのが仕事の内容だ。
殺しはしないとはいえ、足と腕を貫かれては、動く度に痛みが襲いかかる。
依頼人は、標的の痛みに耐える姿を見て鬱憤を晴らすのだ。


「・・・ぼくは、誰かに恨まれているのか?」
「はっきりとはわからないけど、誰かには恨まれているんだろうな」
依頼人の詳細を尋ねる事は禁止されていた。
傷つけられた標的が、またその依頼人に復讐するかもしれないからだ。
そうなってしまっては復讐の連鎖が起こり、いつまで経っても終わらない。
だから、は一度も依頼人が誰かとは尋ねたことはなかった。
それが判明したところで、手が汚れることには変わりがないのだから。


「そうか・・・」
紫苑は何かを考えているのか、静かに呟いた。
「そろそろ無駄話は終わりにして、仕事をさせてもらうよ」
は紫苑の喉元につきつけていた刀を引き、構え直した。

「別に抵抗したって構わない。今から君がどうするかは自由だ」
紫苑にはとうてい無理だと思うが、一応言ってみる。
紫苑が抵抗しても、走って逃げ出しても、すぐに追い詰める自信はあった。
勿論逃げる者や、抵抗してくる者はいた。
だが、何の訓練も積んでない一般人が、敵うはずもなく。
ただ、自分が傷つけられる恐怖を長く味わうだけに終わった。

「これは君の仕事・・・君は、こうしないと生きていけないんだよね」
汚れを嫌うが、好き好んでこの仕事をしていないことは目に見えて明らかだった。
けれど、この町ではそうそう良い仕事が見つかるものではない。
そんなにできることは、一つしかなかった。


「いいよ。ぼくを刺してくれ、
紫苑は真っ直ぐにと向き合い、言った。
は顔色一つ変えなかったが、内心驚いていた。
今まで数多くの標的に出会ってきたけれど、刺してくれと自ら言ってきたのは初めてだった。

紫苑には、何かと驚かされる事が多い。
まさか、こんな状況になってまで相手を驚かせるなんて、大したものだ。
それに関心はしたが、動揺はしない。
さっさと仕事を済ませられるなら、それにこしたことはなかった。

「それじゃあ遠慮無く、裁かせてもらうよ」
紫苑は本当に覚悟を決めているようで、身動き一つしない。
は無防備な腕めがけて、刀を振り下ろした。



「紫苑!」
振り下ろされた刀が、その声に反応するかのように止まった。
そして、すぐに感じた何者かの気配に振り向いた。
「紫苑の書置きが気になって来てみれば、とんだ修羅場だな」
は一旦刀を手元に戻し、ネズミと向き合った。
一人で来てくれとは言ったものの、その事を誰かに伝えるなとは言わなかった。
爪が甘かったと、溜息をつきたくなる。

「で、何でこんな事になってるんだ」
「ネズミ、これはの仕事なんだ。。
ぼくは誰かから恨みを買っている。それを罰しに来ているだけなんだ」
「恨まれている?紫苑、アンタが?」
「うん、そうらしい」
それを聞いたとたん、ネズミはいきなり笑い出した。

「何がおかしい」
が問うと、ネズミは表情に微笑を残しながら言った。
「あんた、本気で信じてるのか。こんな能天気な奴が、どこかの誰かから恨まれてるって」
はその問いかけに、すぐには答えられなかった。

標的を知らされた時は、正直信じられなかった。
ネズミの言うとおり、能天気で、無防備な紫音が罪を犯していたなんて、何かの間違いじゃないかと思った。
けれど、それならば受け取った報酬は誰が用意したというのか。
紫苑が誰からも恨まれていないとしたら、誰がわざわざ依頼をするのか。

「恨まれてるさ。これがその前金だ」
は、銀貨が数枚入っている袋を見せる。
だが、ネズミは少しも納得していない様子だった。
「それ、アンタに依頼した奴から直接受け取ったのか」
「いや、仲介人から標的を示される時に受け取る。それが、どうかしたのか」
ネズミは、また微笑した。

「それじゃあ、あんたには本当に依頼人がその標的を恨んでるかどうかなんて知りようがないわけだ。。
それどころか、依頼人なんているのかすらわかってない」
「・・・その通りだ。けれど、依頼人はいる。この報酬がその証拠だ」
依頼人がいないとしたら、この金はどこから出ているというのか。
もう何回も依頼をこなしてきて、その度に報酬は渡されてきた。

「そんなの仲介人に金さえあればどうにだってなる。アンタは案外鈍いんだな」
依頼人がいることがはっきりしなければ、標的をでっちあげられる。
仕事をさせることなんて、金さえあれば簡単にできる。
自分で、その金は依頼人からだと言って渡せばいいだけのことだ。

「何が言いたい、はっきり言ったらどうなんだ」
その時、はおぼろげに嫌な予感を感じていた。
肩にのしかかる重圧感が、さらに重くなる。


「じゃあ、はっきり言うけどな、あんたはその仲介人に騙されてるんだよ」
ネズミに、はっきりとした確信があるわけではなかった。
薄々、そう思っているだけだ。
ただ、を動揺させられればいい。

「そんな事を言って僕を動揺させて、紫苑を逃がそうって魂胆か?」
いきなりそんな事を言われても、信じようがない。
ネズミの方便には騙されないつもりだった。

「今まで一度も疑った事はなかったのか?その仲介人の事を」
「当たり前だ。僕を騙してその人の得になるようなことなんてない」
使魔さんは、私の事を信じるな、そう言いはした。
けれど、それはいつも穏やか層に見える表面上のことであって、仕事の内容まで偽っているとは思わない。
偽る理由が無いからだ。


「あれだけ人間不信になってたナイトが、どうしてそれだけは信じるんだ?。
その仲介人とやらはよほど嘘が下手なんだろうな」
むしろ、使魔さんはその逆だった。
見習いたいくらいに心を閉ざし、自分を偽るのが上手い。
そんな相手を、どうして信じるのか。

こればかりは、信じなければやっていけないからだ。
今、行っている仕事は断罪だと、罪を犯した人間への裁きだと信じないとやっていけない。
「あんたを騙して、得になることならあるかもしれないぜ」
「へえ、僕を騙して何があるっていうんだ?」
「例えば・・・あんたを独占するためとか。だから、最近あんたと仲が良い紫苑を狙った。
それか、仲介人自身の気に入らない奴だけを標的にしていた。どうだ?」
「勝手な推測を・・・使魔さんの事を何も知らないくせに、いいかげんにしろ!」
何の根拠もないネズミの推測にうんざりし、は声を張り上げた。


「使魔さん・・・?」
ふいに発された名を、紫苑が反復する。
「あ・・・」
言葉の勢いで、仲介人の名前を言ってしまい、また溜息をつきたくなった。

「紫苑、聞き覚えがあるのか?」
ネズミがやっとに対する質問を止め、紫苑に問いかける。
「うん。No. 6にいた時、エリートコースの先生にその人がいた」
No. 6という単語に、は耳を傾けた。
確かに、使魔さんはこの町では珍しい綺麗な服装をしている。
それに、その名前は偽名だと聞いていたけれどNo. 6に居た頃から使っていたのだろうか。

「その使魔って奴は、どういう奴なんだ」
「優秀な科学研究家の先生で、人柄もよくて授業もわかりやすくて人気の先生だった。けど・・・」
そこで、紫苑が言葉を詰まらせる。
「けど、何だ?」
もその続きが気になったので、黙って聞いていた。
使魔さんはその頃から自分を偽り続けていたのだろうか、あのとってつけたような笑顔で。


「その陰で、結構色んな噂がたってて・・・。
あの先生は麻薬を扱ってるとか、外面はいいけど腹黒とか、綺麗な顔して男色家とか」
外面はいいけど腹黒だということは、合っている気がする。
使魔さんの表面上だけの穏やかさに気付いた人が広めたのだろうが、おそらく、危機感の無いNo. 6の住人は易々と騙されたんだろう。

「それで、どうしてそんな優秀な先生がこんな所にいるんだ」
「それはぼくにもわからない。けど、使魔先生は突然学校に来なくなったんだ。。
担当のクラスの生徒が数人いなくなって、その責任をとって辞めたって聞いた」


生徒がいなくなったとたん、学校を辞めた。
使魔という男は、麻薬を使い、腹黒で、男色家だった。
それらの情報を聞き、ネズミの頭にはおぞましい推測が浮き上がっていた。
だが、これはを動揺させるチャンスでもあった。

「これなら、さっきおれが言った、あんたを独占したいって事あながち間違ってないかもな」
「そんな馬鹿な、No. 6から堕ちてきた僕なんか・・・」
「男色家って噂も合ってるんじゃないか?あんたは綺麗な顔してるからな」
ありえないと、は考えを振り払う。
それならば、とっくに襲われていてもおかしくはない。


「責任をとって辞めたってのも怪しいな。
本当はきれいどころの生徒を誘拐して、お楽しみだったんじゃないのか?」
「そんな事・・・!」
その事については、はっきりと否定できないのが怖い。
使魔さんなら、どんな悪行も笑顔で成し遂げそうな気がするからだ。
の背中に、嫌な汗が流れる。

「それがバレて、町に落とされた。それならつじつまが合いそうなもんだけどな」
「黙れ!証拠もないくせに、勝手な推測を並べるな!」
そんな事が本当であってたまるかと、叫びたかった。
使魔さんが、依頼人をでっちあげて、自分の懐から報酬を渡していた。
もし、それが本当なら、この仕事の意義が崩壊してしまう。


「使魔って奴が本当の事を言ってる確信もない」
「黙れ!」
は、ネズミの肩めがけて刀を振り下ろした。
ネズミはそれを予想していたかのように、ナイフで刀を受け止める。

!」
叱咤するように、紫苑が叫ぶ。
しかし、今のの耳にその言葉は届かない。
刃の擦れ合う音がした後、とネズミは一旦距離を取った。
焦って踏み込めば殺られる。
両者とも、その考えは一致していた。
リーチはの刀のほうが長いが、速度は遅い。
一方、ネズミはリーチこそ短いものの、懐に入ればすぐに相手を仕留められる。
両者とも、それをよくわかっていたので一歩を踏み出せずにいた。

「二人とも、やめてくれ!」
その間を破るかのように、紫苑が二人の間を隔てた。
は、巡って来たチャンスに微笑する。
すぐさま、自分の前で仁王立ちをしている紫苑の足を払う。
紫音が仰向けに倒れると、その上に馬乗りになり、右肩に刀を突き付けた。
紫苑の影になって反応が遅れたのか、ネズミはその場から動けずにいた。
しかし、ネズミは焦る様子は無く、二人を諦観していた。


「わざわざ僕の前に出てくるなんて・・・君は、本当に無防備だな」
自分が狙われているというのに、危険な場所に自ら踏み込むなんて。
には、とうていその心境が理解できなかった。
「自分でもそう思う。けど、二人が傷つけ合おうとしているのを見たら、反射的に体が動いてた」
「・・・甘いな。そんな事だから、こうやって簡単に刀を突き付けられるんだ」
「甘くていい。そのおかげで、も、ネズミも傷つかずにすんだんだから」
その時、紫苑は微笑んでいた。
今の状況が怖くないわけではない。
けれど、自分の行動で大切な人が傷付け合うのを止められた。
その満足感が、紫苑を微笑ませていた。

「・・・っ、そんな事を言ってるから、君は・・・」
なぜ笑えるのか、今まさに、自分が傷付けられようとしているこの状況で。
傷付けられるはずはないとでも思っているのか。
「いいよ。ぼくの肩でもどこでも刺していい。それが、君のためだ」
紫苑はまた、笑った。
しかも、目の前の相手のために自己を犠牲にする言葉を言いながら。
何で、そんなに自分を粗末に扱えるんだ。
人は自分の事を第一に考えて、その為なら平気で裏切り、偽る生き物のはずなのに。

なぜ、笑いながらそんな事が言える。
なぜ、他人の為にそんな事が言えるんだ。
信じられない、こんな人間が今、目の前に居る事が信じられない。
以前に、周りには大勢の人間がいた。
けれど、誰一人、そんな人間はいなかった。
自分のことをないがしろにして、君の為だなどと言ってくれる人は、誰もいなかった。


「そいつは、嘘がつけるほど器用じゃないって、あんたもわかってるんだろ。。
紫苑は、本当にあんたの為に犠牲になろうとしている。あんたの、汚れた仕事の為に」 。
「僕の・・・汚れた、仕事の為に・・・」
自分の為に、汚れとは対局の存在の少年が汚れようとしている。
他の誰でもない、汚れた手で、その身を、その髪を、真っ赤な鮮血で染めようとしている。

「あんたはえらく紫苑の髪を気に入ってたな。それをお前の手で汚すなんて、耐えられるのか?」
ネズミが、まるでの心情を読み取っているかのように言った。

ネズミは、に期待していた。
が仕事を投げ出し、紫苑を解放する事に。
今、は間違いなく葛藤している。
冷静な表情の中で、自分自身に対する疑問と迷いが渦巻いている。
そこをうまくつけば、紫苑もも血を流さずに済む。
ネズミは、自分も甘くなったものだと思いつつ、次にかける言葉を考えていた。

「おれの推測が正しかったら、お前は意味も無く紫苑を傷付ける。。
何の意味も無く、そいつを汚すんだ。お前はそれでもいいのか」
の表情が、険しくなる。
今のネズミの一言で、完璧に動揺していた。

ネズミの言っている事が正しいという確証は無い。
けれど、間違っているという確証も無い。
そんな不安定な言葉に、揺れ動き、迷っている。

刀を握る手に、じんわりと汗の感触がする。
この刀を振り下ろしてしまえば、それで終わる。
それでも、さっきからそれができないでいる。
この、無防備な肩に刀を刺してしまえば、仕事は終わるというのに。

しかし、同時に目の前にある汚れ無き物が失われてしまう。
身勝手な美意識が、それを全力で阻止しようとしている。
さらに、動きを止めているのはそれだけではないと感じていた。
それが何なのかはっきりとはわからないが、何かが引っ掛かっている。
それを振り払ってしまったら、もう二度と取り戻せない気がして、それが躊躇いに繋がっていた。



紫苑が、の名を呼んだ。
それは、助けてほしいと懇願するようなものではなく、全てを任せると、そう言っている気がした。
そして、は決断した。

「・・・君を傷付ける事に、何の意味も無いのかもしれない。
そして、僕がしてきた事も、ただの残虐な行為だったかもしれない・・・」
抵抗する様子も無く、攻撃する様子も無く、紫苑とネズミはただ黙っての言葉を聞いていた。

「だとしても、僕はそうしないと生きていけなかった。。
使魔さんがいなかったら、僕はここにはいないんだ・・・」
真相がどうであろうと、使魔さんがこの仕事を紹介してくれて、報酬を与え続けてくれた事は事実だ。
この町に堕ちた僕に、生きる術を教えてくれて、生きる糧も与えてくれた。
その繋がりが経たれてしまったら、ここでも生きていけなくなる。
この町で、存在する意味がなくなってしまう。
もう、No. 6で味わった思いをするのは、絶対に嫌だった。


「だから・・・僕は、こうするしかないんだ!」
は刀を両手で強く握り、銀の刃を振りかざした。
「紫苑!」
ネズミが叫ぶ。
だが、紫苑はそれでも抵抗する素振りは見せずに、目を閉じただけだった。
ネズミはとっさにナイフを取り出し、に切りかかろうとしたが、その動きは途中で止まった。

紫苑は激しい痛みを覚悟していたが、その痛みはいつまでたっても襲ってこなかった。
刀は、紫苑の右肩を逸れて、地面に突き刺さっている。
その刃は、紫苑の服をわずかに切っただけだった。
は、刀身に体を預けるようにして、項垂れていた。

紫苑の右肩を貫く、そのつもりだった。
刀を振りかざし、体重をかけて勢いよく振り下ろしたつもりだった。
だが、刀は紫苑を避け、地面に突き刺さっている。
全身が、拒否した。
この刀を、紫苑に振り下ろす事を。
非情な命令を下す脳も、汚れきったこの両手も、この少年を傷付ける事だけは拒んでいた。


・・・」
紫苑がそのままの体勢で、刀を握るの手に、自分の手を重ねようとした。
「触るな!」
は紫苑の手を払いのけ、刀を鞘に戻して立ち上がった。

混乱している。
一体、どうしてしまったんだろうか。
一度は肩を貫いてしまおうと決心したのに、気がついたら刀は紫苑を避けていた。

どうしてそうなったのかわからない。
どんなに自問自答しても、答えが出てこない。
ネズミに口付けた時もそうだった。
わからない何かに、駆り立てられていた。
傷付けたくない、助けたい、そんな事、考えたことはなかったはずなのに。

きっと、動揺しているんだ。
ネズミの言葉に翻弄されて、正しい判断ができなくなっているんだ。
そうでしか、説明ができない。

それなら、証明しに行けばいい。
ネズミの言葉が正しいのか、偽りなのか。
それがはっきりすれば、いつも通り非情な自分に戻れるはずだと、は結論付けた。



は、二人の事など見えていないかのように、その場から立ち去ろうとする。
、どこへ行くんだ?」
紫苑が体を起こして問い掛けたが、は「もうついてくるな」とだけ言い残し、その場から去って行った。
もう、辺りは暗くなり始めていた。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
かなり長くてすんません、どうしても途中で区切れなくて・・・。
そして、三人の出番が多いのでたぶん今までで一番わかりづらくてややこしいかもしれない・・・(汗)。
心理描写と、情景描写がごっちゃになってないか不安。