No. 6 #7


二人と別れた後、は使魔がいる建物へ向かっていた。
ネズミの言葉が真実なのか、偽りなのか、どうしても確かめたかった。
目的地に着くと、誰もついてきていないか警戒しながら、は部屋に入った。




部屋の中には、とても嫌な空気が充満していた。
なぜか、できることなら今すぐにでもここから出て行きたいという思いにかられる。

「失敗してしまったんだね、
部屋の奥から声が聞こえ、使魔が歩み寄る。
「申し訳ありません・・・報酬は、お返しします」
なぜ失敗した事を知っているのか尋ねたかったが、今は謝罪し、報酬を返す事が先決だった。


は使魔に近付き、銀貨が入った袋を渡そうとした。
その瞬間、いきなり体が引き寄せられ、体がぶつかった。
袋が床に落ち、銀貨が散らばる。

「使魔さん・・!?」
はとっさに離れようとしたが、さっと背に腕が回されて阻まれた。
「ああ、かわいそうな
使魔は、宙を見上げながら言う。

「未完成の作品として生まれ、軽蔑されてきた哀れな存在」
「な・・・急に何を言い出すんですか」
それは、No. 6に居た頃のを表していた。
No. 6に居たということは以前話したが、未完成だということは誰にも話していないはず。


「やっとこの町で生きていけると思ったのに、感の鋭い子のせいでもっと深みへ堕とされてしまう」
使魔さんの様子が明らかにおかしい。
それに、感の鋭い子というのはたぶんネズミのことだろう、紫苑はありえない。
だとしたら、なぜネズミの事を知っているのだろうか。
これも、話したことはないはずだ。
それにしても、さっきから離れようともがいているのに、回されている腕の力が意外と強く、振り解く事ができない。

「私は君の為に、君は私の為にこの町へ来た。
私は自ら進んで罪を犯し、君は覚えのない殺人を犯して」
まさか、殺人の事まで知っているとは思わず、は目を丸くした。
どういうなのか、使魔さんはどこまで知っているのだろう。

嫌な予感がする。
次の言葉を言ってはいけないと、頭の中で警告音が鳴っている。
でも、言葉を抑えることができなかった。
「どうして、使魔さんがそこまで知っているんですか・・・?」
の声は、弱かった。
その答えを知ることを恐れているかのようだ。

「そんな事、決まっているじゃないか」
その答えを聞いてしまったら、もう戻れない。
それなのに、尋ねてしまっていた。


「全ては二人の為に・・・私が、君をこの町へ落とさせるようにしたからさ」
は聞いてしまった。
偽りを破綻させる、その言葉を。
全て、使魔さんが仕組んだ事。
その時、自分がNo. 6に居た頃の事を思い出していた。


はとても裕福な家に、未完成品として生まれた。
完璧主義で、プライドが高い金持ちの両親はそんな子を蔑み、軽蔑した。
愛情なんて注がれた事はなく、それが普通の事だと思っていた。
部屋に入ってくるのは、頻繁に変わる使用人だけだった。

数年後、両親の間に妹が一人生まれた。
けれど、両親は未完成品が妹と会話する事はおろか、会う事さえさせなかった。
今度は完璧な形で生まれてきてくれた子供が、かわいくて仕方無かったのだ。
両親は妹につきっきりになり、未完成な子はだんだん両親の顔が思い出せなくなっていった。
それほど、両親が接触することが少なくなっていった。


学校では、都市を守る自衛隊員の訓練を受けていた。
いつの間にか、入学が決まっていた。
自衛隊員は何かと危険な仕事が多く、死の危険性もあった。
だからこそ、入学させたのだろうと思った。
家の汚点となる存在は正当な理由で消えてしまったほうが都合がいいと思ったのだろうと、感づいていた。

そして数年後、妹が死んだ。
小柄で華奢な体は、目の前に倒れていた。
いつ、刺したのか覚えがなかった。
けれど、自衛隊員の制服を着た者の刀は赤く染まっていた。
部屋には、この部屋に漂っている空気が溢れていた。


その後、犯人はすぐに逮捕され、ほどなくしてこの町に落とされた。
妹を殺された事に両親はどれだけ悲しみ、憤慨し、悔しく思ったことだろうか。
だが、そんな事は何の関係も無かったし、悲しむ両親を想像しても、何も思わなかった。

それは、全て仕組まれていた事だったのだろうか。
今僕を抱いている、この人によって。
僕を、この町で手に入れるために。
ネズミの推測は正しかったのだと気付く。
それなら、ここにいてはいけない。


が刀に手をかけると、使魔はさっと離れた。
すかさずは刀を構え、使魔につきつけた。

使魔さんはさっき、僕の為にこの町へ来たと言った。
それは、紫苑の噂どおり、使魔さんは男色家と、いうことになる。
けれど、易々と襲われはしないつもりだ。
体格的には相手の方が上だが、自衛隊員の養成学校で学んだ刀の技術がある。
いくら何でも丸腰の相手に負けはしない自身はあった。

今は絶望感に構っている暇は無い。
警戒しろ、そして部屋から出なければならない。
長く、ここにいてはいけないと、直感が警告していた。



「ふふ・・・その様子だと、私の新たな一面に気付いたみたいだね。まあ、あれだけ言えば当然か」
使魔は、が自分を刺せるはずがないと思っているのか、薄ら笑いを浮かべている。
「なぜ、今になって僕に教えたんですか?。
もう僕はあなたに近寄らなくなるかもしれないのに」
このまま何も知らなければ、仕事を引き受け続けていたはずだ。
なのに、その関係を絶つぐらい衝撃的な事を、包み隠さず僕に言った。
関係を続けていたいのなら、いつものように偽り続ければよかったというのに。

「君が希望を持ってしまう前に、どうしても、もう一度絶望に堕ちる表情を見ておきたかったのだけれど・・・
残念ながら、警戒心の方が勝っているみたいだね」
確かに、は自分のしていた仕事も、No. 6で犯した罪も、全て使魔の企てだと知り、かなりのショックを受けていた。

今は、それより緊張感と警戒心が身を取り巻いていた。
この相手には、一かけらの油断も見せてはいけない。
武器を持っている自分の方が圧倒的に有利なはずなのに。
少しでも隙を見せるとすぐにでも襲われてしまいそうな気がしてならなかった。

「この状況では仕方ないね・・・いいよ、もう部屋から出て行っても」
使魔は残念そうに言ったが、それは偽りの感情としか思えなかった。
はそのまま数歩後ずさると、刀を鞘に戻さぬまま出口へ向かう。
勿論、足音が近付けばすかさず切り付けるつもりでいた。


何だか、部屋がとても広く感じる。
出口が、とても遠くにあるような気がする。
早く、外へ出なければ。

が焦りを感じた瞬間、カシャンという音がして、持っていたはずの刀が床に落ちた。
何でこんな時に武器を落とすのか、早く拾え、そうしなければ。
頭ではわかっているのに、体が言う事を聞かない。
は歩みを止め、その場に立ち尽くしていた。

「やっと効いてきたみたいだね」
すぐ後ろで、警戒しなければならない人物の声が聞こえる 。
今すぐ走れ、出口はもう、すぐそこにあるはずなんだ。
ようやく一歩を踏み出そうとしたが、背後から手が回され、身動きがとれなくなった。
そんなに強い力は加えられていないのに、逃げ出すことができない。

「懐かしい香りだろう、君が妹を殺したあの時の香りだよ」 。
そうだ、あの時もこの香りが漂っていた。
あの時は、もっと香りがきつかった。

「しかし、まさか紫苑という少年が私の秘密を洗いざらい言ってしまうなんてね・・・念の為、君を監視しておいてよかったよ」
紫苑が使魔さんについて言ったのは三つ。
麻薬を使うこと、腹黒なこと、そして、男色家だということ。
これは麻薬の香り、だからあの時の事を何も覚えていないし、今も頭が朦朧としているのか・・・。

「ああ、濃度はかなり薄めてあるから心配いらないよ。狂ってしまったら、楽しめなくなってしまうからね・・・」
使魔は片手をの腰元に回し、もう片方の手で唇をなぞった。
そして、半開きになっている口内に長い指を進入させ、柔らかい舌に触れた。
二本の指に、口の中が掻き回される。
は鳥肌がたつのを感じたが、どうすることもできなかった。

「っ・・・ぁ・・・」
指先が舌をなぞり、口内を刺激する。
声を、抑える事ができない。
は固く目を閉じ耐えようとしたが、それは無駄な行為だった。

「はぁ・・・っ・・・ぁ」
嫌だ、こんなは事されたくない、逃げ出したい。
けれど、今は口内にある指を噛むことすらできない。
足はかろうじて体を支えているが、それもいつまでもつかわからない。

もう、この人に好きなようにされてしまうのか。
いなくなった生徒と同じように・・・。
が半ばあきらめかけていた時、使魔が呻き声をあげた。
そして、触れていた手が離れ、支えを失い膝から崩れ落ちた。


!」
幻聴かと、一瞬思った。
だが、その声の主は僕に駆け寄り顔を覗き込んできた。
綺麗な白髪が、目の前にある。

「お楽しみのところ悪いが、こいつは返してもらうぜ」
もう一つ、声が聞こえる。
顔を上げると、そこには白髪とは対照的な黒髪を持った少年が出口に立っていた。

、行こう!」
手を引かれ、は何とか立ち上がり、手を引かれるままに走った。


「ッ・・・」
使魔の肩にはナイフが突き刺さり、傷口から血が溢れ出していた。
彼はそれを勢いよく引き抜くと、床に投げつける。
まるで、部屋の中まで取りに来いと誘いをかけているようだった。
ナイフは惜しいが、それを取りに行くほどネズミは間抜けではない。

「・・・どうして、この場所がわかった?」
「盗撮できるのは、あんただけじゃないんだよ」
ネズミは、子ネズミ型の機械を取り出してみせた。
それは小さいが高性能で、気付かれないようにの後をついていくのは難しくなかった。

「君も綺麗な顔をしているが・・・残念ながら、ずる賢い少年は私の好みではないのでね。ここは、退かせてもらおう」
みすみす敵を逃がすのはネズミの性に合わなかったが、この部屋へ入るのは危険だ。
ネズミは先に行った紫苑達を追うことにした。





外はもう暗く、月明かりだけが町を照らしていた。
外の空気が、とても澄んでいるように感じられる。
しばらく紫苑に手を引かれるまま走っていたが、のほうが早く息が切れてしまい、それに気付いた紫苑が歩みを止めた。
の肺の中には、まだ嫌な空気が漂っていた。

「一旦休もう。、大丈夫?」
紫苑はの背中に手をあてて、軽くさする。
「あ・・・あぁ」
は荒い息を整えながら、途切れがちに答えた。
あの部屋から出られたことに安心を感じ、さっきまで張りつめていた警戒心と緊張感が消えていた。
そのせいで、部屋での出来事を思い出される。


使魔が、僕を殺人犯に仕立ててこの町に落とした事。
全ては僕を手に入れる為にやっていたという事。
そして、今まで請け負ってきた仕事には断罪の意味など全く無く、ただいたずらに罪を重ねてきていたという事。
特に最後の事実が、にとっては一番衝撃的な事だった。

?」
険しい表情で俯いているを、紫苑が下から覗き込む。
その表情は、何かに怯えているように見えた 。

仕事の標的は、罪を犯した人だと思っていた。
でも、そうじゃなかった。
罪を持たない人をこの手で傷付けてきていた。
使魔に騙され、罪を重ね、もう取り返しのつかない事をしてきてしまった。

「紫苑・・・僕は・・・」
苦しい、何かが胸を締め付けているようだ。
これまでとは比べ物にならないくらい重い重圧が、襲いかかってくる。
はそれに耐えられず、すぐ側にある紫苑の両肩に手を置き、額を乗せた。
その時、自分の体が震えている事に気付く。
罪の意識が一段と強く、のしかかっていた。

・・・」
紫苑は、震えているの体を、優しく抱きしめた 。
ネズミに高貴なナイトと呼ばれた彼が、腕の中で震えている。
自分より背が高いはずの相手が、とても小さく感じられる。
まるで、一人では生きてゆけない兎のようだ。
そんなを見ていると、紫音はとても大きな庇護欲にかられるのがわかった。

守りたい、不安や恐怖に怯えて、震えているこの少年を。
その不安を、少しでも取り除きたい。
ただ抱きしめているだけではだめだ。
イヌカシの犬のように、安心感を与えたい。


紫苑は軽くの肩を押して、一旦自分から離す。
そして、の後頭部に手を添えて引き寄せ、そっと唇を重ねた。

その唇は、血の気が通っているのかと疑うくらい、冷たくなっていた。
紫音はそれを温めるように、強く唇を押しあてた。
は驚いてはいたが、抵抗はしなかった。
目を閉じ、紫苑を受け入れる。
不思議と、そうしている間は、不安も恐怖も忘れていた。
ただ、自分に口付けている紫苑の存在と、その温もりを感じていた 。
紫苑が離れた後、の体の震えは止まっていた。

「お楽しみはもう済んだか?」
いきなりネズミの声が聞こえて、は反射的に紫苑から離れた。
「使魔は麻薬で一杯の部屋の奥に引っ込んでいった。もうあいつとは関わり合いにならないことだな」
言われなくてもそのつもりだと、はネズミを見る。

、今日はネズミの家においでよ。いいだろ?ネズミ」
「ベッドが一つしかない家でよければ」
断りはしなかったが、仏頂面で答えた。

ネズミは、が家に来ることに対して機嫌を悪くしているわけではない。
二人に追いついた時から、いつの間にか顔をしかめていた。
紫苑がを抱きしめて、そして口付けていた時もずっと、同じ表情をしていた。
そのとき、ネズミは自分の中から沸き上がる何かを感じていた。
今も、それはおさまらないでいる。


「行こう、
紫苑が自然な動作での手を取り、歩き始める。
があんなにも易々と手に触れさせるところを見るのは、初めてだった。
ネズミは家に着くまでずっと、自分の中の不可解な何かを感じていた。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
がこの町に来たいきさつと、使魔の企みを説明するような形になりましたが・・・。
まとめると、使魔は一目見て気に入ったを手に入れるために、麻薬を使って、の記憶がぼんやりしている間に妹を殺し、にその罪をきせた。
そして自分も町に落ちる為に麻薬を使って生徒を数人誘拐して、わざと罪を犯して町に落ちた。
(治安が悪くて警備員もいないようなところじゃないと、を自分のものにできないからわざわざこんな事をした)。

そしてが罪を犯し続けて悩んだり絶望する顔が見たくて、依頼人をでっちあげて仕事をさせていた。
今になってその事を言ったのは、に紫苑とネズミという友になりえる存在が近付いて焦って、この町で希望を持つ前に早く手に入れてしまおうとしたから。
・・・と、いう感じになります。(本文だけでここまで読みとれたらすごい)

どうやって殺したかとかは・・・あの・・・使魔はかなり賢い人なんでそこんとこは色々と・・・。
そう、なんとかしてたんですよ←