ほだされる感情、後編


けれど、風呂から上がった後のことを考えると、少し心配になった
また、ネズミが血迷ったことをしないだろうかと
ベッドは一つしかないし、毛布はたくさんあっても床で眠れるほど室温は暖かくはない
この家では、必然的に同じ場所で眠ることを必要とされる
ネズミが家に来たいと言ったときに、もっとそのことを考えればよかった
けれど、今更何を言っても現状が変わるわけではない
流星は考えの甘かった自分に対して小さく溜息をつき、浴槽から出た



部屋へ戻ると、ネズミはすでにベッドに横になっていた
流星は警戒しつつ、ネズミの隣で横になった
しかし、いくら警戒していたと言っても、この至近距離では意味を成さない
流星が自分の隣へ来ると、ネズミは待ち構えていたようにその体を引き寄せた

「っ・・・・・・ネズミ、離してくれ」
そう拒否したが、風呂上りで温まっている体温が心地良い
このまま眠りにつけたらいいと、そんなことまで考えてしまっている
けれど、ほだされてはいけない
拒否して、ネズミの矛先を変えなければ
ネズミは、もっとまともな人と一緒になったほうが絶対にいい
流星はネズミの胸を押したが、腕が解かれるとこはなかった


「・・・君は、僕をどうしたいんだ?欲が抑えられないのなら、もっとまともな人を選べばいい。君ならいくらでも・・・」
流星は、そこで言葉を止めた
ネズミの視線が、いつもと違った
まるで、憂いを帯びているような、それでいて咎めるような
そんな、微妙な感情が入り混じった視線に戸惑い、言葉が続かなくなった


「おれは・・・」
ネズミが、小さく呟く
流星にまわしていた手を片方だけ外し、首に添える
そして、優しく撫でるようにして指を流星の頬へ滑らせてゆく
頬の次は唇へ、その個所は特に丁寧に指がなぞる
その箇所に触れられたとたん、流星は息が詰まるのを感じ、動揺して声が発されそうになるのを堪えていた
指が離れると、流星は堪えていたものを解放させるように息を吐いた

「おれは・・・あんたのすべてに触れたい。身を重ね合わせて、あんたを感じたい・・・」
自分でもそんな台詞に戸惑いを感じているような、控え目な口調だった
けれど、迷いは感じられなかった
その言葉は、自分の感情に気付いている上で言っているようだった
そんな告白じみたことを聞いた流星は、焦りを隠せなかった

触れたいなど、身を重ね合わせたいなど、一生涯かけられるはずはないと思っていた言葉がかけられている
駄目だ、拒否しなければ、ここで拒むことを示さなければ不幸になるのは相手のほうだ
けれど、微塵も嫌な言葉とは感じていない
そんなことを感じている自分も、焦りを覚えさせる要因だった


「・・・君は、僕とそんなことをするべきじゃない」
流星は、視線をネズミから外して言った

「嫌ならはっきり言え。まわりくどい言葉はいらない」
厳しい口調でそう言われ、流星は視線を外したまま黙った
触れられることが嫌だと言えば、もうネズミが接してくることはなくなるだろう
けれど、そんな嘘はつきたくない、ネズミを傷つけたくはない
そんな思いから、流星は恥を忍んで呟いた


「・・・嫌じゃないんだ」
消え入りそうな声が、ネズミに届いた

「嫌じゃないって思ってる自分に、動揺してる。
君の体温を感じていると、安心するのも事実だ・・・」
視線を外すだけでは事足りず、流星は俯いた
ここから先のことを言えば自分が惨めになってしまう
それでも、理由を説明するには言わなければならなかった


「・・・僕は、相応しくない。僕は、誰ともそんな関係になっちゃいけない」
ネズミに口付けられたときも、今こうして抱かれているときも、自分に戒めてきた言葉
全て吐き出せば、ネズミも納得する
プライドが痛むことだが、事実だった

「僕は、誰からも特別な感情を抱かれてはいけない。僕は、誰にもそんな感情を抱いてはいけない。
僕は・・・」
「もう、言うな」

ネズミの手が流星の頬を包み、上を向かせる
交差したお互いの視線にあるのは、憂いだった
そして、ネズミは唇を落とした
もう流星が言葉を発せないように、その個所を塞いだ

「っ・・・・・・ん・・・・・・」
安堵を感じさせる温もりが身を包む


ああ、ほだされそうになる
求めてしまいそうになる
この安堵感を与えてくれる相手を
必要以上の感情を抱いてはいけないと、自分に言い続けてきたのに
拒否することを忘れ、この行為を甘んじて受けてしまっている

気付くと、僕は目を閉じていた
相手に身を任せ、抵抗なんて忘れていた
いや、抵抗したくなかったのかもしれない
頭では拒否しなければとわかっていても、本心は慰めを求めているのかもしれない



ネズミが、ゆっくりと唇を離す
流星は、もう目を逸らさなかった
逸らせなかったと言った方が、正しいかもしれない
今、自分に向けられている視線は、今までに感じたことのなかったもの
胸の内を温かくさせる、そんな感情が含まれているのを感じる
そんな視線に、流星の心音は静かに鳴っていた


「・・・あんたが、愛おしい」
いつものネズミからは考えられないような、優しい言葉がかけられる
また息が詰まり、胸の奥が締め付けられるような感覚を覚える
そんな言葉は、向けられるべきではないのに
自然と感情が揺らぎ、心音が強くなってしまう

愛おしい

その一言は、流星の悲観的な心情を和らげるには充分な言葉だった
さっき唇をなぞったネズミの指先は、下へ移動する
服の上から流星の体をなぞりながら、腰元まで
そこで、指先は方向を変え、服の中に滑り込んだ


「・・・ネズミ・・・」
直に肌に触れられ、戸惑いを隠せない声で相手を呼ぶ
ネズミは答えず、ただ視線を合わせていた
指先は今度は上へ、撫でるようにして流星の肌に触れてゆく
まるで、触れられたところが熱を帯びてゆくような感覚に、流星はまた戸惑った

腰元から胸部をなぞった指先は、今度は腹部へと下がってゆく
流星は、その行動に抗議する気は起こらなかった
触れられることが、嫌じゃない
そう感じている自分に、嘘がつけなかった
腹部へ下りた指は、さらに下へ移動する
それには流石に危機感を覚えた流星は、その腕を掴んで止めた


「・・・そこは、駄目だ。そこだけは・・・」
いくら気を許した相手でも、その個所だけは触れさせるわけにはいかなかった
そこに触れられ、反応する自分なんて考えたくもなかった

「わかってる。あんたが嫌悪してるとこには触れない」
その言葉を信じ、流星は手を離した
けれど、指は下へと下がってゆく
そして、ズボンの中へ差し入れられた指は、緩やかな動作で太股を撫でた

「・・・っ・・・ネズミ・・・」
滅多に露出されないそんな箇所に触れられ動揺し、つい名を呼んでしまう
だが、咎めるような雰囲気はなく、問いかけているような感じだった
本当に、後悔しないのか
こんな体に触れて、本当に不快に思わないのかと

「おれは、もっとあんたに触れたい・・・。あんたの中の、最奥まで・・・」
「え・・・?」
ネズミはそう言い、指を流星の下着の中へ進めようとした

「あ・・・、だ、駄目だ、そんなこと」
言葉の意味を理解した流星は、慌ててネズミの腕を掴んで引き上げた
無理に行為をするつもりはないのか、ネズミは抗わなかった


「NO.6の浅ましい連中はもういない。あんたは、そんなに縮こまることなんてない。
・・・おれは、あんたの体に微塵も嫌悪なんて感じちゃいない」
ネズミは行為を言葉を言い終えると、流星を抱き寄せた

流星には、声にならない言葉が渦巻いていた
両親にさえ、こんなに優しい言葉をかけられたことはない
そんな言葉に抗う気など、起こるはずもなかった


流星は控えめがちに、ネズミに手を伸ばす
だが、すぐに背に腕をまわすことはできず、ネズミの腰元でその手は止まってしまう
ネズミはふっと微笑み、自分の腰元にある手に自分の手を重ねた
そして、誘導するように背へ持って行った
流星はまだぎこちなくしていたが、やがてやんわりと抱きつくようにしてネズミにすがった


首元に顔を埋め、目を閉じる
絶対的な安心感が、そこにはあった
彼になら、彼にならいつか、全てを任せられる時が来るかもしれない
羞恥心も、プライドも、そして悲観も跳ね退けるほど、彼を求める時が来るかもしれない
そう思ってしまうほど、心地良かった

流星は、まだ自覚していなかった
そんな想いが、どんな感情から誘発されるものなのかを―――




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
引き続き、流星が初々しい感じとなっております
甘い言葉を呟いていますが、管理人のボキャブラリーではこれが限界・・・