お互いの声、後編


読み始めたはいいものの、僕は一行目から読み間違いをしてしまった
間違えると聞いている方に悪い気がして、焦ってしまう

そして言葉に詰まったり、間延びした読み方をしてしまう
棒読みもいいところで、声の調子も緊張気味になっている
紫苑と比べて、ひどい落差だと感じていた
文章が進むたびに、早く終わってくれないかと思うばかりだった



流星は途中で溜息をつきそうになりながらも、何とか読み終えた
「流星、ありがとう。ハムレットも、お礼を言ってる」
ハムレットは、流星の肩の上で小さく鳴いた
朗読を二回聞いて満足したのか、流星が本を閉じると同時にどこかへ走って行った


「ひどいもんだっただろ、だからつまらないって言ったんだ」
流星はとうとう溜息をついて、そう言った
「つまらなくなんてなかったよ。ぼく、流星の声が好きだから」
何気なくそんなことを言われて流星は一瞬驚いたが、すぐに慰めの言葉なのだろうと気付いた

「気休めの言葉なんていらない。ひどかったら、ひどかったって言ってくれ」
同情されるぐらいなら、まだののしられたほうがましだった
高いプライドが、その言葉を許さない
いくらその相手が友人でも、嫌なものは嫌だった

「そんなつもりじゃないよ。ぼくは、きみの声が心地良かった」
まだ慰めるつもりなのかと、流星はすぐに反論した
「そんなはずない。あんな、しどろもどろの朗読で。
それに、僕は君みたいに誰かを穏やかにさせることなんてできないって、自分でよくわかってる」
誰かに嫌悪感を持たせることはたやすかったけど、誰かを幸福にさせることなんて、自発的にしたことはない
僕は、そんな術は知らない、紫苑はその術をたくさん持っているけれど
相手を傷付けることしかしてこなかった僕が、どうして相手を穏やかにできるだろうか

「だから、遠慮せずに言ってくれても・・・」
「流星!」
突然紫苑が叫び、流星は言葉を止めた

「きみは、ぼくが遠慮してるって思ってるのか」
「あ、ああ、だって・・・」
流星は、言葉を詰まらせた
紫苑の表情から穏やかなものは消え、厳しい顔つきになっていた

「ぼくは遠慮なんてしてない。きみに同情してるわけでもないし、慰めてるわけでもない。
ぼくは、きみの声を聞き続けたいって思った、きみの声が本当に心地良かった!」
紫苑は、続けざまに叫んだ
流星はこの相手からこんなに強い言葉を聞いたことがなく、目を丸くしていた
強い言葉だが、その中に怒りは感じなかった
ただ、相手に強く訴えかけているといった口調だった


「なのに、きみは頑なに自分を卑下する・・・」
今度は声が弱くなった紫苑に、流星は動揺した
友人が悲しそうに声を小さくするのが、悲しかった

「きみがそんな悲しい事を思っていても・・・ぼくは、きみの声が好きだから」
「紫苑・・・」
反発する言葉は、出てこなかった
今度は、受け止められる
感情的になってまで友が言ってくれた、その褒め言葉を

「でも、好きなのは声だけじゃないよ。流星のかっこいいところも好きだし、動物に優しいとこも。
それに、誇り高いとことか、料理上手なとことか・・・」
「し、紫苑、もういいから」
ぽんぽんと褒め言葉を出され、流星はまた動揺した
褒められるのに慣れていないせいか、どうしてもそんな言葉を遮りたくなってしまう
嬉しくないことはないけれど、なぜか羞恥心が湧き上がってきて仕方がなかった

「あ、そういう照れ屋なとこも、ぼくは好きだな」
まさに今の状態を指摘され、流星はたまらずそっぽを向いた
「わ、わかった、だから、もういいから」
紫苑はくすりと笑い、流星をそっと抱きしめた

「信じてほしい、ぼくのことを・・・。好きだよ、流星」
とても優しい声で、紫苑は語りかけた
流星は、そのまま黙っていた

恥ずかしいことを言うんじゃないと言って、腕を振り払ってもいいはずだった
でも今は、この腕の中に納まっていたいと、そう思った

僕は、心のどこかで喜び、そして感謝しているのかもしれない
彼が、本心から僕の声を好きだと言ってくれたことに
だから、こうして抱きつかれても、大人しくしていられる
もっとも、恥ずかしい事には変わりないのだが




「・・・流星」
しばらくそうしていた後、ふいに名を呼ばれ、流星は紫苑の方へ首を動かした

「紫苑、どうした?」
そう尋ねかけたとき、流星は相手の異変に気付いた
心なしか、いつもより熱っぽい眼差しが自分に向けられている
そして、その眼差しはゆっくりと近付いてきた

「・・・紫苑?」
尋ねかけるように名を呼んでも、返答はなかった
体が抱き寄せられ、紫苑がさらに近付く
「紫苑、な、何を・・・・」
流星が思わず体を逸らすと、紫苑は前方に体重をかけた
流星は半ば混乱していて、そのまま後ろへ倒れた

「流星・・・ぼく、もっときみの声が聞きたいんだ」
どこか熱っぽい紫苑の声が、上から落ちてくる

「そ、それじゃあ、何かもう一冊取ってくるよ」
流星は、理由をつけてこの状況を打破しようとした
だが、紫苑は流星の肩を押して、動くことを制した

「流星・・・きみの声を、聞かせて・・・」
紫苑は、流星の耳元で静かに囁いた
そのとき流星は瞬間的に危険を感じ、腕から抜け出そうと身をよじった
抵抗しようとしていることを感じ取ったのか、紫苑はすかさず流星の耳元に自身の唇を寄せた
そして、紫苑は自分の口元にある柔らかい部分を甘噛みした

「!・・っ・・・」
耳元に刺激を与えられ、流星は思わず動きを止めた
その隙に、紫苑はその耳の形をなぞるようにして、ゆっくりと舌を這わせていった

「っ・・・ぅ・・・・」
耳に這わされる柔らかい感触に、反射的に声が口から出ようとする
だが、羞恥心がそれを止めようと、必死に声帯を閉じていた

「流星・・がまん、しないで・・・」
紫苑はその抑制を外そうと、流星の耳朶を丹念に舐めた
時に甘噛みし、時に皮膚を吸い上げ、不規則に刺激を与えてゆく

「・・・ぁ・・・・っ・・・・」
流星の喉から、抑えきれなくなった声がわずかに漏れる
粘液質なものの感触に身震いしそうになりながらも、声は抑えようと口を閉じる
紫苑のものが触れた個所が、熱を帯びてゆく
流星の耳は、もう這わされていない箇所などないほどに濡れていた

「紫苑・・・やめるんだ・・・」
息を吐く合間に、制止の言葉を投げかける
本来、紫苑は人の嫌がることをするような性格ではない
だから、こう訴えれば離れてくれると思った
紫苑は、流星の訴えに少しの間制止したが、首を横に振った

「もっと聞きたい・・・流星の、もっともっと甘い声が・・・」
紫苑の声は、さらに熱を帯びていた
このままでは、取り返しのつかないことになる
流星の脳内で、警告音が響いた
その警告音が響くのと、紫苑が動き出すのとはほぼ同時だった
紫苑は、今度は流星の首元に顔を埋め、鎖骨に沿って舌を這わせた

「んん・・・っ・・・・ぁ・・・・・」
新たに与えられた感触に、薄く開いた唇からか細い声が発される
声を堪えようとするのだが、呼吸のたびにどうしてもわずかに声が発されてしまう
紫苑は流星の声の抑制を外すべく、首を下から上へ、何度も舐め上げる

「・・う・・・・っ・・・・・・ぃ・・や・・・・だ・・・・」
流星は解放されそうになる声を必死に抑えながら、抵抗の言葉を示す
その言葉は届いているはずなのに、紫苑の動きは止まらない
動きはゆっくりとしているものの、流星の首筋にはひたすらに舌が這わされる
液の生成が追い付いていないのか、粘液質な感触は少しざらついたものへと変わっていっていた

声帯がその感触に反応し、声を出そうとする
それと共に、流星の息もだんだんと熱を帯びてきていた

「・・ぁ・・・・・ぁ・・・っ」
呼吸をしようと口を開くと、それだけで紫苑の望む声が発されそうになる
紫苑は今まで、こんなにも積極的に相手を求めるようなことはしなかった
だが、今の紫苑はまるで本能だけで動いているようだ
もはや首も、濡れていないところはなかった
それでも、紫苑は動きを止めようとはしなかった

「・・・・はっ・・・・・・・・・あ・・・・ぁ・・・・」
呼吸のたびに、声を抑えることが辛くなってくる
だが声を出すくらいなら、いっそのこと息を止めて酸欠になったほうがましだろうか
そう思った矢先だった
紫苑の体がぐらりと傾き、横に倒れたのは


「・・・紫苑?」
突然、流星は刺激から解放され安堵したが、その紫苑の姿を見た瞬間、嫌な予感がした
紫苑の目は、何とか開いてはいたがどこか虚ろだった
何だか、熱を帯びすぎているような気がした
もしやと思い紫苑の額に手を当ててみると、そこは結構な熱を帯びていた

「紫苑・・・熱がある」
紫苑の頬は赤く染まり、息が荒くなっている
あの冷たい川へ落ちたのだ、無理もないと思った
ここは心配すべきところなのだが、流星には安心感があった
紫苑が風邪をひいていた事実によって、さっきの行為は熱で頭がまわらなくなっていたからだと、理由づけることができたからだった

そうだ、小ネズミに本を朗読してやるような優しい彼が、無理にあんな行為をするはずはない
全てこの熱のせいにすれば、彼の優しいイメージを崩さないで済む


流星は無理矢理そう結論付け、とりあえず水と布を取ってこようとベッドから下りた
ついでに、この湿った肌を何とかしたかった
濡れている箇所には、まだ這わされていたものの感触が残っているようだった
だが、好ましい行為ではないはずなのに、嫌悪感を抱いていないのは不思議だった


そして・・・事情を聞いたネズミに、流星がからかわれたのは言うまでもなかった




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
久々のNO.6短編です
最後のオチはどこかで見たことある終わり方でさーせんorz
なぜか・・・この話は、終わり方が思いつかなかったんですorz