NO.6短編 2月14日


とある寒い日
流星はネズミに呼び出され、家に来ていた
室内はかなり温まっていて、むしろ暑いほどだった


「ずいぶんと暑いな。温めすぎじゃないか」
「外が寒いからそう感じるだけだ。そこに座って待ってろ」
ネズミは、ベッドの方を指差す
外気が寒かったから、余計に室温が高く感じる
汗が出てきそうなので、流星は上着を脱ぎ、ベッドに腰を下ろした

そこへ、ネズミが大きめのティーカップを持って戻ってきた
ネズミが流星の隣に座ると、とたんに甘い香りがただよった
何を持ってきたのだろうと、カップの中を覗く
そこには、茶色い液体が注がれていた


「今日、何の日か知ってるか?」
ネズミに問いかけられたが、流星は答えられなかった
NO.6では何か特別な日なのかもしれないが
この街にいては、何かの記念日だとしても関係のないことなので、意識したことがなかった

「紫苑が言ってたけど、今日は好意を向けている相手にチョコレートを贈る日なんだそうだ」
「へえ。チョコレート、ねえ」
流星はそう呟き、カップへと視線を落とす

まさか、これがそうなのだろうか
この、どろどろに溶けているものを、ネズミは贈ろうとしているのだろうか
何か、自分の知らない調理法によってこうなったのかもしれないが
一種の嫌がらせとも受け取れるその物体に、どう反応したらいいものか迷っていた


「今日は、これをあんたに贈るために呼んだ」
「これを・・・」
一気飲みしろとでも言うつもりかと、流星は眉根を寄せる
それでも、好意を向けている相手に送るものと聞けば悪くは思わないが
これをそのまま渡されると、甘さのあまり胸焼けするのではないかと、そんな印象を受けるものだった

「・・・わかった。一応、ありがたく受け取ることにする」
突き返すのも何だと思い、流星はカップを受け取ろうとした
けれど、ネズミはその手を避けるようにしてカップを背けた

「このままはいと渡したんじゃあ面白くない。そのために、部屋を暖めてある」
どうやら、チョコレートが固まってしまうと、不都合があるらしい
流星は、液体状ではなく固めたもののほうがよかったと言いたかったが
ネズミがこうして贈り物をするなんて珍しいことだったので、それは伝えられなかった


何をするつもりなのかと、流星はネズミを観察する
すると、ふいにネズミが指先をカップの中へ入れた
流星はその様子を、目を丸くして見ていた

ネズミの指に、カップの液体が滴る
そして、その指先を、流星の目の前へ差し出した

「さあ、高貴なナイト。どうぞ受け取って下さい」
流星は唖然として、指先をじっと見ていた
ふわりと、甘い香りがただよう
これは、つまり指先を舐めて、そしてチョコレートを味わえということなのか

「・・・そんなこと、すると思うか」
流星が不機嫌な声で答える
相手のことを高貴なナイトと称しておきながら、そんなことをさせようとするなんて
ネズミらしい、皮肉がかったことだと思った


「しないなら、あんたの服で拭うしかないな」
「・・・は?」
あまりに一方的なことに、流星は呆けた声を発した
脅し文句にしてはずいぶんと甘い言葉だが
流星にとって、それは効果のある言葉だった

服につけられたなら、洗えばいいことだが
この街では、NO.6から着てきた上質な服はまず手に入らない
そんな気に入っている服に染みを作るのは気が退けたし
洗ったからといって、完全に落ちる保証はなかった

「おれはどっちでもいいけど、手が滑ってカップをひっくり返すかもしれないな・・・」
そんな脅し文句に、流星は押し黙る
指についているものを拭われるのも嫌なのに、コップの中身をぶちまけられたらたまったものではない
ここで無理に奪おうとしても、それこそカップをひっくり返されない


流星が難しい顔をしていると、ネズミが指先を近付けた
また、甘い香りが鼻孔をくすぐる
この街では味わえないはずの、芳醇な香り

もう、目の前にあるものを含むしかネズミを満足させる方法がないのなら
この甘い香りを味わうしかないのかと、流星は渋々口を開いた
ネズミはにやりと笑い、自らの指先を開かれた中へと進めた

「っ・・・」
とたんに、甘い香りが口内に満ちてゆく
自分の口内に、相手の指を含んでいると思うととたんに羞恥が込み上げ、流星は反抗的な目でネズミを睨む
いくら口を開いて招いてしまったとはいえ、それに舌を這わすことは中々できなかった
流星が全く動こうとしないのでネズミは痺れを切らしたのか、指先を舌へ押し付けた

「ぅ・・・」
じんわりと、口内へ甘い味が伝わってゆく
不味いものではないのだが、相手の指を介して与えられたものだと思うと
香りも、味も、鮮明に感じ取る余裕などなかった

しかし、流星が行動を起こさないことが不満だったのか、ネズミはほどなくして指を抜いた
これで終わったかと、流星はほっとしたが
ネズミは、今度は二本の指をカップの中へ入れていた


まさかと思ったその矢先
目の前には、甘い香りのするそれらが、突き付けられていた
流星はまた反抗的な目で睨んだが、ネズミはそれを気にも留めていないようだった

思わず、軽い溜息をつく
そして、渋々と口を開くしかなかった
指二本が通れるであろう、ぎりぎりの幅で

入口が開かれると、ネズミは躊躇いなく指をその中へ進めた
さっきよりも、より甘い香りが口内に広がる
そして、すぐに舌の上に甘い味も広がる
それがいくら甘美なものでも、自分では絶対に弄るものかと、流星は決めていた

しかし、そんな意思を無視するかのようなことが成される
ネズミは二本の指を動かし、そして、自らが触れているその舌を絡め取った

「ん・・・っ」
無理矢理舌に触れられ、流星はわずかに怯んだ

自分の意思に反して、舌が動かされる
それと共に、甘い味も広がってゆく
けれど、感じるものはそれだけではなかった

口内にあるものに自分が翻弄されているようで、羞恥を感じずにはいられなくなる
流星は身を引こうとしたが、ネズミがそれを許さない
とっさに流星の背に腕をまわし、退こうとする体を留めた

その間にも、指の動きは止まらない
優しく撫でるように、舌を指先でなぞられると、悪寒にも似た感覚が背に走る
ネズミは、わざと液の音をたてるように、執拗に絡ませた

「んん・・・っ」
液が絡む音と絡め取られる感触に、流星は呻く
ネズミは、流星のそんな様子を楽しんでいるようだった
いっそのこと、思い切り噛みついてやろうかと思うが
視界にカップがちらつくと、そうはできなかった



指についていた液体がとっくに拭われたところで、ネズミは指を引き抜いた
そこには、口内の名残の液がお互いを繋いでいた
ネズミは己の指を濡らしているものを舐め取ると、再びカップの液体をつけた
流星は閉口して、もうそんなことはしたくないという意思を見せる
だが、それに構わずネズミは流星に指を近付けていった

「・・・もう、いいかげんにしてくれ」
流星は顔を背け、反抗する
このまま大人しく従っていたのではきりがない

「ああ、もう同じことはしない」
それなら、早くカップをどこかに置いてくれと言いたかったが
その言葉を発する前に、流星は首筋にぬるりとしたものを感じた

何事かと思い、ネズミの方へ向き直る
指先は、すでに拭われていた
人の肌に直接、触れることによって

「何を・・・」
服に拭かれるよりはいいが、だからといって肌になすりつけていいことにはならない
反抗したことへの嫌がらせかと、流星は渋い顔をした

しかし、それは違った
ネズミは自らがつけたその液へ唇を寄せる
そして、流星が抵抗する前に、それを舌先で舐め取った


「っ・・・!」
首筋の液と共に、首筋を弄られる
悪寒が背筋に走り、思わず身震いしてしまう
それは、恐怖や不快感からもたらされるものではなかったが
易々と受け入れられる、そんなものでもなかった

いきなりこんなことをする相手なんて、突き飛ばしてやろうかと思った
しかし、どうしても相手の持っているカップが目に入ってしまう
無理に暴れれば、中身を零されかねない
そんな考えが浮かび、流星はネズミの行為に抵抗できなかった

それをいいことに、ネズミはさらに首筋へと指を這わせ、甘い液体をつけてゆく
そして、流星が眉根を寄せるのをよそに、平然とそれを舐め取っていった

「っ・・・ぅ・・・」
首から感じられる感覚は止むことがなく、継続的に伝わってくる
羞恥を伴う感覚を、大人しく受け入れるしかないことがもどかしかった
こんな恥ずかしいことを平気でする相手を跳ね退けたいと、そんな思いにかられたが
その行動は、できないままに終わっていた
流星はただ、カップの中身が早くなくなってほしいと、そう思うことしかできなかった


その思いは意外と早く叶ったのか、ふいにネズミが動きを止めた
中身がなくなったのだろうかと、流星は期待した
しかし、カップの中には先程よりは減っているものの、液体はまだ残っていた

「・・・バレンタインっていうのは、相手にチョコレートを擦り付ける行事なのか?」
それはどう考えても違うだろうとわかっていたが
流星はほとんど諦めたように、溜息と共に言った

「いや。折角、滅多に手に入らない代物があるんだ。
あんたにも、ちゃんと味あわせてやるさ」
カップが近付き、再び甘い香りが鼻孔をくすぐる
この街では味わえない香りは、悪いものではない
それを飲み干させてくれるのなら、脅威を消し去ることができるし
滅多に口にできない甘さを堪能できるだろうと、少し楽しみだった

しかし、ネズミがとった行動は、言葉とは真逆のものだった
カップを自分の元へ引き寄せ、口をつける
そして、思い切り角度をつけ、中身を一気に飲み干していた

「・・・結局、僕をからかいたいだけだったのか」
騙されたのかと、流星はまた溜息をついた
バレインタインデーという行事にかこつけて、ただ相手を辱しめたいだけだったのか
先のことで疲れ、怒る気にもなれなかった
もう、これ以上ここにいる必要はないと、流星はネズミがカップを適当な場所に置くのと同時に立ち上がろうとした


「ちょっと待て。あんたにも味あわせてやるって言っただろ」
ネズミは流星の腕を引き、ベッドに座らせる
もうカップの中身は残っていないというのにどういうつもりなのかと、流星は訝しんだ

そこからの行動は、とても早いものだった
流星がベッドに腰かけた、その瞬間
ネズミはさっと身を寄せ、相手がその行動に気付く前に
一時も躊躇うことなく、流星が言葉を発する箇所に、自らの同じ部位を重ねていた

「っ・・・!」
あまりに突然のことに、流星は目を見開く
こうされることが初めてではないが、慣れているわけでもない

柔らで温かい、唇の感触
わずかに香る、甘い匂い
さっき飲み干した液の余韻が、そこに残っていた

味あわせてやるとはこういうことかと、今気付いた
わずかな変化を読み取ったように、ネズミは流星の背に腕をまわして引き寄せる
もう逃さないと、そう主張するかのように

「んん・・・っ」
唇が、強く押し当てられる
体温の上昇と共に、だんだんと呼気が苦しくなってくる

しかし、呼吸のために口を開いてしまえばどうなるのか
予測がついてしまう
味あわせるためにネズミがとる行動は、一つしか思いつかなかった

そうは言っても、鼻呼吸だけでは苦しくなってくる
ネズミは平然としているので平気なのかもしれないが
内心穏やかでない流星は、そうはいかなかった


こちらが拒むまで離れないつもりなのか、背にまわされた腕は身を捕らえて放さない
とうとう、呼気が苦しくなった流星は、両手でネズミの肩を押した
距離を置いてもすぐに重ねられないように、強く拒んだ

「はっ・・・」
口が開かれ、息を吸い込む
肺が満たされ、呼気が落ち着きを取り戻してゆく
ネズミはかすかに口角を上げて、微笑した
そして、獲物を捕らえたように目の前の相手を見据えた

流星は、とっさに顔を背ける
しかし、その抵抗はほとんど無駄なもので
顔を背けたその瞬間、ネズミに全体重をかけられ、体が後ろへ倒れてしまった

離された手の代わりに、柔らかいとは言えないベッドの感触が背に伝わる
そして、相手を拒もうとする両手は、瞬く間に組み敷かれた

「や、やめてくれ・・・」
危険な体勢になってしまい、流星は動揺する

「言っただろ?味あわせてやるって・・・」
すぐ近くで、囁かれる
緊張感で、身が硬くなる
だが、こんな体勢になっても、口を開かなければいいこと
流星は覚悟したように仰向けになったが、断固として閉口していた

それは予測済みだったのか、ネズミは構わず身を近付ける
相手の息遣いが感じ取れるまでに、お互いが密接する

しかし、ネズミは唇を重ねることはしなかった
その代わりに、さっきとは違う柔らかなものが流星の口元をかすめた


思わず目を丸くし、相手を見る
口元に感じた感触は、遠慮なく唇へと這わされてゆく
くすぐったくも、心音を高鳴らせる感触
落ち着いたと思った呼気が、また荒ぶろうとする

唇に這わされているものに反応せずにはいられなくて
とたんに、頬が紅潮していった

そんな反応を良く思ったのか、ネズミは丹念に流星の唇を弄ってゆく
懐いた獣が、好意を持っている相手へ、愛情表現を示すように
その行為は一時も休むことなく、執拗に動かされていった

「んんっ・・・」
与え続けられる感覚に、思わず声が発されそうになる
流星がくぐもった声で呻くと、ネズミは唇を割り、触れさせているものを隙間へ滑り込ませた

「っ、ん・・・っ」
しかし、断固に閉じられた口内へ進むことはできず、それは入り口付近に留まった
それでも、その箇所への愛撫は止むことはなく、心音は高まってゆくばかりだった
そこでネズミは諦めたのか、一旦身を離した

「相変わらず頑固だな。素直になれば、何も考えられなくなるほどの感覚を教えてやるのに」
返答してしまえばとたんに覆い被さられるかもしれないので、流星は何も言わなかった

だが、ネズミは不可解な表情はしなかった
むしろ、頑固な相手の様子を楽しんでいるような、そんな顔をしていた

流星が易々と口を開かないことも予測済みだったのか、ネズミはすぐに次の行動に移った
今度は開かせようとしている箇所ではなく、眼下にいる相手の首元へと顔を寄せる
首筋に息がかかり、流星はまた緊張する
そして、ネズミの呼気を感じたと思ったその瞬間
首元に、痛みとも、悦とも違う感覚が走った

「あっ・・・!」
思いもよらぬ感覚に、流星からとうとう声が発された

その要因となった出来事
ネズミは、流星の首に噛み付いていた

それは、痛みを与えるような強さでもなく、悦だけを与えるような甘噛みでもない
微妙な力加減で喰い付かれ、驚いたように肩が震える

一旦解放された声は、もう抑えつけるのが困難で
荒くなりつつある息が、抑制を失ってしまった
その反応を、ネズミは見逃さなかった
流星の反射的な反応が収まらない内に
熱い息を発しているそこへ、素早く覆い被さっていた

「んっ・・・!」
覆い被さられた瞬間、甘い香りが口内に広がった
ネズミがさっき飲み干した、チョコレートの味
それは味を感じさせると共に口内のものに絡みつき、流星の心音を高鳴らせていった

甘い液が、口内へ落ちてくる
それがネズミのものなのだとわかると、頬がかっと熱くなる
まるで、甘い香りに、お互いが混じり合っていることを示されているようだった

深い行為のさなか、流星は無意識の内にネズミの腕を掴んでいた
その手は、相手を引き寄せることはしなかったものの、拒みもしなかった
拒まれてはいないと、そう感付いたのか、ネズミはさらに深く、流星の口内へ己を進めた

「は、っ・・・あぁ・・・っ」
執拗に求め、絡ませられるそれに、呼気が落ち着かなくなる
呼吸をしようとすると、お互いの熱い息が混じり合う
もう、その吐息さえも甘く感じられ、あまりの甘い香りに、能が芯から痺れていってしまうようだった

両手を広げて歓迎することはできないが、全身全霊で拒否することもできないこの感覚
口内で柔らかなものが触れ合うたびに、流星の手は何かに耐えるように強く握られた
流星が感じていたのはもはや嫌悪ではなく、羞恥だけだった


いいかげん呼吸が詰まってきたのか、ネズミは絡めていたものを解いた
「っ、は・・・」
とたんに息が楽になり、流星は肩で大きく呼吸をした
手の力は緩んだものの、その腕はしっかりと掴まれたまま
ネズミは、すっと目を細めて微笑し、息がかかるほどの至近距離で囁いた

「ハッピーバレンタイン・・・流星」
「・・・ハッピーなのは、君だけ・・・っ」
反論の言葉は甘い香りに阻まれ、それ以上は発せなかった
口内の甘さは、まだ消えない―――




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
題名が2月14日なのに、現実では二カ月以上経っているっていう\(^o^)/
いや、その、とある友人の誘惑でエースコンバットにはまってしまいまして←