NO.6 短編、寒い夜に(紫苑、ネズミ)

今日、ロストタウンの夜はかなり冷え込んでいた
雪は降っていないものの、家が無い物は凍え死ぬかもしれないというほど寒かった
流星も無機質な壁に囲まれた部屋で寒気を感じ、倉庫となり果てている部屋から毛布を多く持ってきていた
埃を払うのは面倒だったが背に腹は代えられず、ベッドの横には折り畳まれた毛布が複数枚置いてあった
夜は特にする事がないので、体を温めてもう寝てしまおうかと思った矢先、玄関の扉が叩かれる音がした
こんな時間に何者かが訪ねて来るというのは初めての事だったので、少々警戒しつつ扉を開けた


「こんばんは、流星」
にこやかに挨拶をしてきたのは、紫苑だった
そしてその後ろには闇に紛れるようにして、もう一人見覚えのある人物もいた

「紫苑?それに、ネズミも。こんな時間に何の用だ?」
「ネズミがいい物を手に入れたって言うから。入ってもいいかな」
「良い物ね・・・。まあ、いいよ」
わざわざ夜に来るのだから、それなりの意味がある物なのかもしれない
流星は二人を部屋へ招くと、ベッドへ腰かけた
つい、いつものように真ん中に座ってしまったので、ネズミと紫苑は流星を挟む形で両脇に座った

「それで、君が言う良い物ってのは何なんだ?」
流星が尋ねると、紫苑も興味深そうにネズミの方を見た

「ああ、これだ」
そう言ってネズミが二人に見せたのは、茶色い瓶だった
片手でゆうに持てるぐらいのその瓶には、英語で書かれたラベルが貼ってあった
文字は掠れて読み取れなかったが、そこらへんに転がっているような物ではなさそうだった

「ネズミ、それは?」
紫苑はそれが何か知らされていないのか、きょとんとした様子を見せていた
「まあ、すぐにわかる。流星、何か入れ物を三つ持ってきてくれるか」
「ああ、わかった」

流星は部屋を移動し、適当なコップを三つ持って帰って来た
同じ位置に流星が座ると、ネズミは瓶の栓を開けた
そこからはわずかに甘い香りがもれていた
ネズミは流星が持ってきたコップを手に取り、中の液体を注いでいった
その液体は赤黒い、まるで人の血液を思わせるような色だった
だがその色とは裏腹に、どこか惹かれるような果実の香りを漂わせていた

「ネズミ、これって・・・」
液体の入ったコップを受け取った紫苑が訝しげにネズミを見た

「ああ、力河のおっさんからせしめてきた。冷え込む時はこれが一番だ」
「で、これは何なんだ」
果実の香りに混じっている、どこかで感じた事のあるような香り
この町で見かけた事がないそれは、流星にはわからない物だった

「あんた、知らないのか?ワインだよ。それも、結構上物の」
「ああ・・アルコールか」
そこで思い出したのは、傷を消毒する薬品の匂いだった
大人との交流なんてほとんどなかった流星は、薬品以外でその匂いを発する物に触れた事がなかった
町を歩いていると、たまにその匂いを漂わせている大人に見かける事はあったが、こんな甘い香りはしなかった

「ネ、ネズミ、君が急に流星の家に行くって言い出したのは、これを渡すためだったのか?」
紫苑は少々焦り気味に尋ねた

「折角なら、何も知らないこのナイトにも振舞ってやろうと思ってね」
ネズミはにやりと笑みを浮かべた
何かたくらんでいるような感じがしたが、気に留めなかった
今は自分の目の前にある未知の物に、好奇心を抱いていた

「じゃあ、早速・・・」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。ぼくたちはまだ、未成年だ」
コップを口に運ぼうとしていたネズミの手を、紫苑が止めた
紫苑の言うとおり、こういったアルコール類は子供が飲んではいけないと、そう聞いた事がある
だがそう言われても、好奇心がゆえにこの液体を口にしてみたいと思っていた
漂ってくる甘い香りが、未知の物に対する警戒心を取り払っていた

「あんたもお堅い奴だな。この町でそんな事気にしてる場合か?
これは体を温めるための手段だ、この町では生きる術にも成り得る。
あんたはそれをみすみすと放棄するのか?」
ネズミに強く言われ、紫苑は押し黙った

この町で生きていくには、手段を選んではいられない、以前の僕が、そうだった
寒いこの部屋で何の対処もなしに過ごしていれば、凍え死ぬまでとはいかないが、風邪をひきかねない
ネズミの言葉は、設備も薬も食料も十分にないこの町で、体調を崩す事は死への第一歩だという事を警告しているように聞こえた

「・・・わかった。じゃあ、一杯だけ」
紫苑は渋々コップを口に近付けた

「流星、あんたまで未成年だの何だの言わないよな」
「まさか。君の言う事はもっともだし、どんな味がするのか興味がある」
そう言い終わると、流星はコップの中の液体を口に含んだ
一口分を含んだだけで、豊潤な果実の香りとアルコールの混じり合った匂いが口内に広がった
それを飲み込むと喉元が熱くなり、そこにずっと香りが張り付いているような感じがする
果実の香りのおかげで、消毒液の匂いはほとんど感じなかった

もう一口飲み干すと、喉元だけではなくだんだん体温も上昇してくる感じがした
まるで風呂にでも入っている時のように、体が芯から温まっていく
その感覚は、言わずとも心地良かった
そうしてコップの中身が空になると、ネズミはまたワインを注いだ
その味は悪いものではなかったので、流星は抵抗無くワインを飲んでいった


二杯目を飲み終えた頃には、風呂上がりのように体は温まっていて、少し頭がぼんやりとする感覚がした
紫苑もネズミもほんのりと頬が好調し、かなり血色がよくなっているようだった
流星は空になった瓶とコップをテーブルの上に置きに行こうと立ち上がった
すると急に立ち上がったせいか、一瞬視界が揺れた
持っていた物をテーブルに置き、元の位置に戻ると、いきなり紫苑が抱きついてきた

「紫苑・・・?」
紫苑の体もかなり温まっており、肩にまわされた両手が心地良かった

「流星・・・好き・・・」
「え・・・」
紫苑がそう言って顔を近づけてきたので、流星は反射的に後ろへ飛び退きベッドに乗り上げた
紫苑はいつもはそういった事を急にはしようとはしないので、少々驚いた
それでも紫苑はまだ近付いてきたので、流星はさらに後ろへ下がろうとした
だが背後から突然腕がまわされ、それ以上退くことができなかった

「ネズミ、何を・・・」
「まあまあ、紫苑の想いを受け止めてやれよ」
少し振り向くと、ネズミがまた意地の悪い笑みを浮かべているのが見えた
この状況を見て面白がっているのか、流星が身をよじらせても、まわしている腕を解こうとはしなかった

「流星・・・」
紫苑は流星を束縛しているネズミを咎めようともせず、さらに近付いていった
流星はそれでも後ろへ退こうと身を引いたが、ほとんど無駄な行為だった
顔を背けないように、紫苑の手が頬に添えられ、そして口付けられた

「ん・・・っ・・・」
流星は、反射的に強く目を閉じた
触れている箇所は熱く、さらに体温が上がりそうになる
第三者の前でこんな事をするなんて羞恥心が許さなかったが、ネズミのせいで紫苑を押し返す事もできなかった

一瞬、触れていた個所が離れたと思ったら、またすぐに口付けが再開される
一度目より深く、強くその個所が押し付けられる

「んん・・・っ・・・」
思わず声が漏れそうになるが、自分の羞恥心が必死にそれを抑えた
ネズミの前でこんな事をしているだけでも恥ずかしいのに、声を出すなんてとうてい許さなかった
二度目の口付けが終わると、紫苑は流星の首元にそっと唇を寄せた
いつもより熱い吐息に、心なしか緊張感を覚える

「おれの想いも、受け取ってくれる・・?」
耳元でそう囁かれ、くすぐったくてネズミのほうに首を傾けた
流星は頭がぼうっとしてきていて、それが仇となる事に気付かなかった
はっとして首を戻そうとした時にはもう遅く、流星は同様にネズミにも口付けられた

「っ・・・ん」
すかさず顎を捕えられ、逃れる事ができない
自由になったかと思った片腕も、今度は紫苑が抱きついてきているので動かせなかった
紫苑だけではなくネズミにまでこんな事をされて、流星の羞恥心が黙っているはずはなかった
柔らかい物が口内へ入ってこようとしたが、断固として口を閉じ、頑なにそれを拒んだ
するとネズミは諦めたのか、名残惜しそうに唇を離した

「い・・・いきなり何するんだ!二人とも、こんな・・っ・・ぁ・・・」
抗議の途中で首筋に違和感を覚え、上ずった声が発された
こんなに積極的であるはずがない紫苑が、流星の首筋を甘噛みしていた
流星がそうやって隙を見せたとたん、ネズミは再び口付け、口内へ舌を滑り込ませた

「んっ・・・ぁ・・・っ・・・」
舌に触れられ、閉じられない口から声が漏れる
この甘ったるい声を紫苑にも聞かれているのだと思うと、声を発する事にかなりの抵抗感があった
だが、ネズミの物が巧みに口内を動き、舌が絡む水音が聞こえるとどうしても抑えきれない声が少しずつ発されてしまっていた

・ 「は・・・っ・・あ・・・・・・」
元々体温が上昇しているせいか、息が荒くなる
口付けが終わっても、流星は肩を上下させて呼吸をしていた

唇が離された事でやっと落ち着けるかと思ったが、状況は何も変わっていなかった
紫苑は甘えるように首筋に擦り寄ってきていて、相変わらず両腕は束縛されている
その姿はまるで子ネズミを思わせるようなものだったが、それを可愛らしいと思う余裕は無かった
羞恥心とアルコールのせいで心音は高鳴り、思いがけない事をする彼等に狼狽していた
頭もうまく思考が働かず、慌てるばかりでこの状況を打破しようとしなかった
相手が抵抗しないのをいいことに、ネズミは流星の上着にするっと手を差し入れた

「や、やめろ・・・っ」
流星が抵抗の言葉を口にしても、手は動きを止めなかった
そこから器用にシャツのボタンを一つ外し、隙間をかいくぐった指先が流星の肌に触れる

「や・・・め・・・っ」
流星は一瞬肩を震わせたが、その手はお構いなしに中へ侵入しようとする
このままではいけない、しかも、紫苑という第三者の前で
そこでやっとぼんやりとしていた脳が危険を感じたのか、流星は反射的にネズミの腹を思い切り肘で突いていた

「うっ」
ネズミは短く呻くと、流星の服の中から手を引き抜いた
勢いよく腕を動かしたおかげでまわされている腕が緩み、肩腕が自由になった
流星はさっきから動かない紫苑の肩を揺さぶった

「・・・ほら、紫苑、眠るんならベッドでネズミと寝ろ。僕は床でいいから」
これ以上こうしているとネズミが何をするかわかったものではないので、早く退いてほしかった
幸い、毛布を多く準備していたので床でも何とか眠れそうだった
紫苑は少しの間眠っていたのか、寝惚け眼で立ち上がった
腕が完全に解かれたので流星も瞬時に立ち上がり、床に毛布を敷いた
先程の事で何だかどっと疲れ、もう寝てしまおうと毛布の上に寝転がった
するとすぐに、紫苑が隣に入って来た

「・・・紫苑、ベッドがあるんだから君まで床で眠らなくていいんだ」
仰向けのままそう言うと、紫苑は再びぎゅっと抱きついてきた

「きみと、一緒にいたい・・・」
首元で呟く紫苑はまた甘える子ネズミのような姿を思わせ、つい離れろとは言えなかった
そうして紫苑のほうに気を取られていると、反対側にネズミまで入ってきていた

「高貴なナイト、おれとも、夜のお相手をしていただけますか?」
妖艶な笑みを浮かべたネズミの細い指が、すっと流星の頬を撫でる
ネズミが言うと危険な言葉にしか聞こえなかったが、もうあしらうのが面倒になってきていた
それに彼が「高貴なナイト」という言葉を使う時は、たいていからかって反応を楽しんでいる時なのでそんなに大それた事はしないだろうと思った

「わかった、わかったからもう眠らせてくれ・・・」
紫苑はすでに寝息をたてている
どうやらアルコールには人の眠りを誘う効果があるようで、僕も瞼が重たくなってきていた
起きているとまたネズミにからかわれそうなので、流星は早々に目を閉じた

体が温まっていて眠り易いからか、すぐに睡魔が誘いをかけてきているのがわかる
ネズミはまだ起きているのか、髪から頬にかけて愛撫されている感触がする
鬱陶しいとは感じない、首元で寝息をたてている紫苑も、髪や頬を撫でる手も
それらはむしろ、僕をさらに眠りへと誘いかける

僕は、他者に触れられその体温を感じる事で、安心感を覚えている
彼等に突拍子もない事をされてもとっさに抵抗できなかったのは、そのせいかもしれない


流星は一瞬そう思ったが、今日の事はアルコールが入っていたせいだとすぐに思い直した
そうでなければ、自分が彼等に抵抗できない理由は、無意識の内に彼等を求めてしまっているのではないかと
そしてそれは彼等に触れてほしいと、自分がそう思っているのではないかと感じたからだった
そんな、自分から相手に甘えるような事は、決して羞恥心が許す事ではない
今日、中々抵抗できなかった事に何とか理由をつけろと、まるでその羞恥心が命令しているかのようだった

だがそうは思っても、未だに自分を愛撫している手も、首元にかかる寝息も、拒むべき物ではないと思う
今はアルコールのせいにして、彼等の体温を感じていたかった
寝心地の良い場所ではないのに、いつもより早く眠れる気がした




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
またもやあるあ・・・あるあるなネタでさーせん
三人でイチャイチャ(死語)ってのも・・・悪くないね!←何か言い出したよこの腐女子
でも・・やはり、人が増えると難しいorz
ちなみにこのサイト内での力河は便利なおじさんのポジションです(力河ファンの人に失礼)