七夕 後編


「流星・・・」
紫苑は、流星のすぐ傍で囁いた
そして間もなく、柔らかい感触が流星の頬に伝わった

「っ・・・」
流星は反射的に身を強張らせ、緊張を露わにした
その緊張と動揺と、不慣れなことへの照れが入り混じって、心拍数が早くなってゆく
体も、まるで紫苑が触れているところから熱を帯びてゆくようだった



頬に触れているものが離れると、紫苑は流星をじっと見詰めた
まるで、こっちを向いてほしいと訴えるような眼差しで
流星はそんな視線に戸惑い、紫苑に向けていた視線さえも外した

紫苑は、無理に事を進めようとはしなかった
だが、腕を解いて解放することもしなかった

求めてほしかった
視線を合わせてくれるだけでもいい
紫苑はそのまま、流星の横顔を見詰めたまま待っていた



しばらくの間、沈黙が流れた
流星は、迷っていた
自分から、相手に視線を合わせてもいいのかと
視線を合わせても、逸らされてしまわないかと
いつからか染みついている不安感が、どうしても拭えないでいる
でも、紫苑はずっと待ってくれている
視線を落とし続けている僕を、ずっと


紫苑からの視線は、未だに感じる
僕は、答えるべきだろうか
彼の、無言の要求に

僕は意を決して、少しずつ、紫苑の方に顔を傾け始めた
だんだん、紫苑の顔がはっきりと見えてくる
まるで、怖々しているような自分がじれったかった
そして僕は、紫苑と向き合った


「やっと、ぼくを見てくれた」
紫苑は頬笑みを浮かべ、そして優しげな眼差しで流星の瞳を見詰めた
そんな彼を見た瞬間、僕は何を恐れていたのだろうと疑問に思った
こんなにも優しく純粋な眼差しが、すぐ近くにあったのに

僕はずっと、しがらみに捕らわれ続けていた
彼に、恐れる要因なんて何もないじゃないか
だって彼は、こんなにも優しい笑顔を僕に向けてくれる
こんなにも優しい眼差しで、僕を見てくれる
不安になることなんて忘れさせてくれるような存在が、ここにいる――


紫苑が、少し熱っぽい眼差しになり、そして近付いてくる
やはり反射的に首を逸らそうとしてしまうが、それは途中で止まった
僕は、自分の意思で目を閉じた

「・・ん・・・っ」
紫苑の、唇が重なる
その重なった個所から、紫苑の体温を感じる

嫌悪感は、微塵も感じなかった
僕は今、目の前の相手に求められている
この行為は、僕は彼の腕に納まっていてもいい存在なのだと、確信させてくれるようだった

ああ、受け入れてしまってもいいんだ
重なっている箇所から伝わる体温が、それを教えているかのように思えた




紫苑が唇を離すと、流星は小さく息をはいた
先の行為で熱を帯びた吐息
紫苑は、それをとてとても甘美なもののように感じていた

流星は目を開き、紫苑を見た
行為の余韻が残っているのか、その眼差しには熱っぽさが残っていた
虚ろというほどではないが、目を完全に開き切れていない様子だった
その眼差しに、紫苑の心音がふいに高鳴った
紫苑には、今の流星の姿がどこか色っぽく見えていた
そんな眼差しは意図的なものではなく、慣れない行為についていけてない反応だった
そんな自然な反応に、紫苑は惹かれていた

もっと、流星を求めたい
本能が、彼を欲している
これ以上のことをすれば、流石に抵抗されてしまうかもしれない
けれど、何かを考える前に紫苑の体は動いていた
紫苑は、再び流星に口付けていた


「・・っ・・・ん・・・」
流星の肩が、驚いたように震えた
反射的な反応だろうか、目は強く閉じられていた
紫苑は、流星をあまり驚かせないように、薄く開いた唇にそっと自身の舌を滑り込ませた

紫苑のものが、慎重に、流星の口内にあるものに触れる
その行為で緊張したのか、流星は肩をわずかに震わせ、身を強張らせた
そんな緊張感なんて忘れさせてしまおうと、紫苑は流星の口内へ進めていたものをさらに触れ合わせ、やんわりと絡めた

「ん・・・・っ・・・ぁ・・」
薄く開いた唇から、流星からは滅多に聞けないような声が発される
そんな声を聞くと、もっと流星を求めたくなる
紫苑が、お互いの触れ合っているものを動かすと、それに伴って液が混じり合う音が耳に届いた
絡まるものの感触を味わうかのように、紫苑はそれをゆっくりと動かしていった

液が絡む音がしても、構わなかった
欲求が収まるまで、ひたすらに求めていた
時たま、流星は堪えるような、恥じらうようなくぐもった声を発した
紫苑は、抱きしめている体から伝わる熱に、絡めているものの感触に、隙間から発される熱っぽい声に、満たされるものを感じていた




絡め取られていたものが解かれ、呼吸が楽になったとき
息が上がり、流星の頬は完全に紅潮していた

紫苑も、頬を赤らめていた
そして紫苑はふいに流星の首元に顔を埋め、ゆっくりと体重をかけてきた
流星は抵抗を忘れ、そのまま後ろに倒れた


恥ずかしいという思いは、かなりあった
だけど、紫苑が本心から僕を求めてくれているのだと思うと
僕はどうしても、顔を背けることができなかった

「大好きだよ・・・流星」
紫苑はそう囁くと、流星にまわしている腕に力を込めた


僕は、あんな願いを書いた自分を、恥ずかしく思う
僕はどこかで、疑心暗鬼に陥ってしまっていたのかもしれない
でも・・・もう、紫苑を疑いはしない
彼は、確信を与えてくれる
僕が誰かから必要とされ、存在していてもいいんだという確信を


僕は返事のかわりに、少しためらいながらも紫苑の背に両手をまわした
そのとき、風がざわざわと草を揺らした
そして、地面に置いてあった短冊をさらっていった

「あ・・・」
僕は手を伸ばしてそれを引き留めようとしたが、やめた
短冊に書いた願いは、もう、叶っているから・・・




―後書き―
やってるようでやってなかった、七夕ネタでお送りいたしました!
相変わらずけっこういちゃついてますね、後悔は(ry)
少しでもにやついていただけたら、幸いです