NO.6 番外紫苑編#4


紫苑と再び元通り接する事ができるようになったは、自分からも頻繁に声をかけるようになっていた。
今日もお気に入りの小高い丘へ行く途中、犬洗いの仕事をしている紫苑を見かけたので迷わず声をかける。

「紫苑、今日も楽しそうだな」
「うん。ここにいると、よくきみが話しかけてくれるから」
紫苑は、満面の笑みでを見上げる。
はいつの間にか、素直な笑顔を向けられると、自然と笑顔を返すようになっていた。

こうして話しかけ、仕事が終わった後は、いつものように小高い丘へ行く。
今日も、二人はその丘でぽつりぽつりと会話を交わしつつ、何をするわけでもなく空を見上げていた。
いつもそんなに多くは言葉を交わさなかったが、今日の紫苑はなぜか生返事が多く、口数も少ない。
どうかしたのだろうかと思ったが、そういう日もあるだろうと思い、特に追及はしなかった。

は、二人でこうして静かな時を過ごすのが好きだった。
そして交わされる短い会話の中で、たまに紫苑はの家に泊まりたいと言うことがあった。
特に断る余地は無いので、そうして紫苑を家に泊らせる事は自然な事になっていった。

いつの間にか、共に眠る事に緊張は微塵もなくなっていた。
だが今日の紫苑は口数が少なく、その事を言い出す様子はなかった。
だから今日は珍しく、は自分からその提案をしてみた。
「紫苑、今日、僕の家に泊まりに来ないか?」
そのの誘いに、紫苑はなぜか少し戸惑っているようだった。

「あ、都合が悪かったら別にいいよ」
「いや、都合が悪いわけじゃない」
紫苑は、すぐに返事を返す。
それなら何をためらっているのかと、疑問に思う。
このごろよく泊りに来るようになったので、ネズミにからかわれでもしたのだろうか。

「・・・折角きみから言ってくれたんだし・・・じゃあ、今日もお世話になるよ」
紫苑はに笑いかけたが、その笑みにはどこかぎこちなさがあるようだった。
「ああ。それじゃあ、夕日を見終わったら帰ろう」

紫苑とここへ来た時は、いつも夕日が沈みかける時まで共に過ごしていた。
夕日が紫苑の髪を照らす瞬間が、は何よりも好きだった。
そして、その美しい髪に自分が触れられることに喜びを感じていた。
そうしていると、この髪も自分が紫苑に惹かれた一つの要因だなと、しみじみ思う。
夕日が完全に沈んでしまうと辺りが暗くなってしまうので、いつもその前には帰る。
今日は、お互い同じ帰路を辿っての家に向かっていた。


家に着いてからも、紫苑はどこかぎこちないところがあった。
やはり、都合が悪かったのだろうかと思いは再び尋ねてみたが、返事は同じだった。
そのぎこちなさは、共に眠ろうとした時にはっきりと表れた。
紫苑は壁側を向き、の顔を見ないようにしている。

「紫苑、今日は珍しく壁の方を向いてるんだな」
「う、うん、まあ・・・」
態度だけでなく、返答もぎこちない。
その様子はまるで以前の自分と重なり、何だかおかしかった。
すると、少し悪戯心がわいてきて、後ろから紫苑に抱きついていた。

「り、・・・」
紫苑は、普段よりも動揺しているようだった。
いつも自分が動揺させられっぱなしなので、こういった反応は面白い。
「紫苑、何だか今日はおかしいな」
は紫苑が動揺している本当の理由など知らずに、からかい半分で言う。

・・・」
紫苑はぽつりと呟くと、腕の中で反転し、を抱きしめ返した。
「我慢できるかと思ってたのに・・・きみが、そんな事してくるから・・・」
何を我慢しているというのか、は紫苑の言葉の意味がよくわからなかった。
が呆けて居ると、紫苑はしっかりと視線を合わせて言った。

「きみは・・・ぼくを、受け入れてくれるか・・・?」
その言葉を聞いて、ははっとした。
そして、今日の紫苑がぎこちない理由もわかってしまった。
紫苑に、求められているのだと。
そして、できるだけそれを抑制する為に、ぎこちなくなっていたのだ。
もう耐えなくてもいいと言ったのに、紫苑はまだ自分を抑制しようとしている。
そんな問いかけに対する答えは、もう決まっていた。

「僕も、君を受け入れる。・・・そう、言っただろ」
は一旦紫苑から手を離し、仰向けに寝転がった。
とたんに、紫苑はを見下げる形で上に覆い被さる。
覚悟を決めたようだったが、これからされるであろう行為の事を思うと、
は自分が緊張し始めていくのがわかった。

「もう、途中で止められなくなるかもしれない。それでも・・・」
紫苑はよほどを傷付けたくないのか、念を押して尋ねる。
こういった行為の原理は一応わかっているが、どんな感覚を感じるのかはわからない。
だが、は自分の事を想ってくれる紫苑の望みを叶えたかった。

「・・・ああ。僕は・・・君に、全てを許す」
が目を閉じると、すぐに、唇に温かいものを感じた。
瞬時に、心音が大きくなって反応を示す。
そして、口内にも温かみを持ったものが入ってきた。
「ん・・・ぅ・・・」
何回やっても、この行為には慣れない。
こうして口付けていると、どんどん心音が早くなってくる。
お互いが絡まる音が室内に漏れると、寒い空気も気にならなくなってきて、
体温が上がり、心まで温かく満たされていくような、そんな感じがしていた。
やがて、名残惜しそうに、唇が離される。

「は・・・っ」
息つく間もなく、紫苑がの上着のボタンに手をかけ、外していく。
羞恥心が込み上げてきたが、は抵抗せずに紫苑に任せていた。
ボタンを全て外し終わると、紫苑は手を止め、自らも服を脱ぎ始める。
は、反射的に視線を逸らす。
かかっていた毛布が紫苑の肩から滑り落ち、服はベッドの外へ投げ捨てられた。

「あ・・・」
の視界の片隅で、紫苑の白い肌が露わになった。
その肌を見た時、はそれを瞬間的に、美しいと思った。
紫苑の方へ向き直り、自然とその肌に手を伸ばす。
そして、紫苑の背に軽く片手を添えた。
まるで、紫苑を促しているように。
紫苑は少しずつに近付いていき、元々近かった距離はさらに詰められ、お互いの肌が触れ合った。

・・・温かい」
も、紫苑の体温を直に感じてさらに心音が高鳴る。
紫苑に聞こえているんではないかと思うほど、鼓動は強かった。
それでも、温もりはとても心地良くて、気が付くと両腕を紫苑の背にまわしていた。
紫苑の背は、室温のせいか少し冷たい。
は毛布を掴むと、それを広げて紫苑の背にかけた。

「・・・ありがとう」
紫苑はに抱きついたまま、優しく微笑みかける。
やはり、紫苑の優しい表情を見ると緊張がほぐされていく。
紫苑がこうして微笑みかけてくれるのなら、羞恥もプライドも忘れてしまう気がした。
体が温まり、が手を離すと、紫苑も少し体を離す。
そして、のズボンのベルトに手をかけた。
すると、反射的に、肩が震えた。


「し、紫苑、少しだけ・・・待ってくれ」
が紫苑を静止すると、その手はすぐに止まった。
「・・・やっぱり、止めておく?」
「いや、違うんだ。・・・紫苑、絶対に・・・僕を、女として見ないでくれ」

もうすぐ、自分のコンプレックスの原因となったものが晒される。
自分に、女の部分がある事はどうしようもない事実だ。
それに、それはこういった行為でちゃんと反応してしまっている。
そうだとしても、今は男として生きている自分を、絶対に女と認識してほしくなかった。

「わかった。きみの・・・あの、そういうとこには・・・絶対に、触れない」
紫苑は、少し照れながら答えた。
こうしてをリードしているが、不慣れな事なので、恥ずかしくないとは思っていないのだろう。
は軽く頷き、深呼吸する。
少し間を空けた後、紫苑も再び手を動かし始めた。
金属が外れる音がして、ベルトが解かれる。
そして、ゆっくりとズボンが下された。

紫苑に全てを任せると言っても、受け入れると言っても、緊張しないほうが無理だった。
体の強張りを感じ取ったのか、紫苑が安心させるようにの頬に手を添える。
は、自然とその手に自分の手を重ねた。
そして、紫苑のもう片方の手が下着にかかり、の下半身を防護するものは何もなくなった。

「っ・・・」
風呂に入る時以外にこんな格好をした事なんてなくて、これ以上にないくらい大きな羞恥心にとらわれる。
自分のコンプレックスをこうして他人に見せるのは、初めてだった。
それを目の当たりにしても受け入れてくれる存在が居る事も、今までにない事だった。
の中では、羞恥とプライドが湧き上がっていたが、
自分の全てを受け入れてくれる存在に、全てを許したいという思いのほうが大きかった。

「少し、痛いかもしれないから・・・耐えきれなかったら、言ってくれ」
「・・・ああ」
はこれから感じるであろう痛みに身構え、シーツを握る手に力を入れた。
紫苑の指が、下肢の敏感な部分にあてがわれる。
約束通り、コンプレックスには触れずに。
そして、慎重に、その指を中へ埋めていった。

「あ・・っ・・・く・・」
異物感が、わずかな痛みと共に自分の中へ進んでゆく。
それに伴い、自分の知りえない感覚が体を走る。
それほど大きな痛みは襲ってこなかったので、これなら耐えるほどでもないかもしれないと思った。
だが、その考えはこういった行為を知らないがゆえの浅はかな考えだと、後々気付くことになった。

、痛く・・・ないか?」
「・・・大丈夫だ」
がそう答えると、紫苑は指をもう一本あてがい、それも中へ埋めていった。
「ん・・っ・・・あ・・ぁ・・・」
指が一本増やされるだけで、痛みと、知りえない感覚はかなり大きくなった。
これ以上声が漏れないように、手で口を押さえる。
が声を出す事を躊躇う様子を見せると、紫苑はその手をそっと退けた。

「きみも、耐えることなんてない。・・・声を、聞かせてほしい」
紫苑の中には、いつの間にか、欲求が生まれていた。
彼から滅多に発される事のない、素直な声を、もっと聞いてみたいと。
紫苑に促され、は抗議する事もなく手を下ろす。
そして、紫苑はまた一本、指を中へ埋めていった。

「あっ・・・あ・・・」
さらに増す感覚に、だんだんとの息が荒くなっていく。
声も抑制がきかなくなり、発する音が増えていく。
その声は、本当に自分が発しているものなのかと疑いたくなるほど、甘かった。
ふいにその指が引き抜かれると、それだけでまた声が発された。

「はぁ・・・は・・・っ」
こうして寝転がっている楽な体制だというのに、体が熱い。
それが、与えられている感覚がどんなに強く、逆らえないものかを物語っているようだった。
紫苑はから指を引き抜いた後、自らも残りの服を脱ぎ始める。
はそれが直視できず、思わず視線を逸らす。

「たぶん・・・ここからは、すごく痛い。だけど・・・・・・
いや、耐えられなかったら、突き飛ばしてくれてもいい」
紫苑は、ここまで来てまだの事を気遣っていた。
そうして気遣ってくれる紫苑だからこそ、彼の行為でどんな痛みが襲ってきても耐えようという気になれた。

「そんな事はしない。・・・あまり、僕を見くびらないでくれ」
気遣いはいらないと、強がりながら言った。
正直、どれほどの痛みが襲ってくるのか見当もつかない。
だけど、紫苑の為なら耐えられる自信はあった。
「じゃあ・・・入れる・・から」
紫苑も流石に緊張しているのか、言葉が途切れがちになっていた。
しかし、欲求はそんな緊張を吹き飛ばすかのように紫苑をせかす。
そして、指の感触とはあきらかに違う物があてがわれ、中へ入っていった。

「っ、く・・・・・う・・・あ・・・」
が感じる痛みは、さっきまで感じていたものとはまるで程度が違った。
過去に受けた危険な訓練の中で、痛みにはある程度抵抗ができていると思っていた。
しかし、この痛みは今までのものとは種類が違う。
まるで、そこから下肢が引き裂かれてしまいそうな痛みが襲いかかってくる。

何とかして耐えようと、シーツを掴む手には強い力が入り、自然と奥歯が噛み締められる。
それでも、反射的に苦痛の声が発されてしまう。
そんな声を聞いた紫苑は、一旦の中に埋めていた物を引き抜いた。

「やっぱり・・・きみに、こんな事強要するべきじゃ・・・」
このままでは、紫苑にまた気遣われてしまう。
は、肩で息をしながらもすぐに反発した。
「紫苑・・・頼むから・・・っ・・・そんなに、気遣わないでくれ・・・」
は、紫苑の髪に手を添える。
その後、行為を促すように、その背に手を移動させた。

「僕は・・・君の為なら、平気だから・・・君になら、全てを許せるから・・・そう、言っただろ・・・?」
・・・・・・。わかった・・・ありがとう」
紫苑はまた柔らかく微笑み、その笑みが、をまた安心させた。
そして、再び、同じ物がの中に入っていった。

「あっ・・・く・・・」
一度引き抜いた事で多少慣れたのか、先程の痛みは感じなかった。
そして、どこからか流れ出てきていた液が、潤滑剤の役割を果たしていたので少しは楽になった。
紫苑が、少しずつ奥へ入ってくる。
それが少し動くと、痛みよりも大きな感覚が襲ってくる。
もう、部屋の空気の冷たさも気にならなくなるぐらい、体が熱い。

「紫・・・苑・・・」
求めるように、その名を呼ぶ。
「っ・・・・・・」
紫苑の息も、荒くなり始めていた。
そこで中の物の動きが止まり、下腹部が触れ合う。

・・・・・・愛してる」
紫苑の口から、以前にも聞いた告白の言葉が発される。
それは、溢れ出した想いがほとんど無意識に発されたような、唐突なものだった。
そして、中で静止していた物が再び動き出す。
何か言葉を返したかったが、もうそんな余裕は無かった。

「あぁっ・・・は、ぁっ・・・」
液が中に流れ込んでいるのか、滑らかに動く物に、荒く甘い声が発される。
思わず、背中にまわしていた紫苑の背に爪を立てそうになった。
もう片方の手は断固としてシーツを掴み、布にしわが寄るほど強く握り込んでいた。
その様子を見た紫苑は、シーツを掴んでいる手を自分の背中へ誘導する。

「いいよ・・・思いっきり、爪を立てたって・・・・・・。
きみばっかり、痛い思いをするのは・・・何だか、忍びない・・・」
紫苑だって余裕は無いはずなのに、こんな時まで優しい。
はその言葉に甘え、紫苑の背に両腕を回して、遠慮なく力を込める。
紫苑がさらに動くと、その感覚はとても強くなり、二人を襲った。

「ああ・・・っ、んん・・・」
「んっ・・・・・・っ」
紫苑は、まるでその強い感覚に操られているように動き続ける。
そして、中の物が再びの最奥を突くと、いっそう荒く甘い声が発された。


「紫・・・苑・・・っ、あ、あぁっ・・・!」
もう、その感覚に耐えられない。
は羞恥もプライドも忘れ、感じるままに声を発していた。
・・・っ・・・あっ・・・」
ほとんど同時に、紫苑も熱っぽい声を発して達した。
抑えきれない精が、溢れ出て来る。
それはそのまま、の中を濡らした。

「は・・・ぁ・・・」
紫苑が引き抜かれた後も、の息は荒いままだった。
そして一気に、疲れ果てた後の脱力感を感じる。
だが、ただ単に運動で疲れた後の感じとは違い、嫌な脱力感ではなかった。
隣に居る紫苑も同じ感覚を感じているのか、ぐったりとしていた。

「ありがとう・・・。嬉しかった・・・。
きみが、ぼくに・・・全てを、許してくれて・・・」
荒い息のまま、紫苑が何度目かの感謝の言葉を告げる。
「僕も・・・僕も、君が・・・僕の全てを受け入れてくれて嬉しかった・・・ありがとう・・・」
は感謝するように、自然と紫苑に軽く口付けていた。
そして、紫苑からも軽い口付けが返された後、お互い目を閉じた。




翌朝、は外気の冷たさで目を覚ました。
まだ外は薄暗く、かなり早い時間帯だということはわかる。
あのまま眠ってしまったのだから寒いのは当たり前だと、起き上がって床に置かれている服を着た。
紫苑はまだ眠っているので、寒くないように毛布をもう一枚かけておく。
はもう一眠りしようかと、紫苑を起こさないようにそっとベッドに寝転がった。
起きた時間が早すぎたせいか、体にはまだだるさが残っている。
そのだるさが、昨日の出来事を物語っているようだった。

昨日、とうとう紫苑に体を許し、お互いに受け入れ合った。
羞恥の余り、鮮明には思い出す事ができない。
だが、あの強い感覚、快楽というものを感じた事だけは、はっきりと思い出せる。
羞恥心やプライド、そして痛みまでも凌駕するあの感覚を、紫苑に求めていた。

今まで、気付いていなかった。
いや、気付こうとしていなかった。
その感情は、持ってはいけないものだと決めつけ、押し殺していた。
だけど、紫苑が欲しい、離したくないという想いは、もう隠せないものになっていた。
は眠っている紫苑の髪を一撫でして、そして言った。

「紫苑・・・・・・」
ずっと押し殺していた、その言葉を。


「・・・・・・愛してる」




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
これにて紫苑編は終わりです。
けれど、また妄想力が溢れてきたら、短編として書くかもしれません。