NO.6 番外編ネズミ編1





本当の僕を彼等が受け入れてくれてから、数日経った。

そして、その時彼等から与えられた、「好き」という言葉。

紫苑はすんなりとその言葉を使っていたが、ネズミはかなり抵抗があったように思える。



好き、という言葉は複雑だ。

それは、何通りもの意味を持っている。

ただ単に色が好きだという意味、気の合う友に対しての意味、そして、恋愛感情を含ませた意味。



ネズミの言葉の意味は勿論、友としての意味だと思っている。

だが、あのネズミが途中で言葉に詰まっていたのが気になった。

その答えは、はっきり出しておかなければならない。

だから僕は今、ネズミの家に向かっていた。





肌寒い空気の中を歩くこと数十分、何事もなくネズミの家の前に着く。

今度は扉の前でじっと立ち尽くすことはなく、すんなりと扉のノブに手をかける。

不用心にも鍵は開いていたので、そのまま中に入る。

扉の開く音に気付いたのか、奥の部屋から足音が近付いてきた。



「何だ、あんたか。・・・何か用事か?」

「ああ。君に聞きたいことがあるんだ、いいかな」

「おれに?どんなものかは存じませんが、ナイトのお頼みとあらばなんなりと」

ネズミはいつものふざけた調子を混ぜつつ、を奥の部屋へ招いた。

帰って来て間もないのか、ストーブはついているものの部屋の中はまだ冷えている。

部屋の隅で山積みになっている本の上には、三匹の子ネズミが訪問客を見ていた。

じっと見られるとたまらなくなって、はその子ネズミ達に近づく。

見覚えのある人だとわかったのか、子ネズミ達はチチッと鳴く。



「前は僕についていてくれて、ありがとな」

はしゃがんで、白い子ネズミの耳の裏を掻いてやる。

気持ち良いのか、甘えるように掌に鼻をこすりつけてくる動作がとても愛らしい。

横に並んでいる二匹にも同じ事をすると、嬉しそうに鳴いてすりよってきた。





「おい、おれに話があるんじゃないのか」

いつの間に近付いてきていたのか、すぐ後ろからネズミの声が聞こえた。

「あ、ああ、そうだった」

子ネズミに夢中になっていて、思わず本題を忘れそうになってしまった。

名残惜しかったが子ネズミ達から離れ、ネズミと向き合う。



「前に、僕を受け入れてくれた時・・・君は、僕の事を好きだと言ったのを覚えてるか?」

「ああ。おれの一世一代の告白、受け取ってくれましたか?」

ネズミはまた演技っぽく、うやうやしく答える。



「ここからは、ふざけないで答えてくれ。

ネズミ、君の好きっていう言葉は、どういう意味が含まれているんだ?」

ネズミは一瞬目を丸くして、すぐには答えを出せずに黙った。

「君は、その言葉を友に対するものとして使ったのか、それとも・・・

れ、恋愛感情を含ませて使ったのか・・・どっちなんだ」

がさらに質問すると、ネズミは少し間を空けてから口を開いた。





「・・・まさか、恋愛沙汰にはうとそうなあんたから、そんな事を聞かれるなんてな」

ネズミは、の意外な質問に少し楽しんでいる様子だった。

愛情を与えた事も、与えられた事もないにとって、恋愛感情なんて最も理解しにくいものだ。

だからこそ、はっきりさせておきたくて仕方がなかった。



「・・・もし、おれがあんたに恋愛感情を持ってるって言ったら、あんたはどうするんだ」

「えっ」

はふいを突かれて、言葉を無くす。



「そもそも、あんたに色恋沙汰なんて理解できるのか?

おれがもし、愛してるなんて甘い言葉を吐いても、あんたはそれを受け止めることができないだろう」

本当に、ネズミの言うとおりで、は反論できなかった。

愛というものを知らない、友情と愛情の境い目がわからない。

ゆえに、自分が相手を愛しているのかどうかもわからない。

そもそも、愛情なんて感情、自分にあるのだろうかと疑っていた。





「・・・それじゃあ君は、愛情というものがどんなものなのか、わかっているのか」

「教えてやろうか?何も知らないあんたに。それが、どんなものなのか・・・」

ネズミがそう言ったとたん、以前のように雰囲気が変わる。

その証拠に、の足元を子ネズミ達が駆け抜けて行った。

は危機感を覚え、後ろに本の山があることを忘れて自然と後ずさる。

すると案の定、足に本がつっかかって背中から思い切り本の山に倒れた。

背中に本の角が当たり、痛みと自分の醜態に顔をしかめる。



すぐに立ち上がろうとしたが、力を加えると本がばらばらと崩れていってバランスが保てない。

もたもたしていると、ネズミが覆い被さるように上に来て、顔を見下げた。

わざわざこんなところに来たのは、自分を笑う為だろうか。

けれど、真意は全く違っていて、じっと視線が交わると、いきなり口が塞がれていた。



「ん・・・!?」

突然のことに、は目を見開き、強く閉じた。

すぐには離されず、柔らかい物が唇を割り、中に入ってくる。

「っ・・・ん・・・」



唇を割って侵入してきた物は、容赦なく口内を動き回る。

そして、お互いの舌が触れたとたん、激しく絡めとられていった。

口の隙間からお互いが絡み合う音が漏れ出すと、羞恥心で一杯になる。

思わずネズミを突き飛ばそうとしたが、この行為のせいかうまく力が入らない。肩を押しても、少しも動かなかった。



が抵抗しようとしているのがわかったのか、やっと唇が解放される。

その時に口から伝った糸が、口付けの激しさを物語っていた。

ネズミがそれを軽く舐めとると、わずかにの肩が震えた。





「ネ、ネズミ・・・」

抗議しようとしても、息が荒くなっていて言葉を続けられない。

「先に質問してきたのは、あんたのほうだろ」

「何を言って・・・!?」

ネズミが視界から消えたかと思うと、今度は喉元を甘噛みしていた。

驚きのあまり、まるで噛まれているところから声が止まってしまったかのように、先に続く言葉が途切れる。



「・・・いい・・・かげんに・・・っ」

今度こそ抗議しようとしたところで、は首元に違う感触を感じ、また言葉を途切らせた。

さっき、自身を絡め取った物にゆっくりと首筋をなぞられる。

その感触に身震いし、反射的に漏れそうになる声を、奥歯を噛み締めて堪えた。

首筋を這うものは、じっくりとその感触を味あわせるかのように、ゆっくりと動いていく。



「ぅ・・・っ・・・」

それが少し動くだけでも、勝手に声が発されそうになる。

必死に耐えていると、ネズミは再びに口付ける。

また感じる柔らかい物の感触に、口を開いてしまうと

それは、するりと中へ入り込んだ。



「ぁっ・・・ぅ・・・」

自分から発された声に、はさらに恥ずかしくなり、口を閉じたくなる。

だが、口内で動く物がそうさせてはくれない。

逆に、もっと声を出させようと巧みに舌を絡め取ってくる。

は少しでも声を抑えようと、強く両手を握り締めた。





「抵抗・・・しないのか?」

から唇を離したネズミが、ささやくように言った。

そうだ、僕はどうしてさっきからされるがままになっているんだ。

まるで今、彼に言われるまでその事を忘れてしまっていたような気がする。



このままだと、一線を踏み越えかねない。

百歩譲ってまだこの行為はいいとしても、このまま行為を続けていったら、いずれ・・・。

それだけは駄目だ、恥ずかしいとかそういう問題じゃない。

僕の大きなコンプレックスとなっているものを見られてしまうのは、絶対に嫌だ。





「やめてくれ・・・これ以上は、もう・・・」

はプライドを押し殺し、懇願するように言った。

「だったら、おれを突き飛ばせばいい。刀を抜いて、おれにつきつければいい」

自分からこの行為をし始めたくせに、相手にそれを拒ませようと挑発している。



計算高い彼の考えている事は、いつもわからないところがある。

ましてや、この状況で冷静に彼の意図を考える余裕なんてなかった。

だが、いくらネズミでも怯みはするだろうと、腰の刀に手を伸ばす。

ネズミはそれを止めようとはせず、紅潮しているの顔を見ていた。



は刀の柄を掴み、勢いよく引き抜こうとした。

だが、その手は刀の柄を掴んだだけだった。

肘を曲げて、腕を自分のところへ引き寄せれば簡単に刀は抜ける。

たったそれだけのことが、すんなりとできない。

いくら頭で刀を引き抜き、つきつけようと考えていても、手がそれ以上動こうとしない。

まるで以前、紫苑の肩を貫こうとした時のように、体が思った通りに動かない。

僕は、やめてくれと彼を拒む言葉を発したはずだ。

なのに、どうしても彼を拒もうと行動することができないのだろうか。





「・・・このまま抵抗しないんだったら、いいように受け取るぜ。いいのか」

は、何も言えなかった。

どうして自分が彼を拒むことができないのか、その理由がわからない。

そのまま黙っていると、ネズミはの服のボタンを外し始めた。



ここで止めなければ、拒まなければ、もう取り返しがつかなくなる。

わかっている、わかっているのに、相変わらず刀に添えられている手は動こうとしない。

もう片方の手で本を掴み、角で頭を小突いてやろうかとも思う。

だがやはり、そうすることはできなかった。

友となった彼を傷付ける事を拒んでいるのか。

それとも、彼を拒む事を拒んでいるのか。





「やめて・・・くれ・・・」

口だけは、何とか拒もうとする言葉を発してくれる。

しかし、その言葉も反射的に発されただけで、本気でネズミを拒もうとはしていないような、そんな感じがした。

勿論、この相手は言葉だけで静止できるほど甘くはない。

上着のボタンを全て外したネズミは、が中に着ていたシャツのボタンも次々と外していった。



「っ・・・」

人前で滅多に露出されない肌が外気にさらされ、は息を呑む。

部屋が暖まってきているからか、自分の体温が上がっているからか寒くはなかったが、緊張せずにはいられなかった。



「おれがあんたに与えてやる。あんたが・・・知り得ない感情を」

ネズミの目がすっと細められ、妖艶な瞳がを見詰めた。

その何とも言えない艶やかな仕草に心臓の鼓動が高鳴り、抵抗する気なんて吹き飛びそうになる。

は豊かな感受性のせいで瞬く間にその瞳に囚われ、ネズミから目を逸らせなくなった。



ネズミの指が、露わになったの肌を撫でる。

首の中心から、胸元にかけてゆっくりと。

そうされただけで、の体はわずかに跳ねた。

ネズミは一旦の心臓の位置に手を置き、その鼓動を感じた。





「・・・早いな」

鼓動を確認すると、ネズミはふっと笑う。

自分の行為でが頬を紅潮させ、心音を高鳴らせているとわかると、思わず頬が緩んだ。

の息は整いつつあるものの、緊張と羞恥とが重なり合って心音だけは相変わらず激しい。

は、自分の心音をここまで高鳴らせている理由が、何なのかはわからないでいた。



・・・」

心臓の位置に置かれた手はそのままに、自分の名を呼ばれる。

いつものネズミからは滅多に聞けない優しげな声に、緊張がほぐされていく。



こんな状態になっても、まだネズミを拒もうとしない。

知らず知らずの内に、ネズミを完全に受け入れようとしているのだろうか。

プライドよりも、羞恥よりも、受け入れようという思いのほうが強くなっているというのだろうか。

ふと気付くと、いつの間にか、ネズミを拒もうとする言葉も、意思もなくなっていた。





は、もうネズミに全てを任してしまおうかと思い、目を閉じようとする。

そのとたん、視界の隅で三匹の子ネズミが部屋の入口に走っていくのが見えた。

その後を目で追ってみると、部屋の入口にはこの家のもう一人の住居人の紫苑がこの光景を見て、立ち尽くしていた。



「・・・!?わーーっ!!」

紫苑に気付くとは突然大声を出して、ネズミを突き飛ばす。

そして本の山を掻き分け、急いで立ち上がった。

その声に部屋を見て呆然としていた紫苑も、はっと我に返る。



「え、あ、あの、ごめん。ぼく、散歩にでも行ってくるよ」

紫苑が子ネズミを肩に乗せ、あたふたとした様子で外へ出て行こうとする。

「いや、いい!ぼ、僕、もう帰るところだったから!」

そんな様子ではなかったことは明らかだったが、は気が動転してそんな言葉しか言えなかった。

「そ、それじゃあ、・・・ま、またな」

はネズミのほうを見ないまま服を整えつつ、早足で外へ出た。





結局、はっきりとした質問の答えは聞くことができなかった。

正直、彼に身を任せてしまってもいいと思いかけていた。

しかし、第三者が、紫苑が現れて、その場を見られてしまったとたんに羞恥心が跳ね上がり、突き飛ばしていた。



今思うと、なんて恥ずかしいことをされていたんだと思う。

まさに、顔から火が出る思いだ。

あんなのはまるで、想い人同士がするような・・・。

そこで、僕はそれ以上の事を考えるのは止めた。

本当に、顔から火が出てしまいそうだ。

外の冷たい風でも、熱を取り払ってはくれなかった。









―後書き―

読んでいただきありがとうございました!

ネズミのターンになると何か・・・やけにこういうシーンが書きやすくなるのが不思議だ。

そして前回はほとんど視点からだったのを、第三者視点も交えて書いたら使い分けが難しい(汗)