NO.6 ネズミ編#3(修正ver)



―決断―



ネズミに衝撃的な事を言われたは、あれからずっと悩み続けていた

後から確認した、首につけられた痕はもう消えかかってしまっている

そろそろ答えを出さなければならない

だが自分が知りたいと言い出した事とはいえ、どうしても踏ん切りがつかないでいた



彼は僕の体の事も、性格の事も、それでもかまわないと言ってくれた

今更だが、こんなにも自分を悩ませる事なら何も言わなかったらよかったと思う

だけど、どうしても知りたくなった



どうして彼は僕にあんな事が言えるのか

どうして僕にあんな事ができるのか

そして、どうしてこんなに彼の事が知りたくなったのか、それもまたわからない事だった

こうしてずっと家の中で考え事をしていると、息が詰まりそうになる

今日は気分転換に少し遠い所まで散歩に行こうと、外へ出た









見慣れない通りに来てみたのはいいものの、相変わらず寂れた建物ばかりであまりいい気分転換にはなりそうになかった

何か珍しい物でも見つけられるかと思ったが、これなら犬でも借りたほうがよさそうだった

肩を落としつつもう帰ろうとした時、近くの建物からどこか聞き覚えのあるような声が聞こえてきた

耳を澄ましてみると、歌を歌っているのか、一定のリズムで声が聞こえてきている

ここへ来て歌を聞くのは珍しかったので、興味本意でその建物の中へ入ってみた





中は一軒家にしては広く、今は日の光があまり入らないのか薄暗かった

奥の方にはぼんやりと人影が見える、どうやらその人物が歌っているようだった

女性か男性かはわからなかったが、一つだけ言える



それは、その歌声は、とても美しいという事だった

寂れた廃墟に一人佇み歌っている、その寂しげな旋律に僕はたちまちひきつけられていた

僕は自然と足を踏み出し、一歩一歩その人物に近付いて行った



少し前に進むたびに、その声ははっきりと聞こえてくる

歌に合わせて動かしている優美な身振り手振りもはっきりと見えてきた

だがやはり、それもどこかで見覚えのあるもののような気がしてならなかった

そしてその人物まであと数メートルというところで、はっきりと姿が見えた

細身で、黒々とした髪、特徴的なのは首元に巻かれた超繊維布

その人物の姿を確認したとたん、僕は目を見開いた







歌っていたのは、ネズミだった

彼は歌に集中していてまだ僕に気付いていないのか、そのまま歌い続けていた

あわよくば、このまま歌い終えるまで気付かないでいてほしい

それはネズミに会うのが気まずいからではなく、まだこの歌を聞いていたいという願望からだった



は身動き一つせずにネズミを見ていた

いつもの彼とは雰囲気がまるで違い、優美な動作や遠くを見る視線から目が離せなかった

その歌声も一言も聞き洩らすまいと、ずっと彼を見る事に集中していた



彼がこんな一面を秘めていたなんて、全く知らなかった

たまに見せる妖艶な瞳や動作が気になっていただけに、今の彼の姿は衝撃的だった

それゆえ、美しいと感じた

きらびやかなドレスを着た女性よりも、高価な服を着こなした男性よりも、彼は優雅に見えた





なぜか、心音が高鳴る

何かをされたわけでもなく、ただこうして見ているだけだというのに

なぜ彼を見ているだけで、自分の心音はいつもより強く脈打っているのだろうか







そうして、歌が終わった

その歌声が止まっても、心音はそのままだった



「ネズミ」

は自分から声をかけ、ネズミに近付いていった



「何だ、いたのか。気配を消すのがうまくなったんじゃないか?」

別にそんな気はなかったのだが、どうやらネズミはよほど集中していたようだった



「・・・君に、あんな一面があるなんてな。

時々気を引く動作を見せるなとは思っていたけど、あれほどとは思わなかった」

自分が人を褒める事なんて滅多になかったが、正直な感想がこぼれていた

それほど自分はネズミに感銘を受けていたんだなと、改めて気付かされる



「まあ、仕事だからな」

「仕事?ああ、そうか、君なら十分仕事になるな」

ネズミの仕事は俳優のようなものなのだと、すぐに気付いた

彼ほどの歌声と、誘惑するような動作があれば金を払ってでも見に来る人がいるだろう

そんな彼を、うらやましいと思う

自分とは明らかに対極的な事ができる彼を

以前彼に触れられなかったのは、その優美さがいっそう触れてはいけない存在だと訴えかけていたからかもしれない



「あんたでも十分なんじゃないか?似合いそうなドレスがある」

「ばっ、馬鹿か!僕がそんな物着るわけないだろ!

むしろ、君の方がお似合いなんじゃないのか?」

半ば冗談で、半ば本気で言ってみた

彼なら本当に女装しても、カツラさえかぶってくれれば違和感などなくなる気がした



「まあな。だてに女役はやってない」

そんな言葉を返され、は目を丸くした

冗談で言ったつもりの事を、こんなに真面目に返されるとは思わなかった



「君が・・・女役!?

なよなよしい言葉を使ったり、女物の衣装を着たりしてる・・・のか?」

「ああ」

ネズミはいたって当たり前のように答えた

それは生きていく為には必要な事に違いないのだが、

女言葉を使っている彼を想像すると思わず笑いそうになってしまった





「・・・そろそろ、痕が消えるな」

ネズミがふいにそんな事を言ったので、和やかな雰囲気は消え、はとたんに緊張した

そして、ネズミは優美な手つきでかろうじて残っているその痕を撫でた

すると、の心はさらに高鳴った

少し触れられただけで、こんなにも自分の心音をはっきりと感じる事なんてなかったというのに



「そ・・・そうだな」

は思わず少し横を向いて視線を逸らした

とうとう、決断しなければならない

それも今、彼の目の前で

だが、には先程のネズミの姿を目の当たりにしたせいで、また違う迷いが生まれてしまっていた

自分が美しいと感じた存在と、そんなにも美しい存在と、本当に自分が交わってしまってもいいのかという迷いが

そんな事を誰が咎めるわけではないが、誰でもない、自分自身が躊躇していた



ちらっとネズミの方を見ると、また妖艶な瞳でじっと僕の方を見ていた

まるで迷っている僕に誘いをかけているような、そんな視線が向けられていた

駄目だ、その視線を向けられると、きっと僕は彼に対して反発できなくなる



僕は、その妖艶な眼差しに・・・惹かれている

いや、もう今は眼差しだけではない、彼の様々なところに惹かれてしまっている

さっきから高鳴っている心音も、それを目の当たりにしたからかもしれない

そして自分が彼に惹かれているという事を、自覚したからかもしれない



・・・・・・そうか、知らず知らずの内に、僕は・・・





「無理するな。おれとするのが嫌なら嫌でいい」

その言葉を切欠に、は逸らしていた視線を戻し、ネズミと向き直った



「嫌・・・じゃない。

君と・・・性的行為をするのは、嫌じゃない」

突然、踏ん切りがついたかのようにそう言っていた

昨日まで散々悩んでいた事が、今ではどこかへ消え去ってしまっていた

それほど、今しがた彼から受けた感銘は大きいものだった



「だけど・・・君を見てたら、躊躇してしまうんだ。

僕が君と、そんな事をしてしまってもいいのだろうかって」

は伏し目がちに言った

僕は自分の罪をまだ引きずっている

いくら手袋が取れたとはいえ自分から相手に触れる事はしなかったし、

ましてやネズミがやらんとする行為など、考えられもしなかった



、あんたはおれに触れる事が嫌なのか?」

「嫌じゃない」

はほとんど無意識の内に、即答していた



「むしろ・・・逆・・・だ」

口だけが勝手に発したような呟きが漏れた

それでも、これはたぶん自分の本心なのだろうと勘付いていた

僕は、彼に触れたいと、



それが本能的なものなのか感情的なものなのかまではわからないが、そう思っている事は確かだった

紫苑の髪に触れた時のように、今は彼という存在に触れてみたいと思っている自分がいる

だが、そんな存在に易々と触れる事を自分がためらっている

美しいと感じたものは、汚れた自分が直接触れてはいけない

それはまるで神聖なもののように、いつの間にか認識しているのかもしれない





「おれは、別にあんたに触れられても構わない」

そう言うと、ネズミはの片手を取り、それを自分の首元に誘導した

は驚き、伏し目がちだった顔を上げ、ネズミを見た

触れている掌から、脈打つ音が伝わってくる



首は人の弱点となる個所、そこへわざわざ自分から触れさせるなんて、警戒心が強い彼からは考えられない事だった

目の前にいる人物は決して自分に害を与える事はないと、そう思っているのだろうか

彼はこうして、僕に対する信頼を示してくれているのかもしれない

本当に触れられても構わないのだと、疑い深い僕に確信させる為に





僕は意を決して、空いている方の手でまだ少しためらいながらも彼の手を取り、同じようにその手を自分の首元へあてた

こうしていると、彼との信頼関係を明確にしているような感じがした

そして、僕はそれを喜ばしい事だと感じていた





「・・・今夜、あんたの家に行く。自分の家のほうが、気が落ち着くだろ」

「今夜!?」

その言葉を聞いたとたん急に羞恥心が込み上げ、ぱっと手を離した

そうだ、僕は今、言葉にはせずとも行動で、彼を受け入れるという事を示した

そんなに早く事が訪れるとは思っていなかったが、もう訂正はできない



「・・・わかった。元々、僕から言い出した事だ。

・・・一応言っておくけど、あくまでお互いの不明瞭な感情をはっきりさせる為にするんだからな」

この、やらんとする行為にはちゃんと意味があり、

それも自分で望んだ事なんだと理由をつけないと羞恥心でどうにかなってしまいそうだった



「わかってる。お互い答えを出す為、馴れ合いなんかじゃない」

馴れ合いではない、という言葉のおかげではだいぶ落ち着いた



「じゃあ、僕は帰る。まあ・・仕事、頑張れよ」

そう言い残し、早々にその場を後にした

柄にもなく励ますような事を言うなんて、自分は内心動揺しているんだなとひしひしと感じた

家に帰ってから夜まで時間はあったが、何も手につかなかった









―後書き―

読んでいただきありがとうございました!

次はいよいよクライマックス・・・

表現技法がかぶりまくると思いますが、どうかご了承下さいorz

そして、今回の話を見直していて気付いたんですが・・・

の「相手に触れるのをためらう」心理状況が、管理人と似ている・・・

いや、ほど深刻なものじゃないんですが、私も自分から相手になっかなか触れられない人なもんで

スキンシップしてくれるアグレッシブな人はむしろ嬉しいんですが、自分からは相手の手に触れることすらできない

・・・って、ところがいつの間にか表現されてたみたいで、自分でおったまげたこのごろでした