番外 ネズミ、紫苑編#2 後編
流星は自虐的な考えになってきたことがわずらわしくなり、思考を止めた
今日は気分転換にイヌカシの所にでも行こうかと、流星は再び家を出ようとした
外へ出ようとドアノブに手をかけたとき、そのノブが勝手にまわった
流星は驚いてぱっとその場から飛び退き、反射的に刀を手に取った
しかし、その刀はすぐに下ろされた
扉の外にいたのは、今しがた別れた友人だったから
「・・・何か、言いたいことでもあるのか?」
流星の問いに、「うん」と、「ああ」という二つの返事が重なった
さっき、突き放すような発言をした後なのであまり気は進まなかったが、流星は二人を部屋へ通した
部屋へ移動すると、相変わらず冷え切っている椅子は避け、三人は当たり前のようにベッドに腰かけた
男三人で座ると、空間にそれほど余裕はなくなった
いつもの癖で真ん中に座った流星は、自然と二人に挟まれる形になっていた
「・・・それで、言いたいことって何なんだ」
どっちを向いて言えばいいかわからなかったので、流星は正面を向いたまま問うた
その瞬間、急激に視界が天井の方へ向き、体のバランスが完全に崩れた
「えっ・・・」
あまりに突然のことに、反射神経すら対応できなかった
流星は、隣に居る二人に肩を思い切り押され、ベッドに横になるように倒されていた
視界の右には紫苑、左にはネズミが見え、どちらも流星を見下ろしていた
「な・・・何するんだ!いきなり、抑えつけるような真似をし・・・て・・・」
流星は、語尾を弱く濁らせた
言葉の途中で、動揺していた
「きみに、もう悲しいことを言わせないためだよ」
少し下の方から、紫苑の声がする
「あんたに、信じさせてやるためだ」
ネズミの声は、少し上の方から聞こえてくる
「何・・・わけのわからないことを言ってるんだ・・・。
話すなら、座ったままでいいだろ・・・」
流星は、今の状況に困惑していた
今、紫苑とネズミの二人は、流星を抱いていた
紫苑は流星の頬のあたりに自分の髪を触れさせ、横から抱きつくような形でいた
ネズミは、流星の頭部に腕をまわし、髪に口付けるような形でいた
まるで庇護されているような、そんな状況に羞恥心が湧き上がったが、不思議と無理に振り払おうという気は起らなかった
二人分の体温が、とても温かかったからかもしれない
「きみは・・・どうして、自分を悲観するようなことを言うんだ」
どうやら紫苑は、先程の流星の発言を気にしているようだった
「悲観じゃない、事実だ」
流星はきっぱりと、そう言った
今までさんざん嘘をつかれ、裏切られてきた
自分の半端な体のせいで、ずっとそうだった
それなのに、自分が他者から必要以上の感情を持たれるなんて、全く現実味が持てなかった
「違うよ、きみはまるで全ての人から嫌われてるって・・・そんなことを言ってるように聞こえる」
「嫌うさ、僕のことを知ったら。・・・君達は、物好きの例外だったけど」
信頼できる友ができたこと
それだけでも奇跡に近いことだと、そう思う
近付いてくる相手を受け入れられたことも、用心深くなった流星からしてみれば、これもまた奇跡に近いことだった
「疑り深くて頑固なナイト。どうしたら信じていただけますか?」
ネズミが、流星の耳元に息を吹きつけつつ問いかける
通り抜けてゆくような温かい吐息を感じ、流星は少し緊張した
「どれほどの甘い言葉をかけて、優しく愛撫すれば心を開いていただけますか?
それとも・・・無理にでもあんたを犯したほうが、信用できるか」
突然、うやうやしい様子から声が変わった
その言葉に、流星は悪寒にも似た感覚を覚えていた
悪寒を感じた理由は、声の調子だけではなく、その内容にもあった
犯すなどと、自分が相手となるにはおこがましいとも思える行為
それ以前に、自分には絶対に許されない行為
ネズミは、未完成の体のことを知っているはずなのに
それなのに、口調は冗談めいた雰囲気が感じられなかった
「ネズミ、そんなこと無理にしてはだめだ」
紫苑は慌てることなく、そう言った
「そう言うあんただって、したいって思ってるんじゃないのか?
お互いを隔てるものを全て取り去って、露わになった肌に舌を這わせて・・・」
「ネ、ネズミっ」
これには流石に慌てたのか、紫苑は動揺を隠せていなかった
「何・・・言ってるんだ、隔たりを取るなんて・・・そんな、できるはずない」
流星は、半ば呆れていた
遠回しに言われているが、その言葉の意味がわからないことはなかった
一人でいるときですら裸になることは好きではないのに、ましてや他者の前でそんな姿になれるはずがなかった
「できるかできないか・・・試してみるか?あんたは迫られると弱いからな・・・」
ネズミは流星の耳元に囁きかけ、耳朶を軽く噛んだ
「っ・・・!」
流星は軽い痛みに、わずかに肩を震わせる
「ネズミ、だから無理にしちゃいけない。それは、相手の同意がないとできないことだ」
紫苑の言葉に、ネズミは不満を残しながらも口を離した
「同意するかしないかじゃなくて、できるはずないって言ってるだろ!
僕は・・・触れられたくないんだ。あの箇所には、絶対に・・・」
流星は、語尾を震わせた
二人の言う行為をするとなれば、その箇所には自然と触れることになるのだろう
しかし、そんなことは許せそうになかった
そこに触れられ反応してしまう自分なんて、考えたくなかった
「・・・男同士でするんだから、きみが嫌うとこに触れる必要なんてないよ」
意外なことを、紫苑が真顔で言った
「あんたが望まないのなら、触れはしない。触れるのは、もっと下の・・・」
「人の耳元で、そんなこと言うんじゃない!」
恥ずかしいことを言われる前に、流星はネズミの言葉を止めた
「・・・君達は、どうして僕にそんなことを思うようになったんだ・・・?
いつ、何が切欠で、そんな・・・」
流星がそう尋ねると、紫苑はすぐに答えた
「気付いたら、きみのことが愛おしいって、そう思うようになってた。
理屈じゃないんだ、この感情は・・・」
流星を求めるようになった理由
紫苑はそれを明確にはできなかったが、その言葉は少しも揺らいではいなかった
「おれも、紫苑と同じようなもんだな。
あんたを求めるようになった理由はわからない。けど、あんたが欲しいと、そう思う」
紫苑に続いて、ネズミもすぐに答えた
揺らぎのない、その二人の言葉に流星は困惑していた
誰かに求められることに、現実味がわかない
そんな物好きなんて、いるはずはないと思っていた
なのに、物好きの中の物好きが、自分の傍に居る
それは喜んでいいことだと、そう思う
けれど、困惑と動揺のせいで流星は幸福感を実感できないでいた
「流星は・・・ぼくらに対して、どう思ってる?」
そう問いかけられ、流星はしばしの間言葉に詰まった
二人は、かけがえのない友人
しかし、抱きつくことも、口付けることも許した相手を友人という言葉に含めてしまってもいいのかと疑問に思っているところもあった
「・・・二人は、友達だ。とても、大切な・・・」
言葉を発した時も、詰まりがちだった
「それだけか?おれたちに抱いているものは、本当にそれだけか・・・?」
ネズミは、流星の胸の内を読んだように問いかけた
流星は、迷っていた
本当に、二人の位置は友人という範疇の中でいいのかと
本当は、気付かない内に二人のことをそれ以上の存在として感じているのではないのかと
友人と、それ以上の特別な関係
その境界線がわからない
それとも、口付けという行為を許した時点で、すでに二人は特別な存在となっているのだろうか
「あんたは、気付いてないだけだ。それとも、おれが気付かせてやったほうがいいか・・・?」
ネズミは体位を変え、流星を上から見下ろす
そして、優美な手つきで相手の顎を撫で、誘惑するように目を細めた
「な・・・紫苑がいる前でする気か・・・」
これからされるであろう事を予測した流星は、また動揺した
「ぼくはべつに、構わない。・・・ネズミの言うことは、間違ってない気がするから」
流星に近付いてゆくネズミを、紫苑は止めなかった
それどころか、流星が抵抗しないよう、腕をまわして動きを束縛していた
身動きが取れなくなった流星は、そのままネズミを受け入れるしかなかった
「・・・ぅ・・・ん・・・っ」
最初は軽く、それからじわじわと深く、ネズミは流星に口付ける
人前でこんなことをされている羞恥と、柔らかな個所から伝わるネズミの温度に流星は部屋の寒さを忘れてきていた
口付けながら、ネズミは流星の髪をすくようにして撫でる
その優しい手つきに、流星からは緊張が和らいでいった
体の力が抜け、抵抗の意思がなくなる
流星が弛緩すると同時に、ネズミは離れた
「ほら、あんたは抵抗しない。もう、受け入れてるんだろ・・・?」
胸の内を見透かされたようにそう言われ、流星は言葉に詰まる
それが悔しかったので、反論しようと言葉を探した
「・・・紫苑に、抱きつかれてたから・・・。だから、身動きがとれなかっただけだ」
紫苑がまわしていた腕の力は、それほど強くなかった
本当は、抵抗しようと思えばできた
けれど、そうしなかった
そうできなかったと言ったほうが、正しいかもしれない
相手を拒む理由が、見つからなかった
「紫苑、腕を解け」
命令口調で言われたが、紫苑は腕を離し、同じく流星を見下ろした
ネズミも紫苑のすることを阻む気はないのか、一旦横へ退いた
紫苑がゆっくりと、身を下ろしてゆく
同じことをされるんだと、そう予測できた
もう、腕は束縛されていない
羞恥心が手を動かしているのか、相手を突っぱねようと腕が上がろうとする
けれど、その手が相手の肩を掴むことはなかった
紫苑が近付くと、持ち上がろうとしていた腕は力なく下ろされた
拒みたくない、受け入れたいと、そう訴えるかのように
ネズミはその様子を見て、ふっと笑みを浮かべていた
紫苑は軽い口付けを、何度も重ね合わせる
そのうちに、流星からわずかな吐息が漏れ出し始める
その息がいつもより温かいのを、お互いが感じていた
紫苑は、流星のそんな熱も逃さぬよう覆い被さる
「・・・っ・・・は・・・」
体の中に、熱がこもる
相手の体温に反応するかのように、胸の内が熱くなってゆく
それを、心地良いものだと、そう感じてしまう
強い羞恥心ですら、その熱を拒むことはできない
紫苑にもネズミにも抵抗できない理由は、それだった
なぜならその熱は、自分には決して与えられないものだと思っていたものであり、自分が最も求めていたものだと
頭ではっきりとわかってはいなくても、この身が主張していたから
数回にわたっての行為が終わった頃には、流星の体は内から湧き上がる熱で温まっていた
「流星・・・きみは、ぼくらを受け入れてくれる・・・?」
紫苑の問いに、流星はすぐに返答することはできなかった
今、二人を受け入れた理由
それは、二人のことを愛しているということなのか
それとも、二人を信頼しているから許したことなのか
それが、判断できなかった
「・・・わからない。
君達に、どこまで許せるのか・・・僕自身、わからないんだ」
抱きしめられること、口付けられること
いつの間にか、この二つは受け入れられるようになっていた
だが、それ以上のこととなると想像がつかないでいた
「じゃあ・・・確かめればいい」
紫苑はそう呟き、手を下の方へ伸ばしてゆく
その手が、流星のベルトにかけれらた
まさかと思った流星は、顔からさっと血の気が引いていた
「や・・・いや、嫌だっ」
流星は、とっさに紫苑の行動を阻止しようと、腕を引き止めようとした
けれど、流星が腕を掴む前に紫苑の動きは止められていた
「そういうことは、無理にしちゃいけないんだろ?」
流星よりも早く、ネズミが紫苑の腕を掴んでいた
紫苑はそこで、はっと我に返ったかのように腕を退けた
「ご、ごめん、流星・・・」
紫苑自身、そんなことをしようとした自分に戸惑っているのか、視線を泳がせていた
流星はほっと、安堵の溜息をついていた
それと同時に、やはり自分は二人に身をさらけ出すことなどできないと、そう思っていた
―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
なんという久々のNO.6連載更新・・・
ほんと、続きを思いつくタイミングが気まぐれなもので
中途半端な感じですが、どんどん長くなっていってしまいそうなのでここで区切りました
そして、続きはまた間が空きそうです。双子の方にも妄想力が散漫しているので・・・