番外 ネズミ、紫苑編#3 後編


家の前に着くと、流星はすぐに扉を叩いた
今行動を起こさなければ、ずっとできないままになってしまいそうで焦っていた


しかし、扉は開かなかった
タイミングが悪かったのかと、流星は肩を落とした



「ナイトにわざわざ来ていただけるなんて、何か御用ですか?」
突然、背後から声が聞こえて、流星は反射的にその場から飛び退いた
そんなうやうやしくもわざとらしい口調を使う相手は、一人しかいなかった

「ネズミ・・・。丁度よかった」
流星はすぐに続きの言葉を言おうとしたが、羞恥心がそれを止めてしまった
言葉は続かず、お互い向き合ったまま制止していた


「・・・用があるなら、中で言いな。ここは寒い」
ネズミは流星の脇を通り、家の扉を開く

「ま、待ってくれ」
だらだらと時間を引き延ばしてしまってはいけないと、流星は焦った
家に入ろうとしていたネズミは振り返り、再び流星と向き合った

「・・・今日・・・・・・家に・・・僕の家に、泊まりに来ないか」
その言葉に、ネズミは一瞬目を見開いた

流星は、自分からこうしてネズミを誘うのは初めてだった
徹底して受け身にまわるしかなかった今までの状況からしてみれば、結構な快挙と言ってもよかった
そんな快挙に、ネズミは驚いていた

「あんたからそんな誘いがあるなんてな」
ネズミは後ろ手で扉を閉め、わずかに口端を上げて笑った

「都合の良いときで構わないけど、できれば・・・」
できれば今日がいいと言おうとしたが、また羞恥心が言葉を止めた
それはまるで、自分が執拗にネズミを求めているような、そんな発言だと気付いたから

「では、参りましょうか。ナイトの邸宅へ」
ネズミがあまりにもあっさりと了承したので、流星は気が抜けた
都合良く事が進んでほっとしているところもあったが、それと共に緊張感が流星には生まれてきていた




家にネズミを招いた後
夜になってもずっと、流星は緊張していた
時間と共にその緊張感が消えることはなく、むしろ増してゆくばかりだった


そして、就寝の時がやってきた
行動に出なければならない、その時が


ネズミは遠慮なくベッドに横になり、隣に人一人分のスペースを開けていた
それを目の当たりにしたとたん、流星はとたんに気恥ずかしくなった

「・・・やっぱり、僕は床で寝る。毛布はたくさんあるんだし・・・」
行動を起こさなければならないのに、自分は何を言っているのかと呆れた

けれど、どうしても強い羞恥心がそんなことを言わせてしまっていた
流星がベッドから遠ざかろうとしたとき、ネズミが腕を取った
そして、流星が抵抗しない内に勢いよく自分の隣へ引き込んだ

「ネ、ネズミ」
突然のことに、流星は動揺する
ネズミはそれを気にせず、流星の体を自分の腕の中へおさめた

「そんな、つれないことを言わずに・・・折角、ナイトと二人きりになれたのですから・・・」
緊張を緩和させるためか、ネズミの口調はうやうやしかった
しかし、結構な至近距離にある相手の顔を見ていると、緊張感はさらに増していった

少しでも引き寄せられれば、重ね合ってしまう距離
流星はたまらず俯き、視線を逸らした


ネズミは流星のそんな様子を見てくすりと笑い、相手と自分を隙間なく密着させるように抱き寄せた
流星が俯いていたので、お互いを重ね合うことはなかった
緊張感のさなかではあったが、その包みこまれるような抱擁に、流星は安心感を覚えていた

このまま眠ってしまいたかったが、そうはできなかった
相手が先に寝てくれなければ、無防備になってくれなければ行動を起こせない
抱かれているこの状態では、腕をまわせない
このままでいたいという思いもあったが、流星は顔を上げて訴えた

「・・・横向きのまま眠ったら疲れるから・・・そろそろ、離してくれないか」
「ナイトがご不満なら、従いましょう」
ネズミは執着せず、ゆっくりと腕を解いた



その後、流星は目を閉じたが眠らないよう心掛けた
隣から寝息が聞こえてくるまで、待たなければならない
一時間ほど待つだろうかと覚悟していたが、ものの数分でその寝息は聞こえてきた
ネズミも、他者の温かみに安心しているのだろうか

「ネズミ」
眠っていることを確認するため、呼びかける
答えはなく、聞こえてくるのは静かな寝息だけだった
行動に出るべき時が来たと、流星は本日二回目の意を決した


念のため、まずは慎重に、ネズミの前髪に触れる
紫苑へ接したことで少し抵抗感が薄れているのか、難なく髪の質感が指先に伝わった
さらさらと、黒髪を右へ左へすいてみる
その間、寝息はわずかな乱れも見せず、規則的だった
これは完全に眠っているだろうと察した流星は、いよいよネズミの背に手をまわそうとした


悪いことをしようとしているわけではないのに、緊張で心音が強くなってゆく
この音が聞こえて、ネズミが目を覚ましてしまわないかと、そんな杞憂を考えてしまうほど緊張していた

紫苑に接した後とはいえ、躊躇いは消えていない
相手の背に手をまわすことが、どうしてもすんなりとできない
しかし、すんなりできなくとも、躊躇っていてもやるしかなかった

この行動で、また一歩を踏み出せるかもしれない
自分は、他者から受け入れられる存在なのだという確証を得られれば
そうすれば、自分の中で何かが変わる気がしていた



流星は、かなり慎重にネズミの背に手を添えた
かろうじて相手の背中が感じ取れるほどの、弱弱しい抱擁
そうして行動したが、流星の胸の内には、寝込みを狙ってこんな汚れた手で触れてしまって本当にいいのか
相手が目を覚まさない内に手を離したほうがいいのではないか、という思いが湧き上がってきていた

ここで手を離してしまっては、何にもならない
そうわかっていても、自己批判の性分がしきりに訴えかけてきていた
罪悪感にも似た、強い訴えを


本当ならここでネズミを起こし、自分が受け入れられるかどうかを確かめるつもりだった
だが、相手を起こさず結果を聞かないという道もあるのだと思うと、尻込みしてしまっている自分がいた
その一方で、手を離してはいけないと訴える自分もいた
ここで退いてしまっては、変われないんだと
流星は二つの葛藤で、手を離すことも、ネズミの背を引き寄せることもできないでいた



そのままでいると、ふいに聞こえていたはずの寝息が止まった
流星ははっとして、つい反射的に手を離そうとした
しかし、その前に身動きが取れなくなった
二本の腕が背中にまわり、離れようとする手の動きを封じていた

「ネズミ・・・」
流星は、引き寄せられたわけではなかった
珍しいことに、ネズミはまるで甘えるように流星に抱きついていた


頭の位置も、いつもより下にある
先程とは逆の状況に、流星は戸惑った
しかし、それと同時に感じていたものがあった


自分に擦り寄っている相手を、包み込みたい
こんな存在でも求めてくれる相手を、受け止めたい
寝ぼけている内の行動かもしれない
けれど、確かに感じる
眼下にいる彼を、抱きしめたいと言う思いを


やがて、流星はおずおずとネズミの背を引き寄せた
そして、両方の腕で抱きとめた
お互いの心音が、伝わり合うのが分かる
いつの間にか、葛藤なんて消え去っていた
今あるのは、自分からも相手を抱擁している幸福感だけだった

「やっと・・・あんたから、こうしてくれた」

寝起きにしては、やけにはっきりとした声が耳に届いた
ネズミは顔を上げ、流星と視線を合わせる
その表情は一切まどろんでおらず、完全に覚醒しているものだった

「もしかして・・・ずっと、起きて・・・」
そう尋ねると、ネズミは肯定を示すかのようににやりと笑った
とたんに羞恥が湧き上がってきた流星は、ネズミの背を抱いている力を緩めた

「ナイト、どうかそのままで・・・」
手が離されてしまうと思ったネズミは、誘いかけるように言った
流星は、力は緩めたものの、腕を解くことはしなかった
相手が起きてしまった今、腕を離してしまったらもう触れられない気がしていた


「・・・ごめん、寝込みを狙って、こんな手で・・・」
拒否されたわけではない
けれど、謝らずにはいられなかった
かすかに残る罪悪感が、後ろめたさを伴っていた

その発言が気に入らなかったのか、ネズミは一気に体勢を変えて流星を自分の下に位置させた
突然、視点が天井を見上げる形になる
ネズミはその視界を塞ぐように、流星に近付いて行った

「用心深くて、懐疑心のお強いナイト・・・。
やはり、その身に熱をお与えした方が信用できますか?」
言葉を発しているその箇所が、触れるか触れないかの至近距離でネズミは囁く
瞬間的に心臓が跳ね、その影響か頬に熱が昇る


以前は、聞くだけで動揺してしまっていた言葉
けれど、今は別のことを思っていた
この懐疑心を取り払うには、そうしたほうがいいのではないかと

二人に全てをさらけ出せれば
そうすれば、自分は二人に、絶対的な信頼感を得られるのではないかと
ネズミの言う行為は、流星にとって自分の存在が受け入れられたと、確信させる方法かもしれなかった


「君は・・・僕の体のことがわかってて、そういうことをしたいと思っているのか」
「ああ。あんたが身を許してくれるのなら」
ネズミは迷うことなく、すぐに答えた
その返答の早さが、流星を少し安心させた

「それは・・・紫苑も、同じことを言うと思うか」
「・・・だろうな。紫苑にも、欲はある」
欲と聞いて、また少し流星の頬が赤らんだ
紫苑と一緒に暮らしている者の言葉、信用するには充分だった


「そうか。・・・わかった、そうなんだな・・・」
流星はどこか、ふっきれたように言った


「あんた、まさか・・・」
流星はそれ以上何も言わず、体を横に向けた
ネズミも、追及しなかった
ただ、まるで安心させるように、その体を包み込んで目を閉じた
流星は、自分を抱く手にそっと片手だけを重ね合わせて、瞼を落とした




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
間が空きすぎてさーせん・・・orz
次はいよいよクライマックス・・・こっちも、双子と僕同じく3Pになる予定・・・なのですが・・・悩んでいます