NO.6 番外 ネズミ、紫苑編#4 後編


その後、三人は床に毛布を敷いて横になっていた
用事が済んだからといって、さっさと帰りたくはなかった
まだ、二人と共に居たいと、そんな欲求が芽生えていたから



体が安まった頃、二人は流星の髪を撫でた
優しく、そして愛おしそうな手つきで

「・・・辛かったか?」
流星から初めて聞いた上ずった声を心配したのか、ネズミがそう尋ねた

「辛くはなかった・・・けど・・・」
頭が覚醒した今、流星は急に恥ずかしくなって顔を背けた
わずかな痛みはあったが、それは気に留めるまでのものでもなかった
それ以前に、もっと強い感覚を感じていたから

「・・・恥ずかしかった?」
今度は紫苑にそう尋ねられ、流星は頬を紅潮させた
図星のことを指摘されて、さらに羞恥心が湧き上がってきてしまっていた

だが、どんなに羞恥を感じていても、二人を拒むことはしなかった
それは、お互いを受け入れあっていたからだろうと、流星はそう思っていた
それ以外の要因なんて、今は考えられなかった

「ありがとう、流星。それでも、ぼくらに委ねてくれて・・・」
プライドと、羞恥心が人一倍強い相手
それらを押し殺して、自分達に身を任せてくれたことが紫苑は嬉しかった
それはネズミも例外ではないのか、好意の眼差しを流星に向けていた

「お礼を言うのは僕のほうだ。
・・・こんな体を受け入れてくれて・・・・・・ありがとう・・・」
さっきから続く羞恥のせいで視線を合わせることはできなかったが、流星は二人に聞こえる声でそう言った

自分の全てを受け入れてくれる存在が、ここにいる
それは、流星にとって自分が存在していてもいいことの証明に等しかった

「僕は・・・これからも、君達の傍に居ても・・・いいか・・・?」
流星は少し、恐々と尋ねた
受け入れられたということに、まだ順応できていないのかもしれない


「うん。僕も、君が傍に居てほしいって思ってるから・・・」
紫苑は頬笑み、温かな言葉をかける
ネズミはそんな言葉を言い慣れていないのか、言葉のかわりに流星の頬をそっと撫でた
流星は、その手に自分の手を重ねた


どんなに欲しても手に入れられなかった安心感が、彼等の傍にはある
まぎれもない幸福感
胸の内を包む、その感覚がとても温かくて
瞬きをした瞬間、目尻から滴が流れ落ちていた

弱みを見せぬよう、人前では零すまいとしていた滴
悔しさや、悲しみからではない
今までに感じたことのないほどの温かい涙が、拭う間もなく零れ落ちていた


流星ははっとして、腕で乱暴に目を擦った
涙を拭い終わっても、腕は退けられなかった
涙で充血した目を、とっさに隠していた

紫苑は、驚かせないようそっと、その手を掴む
流星はわずかに強張ったが、やがて紫苑に促され、腕を退けた

「流星・・・」
名を呼ばれ、隠そうとしていた目を開く
その瞬間、もう言葉を出せなくなった
言葉を発するその箇所は、紫苑に塞がれていた

以前は、羞恥を感じて仕方がなかったその行為
だが、今は目を閉じ、安らいでいた
この存在を拒まれていない
受け入れられていることが、何より幸福だった


紫苑が離れ、流星は目を開く
すると、今度はネズミが眼前にいた
そして、言葉を発することなくそこは塞がれ、流星は再び目を閉じた

安心感を与えるような、優しい行為
もはや、流星は羞恥もプライドも忘れていた
それ以上に温かな感情に、胸の内が包まれていたから



「幸せ・・・だな・・・」
流星の口から、ぽつりとそんな呟きが零れていた

「ぼくも、幸せだよ。きみがこうして、ここにいてくれることが」
紫苑は照れもせず、流星に語りかけた
その言葉がまた嬉しくて、流星は照れながらもわずかに頬を緩ませていた

流星が紫苑の方を向いていると、ネズミは背後からその体をそっと抱きしめた
まるで、庇護するような、優しい抱擁
流星はまた照れくさくなったが、そのままネズミに身を預けていた

そして、紫苑も流星を抱きしめ、目を閉じる
お互いは、とても穏やかだった
流星は、紫苑の背を抱き、ネズミの腕をやんわりと掴んで目を閉じた


NO.6より劣悪な環境には間違いないこの街
けれど、僕は今、そこでは決して手に入れられなかった幸福を感じている
自分の全てを受け入れてくれる相手が、ここにいる
NO.6に戻れると言われても、きっと戻らないだろう

絶対的な安心を感じられる、この場所がある限り
初めて心を許せた二人が、この街に居る限り




―読んでいただきありがとうございました!―
これにて、紫苑、ネズミ編は終了のお知らせとなります
やんわりとした3Pになってしまい・・・期待していた方には、申し訳ないですorz