進撃の巨人1



街は巨人たちに侵略されようとしている。

だが、生きて自由を勝ち取るため、人類を衰退させないため、人々は希望を失わず戦い続けている。

巨人の数は一向に減る様子がないが、人間の数は確実に減少していっている。

不毛な戦いだと笑われるかもしれない、それでも人は戦うのだ。



そんな絶望的な状況下で、一人楽しんでいる者がいる。

精神異常者と言われれば、そうなのだろう。

その者はとても残酷で、巨人がはびこる今この時だからこそ、彼は生きられる。



彼はたった一人で、血走った目で巨人を刈り取ってゆく。

すぐには首の弱点を切らず、いたぶるように切り刻む。

腹部を切り取り、胃袋を露出させ、鼻や耳を削ぎ落す。

切り取った分だけ、巨人は蒸発してゆく。

彼の一番の目的は、その熱を感じることにあった。



「もっと、感じたい・・・血が沸騰するような熱を・・・」

血飛沫を浴びながら、彼は呟く。

衣服のほとんどは潜血に染まり、肌が見えている部分はほとんどなくなっている。

彼は、蒸気と共に血液に残る温もりもひたすらに求めていた。

そして、周囲から巨人がいなくなると、彼は目を閉じて大きく深呼吸する。

次の瞬間、彼の目から狂気は消えていた。





「1班は・・・、お前以外は全滅か」

「はい・・・僕、本当に、運だけは良いんですね。僕だけが生き残るなんて・・・」

は、消え入りそうな声で言う。

1班が担当していた地区は、多くの巨人がなだれ込んでいた。

10人足らずの班ではそれを塞ぎ切れず、次々と食われた。



だが、巨人は殲滅され、彼だけは生き残っていた。

は、成績は平平凡凡で、特に目立った特徴もない、普通の兵士。

ただ、運の良さだけが秀でて良く、以前も1人だけ生き残ったことがあった。

血まみれで帰ってくるので、もしかしたらが巨人を撃退したのではないかと上官は思っていたが。

立体起動装置のガスは充分に残っており、刀も血で汚れていないことから違うと判断していた。



「・・・1人だけでも生き残ったのは喜ばしいことだ。今日はゆっくり休むといい」

上官は優しい言葉をかけたが、内心平穏ではなかった。

巨人と戦闘しているわけではないことは確かだが、服が異常なまでに血にまみれているのはどういうことなのか。

本人は、仲間が死んだ時の帰り血だと主張しているが、それだけで全身が染まるだろうか。

特に目立ったところはないはずのこの兵士に対峙していると、どこか気が重くなる。

それは、本能が発している警告かもしれなかった。









次に巨人に攻め込まれたときも、は1人だけ生き残っていた。

他の班員は、本当に強運に恵まれていると羨ましがった。

そこで、上官はとある提案をした。



「どうだ、、ここから移籍して調査兵団に入ってみないか?」

「僕が、調査兵団に?」

それは、団員の中でも最も危険な所属になるということ。

上官は、どんなに危険であっても、この強運なら死ぬ確率が少ないだろうとふんでいた。

それに、この兵士を自分の元に置き続けておくのは危険だと、第六感が警告している気がした。

幸いにも、はあまり悩む様子もなく頷いた。



「はい、運しか取り柄のない僕が、少しでも調査兵団の皆さんのお役に立てるのなら・・・」

「よく言った、兵長には伝えておこう」

上官は部下を一人失うことよりも、安堵感の方が大きかった。





そうして、はあっさりと調査兵団の一員となった。

調査兵団には、人類最強と言われている兵長がいる。

それは、彼にとってあまり好ましくない事だった。

優秀な人間が多い程、自分の獲物が減ってしまうのは嫌だったし。

周りの団員が生き残ってしまうと、自分が出づらくなるからだ。

が兵団に合流すると、すぐに鋭い眼光を感じた。



「テメェが強運の持ち主か、運だけでいつまでも生き残れると思うなよ」

いつの間に傍に来ていたのだろうか、背後から声をかけられる。

「わかっています。運以外の要素で生き延びられるよう努力します」

優等生のような返事を返し、胸に拳をあてる。



「まずは、壁外調査に向けた戦術を学んでこい」

「は、はい」

すぐに返事をしたが、内心、戦術なんて本当に億劫な事だと思っていた。

彼は単独行動を好み、1体でも多くの巨人を殺すことを望んでいるのだから。

いきなり印象を悪くするわけにはいかないので、とりあえず授業を受ける。

戦術を頭には入れておいたが、彼がチームプレイを実行する気はさらさらないだろう。

被害を最小限に抑えるためのものだとしても、全く関係ない。

班員が目の前で死んでも、彼何も思わないのだから。



しばらくは自主訓練や戦術を学ぶ日々が続いたが、いよいよ待ちに待った壁外調査の日が訪れた。

恐怖で泣きそうになっている兵士もいるが、彼は一刻も早く外へ行きたくて仕方がなくなっていて。

壁外へ出る前からすでに、出て来てしまっていた。

団員は馬へ乗り、隊列を組む。

だが、彼が馬に乗ろうとすると、怯えるように暴れた。



「おいおい、どうしたんだ?お前の緊張が馬にも伝わってるのか?」

他の団員が冗談めかして言う。

緊張ではない、馬は本能的に危険を察知し、乗せまいと暴れているのだ。

彼は小さく舌打ちをし、気を落ち着けるように静かに呼吸した。

そして、再び目を開いたとき、馬は大人しくなっていた。



「よしよし、大丈夫。馬刺しにしたりしないから・・・」

は馬の体を優しく体を撫でた後、難なく乗る。

団員は不思議そうに見ていたが、さして気にもとめなかった。

は指定された班に加わり、壁外へ出る。

壁に囲まれていない、広々とした世界は解放感で溢れている。

最も、団員の多くは恐怖で覆われた世界として見ているかもしれなかった。



「隊列を崩すな、進むぞ!」

団長の一声で、一斉に馬が進む。

は、隊列の最後尾についていた。

巨人がいつ出てくるかわからない中でしんがりは嫌がられるものだが、は自分から志願した。

勇気ある者だと思われたが、本心は全く違うものだった。





ある程度進行したところで、は目を閉じる。

呼吸を最小限に留め、自分の存在を限りなく希薄にする。

誰も自分の存在を気に留めないよう、ただの石ころと同じ存在になるよう意識する。

少しずつ馬の速度を遅くし、隊列から離れて行く。

調査の緊張の中、最後尾の兵士が消えたことに誰一人気付かなかった。



周囲から蹄の音が聞こえなくなったところで、は目を開く。

遠くの方に、どんどん離れて行く馬の群れが見える。

は馬から降り、手綱を近くにあった木に緩く繋いだ。



「僕が戻らなかったら、勝手に帰っていいからね」

馬が了承したように鼻を鳴らすと、はその場から一歩退く。

深呼吸して、息を吐くと同時に、また馬が怯え出していた。



壁の外はほとんどが平地で、巨人の存在が遠くからでもよく見える。

巨人を発見すると、彼はとたんに駆け出し、接近して行った。

平地では立体起動装置の力が満足に引き出せず、致死率は大幅に上がる。



だが、そんな装置は彼にとってほとんど必要なかった。

一直線に向かってくる人物に、巨人が反応する。

振り向いたときには影がすぐ傍にあり、一瞬で鼻を削がれていた。

驚いたのか、巨人が尻餅をつく。

そうして、彼は容赦なくいたぶり始める。

四肢を切り落として達磨のようにしたり、顔の皮を削いで筋肉をむき出しにしたり。

拷問まがいの行為を繰り返し、彼は子供の様に笑った。



肉体があらかた蒸発してしまうと、うなじの肉を切り落とし、絶命させる。

そして、血にまみれたまま、他の巨人を探しに走る。

相手が大きい程、蒸発時の熱も多く感じられて好ましい。

異変に気付いた巨人が2体3体と向かって来たが、彼にとっては歓迎すべきものだった。



服が真っ赤に染まった頃、満足した彼は深呼吸して穏やかな表情に戻る。

もう馬からかなり離れてしまったので、戻るのは面倒だ。

とりあえず壁を目指して進み、他の団員が帰還してから、それに紛れて内地へ入った。



存在感を希薄にしていたが、全身のほとんどが鮮血に染まっている姿は嫌でも目立ってしまい、住民をぞっとさせる。

けれど、ちょうどリヴァイやエルヴィンが帰還したため、視線はそっちに集まった。

その間に、はそそくさと内地へ戻る。

ひときわ鋭い視線を、背に受けながら。









人目を避けつつ移動し、宿舎の前へ辿りつく。

早く着替えてしまおうと中へ入ろうとしたが、聞き覚えのある声に呼び止められた。



「おい、待て」

また気配もなく近付いてきたのか、リヴァイが背後にいた。

「・・・何か、ご用事でしょうか」

振り返り、緊張気味に問いかける。

なるべく、あまり長い時間対峙していたくない。

この相手は危険だと、警告音が鳴り響いていた。



「一体その血は何だ、そこらへんの負傷者の比じゃねえな」

「これは、巨人の返り血です。隊列からはぐれてしまって襲われたんですけど、誰かが助けてくれて・・・」

その答えに、リヴァイは疑わしそうな目を向ける。



「1体2体の量じゃねえな。助けてくれた奴ってのは誰だ?」

「それは・・・すみません、他の班員の名前を覚えていなくて、わからないんです」

「体格くらい覚えてるだろ」

「・・・すみません、巨人に襲われたときにパニックになってしまって、それも覚えていないんです。男性だったとは思いますが・・・」

彼の行為を隠すための嘘が、流暢に出てくる。

もし知られてしまったら、バケモノとして非難されるのは間違いない。

そのための防護壁が、この気弱で影の薄い存在だった。



「あ、リヴァイ何やってんの、団長が呼んでるよ」

話の途中で、女性の声が乱入する。

人の名前を覚えるのが苦手なでも、分隊長である彼女の事は知っていた。



「おや、君は強運で評判のだね?うわ、すごい血」

ハンジはまじまじと観察するように、の周囲をぐるぐる周る。

「チッ、間の悪いクソメガネが」

リヴァイはマントを翻し、立ち去った。

は、ほっと胸を撫で下ろす。



「ねえ、これ全部巨人の血?何体討伐したの?」

「い、いえ、僕が討伐したわけではなくて・・・誰かが倒してくれたんです」

ハンジからはあまり危険は感じられず、さほど緊張感もなかった。



「ふーん。いつも血まみれで帰ってくるってことは、毎回巨人と遭遇して生き延びてるんだよね?何か秘訣でもあるの?」

「い、いえ、ただ単に運が良いだけで・・・もっと優秀な人に、運を分け与えられたらいいのにって思います」

「それにしても全身見事に真っ赤だなぁ。。

かなり複数の巨人の血が混じってるみたいだけど、そんなにたくさん討伐できる兵士なんてリヴァイの他にいたかなぁ」

どきりとして、は息を飲む。

まさか、巨人の血液を判別できる人がいるなんて思っていなかった。



「あ、あの、そろそろいいでしょうか、早く着替えたくて・・・」

「ああ、ごめんごめん。また話聞かせてよ」

ようやくハンジから逃れたは、溜息を吐く。

壁外へ出られる調査兵団なら、好きに巨人を殺せると思っていた。

けれど、勘の鋭い兵長や好奇心旺盛な分隊長がいてはやりづらい。

せめて、日常では目を付けられないようにしようと、はひときわ影を薄くしていた。



班になじもうとはせず、口を利くのは最小限に留める。

寂しくなったときは、馬を撫でたり、乗馬をしたりして紛らわせていた。

早く、次の調査に行きたい。

彼が直接話しかけてくる事はないけれど、どんな時に何を感じるかは何となくわかる。

彼を守るためにその存在をひた隠しにすることが、自分の唯一の存在意義なのだから。









―後書き―

読んでくださりありがとうございました!

初めて、通販で薄い本を3冊買ってしまうくらい進撃の巨人にはまりすぎて書きました。

もうほとんど書けているので、だいたい週一ペースで更新できそうです。

リヴァイとエレンがメインですが、エレンの登場は結構後半になります。

主人公はツンデレ風味で、原作の雰囲気を崩さないように尽力していきます!