進撃の巨人2





次の調査で、は一時的にリヴァイ班に入るよう命令を受けた。

入団したばかりの新兵が最も重要な班に加わるなど、異例のこと。

おそらく、強運がどんなものなのか、本当に運だけの者なのか、見定めようとしているのだろう。

隊列の位置もほぼ中央に配置され、いくら影が薄くてもいなくなればすぐにわかる。

今回は、大人しくしているしかなかった。







走っていると、そこかしこで煙弾が上がる。

あの近くに巨人がいるのだと思うと、進路を変えて突っ込みたくなる。

きっと、彼はそう望んでいるはずだった。



「伝令です!奇行種の大群が向かって来ています!」

焦った様子の兵が伝えに来て、班に緊張が走る。

目を凝らすと、左右から巨人が走って来ているのが見えた。



「二手に分かれるぞ!」

リヴァイとハンジが先行して別れたとき、は迷わずハンジの方を選んでいた。

どんどん巨人との距離が詰まり、彼が出たがっているのがわかる。



けれど、まだ変わるわけにはいかない。

今は、運の良さだけで生き残る兵士のふりをしていなければならない。

ハンジの班員は分散して巨人を翻弄し、背後に回り込む。

中でもハンジの腕は確かで、臆することなく飛び、巨人のうなじを切り取って行った。





「ああ、内地へ連れて行けたらなぁ・・・」

留めを指す前にそんなことが聞こえて来て、は耳を疑う。

そうして気を取られたのもつかの間、新たな巨人が迫って来た。

はうろちょろして巨人をかわし、運の良さを見せつけていた。



普通の人は、巨人と対峙する恐怖と緊張ですぐに疲弊する。

いくら調査兵団の班員といえども例外ではなく、息があがってきているようだった。

そこへ、四つん這いになって高速で走る巨人が一直線に向かって来た。



「クソッ、まだ来るか・・・」

先行していたハンジは距離を置こうとするが、馬より巨人の方が早く、追いつかれるのは時間の問題だ。

殺した方が良いと、直感が命じる。

ハンジの横顔にわずかな焦りが見えたとき、は馬を反転させた。





!?」

ちょこまかしていただけのに、ハンジは思わず呼びかける。

声は聞こえていたが、止まる気はない。

巨人が目の前まで迫ると、は手綱を放して、跳躍した。



突然、目標がいなくなり、巨人は左右に目をやる。

一瞬の内にはうなじの上へ着地し、その部分をさっと切り取っていた。

巨人がとたんに崩れ落ち、全身が蒸発する。

その熱の心地良さを味わってから、は何事もなかったかのように馬に乗った。



、大したもんだ!。

普通だったらびびって動けないところを真っ向から挑むなんて、思った以上に勇敢なんだ」

「ど、どうも」

誉められ慣れていなくて、は戸惑う。

本当は、目立って自分の存在感を濃くしてはいけなかった。

けれど、どこか普通ではないところがある分隊長を殺させるのは惜しいと感じてしまった。

その後は巨人と出会わず、無事に帰還することができた。







「おい、ハンジ。あいつの様子はどうだった」

他の班員に聞こえぬよう、リヴァイが問う。

「ああ、あなたの目は正しかった。。

怯むことなく巨人に向かって行って、一瞬でうなじを切った。返り血の一滴も浴びずにね」

二人は、誰の気にもとめられていないをじっと見ていた。









翌日、は目立ってしまったことを挽回するよう、いつものように人と接しないでいた。

廊下を歩くときもわざと遠回りをし、人気のない場所を選んで移動する。

今日も馬と過ごそうかと馬屋へ行く途中、出会いたくなかった人物が立ち塞がっていた。



「よぉ、

「こ、こんにちは、兵長・・・」

「今から少し付き合え。馬と戯れる方を優先したいのなら構ねえが」

相手の意思を尊重しているように聞こえるが、そこには有無を言わさぬ迫力があった。

「い、いえ・・・ご同行させていただきます」





連行、ではなく同行した先は、広い中庭。

訓練生が鍛錬を行うには、絶好の場所だ。



、俺と手合わせをしろ」

「そ、そんな、兵長と手合わせだなんて、結果は見えているじゃないですか」

人類最強とうたわれている相手との手合いなど、勝敗は誰の目から見ても明らかだ。

それでも戦えと言うのは、他の目論見があるに違いなかった。



「つべこべ言わず、やれ。これは命令だ」

とうとう強制的に言われ、は従うしかなかった。

リヴァイが対人格闘術の構えをし、一気に間合いを詰める。

「っ!」

思わず後ろへ飛ぶが、相手はぴたりとついてくる。

拳が突き出され、反射的に避けた。

耳元に感じる風圧が、その威力を物語っている。

もろに受けてはひとたまりもないと、神経を尖らせる。



だが、途中で、避け続けてはいけないと気付く。

蹴りが繰り出されたとき、はその場に踏みとどまった。

とたんに、重たい一撃が腹部にめり込む。



「ぐっ・・・」

吐き気が込み上げてくる程の強烈な蹴りに、はうずくまる。

リヴァイは、その様子をいぶかしむ目つきで見下げていた。





「何故避けなかった」。

「避けられなかったんです。。

人類最強の蹴りをそう簡単にかわせる兵なんて、そうそういるはずありません・・・」

あのまま避け続けていたら、運だけで生き延びた者ではないと気付かれてしまう。

咎めるような眼光から逃れるために、は言い訳した。



「・・・僕は、危険に対してすごく敏感なんです。だから、かわすことだけはできます」

「そうか。ハンジの話では、巨人を一撃で倒したと聞いたがな」

言い逃れようとしたが、墓穴を掘る。

やはり、目立つ事をすべきではなかったと後悔した。





「何で自分の力を隠す。お前の血が返り血じゃなかったとしたら分隊長だって目じゃねえ」

はばつが悪そうに俯き、黙りこむ。

その力が、リヴァイのように純粋なものだったら、ひた隠しにはしなかった。

けれど、彼の力は異常すぎる。

全てを知られてしまったら、もう人の世界にはいられないだろう。



「分隊長になれば、おいそれと意見できる奴はいなくなる。。

壁外に出て好きなだけ殺して来ても、誰も文句は言わねえだろうよ」

最後の言葉に、彼が反応する。

好きなだけ、気の済むまで巨人を刈ることができる。

以前の調査で外に出られなかった彼にとって、それはとても魅力的な誘惑だった。



、分隊長になる気はないか」

迷わぬうちに決断させるよう、リヴァイは再び問う。

分隊長になれば、いくら殺しても何も言われない。

いつでも、欲求を満たすことができる。





「僕・・・」

が、何かを言いよどむ。



「あー!何やってんのさリヴァイ、をいじめちゃ駄目だろー」

突然響いた、女性の声。

うずくまっているを見て、すぐさまハンジが駆け寄っていた。

「この、クソメガネ・・・てめえは本当に間が悪い」

もう少しで、を自分の手中に収めることができたというのに。

不機嫌になったリヴァイをよそに、ハンジは心配そうにを覗き込む。



、医務室へ行こう?リヴァイの一撃をくらったなら、内臓が損傷してるかも・・・」

はぞっとして、ハンジに支えられて立ち上がる。

リヴァイから逃れる良い口実にもなり、そのまま医務室へ向かった。









医務室には誰もおらず、貸し切り状態だった。

「さ、座って」

もう痛みはほとんどひいていたが、言われた通り椅子に座る。

「そういえば、は一年ほど前に訓練兵になったって聞いたけど、それまではどうしていたんだい?」

何気ない話をするように問いかけられる。

自分のことに興味を持ってもらえるのはいいことだが、返答には気を付けなければならない。



「それまでは・・・一人暮らしをしていました。両親は、二人共死んで・・・」

「そうか・・・じゃあ、よほど巨人を恨んでいるんだろうな」

「いえ、恨んではいません」

つい、本音がこぼれる。

人間、気を付けていても本当に思っている言葉はぽろりとこぼれてしまうようだった。





「・・・もしかして、は巨人が好き?」

その質問をするとき、ハンジの目が爛々と輝く。

どこか迫力のある表情に、はまた正直に「はい」と返事をしていた。

そのとたん、がっしりと両手を掴まれる。



「すばらしい!まさか、巨人を好きだと言える人物が他にいるなんて!。

普通は巨人なんて皆殺しにしたい、見るのも嫌だという奴らばかりなのに!」

ハンジはとても饒舌になり、感激しているのか、とても強く手を握られる。



「ねえ、は巨人のどんなところが好き!?」

「え、ええと・・・本能のままに行動するところ・・・です。。

人みたいにややこしいことを考えず、殺したい一心で向かってくるから、対処が楽というか・・・」

殺そうとしてきたら、殺し返せばいい。

巨人と対峙したときは、そんな単純なことだけで済むからとても楽だ。



だが、人間は違う。

表面上はにこやかにしていても、内心何を考えているかわかったものではないし、油断もできない。

だから、彼は人前に出ることを嫌い、巨人を殺戮するときだけ姿を現すのだ。



「わかるわかる!今、ソニーとビーンっていう巨人を生け捕りにして観察してるんだけど、本能だけが先行して全く懐かない。。

でも、学習能力はあるみたいだから、いつかきっと分かり合えると信じてるんだ!」

呼吸する間もおかずまくしたてて言う姿を見て、は思った。

この人は、変人以外の何者でもないと。

巨人を好きというだけでもおかしいのに、生け捕りにして喜んでいるなんて狂気の沙汰だ。



だからこそ、彼女となら分かり合えるだろうか。

もし、彼のことを話したらと想像する。

もしかしたら、同じ異常者として、受け入れてもらえるだろうか。





「あの・・・兵長は、分隊長の、その、変わった考え方のことを知っていて、班員に入れているんですか」

「もちろん。彼は結構協力的だよ」

どこか普通の人間とは違うと感じていたけれど、兵長もまた、異常なものを受け入れられる人だとわかる。

もし、何もかもを話してしても、それでも班員として認めてくれるだろうか。

そんなことをちらと思ったが、巨人と同じようにうなじを切られて殺されてしまう危険性の方が大きい気がした。



「そうだそうだ、医務室に来た目的を忘れちゃいけない。、お腹見せてもらうよ」

「え?あ、あの」

止める間もなく、服をめくられる。

「うわ、ひどい痣になってる。全く、リヴァイもここまですることないのに」

痣は、腹部だけでなく胸やわき腹のあたりにもあった。

ハンジは、何かを確かめるようにして痣に触れる。



「・・・うん、内部に大きな損傷はないみたいだ。。

それにしても、意外と良い筋肉してる、着やせするタイプなのかな」

遠慮なく腕や足にぺたぺたと触れられ、は動揺する。



「あ、あの、僕、もう大丈夫ですから、失礼します」

あまり執拗に観察されてはたまらないと、は手を振り払って医務室を出る。

突然の拒否反応に驚き、ハンジは不思議そうにの背を見ていた。









―後書き―

読んでくださりありがとうございました!。

次の話からしばらくはリヴァイとハンジが中心になります。