進撃の巨人3





巨人がはびこっていても、刀を抜かない日はある。

兵士にも休息は必要で、今日がその日だった。

調査兵団の広い宿舎でのんびりとしていると、廊下が複数人の足音で慌ただしくなった。

何かあったのかと外へ出ると、人の服装がいつもと違った。



「オイ、、何をしている、さっさと着替えろ」

「へ、兵長、その恰好は・・・」

白い三角巾、口を覆う布、しまいには刀の代わりのハタキ。

同じものを手渡され、は呆気にとられる。



「今日は全員総出で掃除だ、塵一つ残すなよ」

やっぱり、兵長もどこか変わっていた。

それにしても、昨日蹴りをくらわされたときと、お掃除スタイルの今の状態を比べるとやけにおかしく感じる。

それでも人類最強の風格は相変わらずで、いくら宿舎が広くとも本当に塵一つなくなるかもしれない。

はとりあえず、目についた個室から掃除することにした。



ハタキで上の埃を払い、箒で外へ追い出す。

四隅も逃さず細かいところまで目を行き届かせ、全体を雑巾で拭く。

一人暮らしの生活が長かったので、掃除は手慣れたものだった。

小さな部屋なら、さほど苦労もなく綺麗にできる。

宿舎には人手があるので、どうせなら馬小屋の掃除をしようとは外に出た。









馬小屋には人がおらず、まだ手をつけられていなかった。

何十頭も馬が連なり、見ただけで手間取りそうだとわかる。

だから人が寄りついていないのだろうが、にとっては好都合だった。

馬に近づき、鼻を撫でる。



「少しの間だけ小屋を借りるよ。なるべく早く済ませるから、遠くに行かないでくれよ」

は馬を誘導し、近くの木に繋ぐ。

箒でどうこうなる汚れではないので、ブラシで力強くこする。

古くなった牧草を取り換え、ついでに馬の蹄鉄も洗う。

一人でこなすには結構な重労働だったが、苦痛ではなかった。











気付いたら日が沈みかけ、夕陽が辺りを照らしていた。

そろそろ馬を戻そうと繋いでいた木に近付くと、そこに人影があった。



「ご苦労だったな、馬小屋はお前が掃除したのか」

「あ、は、はい」

まだ三角巾をしたままのリヴァイが馬小屋を見る。

「ほぉ、よく一人でやったもんだな」

「大変でしたけど、楽しかったです」

少なくとも、大勢の人と一緒に部屋の掃除をするよりはよかった。



「他の奴等は詰めが甘くてなってねえ。お前、一人暮らしでもしてたのか」

「はい。おおよそ、10年ほど」

「長いな。ガキが一人でよく生き延びられたもんだ」

は黙り、目を伏せる。

厳密に言えば、二人だから生きてこられた。

もしも彼がいなかったら、甘んじて巨人に食われていただろう。

家事全般は自分でこなしてきたが、戦いの中で生きるのは彼の役目だった。





「もう暗くなる。さっさと馬を戻すぞ」

馬はリヴァイの言うこともよく聞き、大人しく小屋へ入る。

手伝ってくれる事が意外だったが、少し嬉しかった。



「随分と馬の扱いに慣れてるんだな。最初の調査に出るときは警戒されてただろうに」

「あのときは・・・機嫌が悪かったんだと思います」

リヴァイは、疑いの眼差しでを見ている。

当の本人は、気付かないふりをして馬を小屋へ入れていた。

あのときは興奮して、乗馬する前に彼が出てきてしまったのがいけなかった。

動物は一様に彼を恐れ、それは巨人や人間も例外ではない。





よ、自分の本性を隠すな」

ぴた、と歩みが止まる。

「俺にはわかる。調査へ行ったとき、二回ともお前は全力を出していなかった」

胸中を見抜かれ、の心臓が跳ねる。

どんなごまかしをすれば、この場から逃れられる。

手綱を持つ手は、わずかに震えていた。



「次の調査から、正式に俺の班に入れ。巨人がうようよいる場所へ連れて行ってやる」

最後の一頭を小屋へ入れ、リヴァイが背を向ける。

は、何も言えなかった。

この相手には苦し紛れの言い訳なんて通用しないと、諦めていた。



「・・・わかりました。兵長が望むのなら、本性を見せます」

が呟くと、リヴァイが振り向いた。

「ただし、そのときは人払いをして下さい。僕は、まだ人から外れたくないから・・・」









調査の前日、リヴァイはハンジとを連れてエルヴィンの部屋を訪れていた。

「エルヴィン、明日は領土を取り戻すんだったな」

「ああ、そうだ。10の班に分かれ、それぞれの地区別に担当を振り分けてある」

明日の調査は、巨人を淘汰し、奪われた土地を取り戻すことを目的としたものだった。

必要以上に調査範囲は広げず、地区にいる巨人の数を想定して、細かく区分訳がされている。



「確か、この地区は巨人が一番多いところだな。明日、そこへは俺とハンジとだけで行く」

とたんに、エルヴィンが眉をひそめる。

「いくらお前でも無謀だ。何か理由があるのか」

「アイツには分隊長に引けを取らない潜在能力がある。それを、人前では見せたくないんだと」

エルヴィンの視線が、今度はへ向く。

リヴァイとはまた違う風格があり、は緊張していた。



と言ったね。人前で巨人を殺せない訳を、ここで教えてもらうわけにはいかないか」

「あ、あの・・・すみません、駄目なんです、とても、異常な事なんです」

はしどろもどろになりながら拒否する。

誰が聞いているかもわからないのに、こんな場所ではとても言えない。

そもそも、言葉だけで主張したところで信じてくれるとは思えなかった。





「団長、彼は両親が死んでから10年間、1人で生活してきました。。

住んでいた場所は、巨人の侵入を許していた地区です」

ハンジが指差した地区はまさしく自分が暮らしていた場所で、は目を丸くした。

1人で暮らしていた事は言ったが、場所までは教えていないはずだ。

しかも、その地区は明日奪還する予定に含まれていた。



「わかっただろ、コイツには力がある。それを見極めることが必要だ」

普通の人間は、巨人がはびこる地域でとても暮らしては行けない。

10年間という月日が、の実力を物語っていた。

エルヴィンは、考えに集中するように目を閉じる。

今、数々の策が頭の中に渦巻いているに違いなかった。



、リヴァイもハンジも大切な戦力だ。君は、この二人を失わせない自信はあるか」

全員の視線が、に集中する。

は息を吸い込み、吐き出すと同時に告げた。



「・・・たとえ、巨人が何体いようとも一体残らず淘汰してみせます。。

二人には血の一滴も流させません」

堂々とした言葉に、エルヴィンは頷いた。

「わかった、この地区は任せる。他の団員にも入らないよう言っておこう。必ず、生きて帰れ」











奪還の日、リヴァイ、ハンジ、は担当地区へと馬を走らせた。

人類最強がいるとはいえ、たった三人で行動する事は死に急いでいる風にしか見えなかったが、誰も意見はできなかった。

目的地へ赴く道中でも、巨人が襲いかかってくる。

小型の巨人は相手ではなく、リヴァイが難なく仕留めていた。



もはや人の影は見えず、周囲に居るのは巨人だけになる。

人気がなくなったのを確認すると、は馬から降りた。

「僕はもう、馬には乗れません。先に行って下さい、必ず追い付きます」

リヴァイはハンジに目配せし、馬を走らせた。





数分も経たない内に目的地に着き、巨人の群れと遭遇する。

見える範囲に居る分でも十体、奥に行けばもっといるだろう。

二人は馬から降り、立体起動装置を使ってで家屋へ飛び乗った。

目標を見つけた巨人は、殺意の矛先を向ける。

その瞬間、二人の背後から人影が飛び出し、巨人の腕を切り落としていた。



新たな目標物の出現に反応し、巨人は辺りを見回す。

首が右を向いたとき、それは元に戻ることなく、体と分かれて地面へ落ちていった。

とたんに、鮮血が吹き出す。

彼はわざと傷口の近くへ行き、恍惚の表情を浮かべた。





「お出ましだな」

彼は二人をちらと見た後、巨人に目を向ける。

巨人の腕が伸びてきたが、跳躍してかわし、腕の上を切り裂きながら走った。

肩口にたどり着くと、耳を削ぎ落とし、続いて頬の肉も切り取る。

痛みを感じているのか、巨人が低く呻く。



背後から他の巨人が食らいつこうとしたが、彼は振り向かないまま飛び上がる。

勢い余った巨人は、そのままうなじに噛みつく。

その隙に、彼は無防備なうなじから背中にかけて、一線に切り裂いた。



血を吹き出しながら、巨人が崩れ落ちて蒸発する。

彼は蒸発の煙を浴びるときだけ動きを止め、跡形もなくなったらすぐに殺意の矛先を変えた。

命の危険を感じ、早く倒すべきだと判断したのか巨人は彼に集中する。

一斉に襲いかかってくる巨人を前にして、彼はずっと薄笑いを浮かべていた。



一思いに殺さず、抵抗する力がなくなるまでいたぶってからうなじを切るのが、彼のやり方だった。

腹部を真っ二つに切り裂かれて倒れた巨人を見て、ハンジは思わず目をそらした。



「目を背けるな。これが、あいつの狂気だ」

リヴァイは冷静に、を見据える。

驚異的な身体能力と残酷性を持つ彼は、まるで体の中に巨人を飼っているかのようだった。







彼は巨人をなぎ倒し、どんどん奥へと進んで行く。

二人は見失わないよう追いかけるが、立体起動装置を使っても横に並ぶことができない。

だんだん巨人の数が少なくなり、迫って来る相手はいなくなる。

彼はそれでも走り続け、町外れの一軒家の中に入って足を止めた。



二人も後を追い、家に入る。

中は何とか家の形を保っているものの、生活感は全くなく荒れていた。

彼は、一番広い部屋の中央に佇んでぼんやりとしていた。





「いらっしゃい、ボクの家へ。教えたつもりはなかったけど、ボクに興味があって調べたの?」

視線を向けられ、ハンジは息を飲む。

昨日まで接していた相手とは、明らかに雰囲気が違う。

例えるなら、とても残酷で共感性を欠いた、無邪気な子供。

純粋な殺戮衝動しか感じられない部分が、やはり巨人と似ていた。



「あ、ああ、そうだよ。君の事、いろいろと調べさせてもらった。。

君は・・・本当に、なの?」

彼は、数秒の間沈黙し、答えを考えた。

「本人は否定したがってる。けど、ボクは確かにだよ」

「どういうことだ」

「ちょっとは自分で考えてよ。調べたんでしょ」

礼儀があったものではないぞんざいな物言いは、まるで別人のようだ。



「・・・君の体には、痣があったよね。それも、最近ついたものじゃない」

以前リヴァイに腹部を蹴られたとき、医務室で見た痣をハンジは思い出す。

あのときは戦闘の末についたものだと思っていたが、はそこへ触れても痛がらなかった。



「あと、君は自分の気配を消すことが得意ときた。。

血まみれで帰ってきてもあんまり注目されていなかったし」

存在感を薄くしていたのにそこまで観察されていたのかと、彼は少しだけ驚く。

だが、口を挟まずじっとハンジの言葉を聞いていた。





「これは私の推測だけど・・・君は、虐待されていたんじゃないかな。。

だから、気配を消して親から隠れていた。。

巨人に親を殺されてからは、そこで生き延びるために残虐な一面が出てきた」

ハンジがそこまで言い終えると、彼はわずかに口端を上げて笑った。



「大したもんだね、だいたい合ってるけど、少し違う」

「どこが違うのか、言ってみろ」

「その前に、今度はこっちから聞かせてよ。そもそも、何でそんなに知りたがるのさ。。

ボクが、巨人をいたぶるのが好きな狂人だってだけじゃあ満足しないわけ」

人の世界では、どれだけ巨人を殺せるかがその人の価値になると言っても過言ではない。

なのに、なぜ他の余計なことまで聞いてくるのか。

こんな狂った相手のことを知りたいと思う理由が知りたくて、問うていた。



「班員である仲間のことを知りたくなるのは当然だ」

間髪入れずリヴァイに言われ、彼はしばしの間言葉を失った。



「仲間・・・」

確かめるように、小さく呟く。

彼が目を伏せ、狂気が一瞬消える。





「それは、ボクに言ってるの?それとも、?」

「何言ってる、お前は一人だ」

リヴァイの返答に、彼は笑った。



「違うよ兵長さん、ボクは・・・親に殺されそうになったを守るために生まれた。。

両親は巨人に殺されたんじゃない、ボクが殺したんだ」

「え!だ、だって、医務室に行ったとき・・・」

「両親が死んだとは言ったけど、巨人に殺されたとは言ってないよ、分隊長さん」

この世界で殺されたと言えば、巨人の仕業だろうと疑わない。

おそらく、両親もそう思って息子を手に掛けようとしたのだろう。

それだから、彼は生まれたときから人間不信に苛まれることになったのだ。



「後一つ聞きたい。何故、巨人を殺すときに人払いをする」

リヴァイは、さっきの衝撃的な発言が聞こえていなかったかのように、平然と尋ねる。

「それは・・・」

批難されると思っていただけにその質問は意外で、彼は言葉を濁す。





「・・・が、差別されないようにするためだよ。。

気違い、異常者、狂ってるって、汚い言葉を受けないように、ボクは班員が巨人に殺されるのを待ってた。。

彼は、案外寂しがりやだから、人と一緒にいたがるからね・・・」

彼の瞳に、何か悲しいものが垣間見える。

このときの「彼」とは、どちらを指しているのか。

それは、本人自身もはかりかねていることだった。



「・・・久し振りに人と話して、もう疲れた。あなたたちといると目立つから、ボクは先に帰るよ」

立ち去るを、二人は止めなかった。









「ハンジ、納得したか」

「二重人格障害だとは思う。。

あと、あれだけ多くの巨人を相手に立体起動装置を使っていなかったことも気になる。ああ、研究意欲がそそられる!」

ハンジに手渡したら、解剖されそうな勢いだ。

二重人格と言ったが、リヴァイは納得していない。

根拠があるわけではないが、いくら残酷でもあれはだと、そう感じていた。









―後書き―

読んでくださりありがとうございました!

キャラをもやもや考えていて、思いついたのが裏表のある設定でした。

不幸な過去があるのは、いつものことです。

次から少しずついちゃつきます!