進撃の巨人4



前回の調査は成功し、わずかだが領土を奪還することができた。

三人で巨人を殲滅した功績は称えられ、の実力は調査兵団内でも有名になった。

注目されるのは慣れていないので、相変わらず影を薄くしていたが。

奇怪なものを見る目ではなく、尊敬の眼差しは案外嫌ではなかった。



けれど、ときどき恐怖する。

いくら力があると言っても、必要以上に巨人をいたぶる様子を見たら、その視線はどう変わってしまうのかと。

半ば注目されてしまったがために、その落差は大きいものだろう。





、前回は上出来だった。これで、お前に文句を言う奴はいねえだろうな」

「あ、ありがとうございます」

珍しくリヴァイに誉められ、嬉しい半面戸惑った。

同時に、彼の事をもっと深く問われはしないかと警戒した。



「お前は、今日から俺の右腕の位置付けだ。俺が呼んだらすぐに来い」

「兵長の、右腕・・・」

本来なら名誉なことだが、それは監視下に置かれるに等しいこと。

それだけ距離が近くなると、彼のことをさらに追及されるのも時間の問題かもしれない。

この相手には、どこか逆らえない雰囲気がある。

頭では反発しようと思っても、人一倍危険に敏感な本能が反応して、余計な事を話してしまいそうで不安だった。





「確か、家事全般ができると言っていたな」

「あ、はい、人並には」

「なら、食事を作れ。二人分でいい」

突拍子もない命令に、は呆ける。



「俺は掃除はできるが料理はできねえ。だからやってみろ、お前の本性を出した状態でな」

「か、彼に料理をさせるんですか・・・。

できることはできますけど、彼は礼儀を知りませんし、何より危険です」

わざわざ粗暴で無礼な彼を出したままでいろと言われ、戸惑う。

彼は巨人との戦闘時にこそ本領を発揮できることは、兵長にもわかっているはず。

この命令には、何か裏がある気がしてならなかった。



「つべこべ言わず、やれ」

手合わせをしたときと同じく、有無を言わせぬ口調で命令される。

は断ることができず、渋々了承した。











調理場には、なぜかリヴァイもついてきていた。

おおかた、危険な彼を監視し、何か余計なものを入れはしないかといぶかしんでいるのだろう。

は深呼吸して、彼を呼び起こす。

息を全て吐き切ったとき、目つきが変わった。



「全く、戦闘以外でボクを呼び出すなんてどういうつもり兵長さんだって昨日の惨劇を見ていない訳じゃないのに」

とたんに、口調がぞんざいなものになる。

いつもと違って周囲に巨人がおらず、彼はあまり期限がよくなかった。



「俺の右腕になったんだ、お前の事を知っておくのは当たり前のことだ」

リヴァイの考えを、彼は理解できなかった。

どうして、相手の事にそれほど興味が持てるのか。

この世界では、人は巨人を殺せるか殺せないか、そのどちらかでしかないはずなのに。





「・・・まあ、いいや。調査に行かないときはどうせすることないし、暇潰しに丁度良い。二人分でいいんだね」

刃物の扱いは手慣れたもので、彼は手早く食材を切る。

鍋を二つ使い、一時も動きを止めず、効率的に調理を行ってゆく。

中でも魚をさばくことが得意なのか、あっという間に三枚におろしていた。



「手際が良いな」

「一人暮らしをしてれば、誰だってできるようになるよ」

順調に調理を進めていたが、ある食材を目の前にして彼は動きを止める。



「どうした。貴重な肉だ、さっさと切れ」

「わ、わかってる・・・」

さっきまで流れるように行っていた調理のペースが乱れる。

とりあえず火を通せば何とかなるだろうと、分厚い肉を適当に切る。

何か見慣れぬものに触れているような、恐々とした手つきで。

思った以上に皮が切りにくく、力を入れて包丁を滑らした時、自分の皮も一緒に切れていた。





「っ・・・」

慌てて手を引っ込め、傷口を水で洗う。

それでも流れてくる血を、彼はじっと見ていた。



「オイ、何やってる」

リヴァイが、ぼんやりとしているに近付く。

指から血が流れているのを見ると、同じく静止した。

料理に慣れているはずの相手が、たかが肉の塊を切るだけで失敗したのが意外だった。



「あ・・・ご、ごめんなさい、すぐやり直すから」

動揺しているのか、素直に言う。

その反応を見て、リヴァイはふいにの手を取り、傷へ唇を寄せた。

「え・・・」

リヴァイは小さく舌先を出し、流れる血を舐め取る。

予想だにしていなかったことをされ、は目を見開いた。



「へ、兵長、さん、何して」

あからさまにうろたえている様子に、リヴァイは感付いた。

血の跡をゆっくりとなぞり、傷口へ触れる。

は狼狽し、手を振り払うことも忘れていた。



リヴァイは潔癖症だと噂に聞いていたのに、執拗に血を弄っている。

それ以前に、こんな危険人物に、無防備に接している自分が信じられなかった。

やがてリヴァイが離れると、彼は反射的に距離を置いた。





「もう一度洗っておけ、包帯を取って来る」

素知らぬ顔で、リヴァイが出て行く。

はまた、傷口をじっと見ていた。

さっき、人の血に、懐かしさを覚えていた。



たった一回だけ浴びたことのある血は、どんな感じだっただろうか。

自分で拭おうと思ったときには、すでに舐め取られていた。

触れられたときの、柔い感触が残っている。

それを忘れるよう、念入りに手を洗った。











途中でアクシデントはあったが、一応調理が終わる。

魚と野菜がメインの料理の見映えはよかったが、肉はただ焼いて盛り付けただけだった。



「俺の部屋へ運ぶぞ、お前も食べるだろう」

「え、二人分って、分隊長さんの分じゃないの」

「あのクソメガネに分け与える義理はねえ、さっさと行くぞ」

は言われるがまま部屋へ同行し、ソファーの前のテーブルに料理を並べる。



「お口に合うといいんですが・・・」

彼を出すのは料理をするときだけでいいと思い、の口調は元に戻っていた。



「おい、誰が本性を隠していいって言った。俺の前に居る時は曝け出しておけ」

「で、でも、危険で・・・・・・わかりました」

何を言っても聞く耳持たないだろうと、は諦めて深呼吸した。

目つきが変わったのを見て、リヴァイはソファーに腰かけた。



「ほら、座れ」

しぶしぶ、彼は隣に腰かける。

さっきの出来事が脳裏に焼き付いていて、気まずい。

リヴァイは、そんな彼をよそに、平然と料理を口に運んでいた。





「美味いな、料理長がいなくなったらお前に担当してもらうか」

「冗談。ボクの存在意義は巨人を殺すことなんだから」

家事は、生きるために最低限必要なことだったから覚えただけで。

本質は、自分の欲求を満たすために巨人を殲滅することにあるのだから、お門違いだった。



「だが、肉は味がしないな」

彼も、切り分けて一口食べる。

確かに、ろくな味付けもせずただ焼いただけなので、ただの淡白な塊に等しかった。



「肉を調理するのは苦手か」

「・・・・・・野菜は自分で作れて、魚は川にいるけど、肉は手に入れられなかったからね。。

調理する機会がなかったんだよ」

彼はやや早口で、言い訳をするように訴えた。



「まあいい、食えねえことはない」

その後は、黙々と食事を進める。

誰かと隣り合って食事をするなんて、両親が生きていたとき以来だ。

まだ警戒心は取れないけれど、自分の料理を食べてくれる人がいるのは嫌じゃなかった。



命令されて渋々従ったこととはいえ、それで相手を満足させられたら。

自分は、必要な存在なのだと実感できる気がした。

黙々と食べ進めていたので、皿が空になるのにそれほど時間はかからなかった。



「なかなかうまかった。また作れ」

「・・・気が向いたらね」

彼はぶっきらぼうに言ったが、悪い気分ではなかった。

「皿を片づけたらここに戻って来い。まだ用事がある」

彼は顔をしかめて嫌そうにしたが、反論しても断れないだろうと思い諦めていた。









皿洗いが終わり、彼がリヴァイの部屋へ戻って来る。

不機嫌そうにソファーへ座ると、すぐにとんでもないことを言われた。



「服を脱げ」

「・・・は」

聞き間違いだろうか、つい呆けてしまう。



「ハンジからお前の筋肉の付き方を見ろと言われてんだ、前は途中で撥ね退けられたらしいからな」

以前、医務室で肌に触られた事を思い出す。

こんなことになるのなら、不必要でも立体起動装置を使っておけばよかったと後悔した。

二人は、確実にこの体の秘密を暴こうとしている。

知られたら、人の世界から追放されかねないことを。

だが、それだけ重大な秘密だからこそ、そう簡単には知られない自信があった。



「・・・嫌だって言っても、無理矢理ひんむくんだろうな」

「よくわかってるじゃねえか」

即答され、彼は大人しく上半身の服を脱いだ。

まずリヴァイの目についたのは、体の前面にも、背面にもある数々の痣だった。

虐待の痕が痛々しかったが、今注目すべきところはそこではない。

腕に目をやったが、特別に筋肉が発達しているようには見えず、自分より細身だ。

だが、刀も立体起動装置も使わず巨人を殺せる理由があるはずだった。





「下も脱げ」

興味があるのは、上半身よりも下半身の筋肉だ。

巨人の上に平気で飛び乗る脚力ならば、かなり鍛えられているに違いない。

彼はますます嫌そうに眉をひそめたが、リヴァイの視線に負けて下半身の服も脱いだ。



下着姿になると、彼はとたんに落ち着かなくなる。

痣を見られていることも嫌だったが、兵長の部屋で無防備な姿でいることに違和感がありすぎた。

リヴァイは足に目を向けるが、やはり筋肉隆々というわけではない。

手を伸ばすと、彼は驚いて体を引いた。



「筋肉を確認するだけだ」

リヴァイは間を詰め、彼の太腿に触れる。

鍛えられてはいるが、巨人を飛び越えられるとは思えなかった。

ふくらはぎのあたりにも触れてみるが、そこらの訓練生と大差ない。

指先で筋をなぞると、彼はびくりと体を震わせた。





「こ、こんなの・・・こんなの、不公平だ。。

ボクだけ恥ずかしい思いして、べたべたと触られて・・・兵長さん、あなたも脱いでみてよ」

風呂場と同じで、お互いが同じ姿になればマシになるだろうと要求する。



「お前がそれで満足するんなら構わねえが」

リヴァイは躊躇うことなく、上半身の服を脱いだ。

露わになった肌を見て、彼は驚愕する。

割れた腹筋、分厚い胸板、引き締まった腕。

まさしく、人類最強にふさわしい、鍛えに鍛え抜かれた体つきだった。

彼が唖然としていると、リヴァイはおもむろに手を取り、自分の胸へ当てた。



「な、何して・・・」

掌に伝わる、硬い筋肉の感触と人の体温。

それと共に心音が伝わってくると、自分の心臓も共鳴するように高鳴った。

続いて、腹筋へと手を誘導される。

ごつごつとした部分の感触はよくないが、今度は規則的な呼吸が伝わってきた。



不思議と、気分が落ち着く。

誰かの存在を感じていられることに、安心しているのだろうか。

彼は手を振り払わず、じっとそのままでいた。





「下半身も同じ様な感じだ。だが、お前ほどの跳躍力はねえ」

リヴァイが手を放すと、彼は我に帰って身を引いた。

「ハンジに解剖されるか、俺に何もかも話すか、どっちか選べ」

「解剖・・・そんなこと、やすやすとさせると思う。

ボクは簡単に巨人を殺せるんだ、人なんて、もっと楽に・・・」

言いかけた瞬間、思い切り首を掴まれ、その場に押し倒された。



一瞬の出来事で、かわせなかった。

それ以前に、油断していた自分に舌打ちする。

共に食事をし、体に触れていたせいで、わずかだが安心感を覚えてしまっていた。

本当は、最も警戒しなければならない相手だというのに。



「お前が人に手をかけることがあったら、俺が殺してやる」

本気だと言うように、首にかけられた手にわずかに力が込められる。

思わず、息が詰まる。

認めたくなかったが、彼は自分が怖じているのだと感じていた。



「巨人を殺せば英雄、だが人を殺せばただの罪人だ。。

昔の事は正当防衛だと思って目を瞑ってやる」

その言葉を聞いて、ふと思う。

もしかしたら、兵長は彼を罪人にしないために、周りから苛まれないようにするために脅しているのだろうかと。

そんな風に、良いように解釈してしまう自分が意外だった。





・・・俺に話してみろ」

リヴァイの口調が、急に穏やかになる。

首にかけた手の力が緩められ、やんわりと添えられるだけになる。

その手は肌をなぞるように移動してゆき、頬を包み込んだ。



「う・・・」

飴と鞭のギャップに驚いているのか、それとも他の要因か、彼の心音が強くなった。

気を抜くと、ほだされそうになる。

巨人の蒸気とは違う温かさが、心地良いと感じてしまう。

いつの間にか、彼から反抗的な目つきは消えていた。



リヴァイは指先で髪をかき分け、彼の耳に触れる。

形に沿って、弄ぶように愛撫すると、彼の肩がわずかに震えた。

彼は、相手の愛撫にも、それを拒まないでいる自分にも困惑していた。





「い、言わせたかったら、拷問でも何でもすればいいだろ」

「躾に一番効くのは痛みだと俺も思う。だが、痛みに慣れてる奴にやっても効果は薄い。。

お前に効果的なのは、他の方法だ」

リヴァイは指を滑らせ、今度は唇に触れる。

彼の背筋に悪寒が走り、思わず口をつぐんだ。



痛みだけの拷問なら、耐えられる自信はある。

けれど、逆に、やんわりと触れられることには慣れていない。

相手は、肉体的ではなく、精神的に責め立てようとしているのだ。

彼が危機感を覚えたとき、リヴァイが離れた。



「今日はここまでにしておいてやる。。

あんまり意地を張らねえほうが身のためだぞ」

リヴァイは彼に服を投げてよこし、何事もなかったかのように部屋から出た。

解放された事に彼は心底安心し、脱力する。

同時に、彼はこれから先の不安を覚えずにはいられないでいた。









―後書き―

読んでくださりありがとうございました。

口を割らせるためにいろいろやらかす・・・ベタですが、一回やってみたかったんです(*´д)。

はまだまだツンですが、いずれデレますので。