進撃の巨人8





昔から、不安になると体を丸くして眠る癖があった。

外敵から必死に身を守る様に、無意識の内にその姿勢をする。

そんなときは、朝起きた時、自分の弱さに辟易する。

集団生活の場に来てからは、必ずそうなっていた。



今朝も同じ姿勢だと気付いたけれど、なぜか身動きがとりづらい。

それに、やけに温かくて二度寝をしてしまいそうになる。



目を薄く開くと、人の服がそこにあった。

上を向くと、エレンの顔が見える。

そこでやっと、自分が抱きしめられているのだと気付いた。

自分より弱い相手に守られているようで癪だったが、背中にまわされた腕の温かさは心地よかった。





「エレン、もう起きないと」

腕の中で身じろぎ、声をかける。

「ん・・・」

反応はあったが、起きる気配がない。

抜け出して先に行こうかと思ったけれど、逆に引き寄せられた。



体が密着して、さらに体温を感じるようになる。

たぶん、瞼を閉じたら眠ってしまうだろう。

休日ならそうしてもよかったが、あいにく今日も訓練はある。

は筋肉を強固にし、力を込めて腕を振り解いた。

そこで、やっとエレンが目を開く。



「お早う、エレン。朝から随分大胆なことをするんだね」

エレンはしばらくぼんやりとしていたが、自分のしたことを思い出して慌てた。

「わ、悪い、何か、見てたら、放っておけなくなって」

エレンの狼狽ぶりに、はくすりと笑う。



「ほら、早く戻らないと他の人が起きてくるよ」

「そ、そうだ、じゃあ、また後で」

エレンは動揺したまま、部屋から出て行く。

朝から面白いことがあり、の気分が良くなる。

これが、友達を作る利点なのかもしれなかった。



友人ができたタイミングで、上官から調査の日が近いので戻る様にと言われた。

集団から抜け出すことができて万々歳のはずだが。

どこか寂しさを感じるのは、エレンのせいに違いなかった。



別れを言いたくとも、理由を聞かれて身元がばれそうでできない。

エレンの調査兵団に入る意思が変わらなければ、再び会えるだろう。

は上官に言伝を頼み、兵団へ戻った。











少し離れていただけなのに、兵団の宿舎が懐かしく感じる。

は、すぐにリヴァイとハンジを探しだした。

「兵長さん、分隊長さん」

駆け寄ってくるを見て、ハンジはにこりと笑う。



「お帰り、。思った以上に早くに呼び戻してごめんね、良い人はできた」

「うん、エレンっていう男の子と、友達になれた」

ハンジは恋人ができたか聞いたのだが、に意図は伝わらなかった。



「男子かー、まあ、友達ができただけでも一歩前進だ。ね、リヴァイ」

ハンジが話を振ると、リヴァイは「まあな」とだけ答えた。

「明日は壁外調査だ、体調を整えておけ」

そっけなく言って、リヴァイはきびすを返す。



「あ、兵長さん・・・」

は、去ろうとするリヴァイの服の裾をとっさに掴む。

明日の準備で忙しいだろうと思っても、反射的に引き留めてしまっていた。

リヴァイが振り向き、を見る。



「夜に時間をとってやる」

は、ぱっと表情を明るくする。

素直に感情を表に出せるようになったを、ハンジは微笑ましく見ていた。









そうして、夜。

がそろそろリヴァイの部屋へ行こうかと思っていた時、なんと先に相手が来ていた。

「兵長さん、来てくれたんだ」

「時間を取ると言っただろう」

リヴァイは、どかりとベッドに腰かける。



「それで、何か話したい事があるんじゃないのか」

「う、うん、えっと・・・」

何から話そうか、いざ対面すると迷って言葉が出てこない。



「初日はどうだった」

「え、えっと、初日は・・・正直、集団は嫌だなって思ってた。。

いきなり喧嘩が始まるし、見ていられなくて床に叩きつけてやったけど」

とっかかりを見つければ後は話しやすく、は次々と言葉を口にした。



「それで、床に叩きつけた相手・・・。

エレンに手合わせをしてほしいって言われて、相手をして、一緒にお風呂に入った」

何かに反応したのか、リヴァイの眉がぴくりと動く。

は気付かず、話を続けた。



「次の日は、ボクの過去を知りたいって言うから、手合わせして触れたら教えるって言って、結局教えた。。

そしたら、一緒に寝ないかって言われて、朝まで一緒に居たんだ」

話し上手ではないので、は詳しい説明ができておらず。

相手に変な誤解を与えかねない表現になっていた。



「ボク、環境が変わると丸まって眠る癖があって、それを見かねて言ったみたい。。

朝になったら・・・温かかった」

そこまで言い終えて、は口を閉じた。





「ずいぶんと楽しんだみてえだな」

「集団生活は楽しくなかったけど、エレンと友達になれたのはよかったよ。。

彼は巨人を憎んでるから、目の前でバラバラにしたって、きっとボクを怖がらないと思って」

の正直な言葉に、リヴァイは舌打ちした。



「お前、まだそんな欲求があんのか。俺の血じゃ足りねえか」

は、申し訳なさそうに萎縮する。

「・・・巨人の血は浴びなくてもいいよ。でも、蒸気で温まりたいから」

血と蒸気への欲求は、それぞれ違う。

蒸気は全身をくまなく熱してくれるので、それだけ魅力的だった。



、丸まってみろ」

唐突に命令口調で言われて、は呆ける。

「や、やだよ、あの姿勢、必死に自分を守ってるみたいでみっともないし」

断ったが、リヴァイの視線が鋭くなり、無言の圧力がかけられる。

も黙っていたが、一時も逸らされない眼力に負けた。





「わかったよ・・・すればいいんでしょ」

は横になり、控えめに体を丸くする。

じっとしていると、リヴァイが上から見下ろしてきた。



「やけに小さく見えるもんだな」

背を丸めているから当たり前なのだが、今のは見た目以上に小柄に見える。

まるで、胸中にある不安感が、前面に出ているようだった。



「自分じゃわかんないよ・・・いつまでこうしてればいいの」

「俺が、もういいと言うまでだ」

リヴァイがに迫り、耳元で囁くように言う。

息を吹きかけられると、はいつかと同じような寒気を感じる。

それだけでは終わらず、リヴァイは耳朶を弱く噛んだ。



「やっ・・・」

刺激に反応し、が肩を震わせる。

その感覚をもっと与えるよう、リヴァイは舌で耳の形をなぞってゆく。

外側から内側へ、わざと音を立てて弄ると、はまた身震いした。



「兵長、さん、耳、やだ・・・」

は上ずりそうになる声を抑え、途切れがちに訴える。

「じゃあ、他の場所にするか」

リヴァイは体をずらして、今度は首元へも同じ様に触れる。

鎖骨から顎の辺りまで、舌先でくすぐるようになぞった。



「っ・・・うぅ」

声を抑えているのか、触れる度にがわずかに体を震わせる。

その抑制を外してやろうと、リヴァイはうなじへと舌を這わせていった。



「ひっ、や、やだ」

弱点に触れられると、とたんに寒気を感じて、心臓が変にうるさくなって、気分がおかしくなる。

力任せに撥ね退けることはできるが、なぜかそうしようと思えなかった。

余計な声を出さないように耐えているからか、息が不規則になってくる。

自分がどうにかなってしまうのが怖くて、はたまらず「嫌だ・・・」と、訴えていた。





「首も嫌か。なら、残りはここしかないな」

リヴァイは、荒い息を吐いている場所へ顔を寄せる。

そして、口端に軽く触れると、は怯えるように身を縮こませた。



「もう、横を向いていなくても良いぞ」

そう言われても、は体を動かそうとしない。

仰向けになったら、真正面から顔を見ることになり、紅潮した様子をまじまじと見られてしまう。

かといって、うつ伏せになると相手の動きが分からなくなって怖い。

はどうすることもできず、そのまま制止していた。



「な、なんで、こういうことするの。人の体舐めたって、おいしくないよ・・・」

「お前は熱さが欲しいんだろ、体の内から湧き上がるような熱が」

は、これも、巨人をいたぶらないようにするための行為なのだろうかと考える。

確かに、体温は上がっている。

けれど、蒸気を浴びたときの快感とは違う熱さに戸惑う。

この先どうなるか分からない不安感があったが、それでも、殺戮衝動を昇華させるためなら、受け入れるべきなのかもしれない。

は、体を仰向けにして、リヴァイと向き合った。





「・・・兵長さんの、好きにしなよ」

リヴァイは、と視線を合わせる。

そこに不安感があるのは、明らかだった。

リヴァイが手を伸ばすと、は強くシーツを掴む。

その手は頭の上に置かれ、髪をくしゃくしゃと撫でられた。



「お前はまだまだガキだな、精神が未熟だ」

「・・・子供じゃないよ」

「これくらいのことで怯えてるところがガキっぽい」

リヴァイが離れると、はすぐに身を起こした。



「俺はもう戻るが、怖いなら添い寝してやろうか。エレンっていう奴がしたように」

「い、いいよ、元々は兵長さんが変なことするから驚いたんじゃないか」

動揺を隠すよう、はふてくされて言う。

そんな様子は、やはり子供っぽかった。



「明日は調査だ、気を引き締めていけ」

「わかってる。兵長さんもさっさと寝なよ、寝不足でヘマしたら恰好がつかないし」

体の自由がきくようになったとたん、は饒舌になる。

強がっているとわかっていたけれど、怯えていた情けない自分を少しでも隠したかった。

リヴァイが部屋を出ると、は緊張の糸が解けたのか、力なくベッドに倒れ込んだ。









翌日の調査でも、はリヴァイの監視下にあり、むやみやたらと巨人をいたぶることはできなかった。

けれど、今日は監視されていなくともよかったと思う。

悔しいけれど、昨日の出来事で欲求は抑制されていた。



そこで、調査も終わりに差しかかった頃、巨人の動きに異変が起こった。

兵を無視し、一斉に北へ向かっている。

何かあったのかと、は巨人の後を追った。



が到着したところにいたのは、先行していたリヴァイと、見たことのあるような少女と少年。

その少女に抱えられているのは、エレンだった。



傍に行きたいが、人が集って来たので眺めるだけにしておく。

巨人と死闘を繰り広げたのだろう、エレンは満身創痍で身動き一つとらない。

そこへ、憲兵が到着し、少女から奪い取る様にしてエレンをさらって行った。

周囲の人は、じっとエレンに注目している。

まるで、巨人に対して向けられるような、恐れを含んだ視線で。







その後、エレンが巨人になったという噂が瞬く間に広まり、自然との耳にも入った。

聞こえてきたのはそれだけで、どういう処遇になったのかはわからなかった。

リヴァイもハンジもいないことが多く、心配になる。

エレンの事もだが、自分の事も。



このままでは、衝動が募り、夜中に巨人を殺戮しに行ってしまうのではないかと懸念していた。

そう思っていた矢先、エレンが調査兵団に入団するという噂が耳に入る。

早速、は法廷から解放されたエレンに会いに、リヴァイ達が集まっている個室へ赴いた。



「エレン!」

周囲の目は気にせず、は真っ直ぐにエレンを見る。

意外な訪問者に、エレンは目を丸くしていた。



、どうしてここに・・・」

「そうか、二人は友達になったって言ってたね。。

は、ちょっとわけありで一時的に訓練兵のところへ行ってもらっていたんだ。。

本当は、調査兵団の一員なんだよ」

ハンジの説明に、エレンは開いた口が塞がらなかった。



「どうりで、強いはずだ・・・」

さっきから、エレンの言葉に覇気がない。

それもそのはず、今のエレンはところどころに怪我をしており、包帯が巻かれていた。

は、心配そうに駆け寄る。



「エレン、ひどい怪我だ。・・・誰にやられたの」

「俺だ」

エレンが答える前に、リヴァイが言った。



「兵長さん・・・兵長さんが、エレンを傷付けたの」

の目に怒りが宿り、とっさにハンジが説明しようとする。



「ああ、それはエレンを引き渡さないために・・・」

「そうだ、コイツには躾けが必要だったからな。足蹴にしてやったまでだ」

リヴァイは、わざわざハンジの言葉を遮る。

何か意図があるのだろうと、口を挟む者はいなかった。





「・・・兵長さん、外に出て」

「報復するつもりか、上等だ」

とリヴァイはきびすを返して、外へ出る。



「あ、あの、、これは・・・」

引き留めようとするエレンを、ハンジが止めた。

「いいんだ。彼にはきっと考えがある」

エレンとハンジは、外へ出た二人を窓から覗く。

睨み合っている様子は、いかにも一触即発だ。



そして、言葉を交わす間もなく、が拳を握り、殴りかかった。

人の動きにしては踏み込みが早く、一瞬で間合いが詰まる。

リヴァイは体を逸らしてかわし、反撃しようと蹴りを繰り出す。

危険を察知したのか、はさっと後ろへ飛び、今度は手刀で皮膚を切ろうとした。



指先の筋肉を強化すれば、巨人の肉さえ削げる危険な攻撃。

の動きは確かに早かったが、一撃も加えられない。

怒りにまかせた単調な攻撃では、戦闘経験が豊富なリヴァイに通用しなかった。





「止めなくていいんですか、このまま続けてたら二人共危険なんじゃ・・・」

「大丈夫、それよりも私は興味深いんだ。。

協調性が乏しかったあの子が、君が傷付けられたことで怒りを感じていることが」

お互い一歩も引かない攻防が続いていたが、疲れてきているのか、の動きが鈍くなる。

隙をつき、リヴァイがさっと足をひっかけた。

は膝をつき、すぐに起き上がろうとしたが、その前にうなじを掴まれ、地面に押し付けられていた。



「っ、離せ・・・!」

はもがくが、背に膝が乗せられていて立ち上がれない。

「悔しいか、よ。友人を傷付けた相手に制されて」

「・・・悔しい」

今すぐ相手を撥ね退け、同じような目にあわせてやりたい。

気付けば、そんな憤りの赴くままに行動していた。



「それが怒りだ。親しい相手を巨人に殺されたときは、もっと強くなる。分かるな」

はもがくのを止め、大人しくなる。

また、教えられているのだと感じた。



「巨人は人の領域を侵し、殺した。だから、俺達は巨人を駆逐する義務がある」

「・・・ボク達は、人の怒りを背負って戦ってる。。

だから、1体でも多く殺した方がいい。・・・無駄にいたぶることなく」

巨人は、多くの人の怒りを買った。

その怒りを晴らすため、駆逐しなければならない。

巨人は自分の欲求不満の解消の道具ではないのだ。



の答えは正しかったのか、リヴァイが退いた。

すぐに立ち上がり、向き合う。





「ボクに教えるために、わざわざ戦ったの」

「全く、手間のかかるガキだ」

ガキだと言われて、は苦笑した。



「そうだね、本当に厄介なガキだよ、ボクは・・・」

今まで、自分が楽しむことしか考えていなかった。

相手のために怒ることを、リヴァイは体を張って教えてくれたのだ。



「エレンもまた厄介だ、あいつは巨人になれる。しかも、いつでも自分で抑制できるわけじゃねえ」

制御できないと聞いて、に一抹の不安が宿った。

「もし、が暴れたら・・・殺すの」

「そうなるだろうな」

容赦ない言葉に、は反射的に拳を握りしめてる。



「そうなったら、殺そうとする人をボクが殺す。。

・・・なんて言ったら、また兵長さんと戦うことになるんだろうな」

一緒に居たからわかる、リヴァイは仲間思いで、優しい面がある事を。

他の班員に報復しようとしても、返り討ちにあうだろう。



「自分を抑えられないのはボクも同じ。もし我を忘れたら、殺していいよ、兵長さん」

今だって自分を抑制できず、こうして対峙した。

エレンに命の危機が迫り、もし、怒りで我を忘れてしまったら。

そのときは、殺される覚悟をしておかなければならない。

それが、人の世界で生きるということだとわかっていた。

それに、リヴァイが自分の大切な相手を守るために戦うのなら、手をかけられてもいいと思った。



「馬鹿が、そうならねえように躾けてやってんだろうが」

は、少し口角を緩めて俯く。

その表情には、自分が矯正できるだろうかという不安感と、構ってくれる喜びが入り混じっていた。



「もう戻るぞ、エレンとハンジを二人にさせておくと何かと危ねえ」

「・・・うん、そうだね、解剖されかねないもんね」

は、リヴァイの少し後ろに並んでついて行った。









―後書き―

読んでいただきありがとうございました!

やっといちゃつきが本格的になってまいりました。

このまま最終イベントに向けて一直線です。