進撃の巨人9





エレンが調査兵団に入団してから、は機嫌が良かった。

どこへ行くにも隣にいて、しきりに会話を交わす。

まるで、一人で暮らしていた時の時間を生めるように。



「それにしても、エレンが巨人になれるなんで驚いたな。どうやってるの」

「まだ自由自在ってわけにはいかないけど、手を噛み切って血を流すとなれるんだ」

「へえ・・・ボクもエレンも、人の道から外れた者同士だね」

見た目は人間だが、中身は普通ではない。

人から恐れられ、軽蔑される。

お互いはその辛さを知り、共感し合っていた。

そんなエレンに対して、は特に興味を持っていることがあった。



「エレン、久々に会ったんだし、折角だから一緒に寝ようよ」

「え、で、でも、オレは地下室で寝ることになってるんだ。・・・それでもいいなら」

了承の言葉に、は怪しげな笑みを浮かべた。





仲良さそうに話す二人を、ハンジとリヴァイが観察する。

「すっかりエレンにべったりだね。もうあなたの教育は必要ないかな」

「どうだかな、アイツはまだ特定の奴としか話そうとしねえ。それに・・・」

リヴァイは何かを言いかけて言葉を止める。

ここから先のことは、ハンジに話すとろくなことにならないと察知していた。









その日の夜、は地下室を訪れていた。

中は薄ぼんやりと暗く、ひんやりとしている。



「こんな所に、一人で寝るんだ・・・」

物音一つしない隔離された空間で、は眉をひそめる。

「決まりだから仕方ない。でも、今日はがいるから心強いよ」

嬉しい言葉をかけられ、は照れくさそうに笑った。



「・・・ねえ、エレン、ちょっとしてみたいことがあるんだけど、聞いてくれる?」

「何だ?」

「君の血を舐めたい」

驚きが言葉にできなくて、エレンは沈黙する。



「巨人の血って、人より温かいんだ。だから、エレンのはどうなのかって知りたくなった。。

切り刻むわけじゃなくて、少し切るだけだから安心して」

エレンは、すぐに首を縦には振れなかった。

切られることが嫌なわけではなく、もし自分が巨人と同じだと言われたら、立ち直れない気がした。



「・・・駄目かな。もし、エレンので満足できたら、兵長さんに手間かけずにすむと思ったんだけど」

「兵長のって・・・切ったこと、あるのか」

「うん、ボクが血を浴びてるのを見かねて、自分で手を噛み切ったんだ。。

それで、舐めたら少し満たされたから」

人の血で満足することも衝撃的だったが、それ以上にリヴァイが自分の血を与えたことが意外だった。

きっと、人として足りない部分があるを、調教しようとしているのだと気付く。





「・・・いいよ、オレの血、飲んでみればいい」

「いいの」

ここで断れば、はリヴァイのところへ行き、もっと頼る様になる。

そうなると、友人を取られてしまうようで、嫌だった。



「じゃあ、とりあえず座ろうよ」

二人は、部屋にぽつりと置かれているベッドに腰を下ろす。

「どこがいいだろう。戦闘に支障が出なくて、目立たないところ・・・」

「こ、ここでいいんじゃないか、制服には襟がついてるし」

エレンは服をはだけさせ、自分の首元を出した。



「そうだね、じゃあそこにする」

はふいに立ち上がり、エレンの正面に回って膝の上に座りなおした。

急に距離が近くなり、エレンはどぎまぎする。

そんなエレンをよそに、は平然とし、爪先に意識を集中させる。

そして、指先を硬化させ、首をさっと切った。



「っ・・・」

皮膚が一線に割け、じんわりと血がにじむ。

はすぐに身を近付け、傷口へ舌を触れさせた。

「う・・・」

傷に触れられずきりと痛み、エレンは顔をしかめる。

そこを広げようと力を込められると、さらに痛みが強くなった。



同時に、柔らかなものに弄られる感触も覚え、思わず身を引く。

すると、肩を掴まれて、求めるように引き寄せられた。

舌が動かされると、痛みだけではないものを感じてしまう。

それが嫌ではなくて、エレンは抵抗できなかった。





が一旦離れ、エレンを見詰める。

そうやって直視されたエレンは、またどぎまぎとしていた。

「あんまり温かくない、兵長さんと同じ人の血みたい」

は身を翻し、隣に座る。

自分には人の血が通っていた事に、エレンはほっとした。



「エレン、今、熱い?」

「えい、いや、そんなでもない」

「そっか・・・ボクは、同じことされたとき変な感じがして、熱くなった。。

これって、おかしいのかな」

「え、な、いや、それは・・・」

純粋な好奇心からの質問に動揺し、うまく言葉が出てこない。

その反応がじれったかったのか、は横からエレンの肩を掴み、耳へ舌を触れさせた。



「ひっ」

まるで犬が飼い主にじゃれつくように、ひたすら弄る。

そこに色気も何もあったものではないが、エレンは確実に感じているものがあった。

たまらず、を押し返す。



「こ、こういうこと、友達にしちゃ駄目だ」

「どうしてここは寒いから、温めてあげようと思って。兵長さんは、こういう風にしてた」

またリヴァイの名が出て、何てことを教えているんだと心の中でつっこむ。

それよりも、がうまく言いくるめられて、色々な事をされたと思うと嫉妬していた。





「・・・なあ、

は、エレンの雰囲気が変わったことを察知する。

そのとたん、さっき自分がしたように肩を掴まれ、耳に触れられていた。

「ん・・・っ」

耳が湿り、とたんに不可思議な感覚を覚える。

エレンは不慣れでおずおずとしていたが、行為は止めなかった。



耳朶を食むと、の肩がわずかに反応する。

いつの間にか俯きがちになり、頬を染めていた。

その様子を見て、エレンが口を離す。



「嫌、だろこんなことされて・・・」

「恥ずかしいけど・・・嫌じゃないよ、エレンだから」

瞬間、エレンの心臓が強く鳴った。

本当は、嫌悪感を与えることで、友人にさせることは止めさせるつもりだった。

の行為が嫌だったわけではないが、そうしておかないと、他の友人ができたときに同じことをしてしまう。

けれど、逆効果だった。



「そういうことされると、寒気がするのに熱くなって、何だか変な感じがする・・・。

変なのに、嫌じゃないんだ。どういうことなんだろ・・・」

は本気で悩んでいるのか、表情が暗い。

今まで、異性はもちろん人と接する機会も少なかったのだ、知らなくとも無理はない。

感じているものがどういうことなのか、できるなら教えたかった。

だが、どうやって伝えたらいいのかわからず、エレンは閉口するしかなかった。





「・・・もう寝よっか、考えてると眠れなくなりそうだよ」

は足を投げ出し、ベッドに横になる。

何も言えそうにないので、エレンも隣に寝転んだ。

「・・・エレン、もし、またボクが丸くなってて、触りたいって思ったら・・・。

別に、そうしてもいいから」

恥ずかしかったのか、はそっぽを向いて言う。

さっき、エレンに触れられた時から胸の中がもやついていて、なぜだか、触れられてもいいという気分だった。



「わ、わかった」

エレンの返事はぎこちなく、すぐに相手を包み込む度量はなかった。

お休みも言わぬまま、沈黙が流れる。

の胸中にはまだくすぶっているものがあって、中々睡魔がやってこない。

温かければ自然と寝つけるだろうかと、エレンの方を向いて背を丸める。

起きていると知られたら露骨に求めているように思われるので、寝たふりをしておいた。



すぐ近くにがきて、エレンは思わず手を伸ばす。

まるで、甘えられているような感じがして、背へ手を添えずにはいられなかった。

すると、も、相手を引き寄せるように、はたまたすがるようにエレンに腕を回した。



「リ、、起きてるのか」

は何も答えず、エレンの首元に顔を埋めていた。

呼吸する度に息がかかり、緊張する。

だが、本能が勝手に体を動かしたように、を抱き寄せていた。

体が密着し、鼓動が伝わる。

こうなっては、自分がのことをただの友人として見ているのか。

それとも、それ以上の関係だと感じているのかわからなくなっていた。









エレンに抱きしめられていたときは、よく眠れた。

けれど、目が覚めてももやついたものは変わらないままだった。

むしろ、それは何らかの欲求となってをいらつかせる。

そんなとき、幸いにも壁外調査へ行くことになった。



とにかく、巨人を殺せば幾分か気が晴れるだろう。

エレンは宿舎で待機することになり、はリヴァイと共に外へ出る。

その直前、思いがけないことを言われた。



、今回は他の班へ行け。たまには他の奴等とも協力してみろ」

とたんに、は不満の色を露わにする。

けれど、戦力が分散した方が効率的なのは確かで、自分には協調性が必要だと自覚していたので渋々従った。

馬を走らせ、こっそりと他の班へ合流する。

集団に向かって挨拶する勇気はなく、影を薄くしていた。

慣れない集団の中にいるだけでも、居心地が悪い。



だが、巨人を発見すると、全員の意識がそこへ集中し、楽になった。

は馬を乗り捨て、班員と共に巨人へ向かって行って、切り付けた。

とたんに、返り血を浴びる。

そのとき感じた熱に、自分の凶暴な部分が反応した。





昨日から続いている不満を解消したい。

巨人を切り刻み、熱を感じさせてほしい。

今まで、リヴァイに言われて制御されていたはずの衝動がよみがえってくる。



効率性なんて、協調性なんて関係ない。

ただ、自分の欲望のために殺戮したい。

は、そんな殺戮衝動を制御することはできなかった。



立体起動装置を使うことも忘れ、巨人めがけて飛ぶ。

いつもなら、うなじを切り取って終わるはず。

だが、は刃を巨人目に刺し、それをえぐり出していた。

巨人の絶叫が響き、班員が注目する。

そして、刃に刺さっている巨大な目玉を見て、言葉を無くしていた。

は巨人の頭の上に乗り、目を真っ二つに切って踏み潰す。

グロテスクな光景に、班員はたまらず目を逸らした。



悲鳴を聞きつけ、巨人が続々と姿を表す。

に掴みかかろうとするが、伸ばした指先は素早く切り取られる。

一瞬の出来事に巨人が怯んで退こうとする。

が、その前に腹が切り裂かれていた。



胃袋が破れ、未消化の亡骸が地面へ落ちてゆく。

はそれを見て、一時の間制止する。

だが、巨人に踏み潰されそうになったので身をかわし、足首を切って転倒させた。

起き上がらない内に、身動きがとれなくなるよう四肢を切断する。

とたんに辺りは血の海になり、蒸気に包まれた。



その中で、は笑う。

狂気の笑顔に、班員は巨人に対峙した時以上の恐怖を感じ、急いでその場を離れていた。

立ち去った班員を気に留めることなく、はひたすら巨人をいたぶり続ける。

特に腹部を集中して狙い、胃袋の中身を撒き散らす。

だが、いくら切っても不可解な欲求は満たされない。

は、体の内から湧き上がるような熱さを、ひたすらに求めていた。









帰還の合図が鳴り、兵が内地へ戻ってゆく。

そこに、の姿はなかった。

「オイ、お前等はどうした」

合流したはずの班員を、リヴァイは咎めるように問う。



「へ、兵長・・・も、申し訳ありません、置き去りにしてきてしまいました・・・」

「テメェ、自分の仲間を見捨てて来たのか」

リヴァイの目が厳しくなり、相手は身をすくめる。

「あ、あの、とても楽しそうに笑っていたので、邪魔をしては悪いと・・・」

楽しそうにしていたという言葉に、胸騒ぎを覚える。

リヴァイは馬を走らせ、誰が止める間もなく再び壁外へ出ていた。









風邪に乗って、濃い血の匂いが漂ってくる。

そこを目指して走ると、血だまりの中でが佇んでいるのが見えた。





リヴァイが呼びかけると、は、ゆっくりと振り返った。

いつかのように、全身を真っ赤に染めた姿で。

リヴァイは馬から降り、を見据える。

残忍な本性を、飼い慣らすことはできなかった。



危険因子は、今、殺すべきだろうか。

殺意を察知したのか、の表情が歪んだ。



「満たされないんだ。いくら血を浴びて、蒸気に包まれても。・・・ボクを殺す」

リヴァイは無言で、に近付く。

そのとき、周囲の異変に気付いた。

巨人に食われた人の亡骸が、やけに散乱している。

普通なら、一緒に蒸発して消えてしまう。

なので、これはわざわざ腹部を切り裂かなければ取り出せないはずだった。



「何で、胃袋を裂いてから殺した。無駄な手間かけて、これも遊びの一貫か」

は、力無く首を横に振った。

「・・・巨人の糧になるわけでもなく、ただ殺されていった人達を、外に出したかった。。

・・・かわいそうだと、思ったから」

かわいそうだと、そんな言葉にリヴァイは耳を疑った。

今の今まで人に何ら感心を持たなかったが、同情している。

ただ本能のままに殺戮していたわけではない。

悪戯に人を食った巨人への怒りが、確かにあった。

それだけでなく、相手を慈しむ感情がには生まれているのだ。



リヴァイから、殺意が消える。

の目の前まで来ると、血にまみれた手を取った。

「帰って来い」

は繋がれた手をおずおずと握り返し、涙目になって頷いた。









―後書き―

読んでいただきありがとうございました。

エレンとのいちゃつき回でした。そしてリヴァイへの懐き度が上昇中です。

もう話も後半なので、エスカレートしかしません!。