士官兵の偏愛10


足首の痛みは中々取れず、訓練に出られない日々が続く。
書物を読むことはできるので、勉学の授業に遅れることはなかったが、演習はどんどん進んでしまっていた。
もはや、ここを卒業し、兵になることは無理かもしれないと不安になる。
少佐からとある提案を投げかけられたのは、そんなときだった。

「お前、参謀になる気はないか」
「参謀・・・と、言うと、戦術を練り、兵の動きを決める役割ですよね」
「そうだ。恐らく、演習の遅れはもう取り戻せんからな」
だから、少佐は別の道を示してくれてた。
だが、参謀というのは楽になれる役職ではない。
戦術を決める役目は、謝った判断をすれば兵の命を奪ってしまう。
そんな責任ある役割には、並大抵の学で就けるものではなかった。

「ですが・・・専門的な学習をしていない生徒が、その道を選べるでしょうか。。
いくら、試験の結果が良いと言っても・・・」
兵士の勉強と、参謀の勉強はまるで物が違う。
士官学校の学習だけでは、不十分に違いなかった。
「ここにいては、まず無理な話だろうな。しかし、都市へ行けば養成学校がある」
都市と聞き、嫌な予感が脳裏をよぎる。

「お前が望むなら、転校手続きをしてやれる。。
ここへは滅多に戻ることはできなくなるが、土地に執着があるわけではないだろう」
「転校・・・ですか・・・」
都市へ行けば、参謀となる道を歩める。
正直、自分には兵になるよりそっちの方が向いていると思うし、専門的な学習に興味がある。
土地に執着があるわけではないし、友人がいるわけでもない。
しかし、すぐに返事はできなかった。
どうしても切り離しがたいものが、他にあった。


「僕が都市へ行ったら・・・もう、少佐に会えなくなるのですね」
「そうだな」
少佐の言葉は、何の感情も込められていないようにそっけなかった。
離れることを、惜しんではくれないのだろうか。
問うてみたかったが、返答が怖かった。
好かれていると、勝手に信じていたいから。

「俺は、お前には素質があると思っている。だから、こうして提案しているんだ」
素質があると言われ、先の不安なんて飛んで行ってしまいそうになる。
認められていることが嬉しかった。
それでも、やはり少佐に会えなくなることが気にかかって仕方がない。

「最後に一つ言っておく。俺を枷にするな。・・・よく、考えておけ」
そう言い残し、少佐は去って行った。
共に在り続けたいという理由で話を蹴るのは愚かなことだと、自分でもわかっている。

女々しくすがってはいけない。
それに、この先、自分が少佐の枷になることだってありえるのだ。
けれど、頭ではわかっていても、心が動いてくれない。
この地に留まっていれば、これからも会い続けることができるという淡い期待を抱いてしまう。
自分が少佐にどう思われているかはわからないのに。

命令を下す脳と、それを決断する心が統制されていない。
決心が遅くなればなる程、学ぶ時間は少なくなってゆく。
これはどんな問題よりも、難しいものだった。




数日後、ようやく足の痛みが引き、自分で歩けるようになった。
そのときはもう、自分の行く先を決断していた。
答えを告げるべく、少佐の部屋へ向かう。
取っ手を掴む手が、わずかに震えたが、一度、深呼吸をしてから扉を押した。

「失礼します」
机に向かっていた少佐が、来訪者の方を向く。
躊躇いがちに閉じようとする口を無理矢理開き、迷いが生じない内に言った。
「僕、都市へ行きます。転校手続きをしていただけませんか」
一気に言い、緊張を吐き出すよう溜息をついた。
もう、撤回はできない。

「わかった。一週間以内には受け入れ態勢が整うことだろう。これに署名しろ」
一枚の紙と、筆を手渡される。
細かなことは読み取れなかったが、手続きのための書類だということはわかった。
書名をしようと筆を取ったが、手が震える。
将来を考え、自分を納得させたはずなのに、まだ躊躇っているのか。
そんな躊躇を消すよう、手に力を込めて名を書いた。
書類を差し出すと、少佐は顔色一つ変えずに受け取った。


「よし。これから、専門教育を受ける前の予習が必要になる」
「あ・・・それも、そうですね」
途中から入学するのだから、知識が何もないままでは追いつけなくなる。
それでは、元も子もなくなってしまうのも同じだった。

「今日から手続きが済むまで、入念に教えてやる。。
睡眠時間も惜しくなることを覚悟しておけ」
「・・・もしかして、つきっきりでご教授していただけるのですか」
入念にという言葉に、かすかな願望を抱いて尋ねてみる。
「そうだ。俺の授業は中佐に任せてある。。
集中を欠くものを排他するため、外泊の部屋を用意すると、大佐の言伝もある」
その瞬間、願望が現実に変わり、内心歓喜せずにはいられなかった。

「今から行くぞ。ここの教科書は、もう必要ない」
「・・・はい!」
声が、自然と覇気を帯びる。
もう、少しの間しかないけれど、少佐と共に居ることができる、教えを受けることができる。
しかも、共に外泊できるなんて思ってもいないことで。
眠る時間が惜しくなるのは、間違いなかった。




それから、猛勉強が始まった。
参謀になるための専門的な内容は、中佐の試験の方が易しいものに思えてくるほどで。
聞き慣れない用語が多く、覚えるのは簡単なことではなかった。
そして、ここまで高度なことを教えることができる少佐を、改めて尊敬していた。

暫くは勉強に明け暮れ、とある欲求を感じる暇などなかった。
だが、手配が終わり、明日転校だという連絡がとうとう来てしまい。
追い詰められた欲求が、とたんに湧き上がって来ていた。


連絡が来た日の朝と昼は、相変わらずの猛勉強が行われた。
しかし、疲れを残さぬよう、夜だけは自由時間が設けられた。
「高度な内容によく付いてきた。今夜は、ゆっくり休め。。
・・・それとも、何か、望むものがあるか」
「・・・いいのですか」
最後の手向けとして言ってくれたのだろう。
そんな言葉をかけられたら、欲せずにはいられなくなってしまう。
それならば、これが最後となるかもしれないのなら。
もはや、理性を捨ててしまいたかった。

「・・・あの、窮屈になるかもしれないのですが。
・・・また、一緒に入浴していただけませんか」
風呂場では、何も身につけない。
そのときが、最も少佐に触れられる。
思いが強くなっている今なら、以前より幸福感を覚えるに違いなかった。

「・・・わかった。ただし、お前は学生で、まだ成人していない。そのことを忘れるなよ」
少佐は、相手がどんな想いを抱いているかを知っている。
だから、警告しているのだ。
行きすぎた行為はするな、と。

「はい。少佐がそう仰るのなら、自粛します」
いくら自分の欲求を自覚していても、少佐が拒むことはしたくない。
残念ながら、理性を捨てるのはまだ早そうだった。




風呂がわいたとき、少佐はいつかのように「先に入っていろ」と言った。
二人用に作られていない脱衣所は狭いので、そう言ったのだろう。
衣服を脱ぎ、先に浴室へ入る。
そして、湯浴びをしてから浴槽に身を沈め、少し緊張しつつ少佐を待った。

ほどなくして、扉の向こうで人の気配がした。
心臓が高鳴る。
以前は、自分の思いを計りかねていたが、今は違う。
それだからか、緊張感は余計に強まっていった。

扉が開き、いよいよ少佐が入って来る。
理性がいきなり吹き飛ばないよう、視線をずらそうとした。
だが、やはり本能の方が勝ってしまい、ほどよく引き締まっている体に目をやらずにはいられなくなる。
少佐が浴槽に入り、目の前に来たときには、もう視線が逸らせなかった。

「少佐・・・ありがとうございます」
まずは、我儘を聞いてくれたことに感謝する。
少佐は、「ああ」と答え、押し黙った。

浴室に、沈黙が流れる。
時間がないのに、少佐の姿を目の当たりにすると落ち着かなくて、言葉が出てこない。
しかし、何も無理に話す必要はなかった。
今の自分には、会話よりも望むことがあるのだから。


「・・・少佐、触れてもいいですか」
大胆なことでも、恐れ多いことでも、もはや遠慮はしていられなかった。
「・・・ああ」
承諾をもらうと、すぐに少佐との距離を詰める。
そして、何にも覆われていないその体に、強く抱きついた。
すると、背に腕がまわされるのを感じた。
とたんに、幸福感が胸の内の溢れてくる。
触れ合せている肌の感触に、安心感を覚えずにはいられない。
けれど、幸せで胸が一杯になり、余計に何も言えなくなってしまった。

「言い残したことがあれば、後で電報でも送ればいい。お前は、会話よりその方が得意だろう」
「あ・・・ありがとうございます」
少佐に諭され気が緩み、甘えるように首元に擦り寄る。
約束なので、これ以上のことはしない。
一時でも油断すると本能に負けてしまいそうだったが、嫌われたくはないという一心が理性を保たせていた。


「・・・そろそろ、体を洗いたいんだが」
「あ、は、はい」
お互い腕を解き、浴槽から出る。
長く入っていたせいか、かなり体が温まっていた。
少佐は風呂場に取り付けられている椅子に座り、布に石鹸をつける。
「あ、あの・・・僕、背中、お流しします」
ぼんやりと眺めているのはもったいなくて、つい申し出る。

「ああ、頼む」
布を手綿され、少佐の背後に膝立ちになる。
そして、最初はおとなしく背中を洗っていた。
だけど、気付けば、さりげなく肌に触れてしまっていた。
皮膚が固い背も、泡のせいかずいぶんと滑らかに感じられる。

「あの・・・腕も、洗います」
どんなに念入りに洗っても、それ程時間がかかるわけではない。
それだからか、布を返すのが勿体なく思えて、つい言っていた。
布をひったくられるかと思ったが、少佐は好きにしろと言うように動かなかった。
遠慮せずに右腕を取り、布で擦ってゆく。
贅肉がほとんど付いていない、細くとも力強さが感じられる腕をじっと見ていると、衝動が湧き上がってきてしまう。
だめだと思っていても、左腕を洗い終わった頃、おさまりがつかなくなってしまった。

「・・・少佐っ」
布を放り出し、背後から抱きつく。
固い胸部に腕をまわし、縋りついていた。
身の危険を感じたのか、少佐の体が一瞬だけ強張った。

「・・・ここで、それ以上のことをすれば、俺はすぐに出て行くからな」
「わかっています、わかっていますから・・・だから・・・・・・少しだけ・・・」
泡がつくのも構わず、体を密着させる。
そして、ほんの少しだけ、少佐のうなじを軽く舐めた。

「っ・・・」
腕の中の体が再び強張った瞬間、さっと身を離した。
もう、この場では何もしないという意思が伝わったのか、罵声が飛んでくることはなかった。




それからは、本当に特別なことはせずに浴室を出た。
明日に備えて早く休めと言われ、布団を敷く。
表向きでは大人しくしていたが、腹の内では最後の最後にある企てを抱いていた。

自ら進んで二組の布団を敷き、少佐を寝室に呼ぶ。
それらは隙間なく付けられていたが、少佐は何も言わずに横になった。
これが一組しかなかったら、警戒されていたかもしれないが、今は無防備でいる。
機会は、今しかなかった。

部屋の電気を消し、忍び寄る。
向かったのは空いている布団ではなく、少佐が寝ている方だった。
人の気配を感じたのか、閉じていた目が開かれる。
そのとき、警戒されない内に掛け布団を払いのけ、上から覆い被さるように抱きついていた。


「・・・早く寝ろと、言ったはずだが」
「すみません・・・でも、ここはもう浴室ではありませんよね」
それ以上のことをするなと言われたのは、風呂場でのこと。
そこを出てきた今、勝手をしていいという言い分は屁理屈でしかないとわかっている。
子供の様なことを言うなと呆れられたとしても、この機会を逃したくはなかった。

「安心して下さい。自分の立場を忘れたわけではありません。。
自粛すべきところは、わかっています」
行きすぎたことをしてしまったら、都市へ行ってから電報を書いたとしても無視されかねない。
信頼を損なわないためにも、学生と言う立場を忘れるなと言う警告は守るつもりでいた。

少佐は、迷うように視線を逸らす。
だが、何かを言われない内に、許しも得ず少佐の口を塞いでいた。
目を閉じ、重ね合わせたものの感触を鮮明に感じ取る。
以前と比べて気持ちが大胆になっているせいか、相手に苦痛を感じさせない程度に深く重ねていた。
いつまでもこうしていたいと思う程、その感触は魅惑的なものだったが、息が詰まる前には身を離していた。

瞼を開き、少佐を見る。
恐らく、視線は逸らされたままだろうと思ったが、違った。
少佐は、上を見上げ、自分の眼前にいる者を諦視していた。

「あ・・・」
これ程真っ直ぐに見られていることが意外で、動揺してしまう。
けれど、そんな動揺はすぐに消え去った。
許可を取らずに、こんな大それたことをしても咎められない。
その視線は、今の行為だけではなく、この関係も許してくれたのだと感じることができたから。
それは、ただの勘違いかもしれなかったが、今だけは都合の良いように信じていたかった。


一旦体を起こし、少佐の上に馬乗りになり、手を取った。
美しいと感じずにはいられないこの手に、堂々と触れられる喜びをかみしめる。
「少佐の手・・・やはり、綺麗です」
右手をそっと量の掌で包み込み、呟く。
「それは・・・褒め言葉ではないぞ」
女性のようなこの手を、少佐は嫌っている。
それでも、賛辞の言葉を投げかけずにはいられなかった。

「わかっています。でも・・・本当に、そう思うんです」
そっと、手の甲に唇を落とす。
滑らかな肌の感触に加え、かすかに石鹸の良い香りがして、魅了されてしまう。
もっと滑らかなものを感じたくて、少しだけ舌を這わせる。

「っ・・・」
恥ずかしい行為に、掴んでいる手がぴくりと反応する。
さらに大胆なことをしたら、どうなるのだろう。
ふと思ってしまったそんなことを、抑える余裕はなかった。

這わしているものは、だんだんと指先の方へ移ってゆく。
そして、それが先端に到達したとき、長く、しなやかな指を口の中へ含んでいた。
「お、おい・・・っ」
薄暗くて顔がよく見えなくとも、動揺は十分に感じ取れる。
最初は控えめに、先端部分だけを含み、軽く弄る。
緊張しているのか、指の筋肉は強張っているようだった。
それでも、皮膚の柔さは変わらなくて、だんだんとそれを口内へ引き入れてゆく。
最後にはとうとう根元まで引き入れ、執拗に舌を絡ませ、愛撫した。

「ぁ、っ・・・」
少佐からか細い声が発され、驚く。
それは、今まで一度も聞いたことのないような声で、聞いた瞬間、昂揚していた。
「少佐・・・っ」
指を解放し、再び少佐に覆い被さる。
そして、昂揚感に身を任せ、声を発した箇所へ重ね合わせた。

眼前で、少佐が目を閉じる。
相手を受け入れるような姿勢を見せられると、収まりがつかなくなる。
軽い口付けだけでは、欲求を抑えきれない。
まるで本能だけが働いているかのように、さっき指を弄っていた舌が再び動き始める。
それは、熱を帯びた呼気を感じるその中へ、差し入れられていった。

「っ、んん・・・」
予想だにしていなかったことをされたからか、少佐がわずかに呻く。
そんな呻きも、気分を昂らせる要因となった。
少佐の口内へ進めたものが、迷わず舌を触れ合わせ、絡め取る。
防衛本能が働いたのか、肩を掴まれた。
けれど、その手には相手を押し返す力は込められてはいなかった。

開いている口の隙間から吐息が漏れ、お互いが絡まり合っている音が聞こえてくる。
伝わる心音も、熱も、強い感情を呼び起こしてしまうほど熱く、早かった。
これ以上自分を少佐の中に留めていると、きっと約束を違えることになる。
理性が完全に崩壊する前に絡まりを解き、体を起した。
そして、少佐の隣に寝転び、横から肩に腕を回し、身を寄せた。

「少佐・・・愛しています。誰よりも、お慕いしています・・・」
その囁きに対する返事はなかった。
だが、呼気が落ち着いてきた頃、ふいに肩に温もりを感じた。
恋慕の言葉への答えはなくとも、まわされた腕の温かさを感じられれば、それで充分だった。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!。
次で、やっとこさクライマックスです。
指を口に含むシーンは・・・自分でもお気に入りです←。