士官兵の偏愛3


今日は、週に一度の安息日。
多くの生徒は、厳しい訓練や勉学のストレスを発散させに行こうと町へ出かけていた。
一方、少年は静かになった構内でゆっくり本を読みたいと思っていたが。
少佐に睨まれるとそうも言えなくなり、しぶしぶ外へ出ていた。

気の進まぬまま外出したものの、温かな日差しはそう悪いものではなく、風も爽やかだった。
ちらほらと見覚えのある顔をみかけるが、話しかけるつもりは毛頭ない。
だらだらとうろついていると、人気のない場所に木陰を見つけた。
これは良い場所だと思い、そこへ座って読書にふける。
そうして、門限が近付くぎりぎりの時間まで、一人でいた。


数時間後、思う存分書物を読み、満足して学校に戻る。
そして、構内に入るや否や、少佐が近付いて来た。
一人で帰ってきたことを咎めるような、厳しい目付きで。

「どうだ、初めての休日は楽しめたか」
「はい、外での読書が、あんなに快適なものだとは・・・」
言葉を言い終える前に鋭い視線が突き刺さり、口をつぐんだ。
正直に話してしまい、しまったと思ったがもう遅い。

「来い。今直ぐ、素振り百回だ」
「・・・はい」
拒否権はなく、少佐について行くしかなかった。


「九十八・・・九十九・・・・・・ひ、百・・・」
素振りを終えた後は、腹筋のときほどではないが疲れ、肩で息をしていた。
掌が痺れ、感覚がほとんどなくなっている。
腕を下げて一息つくと、訓練中でもないのに少佐が革手袋を付けていることに気付いた。
温かい気候の中、防寒用というわけではなさそうだ。

「その手袋、いつも付けているのですか?」
「ああ、自室に居るとき以外は、どんなに暑かろうが外さん」
おそらく、女性のような手をひやかされないようにするためだろう。


「お前は、よほどこの手が気になるようだな」
「はい。綺麗ですから」
少佐の問いに、即答していた。
無駄に真面目で嘘がつけない性は、恥ずかしいことでも言ってしまう。
たとえ、それが少佐に歓迎されない言葉だとわかっていても。

「お前は・・・もういい、帰って寝ろ」
少佐は足早に、演習室から出て行こうとする。
「ま、待って下さい。あと一つだけ、聞かせていただけませんか」
少佐は足を止め、こちらに向き直る。

「・・・どうして、友人を作ることを強要するのですか」
二度も理不尽な罰を受け、黙っていられず問うた。
「来週には、試験がある。その結果が張り出される前に、盾になるような奴を見つけておけ。。
友情など、仮初めでも構わん」
少佐は踵を返し、部屋を出て行った。
不十分な説明に、もどかしさを感じずにはいられなくなる。
友情は形だけのものでもいいから、盾を作れとは、どういうことなのか。
しかし、何を言われようとも、一人で居ることの気楽さを投げうつ気にはなれないだろうと自覚していた。




それから、人間関係には何の変化もないまま一週間が過ぎた。
会話をしたのは少佐とだけで、自室でしか手を見ることができないと知ってからは、頻繁に部屋を訪れていた。
授業の内容を理解し終えたら次々と頁を進め、質問をしに行く。
少佐は多少眉を潜めることはあったが、勉強熱心な生徒を無下に追い払いはしなかった。
勉学を教授してもらうだけではなく、少佐の手を見られることも喜ばしいことだった。

そんな生徒が試験で一位を取るのは、自然なことだった。
結果が張り出され、最も上に位置する名は嫌でも目立つ。
この時までに盾を作っておけと言われたが、未だにそんな相手はいない。
そして、数日後、少佐の言葉の意味を痛感することになった。


最初は、ささいなことから始まった。
いつの間にか筆が何本かなくなっていたり、墨がなくなっていたりすることがあった。
そのとき、どこかに置き忘れたのだろうと、さして気にとめなかったが。
ある日、教科書が一冊なくなっていた。
いくら何でも、分厚く目立つ本をうっかり置き忘れはしない。
どこに行ったのだろうと疑問に思っていたとき、見付けた。
手洗い場に、水で湿った教科書が置き去りにされているのを。

恐る恐る手を伸ばし、頁をめくってみる。
中に事細かに書き込みがされているその本は、間違いなく自分のものだった。
手洗い場に本を放置する馬鹿はいない。
これは、明らかに何者かの手で、意図的に為されたことだった。

幸いにも、表紙が厚いおかげで中味は無事だった。
しかし、向けられた悪意は、これだけでは終わらなかった。




数日後、今度は寝具が湿っていた。
触れると、嫌な冷たさを感じる。
そのとき、周囲の生徒が自分を好奇の目で見ていることに気付いた。
どんな反応をするのか、楽しみにしているような視線。
そこには、悪意も含まれているに違いなかった。

全ての教科書を鞄に詰め、無表情で部屋を出る。
好機と悪意の視線に、耐えられなかった。


向かった先は、いつも時間を潰している人通りの少ない道。
重たい鞄を落とし、壁にもたれて膝を抱え込む。
今になってようやく、少佐がしつこく友人を作れと言っていた意味がわかった。
秀でた者は、目をつけられる。
そして、その者が孤立していれば、悪意をぶつけやすくなる。
人と関わらなかったことで、逆に目立ってしまうなんて思わなかった。
今日は、ここで眠ることになるだろうと覚悟し、膝に顔を埋めた。


「言ったはずだ、盾を作っておけと」
頭上から聞こえてきた声に、顔を上げる。
「少佐・・・」
少佐の顔を見た瞬間、自分が情けなくなって仕方がなくなった。
再三、忠告をしてくれていたのに、人付き合いなんて面倒だから無視し続けていた。
少佐は、自業自得のこの結果を、せせら笑っていることだろう。

「水攻めでもされたか。昔から、変わらん手口だ」
何も言えず、俯く。
そうしたとたん、急に腕を掴まれ、強く引かれた。
思わず立ち上がり、少佐を見上げる。

「来い」
一言だけ告げられ、腕を引かれる。
驚きつつも振り払うことはせず、すかさず鞄を掴み、少佐について行った。




腕を引かれたまま、もはや見慣れた部屋に通される。
「荷物を置いて、適当に座れ」
「は、はい」
重量感のある鞄を置き、定位置の椅子に座る。
向き合った瞬間、少佐は溜息をついた。

「お前に一人でも気の合う仲間さえいれば、状況は変わっていただろうな」
ばつが悪くて、思わず俯きがちになる。
忠告を無視した自分が愚かしくて、何より少佐に呆れられたことがショックでならなかった。

「こうなった以上、俺が肩入れをして止めることはできない。わかっているな」
「・・・はい」
一人の生徒を堂々と庇ってしまっては、えこひいきと見なされ、悪意は嫉妬となり激しさを増すだろう。
それに、少佐も上官から注意を受けかねない。
それ以前に、この結果は孤独を望んだゆえのことなのだから、全ての責任は自分にあるに違いなかった。


「・・・申し訳ありませんでした。少佐が警告してくださっていたのに、僕は、それを無視し続けました。。
・・・全て、自業自得です」
自分自身への憤りを抑えるよう、両手を強く握り締める。
見放されても仕方がないと、覚悟していた。
「今日は、ここで寝ろ。俺は、椅子で眠るのに慣れている」
思わぬ救いの言葉に、驚く。

「いいのですか。僕は・・・」
「公に相手を罰することはできん。だが、質問をしに来た生徒と論議が白熱し、就寝時刻を過ぎても罰則規定はない。。
これは、勉学の一環と見なされるからな」
そんな優しげな言葉をかけられるとは思わず、感謝の念を抱かずにはいられなかった。

「質問があれば、来ればいい。優秀な生徒を輩出するのは、俺の義務だ」
それは、ここへ来ることに遠慮はいらないと、そう諭されているようだった。
なぜ、こんな生徒に情けをかけてくれるのだろうかと思ったが。
今は、何の疑いもなく、その言葉に縋りたかった。

「ありがとうございます、少佐・・・でも、それなら僕が椅子で眠るべきです」
「疲れを明日に残すな、滅入っていたらつけ込まれる。。
俺は、もう寝るからな」
少佐は電気を消し、早々に椅子に座って目を閉じた。

「・・・ありがとう、ございます」
もう一度礼をし、遠慮がちに布団へ横になった。
最初は申し訳なくて、委縮してしまっていたが。
目を閉じると、不思議と心地良くなっていった。
意識せずとも、安心しているのだろう。
少佐の部屋で眠りにつくのに、そう時間はかからなかった。




―後書き―。
読んでいただきありがとうございました!。
陰湿な場面は、さっと流す感じにしました。。
モチベーションが続いている内にいちゃつかせたいもので←。