士官兵の偏愛6


翌日、寝坊するどころか、目が冴えてやけに早く起きてしまった。
町で会うと約束した時間には、だいぶ早い。
それ以前に、まだ門すら開いていない。
どうせなら身だしなみを徹底的に整えて行こうと、いつもより念入りに髪を整え、服を正す。
待ち合わせの時間までがとても長く感じて、妙に落ち着かなかった。




そして、指定時間の十分前に町へ辿り着く。
緊張気味に辺りを見回すと、すでに少佐がいた。
私服を着ているので雰囲気が違ったが、見間違えることはなかった。


「少佐、お待たせしてしまい、申し訳ありません」
駆け寄って声をかけると、少佐はちらと周囲を見た。
「お前は、どこか行きたい所があるのか」
「行きたい場所・・・」
町に詳しいわけではないので、困惑する。
だが、町以外ならば、少佐を連れて行きたい所があった。

「町外れになるのですが、静かな場所があります。そこへ行きましょう」
そう言って、珍しく自分が先導して歩く。
けれど、解放的な周囲の雰囲気が、緊張感を緩和してくれるようだった。
こんなことを思っては、無礼なのかもしれないが。
腕を引かれて追随するより、この状況の方が楽しいと、そう感じていた。


着いた場所は、以前に来たひっそりとした木陰。
周囲に娯楽施設があるわけではないが、むしろ何もないところが気に入っていた。
「お前は、人気のない場所を探し当てる才能でもあるのか」
少佐は、少し呆れたように言う。
「自然と足が向くんです。静かで、良い場所ですよ」
木を背にして、腰を下ろす。
すると、少佐も近くに座ってくれた。

温かな気候と、涼しげな風が心地いい。
今日は、勉学のことを忘れ、少佐と一時を過ごしていられる。
じっと黙っているのは勿体ないと、話題を探した。
「・・・そういえば、中佐の試験で満点を取った方は、今は位に就いているのですか?」
試験が全てというわけではないが、最難関の科目で首位になれば、一目置かれることだろう。
そんな優等生が、どんな道を選んだのか気になった。

「ああ、そいつの位は少佐だ。若くして位を得たもんだから、上官からひがまれている。。
今は士官学校で、手のかかる生徒を見ているな」
その説明は、まるで少佐自身のことを言っているようだった。
「・・・その方って・・・もしかして、少佐・・・ですか?」
恐る恐る尋ねたが、少佐は何も答えない。
この話に触れてはいけなかったかと、他の話題を探す。

「そ、そういえば・・・少佐は、なぜ、僕の無礼を許容してくださるのですか?」
話題性に富んでいるわけではないので、質問事項ばかりになってしまう。
けれど、滅多にないこの機会に、勉学以外のことを聞いておきたかった。
どうして、一生徒が恐れ多くも上官に慣れ慣れしく触れることを許してくれるのかと。

質問したが、返答は返って来ない。
答えを考えているのだろうか、それとも答える気がないのだろうか。
「僕が・・・優等生だからですか?」
返答を求めるように、尋ねかける。
その問いが切欠となったかのように、少佐が口を開いた。


「お前が、俺と同じだったからだ」
「え?」
どこに共通点があるのかわからず、疑問符が浮かぶ。

「勉学に秀でているが、人間関係は希薄。首位になれば、嫌でも目をつけられやすい。。
俺は、今居る士官学校の卒業生なんだよ」
「少佐が、同じ・・・」
直接的な言葉でなくとも、真意はすぐに読み取れた。
いつだって、優秀な生徒は目をつけられ、悪意を向けられる。
それが、孤立していたならば尚更だ。

少佐が椅子で眠ることに慣れているのは、同じ水攻めに遭ったから。
再三警告してくれた理由は、自分と同じ境遇になるであろう者をわかっていたからだ。
自信があり、時たま罵声を響かせる少佐からは、想像できない過去を聞き。
親近感がわいたのは、この瞬間だった。

「そうだったんですか、少佐も・・・」
思い出したくもない過去を告げるのは、良いものではない。
意図的でないとはいえ、嫌な話を引き出させてしまった。
それでも、答えてくれたことが嬉しかった。
言い辛いことを告げてくれたとき、少し、打ち解け会えたと感じたから。


「あの、少佐・・・もう少し、そっちに行ってもいいですか」
返ってくる返事はなかった。
しかし、それは否定ではなく肯定の意だと、何となくだがわかるようになっていた。
座る位置をずらし、少佐と肩を並べる。
厳密に言えば、身長差があるので、同じ高さというわけではない。
その身長差を利用して、少佐の肩に頭を乗せた。

少佐の傍に来たとたん、自然と、こうしたいと思った。
やはり、甘えて、縋りたい気持ちがあるのだろう。
そうして、言葉を交わさずとも、時間が過ぎて行く。
このままでいてもよかったが、また、無礼なことをしたいと思ってしまう。
少佐に接していると、たまに自分が大胆になるのが不思議だった。

「もう少し・・・近付いてもいいですか」
やはり、返答はない。
相手がどこまでするのか、興味深く思っているのか。
それとも、自分と同じ境遇の者に情けをかけてくれているのだろうか。
けれど、拒否されないのであれば、理由など何でもよかった。


「・・・失礼します」
一応、非礼を詫びてから行動に移す。
座っている少佐の上に乗り上げ、大胆にも首元に身を寄せた。
重なる体から、いつかのようにお互いの息遣いを感じる。
まるで、共鳴しているようで、やはり安心した。

「少佐・・・手を、握っていただけませんか」
調子に乗ってしまい、少佐の手に触れる。
もはや、自重を忘れていた。
「・・・それは、できん」
「・・・そうですか」
断られ、気落ちしなかったと言えば嘘になる。
やはり、生徒と上官の関係が気にかかっているのだろう。
けれど、この状況を拒まれないだけでも充分だった。

手袋に包まれた少佐の手を、軽く握る。
少し視線を上げると、すぐ傍に真っ直ぐ前を向いている顔がある。
自分は、こんなにも少佐の近くに居るのだと改めて自覚した瞬間、衝動が湧き上がって来ていた。
それは、失礼極まりないことだとわかっている。
それでも、一旦感じた衝動はそう簡単に抑えつけられるものではなかった。

首元から顔を上げ、少佐を見る。
視線は、前を向いたままだ。
それを機に、少佐がこっちを見ない内に。
頬へそっと唇を寄せ、触れさせていた。

一瞬、胸部から感じていた音が驚いたように強くなる。
しかし、それはすぐに平静なものに戻っていた。
手に引けを取らないほど、滑らかな頬の感触。
それを感じると、自分の心音も強くなってゆく。
これはまるで、想っている相手にするようなことだった。

触れたとたん、少佐に強く肩を押される。
離れろと言っているのだとすぐにわかり、大人しくそこから退いた。
流石に自重しろと、そう注意されるかと思ったけれど、理由は他にあった。


「ねー、もう疲れたし、ここらで休もうよ」
「そうだな、静かで落ち着けそうな場所だし」
ふいに、男女の声が聞こえてきた。
少佐は、今の状況を誰かに見られることを懸念して、とっさに跳ね退けたのだ。
拒まれたわけではないとわかり、ほっと胸を撫で下ろした。

それにしても、自分は本当に自重していないことをしていたとつくづく思う。
唇を寄せるなど、普通なら、無礼だと罵声を浴びせられてもおかしくはないのに。
今までは、手に触れるだけでも充分幸せだった。
なのに、だんだんと欲求が強まってきている。
そんなことをしてしまう自分の意図がわからなくなる。
ただ、安心感を得たいという理由だけではないような、そんな気がしていた。


「そろそろ、帰るか」
「あ・・・そうですね」
本当は、門限ぎりぎりまで共に居たかったが、人が来てしまっては触れることができない。
また、そんなことを考えてしまう自分をどこかおかしいと思いつつも、少佐と共に大人しく構内に帰った。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!。
ここからもう、主人公ともども自重しませんので、背後にご注意を←。