士官兵の偏愛7


最近、学校生活はいたって平和に過ごせていた。
試験はあるが、中佐の試験に比べれば難易度は低く、苦戦させられるものではない。
最難関の試験で首位を取ったにも関わらず、水攻めもない日常が続いていた。
それでも、少佐の部屋へは毎日のように訪れる。
構内であっても、勉学のことばかりではなく、少しずつ日常的な会話もするようになっていた。

「少佐、最近、もう水攻めをされなくなったんです。。
また目立ってしまったので、警戒していたのですが・・・」
「ああ、お前はどうあがいても敵わない相手だと見なされたんだろう。。
中佐の試験で、二位の奴とはかなりの点差が開いていたからな」
嫌がらせをしても点数を落とさずに、それどころか最難関の試験で最高点を取った。
それは、もう何をしても引き摺り下ろすことはできない相手なのだと悟ったのかもしれない。
それほど過大評価してくれることは光栄だったが、少佐の部屋に泊まれなくなったことは少し残念だった。

「あの、それで・・・今日も、いいですか・・・?」
遠慮がちに問いかける。
その内容は、今となっては言わずともわかることだった。
沈黙が、了承の返事の代わりだということも。

少佐が何も言わないので、近付き、手を重ねる。
部屋に来たときは、こうしてどこかに触れることが日課になっていた。
「・・・前々から聞きたかったんだけどな、お前は、俺に兄の面影でも見ているのか」
「兄の面影?」
突然の質問に、思わず聞き返す。
生憎だが、生まれてこのかたずっと一人っ子だ。

「違うのか」
「はい。僕に、兄はいませんから」
「なら、なぜ、お前は俺に触れたがる?」
今更ながらの問いかけに、目を丸くした。
なぜ、こうして触れたいと思うのか。
あまり深く考えたことはなかったが、ただ、少佐の傍へ行くと、そんな欲求を自然と感じて。
許してくれることに甘んじて、恐縮しながらも触れていた。

「俺は、上官として勉学を教授することはできるが、人の心理はよくわからん。。
お前が何を考えているのか、興味がある」
触れる時、何を感じているのか。
安心して、幸福感を覚えて、そして、その他に何を感じているだろうと考える。

「僕は・・・」
呟くが、続きの言葉が出てこない。
この前の休日に、共に木陰で過ごし、失礼にも頬へ触れたとき。
何か、特別なものを感じるときはあった。
しかし、それがどのような感情を示すのか明確にできない。
もしかしたら、それは上官に対して抱くことは間違っているものなのかもしれない。
有耶無耶なものを明確にする方法はあるにはあるが、それはとても度胸のいることだった。


「・・・僕にも、はっきりとはわかりません。。
ただ、少佐の傍に居ると・・・衝動が湧き上がってくるんです。それで・・・」
その衝動の原動力も、また言い表すことができない。
教科書の範囲外とはいえ、不明なことがあるのはもどかしかった。
「そうか。流石のお前でも、わからんか」
落胆させてしまったかと思うと、心苦しくなる。
そうなると、期待に応えたくなって、つい口を開いてしまった。

「判明させる方法が・・・あるには、あります」
「ほう。どんな方法か、言ってみろ」
軽率に開いた自分の口を噛んでやりたいと思う。
その方法は、自粛や自重とは程遠いものだというのに。
しかし、今更撤回することはできなかった。

「非常に、申し上げにくいことなのですが・・・一緒に・・・・・・。
一緒に、入浴していただければ・・・わかるかと・・・」
何てことを要求しているんだろうかと自覚し、語気が委縮する。
そんなことできるはずないだろうと、拒否されるに違いなかった。

「わかった。そんな簡単なことで判明するのなら、それでいい」
「え、い・・・いいのですか」
意外すぎる答えに、しどろもどろになる。

「夜、少し遅くなるが、構わまんか」
「あ、は、はい。何時でも」
まさか、これ程あっさりと了承してもらえるとは露ほどにも思っていなかった。
しかし、同時にどこかで歓喜している自分がいた。
一方で、本当にいいのだろうかと問いかけてもいたけれど。
もはや、撤回する気など微塵もなかった。




そして、夜になり、遅くなるから先に入っていろと言われ、大浴場の浴槽に浸かっていた。
普段の入浴時間からはかなりずれているからか、貸し切り状態だった。
もうすぐ少佐が入ってくるとわかっていると、一人きりの空間なのにやたらと緊張する。
少佐が入って来て、その姿を目の当たりにしたら、自分の抱いているものが湧き上がるのか。
それとも、平静でいてくれるのか。
恐らく、そのときの結果で、わかる。
抑制が振り切られるのか、押し留めることができるのか。

ほどなくして、とうとう扉の開く音がし、少佐が入って来た。
湯浴びをする音がし、水を踏む音が近付いて来る。
音が近くなる度に、心音が呼応して高鳴るようだった。

「待たせたな。それで、風呂に入るだけでわかるのか?」
隣からした声の方へ、顔を向ける。
そこには、何も纏っていない姿の少佐がいた。
浴場で何も身につけないというのは、当たり前のこと。
なのに、一目見た瞬間、硬直してしまった。

無駄な贅肉など付いていない、引き締まった体と、触れずとも、しなやかだとわかる素肌に見とれる。
手を見ただけでも美しいと感じる相手から目が離せなくなるのは、当然のことだった。


「ああ・・・」
感嘆の声を漏らさずにはいられなくなる。
異性として見ているわけではない。
でも、本当に美しいと感じる。
そんな相手が、自分の隣に座っている。
少し手を伸ばせば届くほど、近い距離に。

「どうした。これで、理由が判明するんじゃなかったのか」
今はまだ、答える余裕がない。
その声さえ、とても響きの良いものに聞こえる。
目が離せない、瞬きする間さえ惜しい。

「・・・のぼせでもしたか」
手が、額に伸ばされる。
自分の額が、少佐の掌に覆われた瞬間、初めて感じた。
理性が浸食され、埋もれてしまう瞬間を。


「少佐・・・!」
額の手を退け、一気に距離を詰める。
そして、非礼など忘れて、抱きついていた。

「お、おい・・・」
今までは恐る恐るされていたことを、何も言わずに成されて驚いたのか、わずかに動揺が見えた。
肌が重なり合い、いつもより早い心音を感じる。
のぼせているわけではない、もっと、他の要因がある。
働かなくなった理性は意味を持たず、行動に歯止めがかからない。
気付けば、本能だけが体を動かしていて、目の前にあった首筋へ唇を合わせていた。

とたんに、少佐の肩がびくりと震える。
相手が驚いているのがわかったが、滑らかな肌を感じると、いよいよ歯止めが利かなくなった。
「少佐・・・」
何度も、何度も首筋へ唇を落とす。
その位置は、だんだんと上へ上って行った。


「ちょっと・・・待て・・・っ」
制止の言葉をかけられ、何とか動きを止める。
少しだけ身を離して、少佐を見ると、動揺を隠し切れておらず、頬が、わずかに紅潮していた。
そんな変化を目の当たりにした瞬間、言葉が関を切ったように溢れ出す。
たとえ、それが相手を困惑させるだけの台詞でも。

「僕・・・僕、少佐のことが、好きです」
もう、ごまかすことはできない。
ここで少佐を見たときから、想いは強くなっていった。
抱いてはいけない感情を、自覚してしまった。
止めようがない、強い感情を。

「・・・それほど生徒に慕われたのは、初めてだ」
少佐の声が、平静なものに戻る。
人の心理がわからないというのは、本当らしい。
今、告げた言葉は、少佐が思っているほど純粋な尊敬の念ではない。

「違うんです、僕が少佐に抱いているものは・・・本来ならば、異性に向けられるべきものなんです!」
「な・・・」
平静な表情が、驚愕に変わる。
少佐が絶句するのも無理はない。
教え子に、しかも同姓の相手に、こんなことを言われるとは想像もしていなかったことだろう。
自分自身も、こんな告白をしてしまうとは思っていなかった。
だが、実際、こうして告げてしまっていた。
本能とは恐ろしく、理性とはとても重要なものなのだとつくづく感じた。

目が泳いでいる少佐に、今一度抱きつく。
お互いの温度が、先程より熱く感じられる。
「少佐に触れていると・・・抑制が利かなくなるんです。。
理性が働かなくなる程の強い感情に捕らわれてしまって、それで気付いたんです。僕は、少佐のことを・・・」
「ち、ちょっと、待て」
言葉を言い終わらない内に、肩を押されて引き離される。

「お、俺は・・・・・・・・・俺は、もう上がる」
少佐はさっと背を向け、引き止める間もなく出て行ってしまった。
できることなら、少佐の言葉を聞きたかった。
とんでもないことを告げられ、どう感じたのかを。
けれど、狼狽のあまり何も言えなくなるのももっともだった。
自分でさえ、衝動的なものに突き動かされたことに驚いているのだから。

これで、扱いにくい生徒となってしまっただろう。
この先、どんな態度を取られてしまうのか、不安に思うところはある。
だが、同時に淡い期待を抱いてしまう自分もいることは確かだった。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!。
無理矢理風呂場イベントを入れた感じがしなくもないですが・・・展開が思いつかなかったんですorz。
でも、やはり、風呂場は距離を縮めるのにうってつけですね!。