士官兵の偏愛8


少佐にとんでもない告白した、翌日の夜。
躊躇いつつも、いつものように、部屋を訪れていた。
扉を軽く叩き、相手が居るかを確認したけれど、今日は入室を許可する声が返ってこなかった。
何か特別な用事が入り、外出しているのだろうか。
試しに、扉の取手を掴み、押してみる。
すると、意外なことにすんなりと開くことができた。

「少佐、失礼します・・・」
勝手に入ってしまったことを詫びるよう、控えめに呼びかける。
しかし、それでも返答がなかった。
それもそのはずで、少佐は椅子に座ったまま目を閉じていた。
就寝時間前に少佐が居眠りをしているなんて、今までにないことだった。

机の上には、本が散らばっている。
それらは、『恋愛心理学』『恋愛感情の理論』などという、偏った趣旨ものばかりだった。
器用にも本を持ったまま眠っており、その題名は『同性愛と異性愛』と、いうものだった。
人の心理がわからないから、徹底的に書物を読み、学ぼうとしている。
昨日の出来事を意識してくれているのは、嬉しかった。

けれど、自分が抱いているものは、文字や言葉では明確に表せないような気がしていた。
足音を潜めて、少佐に近付く。
熟睡しているのか、すぐ傍まで接近しても起きる気配はない。
椅子で眠ることに慣れている少佐にとって、その体制は横になっているのと変わらないのかもしれない。


無防備にしている少佐を見ると、いつかのように衝動が湧き上がってくる。
手に触れたいという、ささやかなものではない。
もっと、別の場所へ触れてみたい。
普段なら、拒まれてしまいそうな箇所に。

目線の高さを合わせ、目と鼻の先まで顔を近付けても目覚めないことを確認する。
少佐の静かな息遣いを感じたとき、昨日のように理性が消えてゆく感覚がした。
ただでさえ近い距離を、さらに詰める。
そして、わずかな呼気を感じるその箇所を、そっと塞いでいた。

とても、柔らかな感触を感じる。
頬とは違う、特別な個所の感触。
そのときの自分は、紛れもない幸福感を覚えていた。
あまり長く重ねていては苦しませてしまうと、ものの数秒で身を離す。
流石に起きてしまうかと思ったが、目は閉じられたままだった。

よほど熱心に本を読み、疲弊したのだろうか。
大胆なことをしても、目を覚まさない。
さらに、滅多にない機会だということに、背を押された。

離れたはずの体が、再び近付いてゆく。
間近に迫ると、やはり、理性が働かなくなる。
気付けば、さっきと同じように、柔らかな個所を塞いでいた。
心地良くて、思わず目を閉じる。
そうすると、感触をより鮮明に感じてしまって、ほとんど無意識の内に、さっきより深く重ねていた。
一時の間、溢れる幸福感に陶酔する。
そのせいで、相手の目がいつの間にか薄らと開かれていることに気付かなかった。

満足して身を離したとき、誤魔化すにはもう遅かった。
至近距離で、お互いの視線が合致する。


「あ・・・」
はっとして、一歩退く。
少佐は、一瞬間を開けた後、勢いよく立ち上がった。
持っていた本が、音を立てて床に落ちる。

「お、お前・・・!」
自分が何をされたのか気付き覚醒したのか、少佐の両目は完全に見開かれていた。
「す、すみません、寝込みを襲うような真似をして・・・」
慌てて頭を下げるが、罵声は飛んでこなかった。
その代わり、顔を上げたときに見えたものは、頬を紅潮させ、動揺している姿だった。

「お前は・・・もう少し、自粛できる奴だと思っていたが」
咎めるような言葉も、強くはない。
先の行為は、よほど衝撃的だったのだろう。
「あの・・・本を、読んでおられたのですか」
ちら、と落ちた本に目をやる。
『異性愛と同性愛』というその題名が、最も気になるものだった。

「まあ・・・な。しかし、お前は少し・・・特殊なのだな。。
上官であり、同性である、俺・・・に・・・」
少佐の語気が、委縮するように小さくなってゆく。
普段とあまりにも違う様子に、また衝動が湧き上がってきそうになった。

「でも、いくら書物を読んでも、具体的なことはわからないと思います。。
僕自身・・・言葉で説明できないんです」
自分を抑制できなくなる瞬間はどんな感じがするのかと、問いかけても形容するのは難しかった。


「一つ聞くが・・・お前は、俺をどうしたいんだ」
「どう、したいのか・・・」
したいなんて、本来なら逆の立場にあるはずのことなのに。
恐れ多いと思うべきことなのだが、なぜか、気分が少し高揚していた。

「言ってしまっていいのですか、僕が・・・望んでいることを」
言葉と共に歩みを進め、一旦は離した距離を詰めて行く。
反射的な行動なのか、少佐はその分だけ退いた。
間を縮めると、それだけ開く。
けれど、いつまでも続くわけはなく、とうとう少佐の背が壁についた。
それでも構わず、近付いてゆく。

「お、おい・・・」
うろたえる少佐をよそに、身を寄せる。
伝わる心音が、以前よりも強い気がした。

「僕は・・・手や頬だけではなく、もっと少佐に触れたいと思っています。。
勿論、無理強いをするつもりはありません。本来なら、自粛すべきことですから」
生徒が教官にこんなことを求めるのは、図々しいにもほどがある。
けれど、欲を言うなら、また浴室へ行きたい。
そして、そこからどうするのかは、本能的なものが決めることだった。


「少佐・・・拒むのなら、今の内にそうして下さい。今ならまだ、抑圧できます」
少佐は視線を逸らし、どうすべきかと思案しているようだった。
一生徒の欲求を許容するか、跳ね退けるか。
しかし、焦っているこの状態では答が出ないのか、少佐は沈黙したままだった。

だから、自粛しなかった。
少佐の後頭部に手を伸ばし、少し下を向いてもらう。
そうしても、肩を押されて拒まれない。
この状況で、もはや抑制することはできなくて。
わずかに背を伸ばし、少佐と、唇を重ねていた。

「っ・・・」
目を閉じているので、相手がどんな表情をしているかはわからない。
けれど、胸部から伝わる鼓動の音は、確かに反応を示していた。
こうして触れ合せていると、心地良さと共に安心感を覚える。
相手が、自分の存在を許容してくれていると、そう感じることができるからかもしれない。

腕を解き、少佐を解放する。
流石に照れて、頬に熱が上がった。
「・・・もう、就寝時間だろう」
「あ・・・はい、失礼します」
そろそろ帰れと遠回しに諭され、名残惜しくも少佐から離れる。
そして、一礼をしてから部屋を出た。




集団がいる部屋へ戻り、湿ってはいない布団に横になる。
そんなとき、少佐と共に眠ることができたらどんなにいいだろうかと思う。
けれど、そんな迷惑になることは言えなかった。
もし、この関係が発覚してしまったら、少佐が白い目で見られかねない。

それでも、そんな抑圧もどこまで続くかはわからない。
自分の欲求は、日に日に増してゆくのがわかっていたから 。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!。
年下攻めが、やっと本格的になってきました。
ここから、どんどん接近させていく予定ですー。