ペルソナ4 足立の誕生日

(足立の誕生日は2月10日で、ゲーム的にはもうクライマックスなんですが・・・
時期的には、10月あたりをイメージしています そして、ペルソナ4の重大なネタバレを含んでいますのでご注意を!)



それは、堂島さんのひょんな提案から始まった

「僕の、お祝い?」
「ああ、お前のことだから一人寂しく過ごしてるんじゃないかと思ってな」


堂島さんのひょんな提案とは、僕の誕生会をする、というものだった
もうすぐ、この町に終わりが来ることも知らずにお気楽なものだ
けれど、もうすぐ終わるのならば、そんな余興につきあってみるのもいいかもしれない
それに、堂島さんの甥っ子は何かと油断できない人物だ
誕生日会という口実で少しでも情報を集めておくのは損にはならない
だから、僕はできるだけにこやかな表情で返事をした

「いいんですか!うわー、誕生日を祝ってもらうなんて、何年振りだろ。
それじゃあ、お言葉に甘えてお邪魔してもいいですか?」

「ああ。明日、遅刻するんじゃねえぞ」
僕は作り笑いで、堂島さんに会釈をした





そして、次の日
僕は祝ってもらうべく、堂島さんの家を訪れた
玄関の前に立ち、チャイムを押す
もう準備は万端だったのか、一回チャイムを押しただけですぐに戸が開いた

「足立さん、いらっしゃい!」
出迎えてくれたのは、女の子の声だった

「今日は、奈々子ちゃん」
僕はまた作り笑いで、堂島さんの娘さんに微笑みかけた
何も知らない、無垢な女の子
いずれ、この笑顔も消えゆくことになるだろう
けれど、自分に向けられているこの無垢な笑顔は、嫌いではなかった

「足立さん、はやくはやく」
奈々子ちゃんが部屋へ手招きし、僕はそれについて行く
そして、部屋に入った瞬間、クラッカーのパンという軽い音が立て続けに二回聞こえた


「足立さん、誕生日おめでとうございます」
堂島さんの甥っ子が、これまたにこやかな笑顔で言った
その正面には、テーブルを挟んで堂島さんが座っている
部屋に入った僕を見る目には、いつもの厳しさはない

「ほら、突っ立ってないで早く座れ」
堂島さんにせかされ、奈々子ちゃんにも手招きされ、僕は甥っ子の隣に座った
正面からのほうが観察しやすいと思ったのだが、堂島さんの隣には先に奈々子ちゃんが座っていたので諦めた


「うわー、すごいじゃないですか!これ、僕のために用意してくれたんですか!?」
僕は少々大げさなリアクションで、驚きを表す
テーブルの上には、普通の夕食と言うには豪華な食事が並んでいた

「これ、みーんなお兄ちゃんがつくったんだよ!」
「これ、全部?」
今度は、本当に驚いた
四人分の量に加え、明らかに手の込んだこれらの料理を一人で作った甥っ子に


「へー、凄いなぁ、たいしたもんだよ」
あまり心のこもっていない、社交儀礼的な褒め言葉を交わす
甥っ子はその褒め言葉を真に受け取ったのか、嬉しそうに微笑んだ

こうして温厚ななりをしているが、この甥っ子は最も油断ならない存在だ
勉強、運動、料理、そして広い交友関係
言わば、何でもできる万能人間といったところだろう
しかし、いずれ、そんな温厚な表情は崩れることになる

タイムリミットは後二カ月
その間に、この甥っ子がどこまで辿り着くのか
僕はまるでゲームを楽しむような感覚で、現状を諦観していた


「どうぞ、冷めないうちに食べてください」
「いやー、なんか悪いなあ。それじゃあ遠慮なく」
僕は嬉しそうな顔をつくり、料理に手を付けた




料理は、いつも食べているキャベツ料理とはレベルが違った
最近は食事のたびに最低一品はキャベツを食卓に出していたからか、キャベツのない夕食は新鮮な感じがした
だが、その一方で、どこか物足りなさも覚えていた
それでも、美味なことには変わりなかったので、僕は箸を止めることがなかった
自分の味覚には嘘はつけなかったが、周囲の人々はいくらでも偽ることができる
食事の合間にも、僕は建て前の言葉を巧みに使って演技をし続けた






そして、夕食も終わりに近付いたころ
ふいに甥っ子と奈々子ちゃんが立ち上がり、台所へ移動していった
なぜ台所へ行ったのかはだいたい予想はついていたが、僕は何も気付いていないふりをしておいた

「奈々子、一人で持てるか?」
「うん、だいじょうぶだよー」
堂島さんも気になるのか、台所の方に視線をやっていた




台所から奈々子ちゃんが持ってきたのは、丸い誕生日ケーキだった
落とさないように両手でしっかりと皿を持ち、僕の傍へやって来る

「足立さん、誕生日おめでとう!」
満面の笑みで、奈々子ちゃんはケーキの皿を僕に差し出した

「うわぁ、これ、僕のために?」
僕は皿を受け取り、テーブルの上に乗せる

「うん、奈々子もかざりつけてつだったんだよ」
白いホイップクリームの上には、かわいらしい砂糖菓子や定番のイチゴが乗っている
堂島さんは僕の反応を気にかけているのか、じっとこっちを見ていたので、最上のつくり笑いで答えた

「すごいなー。ありがとう、奈々子ちゃん」
僕の反応が嬉しかったのか、奈々子ちゃんも嬉しそうに笑った
甥っ子も堂島さんも、そんな笑顔を見て頬笑みを浮かべている
もうすぐ、そんな幸せそうな表情ができなくなるとも知らずに―――






甘いものは別腹、という言葉は本当らしく、ケーキは四人できれいに平らげた
そろそろこの余興も終わりかと思ったとき、堂島さんが僕に紙袋を差し出した
僕は一瞬呆けてしまったが、すぐにそれが何なのか予測がついた

「堂島さん、それ、もしかして」
「ああ、俺だけ何もしないっていうのは、きまりが悪いからな」
僕は差し出された袋を受け取り、中身を取りだした


「・・・ハハ・・・」
思わず、素直な空笑いが顔に出た
中身はネクタイといった、またもや定番のものだった
だが、空笑いの原因はそのデザインにあった
目に痛い色を中心とした下地に、刺々しいサボテンの柄が一面にプリントされている

「お前はまだ若いから、そういう華やかなやつがいいかと思ってな」
何かの冗談ではないらしく、堂島さんは真面目な表情で言った
甥っ子はそれを見て、何とも言えないような表情をしている
これは、仕事場にはもちろん、プラーベートでも付けたくはない
正直言ってダサいネクタイだったが、僕は空気を読んで
「ありがとうございます、面白いデザインですね」と笑って答えた
その笑みは、ネクタイを貰ったありがたさからではなく、堂島さんのセンスに対してのものだったが

「俺からも、これ、どうぞ」
今度は甥っ子が、紙袋を僕に差し出す
受け取った紙袋は、ずしりと重たかった
そのずしりとした重さは、僕がしょっちゅう感じている重量感だった
まさかと思いつつ、袋の中を覗き込む

「足立さんと言ったら、やっぱりこれかなと思って」
甥っ子は、悪気もなく笑っている
紙袋の中身は、いつも顔を合わせている緑色のあいつ
それは、誕生日に贈る物としては少々意外なものだった


「数あるキャベツの中から、一番良いやつを選んできたんです」
確かに、一応贈り物として選んだのか、重さだけではなく葉のつやが良い
買い物客にまぎれてキャベツを一個一個見定めている姿を想像すると、なぜか笑えた

「ありがとう。これで明日の食事は決まりだな」
これを貰わなくてもキャベツが食卓に並ぶことには変わりなかった
だが、僕は嬉しそうな表情を心がけてお礼を言った



「それじゃあ、お祝いの品も貰ったことだし、僕はそろそろ帰りますね」
僕は二つの紙袋を持って、玄関口へ向かった

「あっ。足立さん、まってまって」
奈々子ちゃんに呼び止められ、僕は振り向いた
「足立さん、これ、奈々子からのプレゼント」
差し出されたのは、小さな兎のあみぐるみだった

「これ、もしかして奈々子ちゃんが作ったの?」
「うん、寛治お兄ちゃんに教えてもらったの」

翼寛治―――あの裁縫好きに習ったとはいえ、この年であみぐるみを作るのは簡単なことではないと思う
それに、これだけかわいらしいのだから、自分で持っていてもいいのに

それを、自分の父親の部下だという人のために?
たいして交流もないはずの相手に?
この町を、終わらせようとしている相手に捧げるのか―――?


「・・・ありがとう、奈々子ちゃん」
僕はしゃがんで、あみぐるみを受け取った

「よかったな、足立さん喜んでくれて」
僕は甥っ子のその言葉を聞いた瞬間、疑問詞が脳裏に浮かんだ
僕は、まだ作り笑いをしていない
なのに、なぜ甥っ子は僕が喜んでいるだなんて言ったのだろうか


そこで、僕は自覚した
自分の頬が、本当に無意識の内に緩んでいることに
意識せずに笑みを浮かべるなんて、滅多にないことだ
それが、なぜこのタイミングで表情に表れてしまっているのだろうか


僕は、喜んでいる?
純粋無垢なこの子からの贈り物に―――


「足立さん?」
傍から聞こえた声に、僕ははっとした
自覚のなかった自分の反応に動揺し、しばし硬直してしまっていたらしい
たかがあみぐるみ一つで、無意識の内に微笑んでいた自分に驚いていた
僕は動揺を悟られないうちに立ち上がり、今度こそ玄関口へ足を進めた

「今日は僕のために、ありがとうございました。むちゃくちゃ嬉しかったですよー」
一日でこんなに作り笑いをする日はなかなかないと思いつつ、最後の笑みを見せた

「来年も、お祝いしようね!」
奈々子ちゃんの言葉に僕は無言で手を振り、外へ出た






「来年・・・ね」

一人になった僕は、苦笑しつつ呟いた
来年なんて来ない
もうすぐ、僕が終わらせるのだから
クズ共が寄り集まったこの世界を

そして・・・このあみぐるみの贈り主も

帰り道の途中で、ふいに空を見上げる
闇夜には、半月が浮かんでいる
あと何回、満月を見ることができるだろうか
罪悪感も、虚しさも、微塵も感じてはいない
月を見上げる瞳にあるのは、先を見据える冷淡だけだった―――




―後書き―
なしえさんハッピーバースデイ!
そして読んでいただきありがとうございました!
友人の誕生日に献上させていただいた小説でした
初めて黒足立の主観で書いてみましたのですが・・・イメージ崩してしまったらすみませんorz