召喚魔の思慕と誘惑1


「主、今日は登校日でしょう、起きて下さい」
黒服の青年が、ベッドで眠っている少年に声をかける。
主と呼ばれた相手は一瞬薄目を開いたが、頭上に見える相手を確認すると、嫌そうに横向きになった。

「・・・今日は国立記念日で休みだ」
「貴方の中ではいくつ国ができているんですか。そんな姿を主の母が見たら、情けないと思われますよ」
「ぐ・・・相変わらずうるさいやつだ、わかったよ」
祐樹はしぶしぶ体を起こし、のろのろとベッドから下りた。

「ぼんやりしている暇はないと思いますが」
「寝起きはぼんやりしてるもんなんだ!」
いらつきを含ませて強く言葉を投げかけると、祐樹はしぶしぶ顔を洗いに行った。
一人暮らしをするにあたって、母親から人型の召喚魔を譲り受けたのはよかった。
けれど、これほど口うるさい相手だとは予想外で。
役に立つことは立つけれど、それ以上に小言が多くてまいってしまう。
望んでやまないのは、主が何をしても意見をせず、ただ言う事を従順に聞く召喚魔だった。


冷たい水で目を覚まし、部屋へ戻る。
時計を見ると、もう家を出なければならない時間だった。
あんな場所へ急いで行く気にはなれず、気が萎える。
「何か食べて行った方がいいですよ」
黒服の青年が諭すが、祐樹は鼻で笑った。
「明光、オレは学校に行くとは言ってないぞ。。
今から朝食を準備すれば遅刻だし、それくらいなら大人しく休む」
まるで小学生のような我儘を言う主人に、明光はあからさまに溜息をついた。

「全く、貴方と言う人は・・・なら、どこへ行くのですか」
「ああ、今日は火属性のいる洞窟へ行く」
洞窟へ行くとなると、急に祐樹の声の調子が良くなる。
とたんに活動的になり、適当に朝食を済ませて小脇に分厚い本を抱えた。


外へ出ると、10分もしないうちに岩場へ着く。
火属性の妖魔が多いからか、気温は平地よりもやや熱かった。
すでに洞窟は見えており、祐樹は明光と共にそこを目指す。

「主、少し待って下さい」
祐樹の歩みを止め、明光が腰元の刀に手をかけて先を歩く。
足音をひそめてじりじりと岩場へ近づくと、陰から2体の巨大な火球が飛び出してきた。
ただの火の玉ではなく、中央に青い炎がちらついており、まるで目のように見える。
それは、意思を持って明光へ突進した。

明光は大きく跳躍し、単調な突進を難なくかわす。
そして、刀を抜き、落下の勢いをそのままに二つの火球を薙ぎ払った。
結構な傷を負ったのか、炎が散り、目のような炎が消えかかる。
火球の動きが止まると、すぐに祐樹が歩み寄った。
「この様子だと雑魚っぽいけど、まあいい」
祐樹は本を開き、白紙のページをまだ燃えている火球に押し付ける。
すると、火炎が瞬く間に赤いガラス玉に代わり、本の中へ吸収された。

「やっぱり大したことない奴だな。大物はこの中か」
何も書かれていなかったはずのページには、さっきの火球の姿が映されている。
その下に特徴が書かれていたが、祐樹は特に目を通さず本を閉じた。
人型の召喚魔を手に入れられた今、無機物の姿をした下級魔には興味がない。
明光を先に洞窟へ入らせると、祐樹も続いた。


中は熱がこもっていて蒸し暑く、汗がにじむ。
道はいくつも分かれているが、大半はすでに探索済みで、明光は真ん中の道を進む。
たまに火球が飛び出してきたが、明光は慣れた手つきで薙ぎ払っていった。

途中で喉の渇きを覚え、祐樹が魔導書を開く。
水色のページを開いて手を当てると、そこは水たまりのように波打った。
本へ顔を近づけ一口水を飲み、再び手を当てると本は元に戻る。
魔導書は結構万能で、使用者が望めば召喚以外にも使用できるが。
祐樹は明光を召喚しているので、他の力はほとんど使えないでいた。

進んでも出て来るのは雑魚ばかりで、祐樹は飽き飽きしてきてくる。
けれど、開けた場所に出たところで、どこからか唸り声が聞こえてきた。

「主、下がってください」
祐樹が一歩下がり、明光は先へ進む。
すると、大型犬が吠えたような野太い声がし、妖魔が姿を現した。
一見ライオンのように見える獣は、たてがみが赤く、いかにも火属性だとわかる。
今までの雑魚とは違うようで、明光はなかなか妖魔を弱らせられなかった。
力を温存しているのか、刀の光もやや弱い。

「明光、何してんだ!さっさと終わらせろ!」
しびれを切らしたように祐樹が言うと、妖魔の矛先が向く。
口から火炎が吹かれ、祐樹は慌てて岩影に隠れた。
炎は、じりじりと岩の表面を溶かしていく。
熱気が伝わり、祐樹の額に汗がにじんだ。


危機感を覚えたとき、ふいに炎の熱が消える。
岩から顔を覗かせて様子を伺うと、妖魔の炎は明光の刀に引き寄せられていた。
炎がおさまると、その刀は真っ赤に染まる。
妖魔は再び火を吐いたが、明火の一凪ぎで掻き消され、赤い刃がたてがみを切り裂いた。

苦しげな声を発し、妖魔が倒れる。
それを確認すると、祐樹は岩影から飛び出し、魔導書を横たわる体に押し付けた。
赤い光が放たれ、妖魔は本の中に納められる。
ページにその姿が映されたのを確認すると、祐樹は一息ついた。

「なかなか苦戦してたな、お前の力はそんなに弱かったか」
いやみったらしく言ったが、明光は顔色一つ変えない。
「私が力を使いすぎると、主はまた明日も起きられないでしょう」
「よ、余計なお世話だ!さっさと帰るぞ」
召喚魔の力は主人の精神力に比例し、明光が力を使えば祐樹も疲労する。
そうやって起きれなくなってまた学校を休むことになったら、むしろ都合がいいと思っていたが。
そんな心境を見透かしたように言われたのが、気に食わなかった。




祐樹は不機嫌のまま、明光と共に帰路を辿る。
額ににじむ汗は、熱さのせいだけではなかった。
家に帰ると、祐樹はベッドに座って溜息をつく。
蒸し暑い場所で疲弊していたが、明光は涼しい顔をしている。
妖魔なのだから人と違って当たり前でも、やはり気に食わなかった。

「明光、こっちへ来い」
祐樹が呼びつけると、明光は隣に座る。
「お前はいつだって冷淡な表情をしているな。その手も、同じように冷たいのか」
平然としている表情を崩してやろうかと、ふいに明光の手を取った。
やはり、人の体温よりはやや冷えている。
同じように汗をかけばいいと両手で挟み込んだが、明光は無反応だった。

「・・・シャワーを浴びてきたらどうですか、汗ばんだ手は相手を不快にさせますよ」
挟まれているのは嫌だと諭され、祐樹は無礼にいらつきつつ手を離した。
「小うるさい奴め・・・わかったよ」
汗をかいたままでいるのは自分も不快だったので、不服だけれど言うとおりに浴室へ向かう。
シャワーだけで済まそうかと思いきや、湯船には湯が張られていた。
労を労うというよりは、疲労を回復させて朝早く起こすためだろう。
祐樹は少し迷ったけれど、勿体なさが先行して、汗を流してから浴槽に浸かった。


疲れていたからか長風呂になってしまい、体がのぼせる。
これでは明光の思う壺になるけれど、涼むついでに夜更かしすればいい。
楽な服に着替えて部屋に戻ると、明光は椅子に座って書籍を読んでいた。
「難しい本ですね」
「まあな、お前の頭じゃついていかないか」
長髪に乗ることもなく、明光は本を閉じて棚に戻す。
その本を、今度は祐樹が取り出して開き直した。

「読書は良いですが、集中しすぎると寝つきが悪くなりますよ」
「のぼせたから、涼むついでだ」
祐樹は適当な言い訳をして、椅子に座る。
どこから復習しようかと目次を見ていると、明光が隣に立った。


「湯冷ましなら、すぐにできます」
「は?何を・・・」
何をする気かと尋ねようとしたとき、祐樹のうなじに明光の掌が添えられた。
「ひっ!」
あまりの温度差に、祐樹は奇妙な声を上げた。
背筋に寒気が走り、とっさに明光の手を払い除ける。

「な、何するんだ!」
「これで冷えたでしょう。早く寝て下さい」
主に対してあるまじき行いをしておきながら、明光はしれっと言う。
「いや、まだ復習があって・・・」
「まだ暑いのでしたら、いくらでも触りますが」
真面目な顔でにじり寄ってきたので、祐樹は後ずさる。
明光は一切冗談が言えない性格で、このままでは全身を冷やされる。
再び手を伸ばしてきたとき、祐樹はとっさに叫んだ。

「明光、戻れ!」
一言そう言った瞬間、明光の姿がふっと消える。
そして、魔導本にその存在の全てが納まっていた。
祐樹は肩の力が抜け、椅子に座り直す。
一応言う事は聞くけれど、自主的な行動が多すぎてしょっちゅう主を困らせる。
学生の身で人型の召喚魔を操るには荷が重く、うまく制御できないのは自覚していた。
それでも、自分の目的を達成するためには、どうしても人型の召喚魔が必要で。
もうすぐ終わるのだから、今は我慢するしかなかった。

家に一人だけになると、とたんに静かになる。
明光はあまり話す方ではないけれど、小さな家でその存在がなくなると空気が違った。
復習する気が失せてしまい、祐樹は本を閉じてベッドへ移動する。
触れられたうなじからほどよく体温が冷えていって、嫌でも早く寝付いてしまった。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
ずっとやってみたかった召喚魔モノ、従順だと定番すぎるので、多少反抗的にしてみました。
主人公も意地っ張りなので、なかなかにじれったい展開になるかもしれません。