召喚魔の思慕と誘惑2


翌日、祐樹は早くに目を覚ましてしまっていた。
今起きれば、学校へは余裕で間に合う。
けれど、明光の思う通りになるのはやはり気に食わなかったし。
元々、今日は特に行きたくない日だったので二度寝してしまおうと目を閉じた。

「主、一回目を覚ましたなら起きて下さい」
上から声がかけられても、祐樹は鬱陶しそうにそっぽを向く。
まるで駄々をこねる子供のようで、明光は冷たい視線を注いでいた。

「寝たふりをしていても、呼吸でわかりますよ」
「ああもう、本当にうるさい奴だ・・・」
祐樹はしぶしぶ体を起こし、明光を睨む。
しばらくは見上げたままでいたが、やがて根負けし、ベッドから下りた。


「いろいろとする前に、まずはこいつらを合成しないとな」
独り言のように呟き、祐樹は魔導本を開く。
「合成」と書かれたページに手で触れると、そのページがぼんやりと光った。
次に、昨日収めた妖魔たちのページも開いてゆくと、同じような光が浮かぶ。
全て選択し終えると、祐樹は本を閉じた。

赤い閃光がほとばしり、一瞬目が眩む。
瞬きが消えた後、再び本を開くと妖魔の姿はなくなっていて。
合成のページには、赤い水晶が映し出されていた。

「よし、やっと火の結晶ができた。これなら、あと一回合成すれば水の結晶もできそうだな」
「残りは水と雷の二つだけですね。主、そろそろその用途を教えていただけませんか」
祐樹は口を開きかけて、言葉を止めた。
火、水、雷の3つの結晶があれば、自分の野望を叶えることができる。
それを包み隠さず伝えては、反抗されるのが目に見えていた。


「・・・それは集めてからのお楽しみだ。いずれ、わかる」
言う気がないとわかると、明光は追及しなかった。
「では、早く起きたことですし、支度をしましょうか」
とたんに、祐樹は眉をひそめて明らかに嫌そうな顔をする。
今日は是が非でも休みたい日で、全く気乗りしなかった。

「なあ、明光・・・あと、もう少しで水の結晶も合成できるんだ。だから、今日は・・・」
そこまで言うと、明光は冷たい目で祐樹を見る。
怖じてしまいそうになったが、ここで口をつぐんでは負けだと言葉を続けた。
「今日は水の妖魔を捕獲しに行く!学校へは、明日必ず行くと約束する」
それは真実だろうかと見定めるように、じっと視線が注がれる。
祐樹が一時も目を逸らさず向き合っていると、明光は気付かれないほど小さな溜息をついた。

「わかりました、約束ですからね」
何とか了承され、祐樹はほっと胸を撫で下ろした。
言う事を聞きやすい獣型の妖魔なら、こんなにひやひやすることはないのだけれど。
どうしても明光を手放せない理由が、祐樹にはあった。


その後、祐樹は意気揚々と少し離れた水辺に行く。
昨日の洞窟とは違い、ここはいつでも快適だった。
入り口付近はとても静かで、散歩をするにはもってこいの場所。
けれど、急流の方へ進んで行くと雰囲気が変わり始めた。

小さな滝壺にたどり着き、明光が刀を抜く。
敵意を露わにした瞬間、滝から水色の大蛇が姿を現した。
胴体には鋭いヒレがついており、空気を?き切るように宙を飛ぶ。
口から勢いのある水鉄砲が放たれると、祐樹は木の陰に隠れ、明光はさっと飛び退いた。


環境がいいからか祐樹にも余力があり、明光も洞窟の時より力を使うことができた。
再び水鉄砲が放たれたが、明光はそれを受け止め、刀に吸収する。
そして、水色に染まった刀が水流の刃を放ち妖魔のヒレを削ぎ。
バランスを崩したところへ明光が跳躍し、尾を切り落とした。
大蛇は力を無くし、地面へ墜落する。

「よし、もうこっちのもんだな」
祐樹が正面から近づくと、妖魔の目が一瞬光る。
魔導本へ取り込もうとページを開いたとき、妖魔はわずかに首を起こし、水色の液体を吐いた。

「うわっ!」
とっさにかわすことができず、祐樹は頭からもろに液体を被ってしまう。
それは最後の足掻きだったのか、妖魔は首を落として完全に沈黙した。
何とか魔導本は守り、蛇の細い体に押し付ける。
巨大な体は一瞬で本の中に納まり、ページに映された。


「主、体に異変はありませんか」
一応心配しているのか、明光が祐樹に歩み寄る。
「今のところ平気だ。不快だけどな」
ただの水にしてはとろみがあり、まるで片栗粉を混ぜたようで。
特に刺激はなくとも、髪や服にまとわりついて鬱陶しかった。
そんな祐樹の姿を、明光は凝視する。
異変がないか調べているのだろうと、あまり気にしなかったけれど。
その視線は、いつもの冷ややかなものとはどこか違う気がしていた。

「今日はここまでだな、帰るぞ」
一歩踏み出すと、靴が水分を吸って重たくなっている。
体を動かすたびに液体の感触がして、不快で仕方がない。
けれど、これで水の結晶も手に入ると思うと、機嫌は良くなっていた。


家に着くと、祐樹は早速シャワーを浴びようと浴室へ行く。
けれど、早く水の結晶が欲しくて、先に合成してしまおうと部屋へ戻った。
その前へ、明光が立ち塞がる。

「先に合成する。一刻も早く水晶を揃えたいんだ」
そう言って横を通り過ぎようとしたところで、ふいに肩を掴まれる。
訝しんで上を向くと、真面目な顔に見下げられていてわずかに怯んだ。
何を考えているのか、明光はじっと静止している。

「・・・用事がないなら離せ」
「いえ、先に着替えて来て下さい。今のままでは、目の毒です」
珍しく冗談めかしたことを言ったので、祐樹は鼻で笑う。
「目の毒?女じゃあるまいし、何をふざけてんだ」
そうは言ったものの、さっきから明光の表情がいたって真剣なので笑えなくなる。
濡れたまま室内を歩き回ってほしくないと、暗に言っているのだろうか。

「わかったわかった、先にシャワーにする」
呆れたように言うと、明光はすんなりと手を離す。
相変わらず考えていることがわからず、不可解なものを覚えつつ祐樹は浴室へ引き返した。




体を洗ってさっぱりした後、待ちわびていた合成を行う。
合成のページを開くと、今まで培ってきていた妖魔の力が結合し、水の結晶が生まれた。
「これで、残り一つですね。明日は・・・」
「わかってる、明日は登校する」
信用されていないように聞こえ、祐樹はふて腐れるように言う。
心配しているのかもしれないが、ただのお節介だとしか思えなかった。

「今日はこれからずっと勉強尽くしだから、お前は森にでも行っていろ」
祐樹は、昨日復習しようとした難解な本を取り出す。
今の学年で学習するには高度なものだったけれど、これも必要なことだった。
森に行くように言っても、明光は家の中に居る。
何か話したいようにしているわけでもなく、ただ佇んでいるだけで。
祐樹も会話をする余裕はなく、刻々と時間は過ぎていった。


数時間経ち、陽が落ちて来る。
空腹感を覚えてきたところで、祐樹は本を閉じて背伸びをした。
「流石に疲れたな、夕飯を作るけどお前も食べるか」
「基本的に必要ありませんが、主の気晴らしになるのなら」
余計な一言がついたことは大目に見て、祐樹は台所へ移動した。

あまり凝ったものを作るのも面倒なので、冷蔵庫にあるありあわせで炒め物を作る。
そうやって調理をするときも魔導書を使い、火のページの上にフライパンを置いていた。
一品では寂しいので、温めればすぐ食べられる食品も、適当に皿に盛り付けた。
米も温めて食卓に並べると、一応料理の形にはなる。
二人分の箸を並べて、お互い席についた。

「じゃあ、食べるか」
「はい、ありがとうございます」
案外素直にお礼を言い、明光は料理に箸をつける。
炒め物はありあわせとあって、何とも微妙な味だった。
召喚魔は主の気力を吸っているので、普通なら食事は必要ないけれど。
祐樹の気が乗ったとき、または気晴らしに二人分作ることがあった。


特に感想も会話もないが、一人のときの食卓とは空気が違う。
余計なことを言う、お節介な相手でもいないよりはいいと、そう感じられる数少ない時間だった。
「主、一つお聞かせ願えますか」
「ん、何だ」
祐樹は一旦箸を止め、明光と向き合う。

「主はなぜ、それほど登校することを拒むのですか」
最も嫌な質問をされ、祐樹は眉をひそめた。
一緒に住んでいる相手だからこそ、教えたくないことがある。
全てを暴露してしまえば自分のプライドが崩壊し、この先の生活が気まずくなることは間違いなかった。

「周りの低レベルな学習に合わせるのが嫌なんだ、休み時間も煩くて集中できない。
家で自習していたほうがよっぽどためになる。高度な本を読んでいるのはお前も知ってるだろ」
それらしいことを言ったけれど、明光は視線を逸らさないでいる。
まるで、奥底にある真意を読み取らんとしているように。
咎められそうで、祐樹は目を逸らす。

「どうしても、教えていただくことはできませんか」
祐樹は明光と視線を合わせないまま、それ以上は答えようとしない。
黙っていると、明光は食事を再開する。
今のやり取りで胃が委縮してしまったのか、祐樹はあまり箸が進まなくなっていた。


「逆に聞きたいんだけどな、お前はどうしてそんなに知りたがるんだ。。
人型の召喚魔は知能が優れてるけど、詮索せず素直に主の言う事を聞くもんじゃないのか」
「それは、主の精神力が召喚魔の力を上回り、認められているときだけです」
直球で答えられたとたん、祐樹は思わず立ち上がって明光を睨む。
言葉をぶつけたくて仕方がなくても、何も発されなかった。

紛れもない事実に、反論ができない。
自分はまだ認められていない、この召喚魔にさえも。
傷ついた誇りに反応するように、ずきりと胸が痛む。
その痛みを止めるには、早く野望を叶えるしかないと再認識させられた。

「もう寝る、明日は早いからな。残りはお前が片付けておけ」
それだけ言い残し、祐樹は食卓から離れる。
今は、事実から遠ざかってしまいたい。
もう少しで痛みは消えるはずだと、祐樹は自分にそう言い聞かせていた。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!。
明光は完全におかんポジションになっている・・・。
そして、祐樹が学校を嫌う理由は定番なものなので期待しないで下さい。