召喚魔の思慕と誘惑3


今日は、どうしても登校しなければならない日だった。
明光と約束したこともあるけれど、前々からこの日は行くと決めていた。
そうやって、数日前から覚悟をしておかなければベッドから起き上がれない。
寝起きは最悪だったけれど、祐樹は起こされる前に目を覚ました。

「おはようございます」
「・・・おはよう」
待ち構えていたような挨拶をぎこちなく返す。
過度の緊張で、脳は覚醒している。
さっさと朝支度をして、久々に鞄に教科書を詰めて。
食欲なんてないけれど、食べておかなければ頭が働かないと無理やりパンを押し込んだ。
会話をする気がおこらず、口数少ないまま家を出る。
その背を、明光はじっと見送っていた。


始業まではだいぶ時間が早く、まだ生徒は誰もいない。
静かな教室で自分の席に腰を下ろすと、見えない重圧が肩にのしかかってくるようだった。
他の一切のことを考えないようにしようと、難解な本を開く。
こうして集中していなければ、ちらほら入って来る生徒の視線を意識してしまう。

たまに、ひそひそと自分の名前が呟かれるのが聞こえてくる。
一人で読書をする様は、浮いていると自覚していたけれど。
身を守る術は、これしか知らなかった。
そんな周囲の話も、やがて小さくなる。
今日は学期末の試験があり、皆それどころではなくなっていた。


やっと始業の鐘が鳴ると、教師が入ってきて祐樹をちらと見る。
一瞥しただけで何も言わずに試験の指示をし、全員に小冊子が配られた。
冊子が行き渡ると、表紙に名前が浮かび上がる。
それを確認すると、祐樹はページを開いた。

問題は択一式で、問題文の答えに該当する番号に触れるだけで選択される。
記述式の問題はないものの、文章はページをまたいでいるものもあり、難易度は高かった。
祐樹は瞬きするのも惜しいほど文章を熟読し、選択肢を選んでいく。
2つまでは絞り込めても、迷いが生じる問題があったけれど。
回答のペースは早く、見直しも含めて規定時間内に終わらせることができた。

冊子を閉じ、裏表紙に触れると瞬時に採点が始まる。
高速でページがめくられ、何往復かした後表表紙が開かれる。
そこに現れた点数を見て、祐樹は安堵すると同時に、内心喜んでいた。


今日の授業は全て試験となっており、生徒たちは休み時間も無駄な会話をする暇はない。
以前は、試験であろうと平気で遅刻してきたり、だべっていたりする生徒がいたが。
上位3名に特別な奨励賞が与えられるようになってから、皆真剣になっていた。
それがなければ真面目に勉強なんてしなかったし、登校することもなかっただろう。
特に今回の試験の奨励賞の品は、絶対に手に入れたいものだった。

最後の試験は、終わった生徒から順次帰宅する。
放課後に残り、誰と会話をすることもなく祐樹はすぐさま学校を出ていた。
早く立ち去りたい気持ちが先行して、自然と早足になる。
ほとんど走っているようになっていて、家に着いた頃には肩で息をしていた。


「戻られましたか。何か、急ぎの用事でも?」
「いや・・・早く帰りたかっただけだ。試験の奨励賞が届くかもしれないから」
息も整わぬまま告げると、祐樹は無造作に鞄を置き、外へ出た。
全生徒の試験が終わり、結果が出たら上位3名が決まる。
手ごたえはあったが確信はなく、祐樹は強張った面持ちで学校がある方角を見据えていた。

緊張で、会話をする余裕もなく数十分が経過する。
そろそろ結果が出ているはずだと思ったそのとき、遠くの方から小さなものが飛んできた。
「来た!」
祐樹はとっさに駆け出し、小さな小包を捕まえ、放送を解く。
中には合計点数と成績をたたえるメッセージがあったが、すぐに放り投げる。
その下に、望んでいたものが入っていた。

いつも以上に意気揚々としている祐樹の様子を見て、明光も隣に並ぶ。
その中身を見たとき、わずかに眉を動かしていた。
「これで、やっと・・・」
隣に明光がいることにはっとして、祐樹は口をつぐむ。
その手に握られていたのは、金色をした雷の結晶だった。

「おめでとうございます、主。これでもう妖魔を捕獲しに行くこともなく、学業に専念できますね」
「・・・まあな」
祐樹は、どこか気落ちした返事をする。
元々、妖魔を捕獲しに行くのは3つの結晶を集めるまでだと約束していた。
だから、明光は通学を強制することもなく従っていたが。
目的が果たされた今、もう駄々をこねることはできない。
明日、明後日が休日で良かったと、祐樹は心から思っていた。


「明光、お前は自由になったら何がしたい」
祐樹は、雷の水晶を見詰めたまま問いかける。
意図をはかりかねているのか、明光は少し間を空けた。

「・・・思いつきもしませんね」
「つまらない奴だな。じゃあ、明日街にでも連れて行ってやる」
召喚魔と二人で街へ行くなんて、寂しい奴だと思われる。
けれど、機嫌が良くてそんなことを言っていた。

そんな発言に、明光は不可解なものを抱いていた。
普段、祐樹は登校した日は一日中不機嫌で、当り散らすことが多い。
それなのに、今日は機嫌が悪いどころか街へ行くとまで言い出した。
貴重な結晶を手に入れられたことで、喜んでいるのはわかるけれど。
何か、それ以外にも祐樹の気を良くさせる何かがある気がしていた。




翌日、祐樹は明光を連れて街へ来ていた。
休日とあって賑わっていて、街頭でも様々なものが売りに出されている。
食料品を買いに来る時以外で訪れるのはごくまれで、他の店に入ることもない。
明光はあまり興味がなさそうにしていたが、祐樹は面白い店はないかと辺りを見回していた。

「主は、どこか行きたい所があるのですか」
「うーん・・・とりあえず、怪しい店でも探すか」
祐樹は大通りを外れ、路地に入る。
賑わっている店に入って、休日まで他の生徒に合うのは嫌だったし。
折角来たのだから、一風変わった店を探してみたかった。

路地を抜けると、大通りとは打って変わって静かな雰囲気になる。
ちらほら人はいるけれど、家族連れや学生といった、そんな風体の人はいない。
何者かが様子を覗っているような、そんな視線が注がれていて。
召喚魔を連れていなければ、とても歩けない気がしていた。

知り合いがいそうにない環境はむしろ都合が良く、祐樹は変わった店がないかと探す。
少し歩くと、店頭に魔方陣やしゃれこうべが置いてある、いかにも怪しげな店を見つけた。


「ここ、おどろおどろしくていいな。入ってみるか」
明光は何も言わず、祐樹に続いて店に入る。
店内には嗅いだことのない香の匂いがし、縦横無尽に物が散乱していた。
一応、売り棚はあるけれど、整頓されておらず物が散らかっている。
店の奥では、店主らしき人が光沢のある石をしげしげと眺めていた。

「いらっしゃい。・・・お連れさんは、人間じゃあないな」
人型の召喚魔は、その力を使わない限り判別はつきにくいものだけれど。
店主に一目で見抜かれ、祐樹は驚いていた。
「ここらへんは物騒だから、連れて来たんだ」
決して、一人で街を物色するのが空しいからではないと、先に言っておく。

「懸命だな、子供が一人でうろついてたら、いいカモにされてたところだ」
子ども扱いされ、祐樹は店主に背を向けて品物を物色し始めた。
鉄の色をした勾玉や、飲んではいけないような蛍光色の薬品などが置いてあるが。
一般的な店とは違い、説明書きが全くないのでどんな効果があるかわからない。
加えて値札もないので、下手に手に取れなかった。


「その召喚魔、あんたが合成したのか?」
「まあ、そう・・・」
「いいえ。主の母君から託されました」
肯定しようとしたところで、明光に言葉を遮られる。
それは本当のことなのだけれど、母親から譲り受けた召喚魔だと正直に言うのはみっともなかった。

「だろうな。子供の精神力じゃあ手に余りそうだ」
「・・・明光、もう出るか」
客に向かって礼儀も何もあったものもなく、祐樹は店を出ようとした。
「怒るなよ、珍しいお客さんに良い物見せるからさ」
「珍しい物?」
その言葉にひかれて、祐樹は店主のいるカウンターへ足を進める。

「召喚魔に力を注いでるんなら、これはお勧めだ」
そう言って、店主は小さな指輪を見せる。
宝飾は何もなく、真っ黒でシンプルなものだったが、ただの装飾品ではなさそうだった。
「これは、主人の精神力の低下を抑える指輪だ。効力は召喚魔の力に比例するがな」
本当にそんな効力があるか何の保証もないけれど、祐樹の目は指輪にくぎ付けになっていた。
精神力の消費が緩やかになれば、これから先、確実に有用性がある。

「わかった、それを買いたい。いくらになる?」
「まいどあり!値段は・・・」
店主が示した価格は、安くはなかったけれど法外なものでもなかった。
学生が買うには高い買い物だけれど、仕送りをやりくりすれば何とかなる。
祐樹が料金を渡すと、店主はにんまりと笑って指輪を手渡した。
早速効果を試そうと、祐樹は指輪をはめようとする。

「ああ、違う違う。それは召喚魔の方につけるんだ」
「召喚魔に?」
戦闘で壊れることがあるため、一般的な装飾品は召喚者の方がつけるものが多いが。
やはり、ここには例外が揃っているようだった。


「明光、これをつけてみろ」
「わかりました」
明光は指輪を受け取り、少しの間眺める。
そこで、何かを察したようだったが、文句を言わず指にはめた。
「ほう、いい場所につけたな」
店主はにやにやと笑い、ひやかすように言う。

「お、お前、よりによってそんなところにしなくても・・・」
「利き手では邪魔になりますし、この指にサイズが合いますので」
明光は、平然と左手の薬指に指輪をはめていた。
説明は理にかなっているけれど、やたらと恥ずかしい。
興味深そうに見る店主の視線から逃れるように、祐樹はいそいそと店を出た。




懐が寂しくなってしまったので、あまり探索することなく家に帰る。
周囲に人気がなくなったところで、ふいに明光が言った。
「主、先程は言いそびれていましたが、この指輪には呪いがかけられているようです」
「何!?」
祐樹は思わず明光の左手を取って、指輪を見る。
呪いと言えば悪影響があるものだと相場が決まっているので、慌てて外そうとした。
指をかけるけれど、指輪は少しも動かない。

「今すぐ街に戻るぞ!お祓いをしてもらわないと、どうなるか・・・」
そのまま手を引いて引き返そうとしたが、明光は逆に祐樹を引き寄せていた。
「落ち着いてください。さほど驚異的な呪いではないようです」
「けど・・・」
不安になり、眉根が下がる。
いつもとは調子がまるで違う祐樹の様子を、明光は意外に思っていた。

「呪いの内容は具体的にはわかりません。ですが、戦闘に支障はないと思われます」
「・・・そうか」
明光が平然としているので、手を緩める。
けれど、明光はまだ祐樹を引き寄せたままでいた。

「どうした、お祓いがいらないなら帰るぞ」
「主、三つの結晶は合成にお使いになるのですか」
急に話が変わり、祐樹は目を丸くする。
じっと見つめて来る明光の瞳は、全てを見透かしている気がした。


「・・・そうだ、結晶があれば、強力な妖魔を召喚できるからな」
視線を逸らしたものの、普段通りの口調で言う。
「ですが、もう一体召喚魔を増やして、主の体は持つのですか」
「っ、そのためにお前をいつも出しているんだろう!」
召喚魔を出しているときは、いつも召喚者に負担がかかっている。
その時間を長くすることによって徐々に力が増してゆき、今は一日中召喚し続けていられるようになっていた。

納得したのか、諦めたのか、明光は祐樹から手を離した。
これ以上追及されたくなくて、祐樹は背を向けて帰路を辿る。
そのとき、また、ずきりと胸が痛んでいて。
それは、登校したときとはまた別の胸の痛みだった。




―後書き―。
読んでいただきありがとうございました!。
全然密接になりませんね、書いてて自分でも驚くほどに・・・。
つ、次はスキンシップします!。