召喚魔の思慕と誘惑4


いよいよ、来るべき日がやってきた。
今まで妖魔をこつこつと合成して培ってきた結晶を合成し、上位の妖魔を召喚する。
祐樹は期待で目が冴えて中々寝付けず、朝も早く起きていた。

「おはようございます。今朝はやけに早いですね」
「まあな。・・・今日は、合成するからな」
合成、という単語に明光の眉がぴくりと動く。
「主、最後に教えていただけませんか。そこまでして召喚魔にこだわる訳を」
答えてもいいだろうかと、一瞬考える。
その前に「最後」という言葉が気にかかり、まさかと思い明光を見据えた。

「最後って、お前・・・」
「私の他に、上位の召喚魔を保有するのは無理です。
主は、そのために、私を結晶と合成するのでしょう」
祐樹は沈黙し、目を伏せる。
それは、肯定の意と同じことだった。


「・・・いつ、気付いたんだ」
「結晶を集め始めたときから、薄々感付いてはいました」
そんなに早くから知られていたのかと、祐樹は驚きを隠せない。
明光は、ずっと自分が消えるとわかっていて、結晶を集めることに協力していた。
それは、母から息子の世話を託されたからだろうけれど。
思いの外献身的なことを知り、決心が揺らぎそうだった。

「それなら話は早い、早速合成させてもらうぞ。明光、戻・・・」
「待って下さい、まだ私の質問の答えを聞いていません」
戻そうとしたところで、明光が言葉を遮る。
祐樹としては気が揺らぐ前に早く合成したかったが、一旦本を閉じた。

「俺は、他の属性に力を入れるより、一つの魔術のエキスパートになりたいんだ。
その中で召喚法を選んだのも、母さんから貰ったお前が力を持っていたからだ」
普通なら、人型の召喚魔は中々手に入れることができず、最初は負担だった。
だからこそ、その負担を乗り越えてこそ他の生徒より力をつけることができる。
筋の通った説明だったけれど、明光は不服そうに祐樹を見据えていた。

「本当に、それだけの理由で召喚法を選んだのですか」
明光の追及に、祐樹はまた目を伏せる。
真実を見極めるような視線を受け止めきれない。
「冥途の土産に教えて下さい」
不吉なことを告げられたが、明光は本当にもうすぐ消える。
それをすんなりと受け入れた褒美に、話してもいいかと思えた。


「・・・母さんは優秀で、召喚魔も全て人型だったな。それが、ずっと羨ましかった」
一人暮らしをする前のことを、祐樹は回顧する。
父母ともに上位の召喚魔を扱うことができ、その子供も同じくそれを期待されていて。
だから、街でも特に優秀な学校へ通うために家族と離れ離れになった。

「突然一人になったけど、オレは潔かった。・・・お前を手に入れられたから」
人型の召喚魔なんて、ちょっとやそっとのことでは手に入らない。
そのせいで、他の力は弱体化してしまったけれど、そのときは浮かれていて気にならなかった。
けれど、今は違う。

「私でなくとも、召喚魔は他にもいたはずですが」
「お前は一番母さんに従順だったから、使いやすそうだったんだ。
けど、こんなに小うるさい奴だとは思っていなかったな」
祐樹は苦笑したが、明光は平坦な表情のままでいる。


「私のことは、気に入りませんか」
「最初はそうだった。けど、お前は何だかんだで強制はしないし、妖魔の捕獲にもついて来る。だから、今は・・・」
そこで、一旦言葉が止まる。
つらつらと話していたが、急に羞恥心が生まれ、続きの発言を変えた。

「今は、普通になった。気に入らない、の瀬戸際だけどな」
「そうですか、私の苦労は無駄ではなかったのですね」
明光は、ふいに祐樹の髪をそっと指ですく。
突然の行動に目を丸くしたけれど、そのままにさせておいた。
子ども扱いされているけれど、少しだけ気が落ち着いて。
口うるさくても、馴染みある相手に気を許しているのだと実感していた。
何往復かしたところで明光が手を引いたので、祐樹はいよいよ本を開いた。


「・・・合成するぞ」
「わかっています」
自分の存在が消えるというのに、明光はいたって平然としている。
別れが惜しくないのかと、祐樹も表情を殺した。

「そうそう、私がいなくなったからといって、休学ばかりしないで下さい。
あと、最初の内に危険な場所には近付かないこと、それと・・・」
「ああもう、幼子じゃないんだからわかってる!・・・やっぱり、お前のことは普通じゃなくて、嫌・・・」
嫌いだ、と言おうとした瞬間、肩が掴まれる。
そして、言葉の続きはもう言えなくなっていた。

目を見開くと、鼻がぶつかりそうなくらい近くに明光の顔があって、口が塞がれて声を発せない。
口付けられていると気付いたとき、驚愕のあまり息が止まる。
けれど、唇に感じる柔い感触が嫌じゃなくて。
最後のはなむけだと、祐樹は動揺しつつも目を閉じた。

明光は中々離れず、背と後頭部に腕を回して祐樹を抱き寄せる。
引き寄せられると、柔らかい感触がさらに鮮明に伝わって、胸の鼓動が早くなった。
ずっと、求めているのは自分の方だと思っていたのに、今は逆だ。
そう思うと、不思議な満足感が満ちていった。



名残惜しそうに、明光は祐樹を解放する。
そして、じっと視線を合わせ、頬へ掌を添えた。
「私は、主から逃れられません。ですが・・・貴方も、私から逃れられないのですよ・・・」
瞬間、心臓が高鳴る。
合成するのだから、明光は消えるはず。
それでも、真実味のある言葉は、祐樹の耳に強く響いた。

「・・・お、お前は、最後の最後まで主人を困らせることをして・・・」
祐樹は、思わず視線を逸らす。
その視線に含まれているものを察したら、きっと揺らいでしまうから。

「明光・・・戻れ」
気付かない内に、明光を本に戻す。
そして、合成のページを開き、次々とページに触れていった。
最後に、一回だけ明光のページを開く。
祐樹は深呼吸をして、本を閉じた。


今までにないほど強く、黒い光が放たれる。
眩しすぎて、思わず本を落とすと、高速でページがめくれ始めた。
周囲にある全てのものが危険を察知しているように、小刻みに震える。
それは、祐樹も例外ではなかった。

冷や汗が、じんわりと背に流れていく。
そして、ページが見開きで開かれたとき、辺りが闇に包まれた。
一寸先も見えなくなり、冷や汗が一層冷たくなる。
暫くはどんよりとした闇に包まれていたが、それは本の元へ吸収されてゆき。
辺りが見えるようになったとき、本の傍に一人の青年が立っていた。

一見、端正な顔立ちをした人間に見えるけれど、それは確実に召喚魔だとわかる。
八枚の黒い羽、日本の角があり、王宮暮らしのような豪華な衣装を身に着けている人間はまずいない。
よく見ると服の中に黒い鎖があり、まるで力を抑えているように見えた。
自分の望んでいた者を召喚できたと、祐樹は唾を飲む。


「お前の名は、何と言うんだ」
召喚魔は、祐樹をじろりと見る。
鋭い視線に怯みそうになったけれど、たじろがずに踏み止まった。
「まさか、こんな子供に扱われることになるとは。我の力も弱くなったものだ」
質問をさらりと無視されて、むっとする。

「無視しないで、お前の名前を教えろ」
「我の名はルシファー。お前が扱うには勿体ないほどの高等な召喚魔だ」
やはり、明光と同じく言う事は聞かなさそうだった。
「ルシファー、まずはその力を見せてもらいたい」
「いいだろう。お前の精神力、計らせてもらうぞ」




二人は外に出て、殺風景な岩場へ向かう。
ここはよく雷属性の妖魔が出現し、いつでも曇り空だった。
岩陰が多いので、数歩歩けば妖魔が飛び出して来たものだが、なぜか今日は一匹も出てこない。
「おかしいな、いつもなら複数で襲い掛かってくるはずなのに」
「大方、場違いの召喚魔の力に恐れをなしているのだろう」
ルシファーは、退屈そうにあたりを見回す。

「それじゃあ困る、お前の力が期待外れだったら俺の野望が・・・」
「期待外れだと?見くびるな」
期待外れという発言が気に食わなかったのか、ルシファーが右手を前に出す。
すると、そこへ紫色の渦が巻き、掌に納まるほどの大きさの球体になる。
球体がふわりと浮かび、岩場に落ちた瞬間、爆発音が鳴り響いた。

「っ!」
球体は一気に膨張し、地面を震わせ、岩場を破壊する。
爆風に飛ばされないよう祐樹は必死に本を守った。
やがて、爆風が納まり、球体も消える。
岩があったはずの大地は大きくえぐれ、何もいなくなっていた。


「凄い・・・これなら、きっと・・・」
言いかけたところで、さっと顔から血の気が引いて行く。
急激に力が失われ、祐樹はその場に膝をついた。
「たったの一撃でこのざまか。先が思いやられるな」
ルシファーが祐樹を見下ろし、冷ややかに言う。
祐樹自身も、ここまで精神力が削り取られるとは予想していなかった。
体がどっと疲労していて、立ち上がることができない。

首を垂れたままでいると、体が宙に浮く。
気付いたときには抱き上げられていて、ルシファーを見上げる形になっていた。
「な、離せ・・・」
「置き去りにしても構わんが、お前の野望とやらが気になる。寛大な親切心に感謝するがいい」
ルシファーは羽を広げ、祐樹を抱えたまま飛んだ。

明光と一日中妖魔を捕獲していたときも、これほど疲れることはなかった。
それだけ、この召喚魔が強力な力を秘めているのだと実感する。
これから先の不安感より期待の方が大きく、気分だけは高揚していた。
是が非でも、使いこなさなければならない。
この召喚魔は、明光と引き換えに手に入れたのだから。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
いささか急展開だったかもしれません。
ここからは、ルシファーとの話が始まります。