召喚魔の思慕と誘惑5


家に着くと、祐樹はベッドに投げ出された。
体がだるくて仕方がなくて、全く力が入らない。
「さて、お前の野望とやらと聞かせてもらおうか」
ルシファーがベッドに腰掛け、祐樹を見下げて問う。
情けなくて言いたくはなかったが、この召喚魔に協力してもらうのだから、知る権利はある。
けれど、今は長い言葉を発することも億劫だった。

「・・・回復してから言う」
「仕方のない奴だ。ならば、少し生気を返してやろう」
ルシファーは祐樹の服を掴み、体を起こさせる。
荒々しい行動に抗議しようかと口を開いたとき、いつかのように相手の顔が間近に迫っていて。
とっさに口をつぐもうとしたときはもう遅く、そこが塞がれていた。

「ん・・・!」
無理やりな行為に、とっさにルシファーの胸を押して抵抗する。
力の差はまるで大人と子供で、少しも引き離せない。
されるがままになっていると、呼気が吹き込まれてきた。
それはただの空気ではなく、背筋がぞっとする。
吸い込んではいけないと本能が察知するけれど、唇が強く押し付けられていて閉じられない。
苦しくなって呼吸をすると、体の内側から寒気がした。

「う、ぅ・・・」
身震いしたところで、体が離される。
睨みつけると、ルシファーは面白そうに口端を上げた。
「何て事、するんだ・・・!」
「回復しただろう」
そう言われると、いつの間にか体を支えられるようになっていて、倦怠感が緩和されていた。


「さて、我を呼び出したからにはそれなりの目的があるはずだ。
街を一つ消したいか?それとも、気に食わないやつを一人残らず殺したいか」
「そんな、物騒なことじゃない。・・・ただ、見返してやりたいんだ。
もう、誰にも馬鹿にできないように」
口にすると、祐樹の中に負の感情が生まれる。
それを察知したのか、ルシファーは獲物を狙うように目を細めた。

「いいだろう。だが、この状態では無理だな」
力を使えば、祐樹の精神力はたちまち枯渇してしまう。
ルシファーが指を鳴らすと、その身が一瞬黒い霧に包まれる。
そして、再び姿を現したときには、羽も角もなくなっていた。
負担が軽くなり、祐樹の体から重圧感が消える。
上位の召喚魔は自分の力を弱めることもできるのかと、感心していた。

「せいぜい力を蓄えろ。それまでは待っていてやる」
ルシファーは祐樹の頭を軽く叩き、ベッドから下りる。
偉そうで、高圧的な口調なのに、全く反抗できない。
自分の力の枠を超えている相手を前にして、逆らうなと第六感が言っているようだった。
強力な召喚魔は、召喚者を間接的に殺せる。
力を使えば召喚者が疲弊し、動けなくなり、それを繰り返していけばいずれ廃人になってしまう。
強大な相手を御する力は、絶対に必要だった。




翌日、祐樹は昼近くまで寝てしまった。
誰にも起こされないことを快適だと思う一方、違和感も覚える。
まだ慣れていないだけにすぎないと、ベッドから下りて伸びをした。
朝支度をして部屋へ行くと、ルシファーは椅子に座って本を読んでいた。
高等で難解な本がお気に召したのか、退屈はしていないようでほっとする。

「お、おはよう」
「ああ」
ルシファーは祐樹をちらと見た後、また本に目を落とした。
とりあえず、簡単な朝食を作って体力を補給する。
この先、体が好調でないとたちまち枯渇してしまう。
食べ終え、食器も洗ったところでルシファーが本を閉じた。

「支度が出来たのなら、外へ行くぞ」
外へ出るルシファーに、祐樹も続く。
これでは立場が逆だったが、今は我慢するときだった。
やがて、昨日も訪れた雷の平原にたどり着く。
妖魔の気配は全くせず、ルシファーが人の姿をしていても恐れているようだった。
その現状を、祐樹は誇らしく思う。
恐れられていれば、誰もその存在を馬鹿にすることはない。
少しでも早く召喚魔を使いこなし、見せつけてやりたかった。

「召喚者の力を増加させるには、弱らせて回復させる方法が手っ取り早い」
「回復させるって、もしかして、また・・・」
問いかける前にルシファーは右手を宙に差し出し、紫の球体を放った。
昨日よりは小型でも、地面に落ちると爆発音を響かせ、地面をえぐる。
人の姿をしたままでも威力は相変わらずで、祐樹の背に冷や汗が流れた。
どこまで耐えられるか試しているのか、二発、三発と続けざまに発される。
四発目が放たれたところで、祐樹は血の気が引いて、膝をついた。


「もう尽きたか。この指輪がなければ一発目で終わっていたかもしれんな」
ルシファーが祐樹の前に進み、左手を見せる。
薬指には、明光がつけていた黒い指輪がそのまま残っていて。
まるで、廃人にならないようにと守られている気がした。
じっとしていると、顎に手をかけられ、接近してくる。
とっさに顔を逸らしたけれど、すぐに前を向かされ、口を塞がれた。

「っ・・・」
羞恥のあまり、目も口も閉じる。
開かなければ回復できないとわかっていても、平然とそうすることはできない。
閉じたままでいると、ルシファーは祐樹の首を掴み、軌道を塞いだ。

「ぐ・・・」
空気の通り道がぴたりと塞がり、とたんに息苦しくなる。
少しの間は耐えていたが、一分ももたずに口を開いてしまった。
すぐに呼気が吹き込まれ、寒気を覚える。
好ましい行為ではなくとも、体はルシファーの力を欲してしまっていて。
拒むこともできずに、ただ受け入れ続けていた。


解放されると、祐樹はとっさに立ち上がり、距離を置く。
「・・・自然回復じゃ駄目なのか」
「それでは効率が悪すぎる。力を高めるのに手っ取り早い方法はあるが、お前には過激すぎるだろうな」
ルシファーのふっとした笑みが恐ろしくて、深く聞くのは怖かった。

「一度、力を強めてみるか」
今度は、球体ではなく、黒い閃光がほとばしる。
指先から放たれた光は真っ直ぐに伸び、岩場を貫いた。
驚いたように、物陰から妖魔が飛び出して逃げて行く。
見た目の派手さはないものの、威力はあるようで。
一度閃光が放たれる度に、祐樹は立ち尽くしているだけでも疲労感を覚えつつあった。

閃光は真っ直ぐに飛ぶだけでなく、右へ左へ自由自在に動く。
その黒い一閃に、他の生徒が貫かれるところを想像すると、高揚とも罪悪とも取れない感情が生まれた。
すぐに倒れてしまっては鼻で笑われてしまうと、何とか耐えていたが。
だんだんと血の気が引いてゆき、手が震え始めた。
魔導書さえ重たく感じられ、つい落としてしまう。
本が落ちた音に気付き、ルシファーが祐樹に目をやった。


「限界が来たようだな」
ルシファーはにやりと笑い、祐樹の元へ歩み寄る。
弄ばれていることは明確だったけれど、疲労と回復を繰り返して力を高めるしかない。
少しでも反抗するように視線だけは強くしていても、体が抱きすくめられると何もできなくなった。

「多少労うだけでは足りないか、少しの間堪えていろ」
「な、何を・・・」
薄く開かれた唇へ、先のようにルシファーが覆い被さる。
反射的にきつく目を閉じると、口内に柔らかい物が入り込んできた。

「ん・・・!」
何をされているのか察してしまい、身をよじる。
抵抗すると、体をきつく抱かれて動きを制された。
柔いものが奥まで進んでくると、身震いせずにはいられない。
舌を引っ込めてもすぐに捉えられ、相手のものが表面をなぞっていった。

「んん・・・っ、は・・・」
離れようとしても、絡みつかれてしまうと力が抜ける。
寒気はするのに顔は熱くなって、生気が注がれているのだと思う。
そう考えなければ、この熱の説明ができない。

蹂躙されているせいで、口内に液が溜まる。
溢れた液が口端から漏れると、喉の奥も苦しくなってきて。
吐き出すこともできず、そのまま飲み込むしかなかった。
思い切って嚥下すると、喉元がかっと熱くなる。
自分の内から別の生気が湧き上がってくる感覚は、不快とも快感ともとれなかった。

喉が動いたのを確認すると、ルシファーが絡まりを解き、ゆっくりと身を引く。
祐樹が目を開けると、角と羽が見え、相手の姿は人間ではないものに変わっていた。
力を制御していない姿になっていても、あまり負担は感じられない。
それは今の交わりの効果なのだと思うと、少し悔しかった。


「若々しい者の感触は良い。いっそ、生気を吸い尽くしてしまいたくなる」
「ふ、ふざけんな」
冗談に聞こえない発言に、身を固くする。
「案ずるな、お前を殺す気にはならん。何故だかな」
そこで、祐樹はルシファーの薬指にはまったままの指輪を思い出す。
合成したというのに、まだ、明光の意思の片鱗が残っているのだろうかと想像していた。

「それにしても、我の気と相性が良いようだな。お前の愛しい召喚魔を合成しただけある」
「っ・・・愛しいは、余計だ」
間違っても、召喚魔に恋愛感情なんて抱いてはいない。
別れ際にされたことも、ただの信頼の証と好奇心だろうと、そう決めつけていた。

「唾液だけでなく、我の血でも啜って(すすって)みるか」
ルシファーが爪を光らせ、自分の首を引っ掻く。
短い切り傷からは赤黒い液体が流れ、怪しく光っていた。
「そ、そんなの、必要ない」
拒否の言葉など聞こえていないかのように、ルシファーは祐樹の後頭部を押して自分の首元に押し付けようとする。
血が目の前に来ると鉄の匂いが鼻につき、顔を背けたくなったが。
それを飲むまで逃す気はないのか、腰と後頭部にある手は解かれない。

「遠慮することはない、少し弄れば、それだけでお前の力は増幅するかもしれんぞ」
誘惑するような言葉をかけられると、気が変わってしまう。
逃れたいと思っているはずなのに、その血を凝視していた。
まだ迷いはあったが、やがて、おずおずと唇を寄せる。
そして、小さく舌を出して、軽く舐め取った。


ほんのわずかに舌先に触れただけでも、まるで熱を帯びたような感覚がする。
もう離れようとしたけれど、後頭部が押されて口が傷に触れた。
「う・・・っ」
召喚魔の血を啜るなんて、大きな罪悪のような気がする。
それでも、選択肢は一つしかなった。

再び、赤黒い液へ舌を触れさせる。
今度は、傷を下から上へなぞり、表面の血を舐め取った。
口の中に広がる鉄の味を消してしまいたくて、唾と一緒に飲む。
また喉元が熱くなると、体の内側からせり上がるものがあった。

心臓の鼓動が早くなり、全身の温度が上昇していく。
今一度血を弄ると気分が高揚し、自分を止められなくなりそうになる。
このまま触れ続けていてはいけないと、危機感を覚えていても離れられない。
血が体中を巡っていくと、脳が痺れるようで、正常な判断ができなくなっていた。

ルシファーが、子供を褒めるように祐樹の髪を撫でる。
固い指輪が頭皮に当たり、なぜか懐かしさを覚え、目を細めていた。
もう、身を委ねてしまってもいいだろうかと、ふと思ったとき。
服がぐいと引っ張られ、身が離されていた。
はっとして、ルシファーを見る。

「お、お前・・・何て事させるんだ・・・!」
祐樹の訴えは聞こえていないのか、ルシファーは左手を注視している。
軽く握ったり開いたりしていたが、面白そうにふっと笑った。

「もう今日はいいだろう。妖魔の姿の我を何時間保てるか試させてもらおう」
その方がもう大それたことはされなさそうなので、祐樹は反論しなかった。
この先、精神力を高めることはいいけれど、どこまでされてしまうのか。
主導権を握るのは召喚者であるはずなのに、逆になってしまいそうになる。
囚われる前に、見せつけなければならないと、祐樹は焦っていた。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
ルシファーはだいぶ積極的です。大人の余裕があるからかもしれません。