召喚魔の思慕と誘惑6
ルシファーの血の効果はてきめんで、一日中妖魔の姿をしていても祐樹はばてなかった。
力を与えられる側になり、立場が逆転していることは気にかかるけれど。
それも今の内だけだと、あくまで自分が主導権を握ることを諦めないでいた。
そして、1週間ほど経った後は、ルシファーが力を使っても耐えられるようになり
いよいよ、野望を叶える日が来た。
高揚のせいか、祐樹はだいぶ早くに目を覚ました。
この1週間は誰に起こされることもなく、好きなだけ寝ていて。
やはり、そこに違和感を覚えつつも、この日を待ち望んでいた。
以前は、是が非でも休みたかった日でも、今日は意気揚々としている。
「ルシファー、今日はお前の力を使わせてもらうぞ」
「やっと、お前のどす黒い感情が露わになるのだな。楽しみだ」
途中で倒れないように、しっかりと朝食を食べて学校へ赴く。
校舎の校門をくぐるとき、興奮と緊張で心音が早くなった。
誰もいない教室へ入り、自分の席に座る。
ぼんやりしているのも暇なので、また本を開いたけれど。
この先のことを考えると気が先走って、文章が頭に入ってこなかった。
やがて、生徒が登校してくると、教室に居る祐樹を見て目を丸くする。
普段、登校してこない相手は、クラスメートのはずなのに部外者のように見えて
中には嫌そうに眉をひそめている生徒もいるが、関わりたくないのか声はかけなかった。
驚いているのは生徒だけでなく教師も同じで、ちらちらと祐樹を見る。
当の本人は、素知らぬ顔で本を読んでいた。
始業の鐘が鳴り、生徒が席に着く。
「えー、おはよう。わかっていると思うが、今日は恒例の実技授業を行う。。
まずは、組み合わせだが・・・」
全員が魔導書を机の上に出すと、表紙が光る。
その色は人によって赤、青と色が違っており、組分けが示されていた。
「では、分かれて外へ移動するように」
教師が部屋を出て行くと、生徒は嫌でもチームに分かれる。
四人組がいくつかできたが、祐樹は自分と同じ赤い光のグループを遠巻きに見ていた。
人が出て行った静かな室内では、聞きたくなくてもその会話が聞こえて来る。
「役立たず」「お荷物」「足手まとい」
そんな単語はやけに強調されているようで、耳にこびりついて離れない。
何度聞いても慣れない誹謗中傷は、祐樹の中に暗いものを蓄積させていった。
全員が校庭へ出て、グループ別に分かれて集合する。
その校庭には、地面から背の高いポールが生えていて、透明の壁が張られていた。
実技授業の時は、この結果胃の中へ入り、チーム対抗で対戦する。
この中では、肉体へのダメージが精神的なものに変えられ。
力を使えなくなったチームが敗者となり、外傷なく決着をつけることができた。
「では、赤と青のグループ、入りなさい」
教師が言うと結界に穴が開き、生徒が入る。
周りでは他の生徒が見学していて、その視線が祐樹に集中することはなかった。
どうせ、大したことはしないと呆られているように。
相手のチームからは、また言葉が聞こえて来る。
「後回しでもいい」「無視してもいい」
不快な言葉が、同じように耳にこびりつく。
結界が閉じると、それが戦闘の合図となったように、全員が魔導書を開いた。
それぞれの本から、炎の蛇や、雷の龍が放たれ、宙を舞い。
お互いのチームは、祐樹など見えていないように力をぶつけ合う。
召喚魔に力を注いでいる祐樹にそんな力はなく、ただ眺めていた。
明光を出せばいいと思うときもあったけれど、母親のお下がりなんてプライドが許さない。
自分が生み出した召喚魔で勝たなければ意味がないし、誰からも認められないだろう。
今まで、そうやって何もできないままで、味方から蔑まれ、相手から軽んじられてきた。
けれど、今は違う。
四対三の状態では祐樹のチームの方が劣勢で、メンバーの力が萎えて行く。
やがて魔導書の光が消え、決着がついたように思われた。
見方の恨めしそうな視線を感じる中、祐樹はページをめくる。
教師が結界を開けようと近づいたとき、紫色の光がほとばしった。
その場にいる全員が目を丸くし、異様な様子を凝視する。
「ルシファー・・・来い」
魔導書から黒い霧が吹き出し、辺りを包む。
その霧は徐々に凝縮し、人の姿となって表れた。
「使ってくれ、お前の力を」
周囲の様子を見て察したのか、ルシファーが右手を前に出す。
そして、指先から黒い閃光を放ち、前に居た一人の生徒を貫いた。
的確に心臓に直撃し、生徒が後ろへ吹き飛び、動かなくなる。
危険を感じ取ったのか、他の三人の魔導書の光が増した。
炎、水、雷の龍が飛び出し、敵へ向かって一直線に襲い掛かる。
ルシファーは眉一つ動かさず、今度は紫の球体を投げた。
それが龍に当たると一気に爆発し、空気が振動する。
爆発が納まると、三匹の龍は紫の光に吸い込まれたように消えていた。
唖然としている三人へ、容赦なく黒い閃光が放たれる。
かわす間もなく胸を貫かれ、先の生徒と同じように倒れて動きを止めた。
結界の中に、静寂が流れる。
祐樹が振り向くと、チームメイトが驚愕の表情をしていた。
今まで役立たずだった相手が、いつの間にこれほどの力をつけたのか。
これで、戦闘は終わるはずだったが、ルシファーは祐樹を見ている生徒へも爪先を向ける。
「ルシファー、何を・・・」
尋ねようとしたとき、再び閃光が放たれて味方の一人に襲い掛かる。
その生徒はぎりぎりのところでかわし、唖然としていた。
「もう決着はついた、あれは味方だ」
「味方?そんなもの、ここにはいないだろう」
祐樹は、静かにルシファーの言葉に耳を傾ける。
後ろで生徒や教師が何かを言っているようだったが、聞こえなかった。
「あれはお前を蔑み、軽んじていた。仲間など、誰もいないはずだ」
「仲間なんて、いない・・・」
罵られて、見下されてきた過去が思い起こされる。
チームの戦闘で役立たずな生徒は、それだけで自然と敬遠されるようになっていった。
だんだんと、居場所がなくなっていった。
祐樹の中に暗い感情が生まれると、黒い霧が立ち上り、それは祐樹にまとわりつく。
「お前を苦しめる場所など、消えてしまえばいい。そう思わないか?」
「それ、は・・・」
頷いてはいけない、そんなことをさせるわけにはいかない。
けれど、拒否する言葉が出てこない。
黒い闇が心を侵食し、慈しみの想いをなくしていく。
危険を感じ取ったのか、教師が結界に穴を空け、生徒を逃がす。
教師が何かを叫んでいたが、祐樹の耳には届かなかった。
「我なら、お前の望みを叶えられる。さあ、言ってみろ、渇望していることを」
「オレの願いは・・・他の奴らに認めさせること、だから・・・」
わずかに残った良心が、一瞬だけ言葉を止める。
それは、すぐに霧に包み込まれていった。
「だから、お前の力を使って見返してやりたいんだ!お前の力を解放する!」
ルシファーが妖魔の姿に戻り、口端を上げて笑う。
とっさに教師が穴を塞ぎ、生徒は校舎へ戻ろうとする。
その前にルシファーが右手を上げ、紫の球体を放つ。
結界の天井に当たり、爆音と共に破裂すると、そこには巨大な穴が空いた。
ルシファーは祐樹を片手で抱え、飛び上がる。
防護壁が破られると、とっさに教師が魔導書を取り出し、自分の前に結界を張った。
「・・・壊してくれ。オレに見向きもしない先生なんて、見たくない」
「お前の望むままに」
禍々しい力に反応するように、空に曇天が立ち込める。
ルシファーが結界を指さすと、雲が赤く光り、稲妻が落ちた。
轟音がとどろき、教師が吹き飛ばされる。
授業ではないので、精神的だけでなく、肉体的にもダメージを受けただろう。
けれど、祐樹の心は少しも痛まなかった。
ここが、自分を傷つける場所でしかないのなら、消してしまえばいい。
ルシファーが手を振り下ろすと、校庭に何発もの稲妻が落ちる。
生徒が散り散りに逃げる様子を見ると、恐れられていることを実感する。
祐樹は口端を緩ませ、快感に浸っていた。
心のどこかで、これは本当に望んでいた光景なのだろうかと、疑問が生まれる。
けれど、そんな余計な考えは、すぐ黒い靄に覆い隠されてしまう。
祐樹が止めないままでいると、稲光はますます激しくなり、地面を焦がす。
その矛先は、徐々に校舎の方へ向かって行った。
そうやって、何もかもを壊してしまえば、もう蔑まれることはない。
きっと、教師も生徒も、全員が力を恐れて畏怖の念を抱く。
ルシファーが力を集め、掌の上に紫の球体を出現させる。
「放て」と、そう指示しようとしたとき、一人の女性が祐樹を見据えていた。
「祐樹―!あなた一体何やってるの!」
突如響いた大声に、祐樹は肩を震わせる。
振り返ったときには炎の火球が向かってきていて、ルシファーがとっさに球体を投げつけた。
二つの力はぶつかり合い、空気を震わせて爆発する。
「・・・ルシファー、下ろしてくれ」
女性を訝しむように見て、ルシファーが地面に着地する。
祐樹が腕から逃れたとたん、女性が険しい剣幕で走って来た。
「何で、母さんが・・・?」
「あなたが不登校気味だから呼び出されたのよ!。
それより祐樹、明光はどうしたの、私が授けた明光は」
「それは・・・合成、した」
おずおずと告げられた言葉に、女性はかっと目を見開く。
あまりの剣幕に押されて、祐樹はたじろいだ。
「で、でも、そのおかげで、こんなに強い妖魔が合成できたんだ。
三つの結晶を集めて、それで・・・」
「ばかー!私の明光を・・・どうしてくれるのよ!あの子はすごく気に入っていたのに!」
よほどショックだったのか、女性が叫ぶ。
「母さん、でも・・・」
「でも、じゃないー!使いこなすことを期待してたのに、がっかりだわ!」
「そんな・・・そんな、だって・・・」
言葉が、もう続かない。
母の怒号で、いつの間にか黒い霧は晴れていたが、今はそれ以上のものが心を覆っていた。
たまらなくなって、祐樹は駆け出して校門を出る。
そのまま、一直線に自分の家を目指した。
家に着き、祐樹はぜいぜいと肩で息をする。
祐樹はベッドに腰掛け、呆然として床の一点を見詰めていた。
ルシファーが音もなく傍へ表れ、祐樹を見下ろす。
「お前を召喚すれば、母さんだって認めてくれると思った、そう思ってたのに・・・」
祐樹は、独り言のように呟く。
これで、他の生徒に馬鹿にされることはなくなる。
けれど、一番認めてほしかった相手に罵倒されてしまった。
今までの苦労は何のためだったのかと、気力がなくなる。
ルシファーは黙って祐樹を見下ろしていたが、その視線に侮蔑はなかった。
「いつまでそうしているつもりだ」
このままでは、精神力が枯渇し、強制的に魔導書に戻される。
それを危惧したルシファーは、祐樹の腕を掴んで立ち上がらせた。
「来い」
一言そう告げ、腕を引く。
何もかもどうでもよくなっていて、祐樹は大人しくルシファーについて行った。
二人は、うっそうとした森の奥へと足を進める。
まだ夜になるには早いのに、陽の光が遮られていて、辺りは暗い。
不穏な空気が渦巻いていたが、やはり妖魔は出てこなかった。
「・・・どこまで行くんだ」
「もうすぐ着く」
一人では帰れないほど奥へ行くと、辺りの雰囲気が変わってくる。
木の葉に混じり、柔らかな花弁が舞う。
開けた場所に出たとき、祐樹は目を疑った。
暗く怪しい雰囲気が、がらりと変わる。
目の前には、細かな花弁をつけた木々が広がっていた。
一見、桜のように見えるけれど、花弁がやけに赤い。
どこか毒々しいものがあっても、ひらひらと舞う様は幻想的だった。
「妖魔の生息地にしか咲かない植物だ。名前は・・・」
ルシファーが言う前に、祐樹は引かれるように木々へ近付いた。
「綺麗だ・・・」
花弁を見上げ、思わず呟く。
鮮血の色をした花なんて、敬遠されそうなものだけれど。
なぜか、今の祐樹の目にはとても魅力的なものとして映っていた。
「この木は、妖魔の血を吸って育つ。悪趣味な奴が植えたものだ」
「お前は召喚魔なのに、森のことに詳しいんだな」
おぞましいことを聞き流し、祐樹がルシファーに向き直る。
そのとき、一瞬、言葉を失った。
その、真っ赤な花弁に紛れる姿が、やけに似合っていて。
ほんの一時、わずかな間だけ、大人の色気に囚われ、見入ってしまっていた。
ルシファーは口端を上げて笑み、祐樹に近付く。
「見惚れていたか」
「・・・そんなわけないだろ、花弁を見てただけだ」
慌ててごまかすように、ふいと顔を背ける。
その隙にルシファーはさっと祐樹と距離を詰め、体を抱き留めた。
祐樹ははっとして、腕から逃れようと胸を押す。
けれど、どこからか鎖が伸びてきて、その身を縛り付けた。
「は、離せ・・・っ」
拒否するように、ルシファーは祐樹にしっかりと両腕を回す。
その目は、獲物を捕らえたことを確信し、怪しく光っていた。
鎖に巻きつかれると精神力が摩耗していくようで、祐樹の頬に冷や汗が流れる。
今すぐ離れるべきだと自覚しても、力の差は歴然だった。
「抵抗しても精神力が擦り減るだけだ、従順にしているんだな」
「お前、召喚者に向かって何言って・・・!」
抗議しようと上を向いたとき、さっと顎を取られる。
視線が交わった瞬間、花弁よりも赤く深い色の瞳に引き込まれそうになった。
目が逸らせないまま瞳が近付いてきて、そのまま唇が重なる。
「う・・・」
祐樹は、きつく目を閉じる。
振り払わなければならないはずなのに、抵抗する気力が沸いてこない。
これは、花弁の力なのだろうか、それとも。
疑問が浮かぶ前に、思考が麻痺したように働かなくなる。
隙間をなぞられると、反射的に口を開いてしまい、柔らかなものが入り込んだ。
「っ、は・・・」
ルシファーの舌が遠慮なく侵入してきて、表面をなぞる。
寒気が背を走り、離れようとするものの、本気で拒むことはできない。
まるで、慰みを求めているように、行為を甘んじて受け入れていた。
柔らかなものが動かされると液が交わり、抗うことなくそれを飲み込んでしまう。
寒気がするのに体は熱くなって、祐樹はただ混乱していた。
口付けはあまり長くはならず、ほどなくして解放される。
祐樹は何かに耐えるよう、ルシファーの服を強く掴んでいた。
「だいぶ精神が不安定になっているな。当分の間、力が弱まらないようにしてやろう」
ルシファーは祐樹を横抱きにし、飛び上がる。
普段なら突っぱねているはずなのに、祐樹は、ぼんやりとしたまま大人しくしていた。
―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
前置きが長すぎた気がしてならない。その分、次の話はだいぶ密接にさせます!。
祐樹がぼんやりしているのは、ショックに加えて木々のよくない力にあてられているからだと思っておいてください。