召喚魔の思慕と誘惑8


目が覚めたとき、祐樹は強い喉の渇きを覚えていた。
起き上がると、すぐに水を飲んだけれど、どこか物足りなさを感じる。
けれど、それは何の味もついていないからだろうと、さして気にしなかった。
それよりも、学校である大会のためにしなければならないことがある。
試合は勿論魔導書を使うけれど、その力を制御できなければ意味がない。
途中で精神力が切れてしまっては棄権になるし、入念な準備が必要だった。

「・・・ルシファー」
祐樹は躊躇いつつも、小声で名前を呼ぶ。
とたんに、魔導書から黒い霧が吹き出し、妖魔の姿が現れた。
「昨日の今日で、もう回復したか。やはり、我の血の効果が出ているようだな」
ふとルシファーの左手を見ると、指輪はないものの元通りになっている。
悔しいけれどその通りで、反論はしなかった。

「もうすぐ、学校で生徒の力を測る試合がある。それに出てほしい」
普通なら、召喚魔に対してこんな許可を取る必要はないのだけれど。
強力な力を扱うにはそれだけ注意が必要で、今は下出に出ていた。
「ほう、確かに我の力を持ってすれば、あのような奴等は一捻りだろうな」
ルシファーは何かを目論むように、怪しく笑う。
そこに不吉なものを感じ、祐樹は一歩身を引いた。

「出てやっても構わん、お前の指示を聞いてやってもいい」
やけにあっけなく了承され、逆に不気味さを覚える。
「・・・どうせ、交換条件に昨日みたいなことをさせろって言うんだろう」
「いや、そうしたらお前は明光とやらに邪魔をさせるだろう。たまには従ってやる」
召喚魔としての自覚が出てきたのか、それとも、昨日拒否されたことで諦めたのか。
何か裏がありそうで仕方がないけれど、無茶をしないのならそれでよかった。


「わかった。じゃあ、試合で使う召喚魔はお前を登録しておくからな」
要件を終え、祐樹は魔導書を開いてルシファーを戻す準備をする。
「その前に、これでも飲んで力を高めることだな」
ルシファーは自分の指先を切り、皮膚を裂く。
そこから流れる鮮血を見た途端、祐樹は目が離せなくなっていた。

「お前の力が途中で枯渇しては、元も子もないだろう」
最もなことを言われ、祐樹はルシファーの方へ近づく。
けれど、昨日のことを思い出して途中で足を止めた。

躊躇っていると、ルシファーから放たれた鎖が腕に巻きつき、引き寄せられる。
一瞬のうちに腕の中へ納まり、祐樹はすかさず「戻れ」と言葉を発そうとした。
その前に、濃い鉄の匂いが鼻について、吸い込まないよう口をつぐむ。
気付いたときには、目の前に赤く染まった指があった。

誘惑に乗せられてはいけないと、祐樹は必死に自分に言い聞かせる。
この液体を弄れば、自分の中の何かが満たされるだろう。
一方で、他の感覚が侵されてしまう気がして怖かった。


「この鮮血が、欲しくはないのか。」
ルシファーは、祐樹の胸中を見透かしているように誘い掛け。
口元に指先で触れ、ゆっくりと隙間をなぞって行く。
そうされると、祐樹の意思に反して、わずかに口が開かれていた。
まるで、本能がその液体を欲しているように。
再び閉じない内に、ルシファーは指を奥まで差し入れる。

「うう・・・っ」
舌の上をなぞられ、独特な味が広がっていく。
鼻から香りが抜け、唾と一緒に血を飲み込むと、心臓が熱くなった。
一度味わったものを吐き出すことはできなくて、与えられるがままに嚥下してしまう。
祐樹が突き放そうとしないことがわかると、ルシファーはもう一本の指先も切り、中へ入れていった。

「っ、は・・・」
味がさらに濃くなり、以前と同じように正常な判断ができなくなる。
指を噛むなり、突き飛ばすなりして、今すぐ離れなければならない。
そんな危機感を覚えているはずなのに、身を引くことさえできなかった。

「悪くはないだろう?これでお前の力が増すのだから、拒む理由はないはずだ」
二本の指が祐樹の口内で動き、鮮血をまんべんなく味あわせる。
舌を自由に蹂躙し、わざと音が聞こえるように動かすと、祐樹の頬に熱が上った。
もはや、この熱も悪いものだと思えない。
息を荒くして堪えていると、やっと血がおさまり、指が引き抜かれた。

「ルシファー、戻れ・・・っ!」
間髪入れずに言い、ルシファーを魔導書の中へ戻す。
直樹は大きく溜息を吐き、ベッドに座り込む。
そのとき、もう喉の渇きは消えていた。




結論から言うと、学内の試合で祐樹は呆気なく学年一位を取ることができた。
ルシファーの力は並外れていて、ほとんど相手にならずに終わり。
精神力が途中で枯渇することもなく、無事に終わった。
結果を報告すると母は喜び、久々に祐樹は満たされていたが。
結構力を使ったからか、いつかと同じ渇きを覚えていた。

ルシファーを召喚したまま家に着くと、すぐに水を飲む。
完全には潤わないとわかっていても、少しでも緩和したかった。
「そんな液体をいくら飲んだところで、物足りないだろう」
「・・・うるさい」
そっけなく言ったが、直樹自身も自分が欲しているものをわかっていた。

「欲しいのなら、素直に求めればいい」
ルシファーは祐樹の腕を引き、ベッドへ連れて行く。
今度は押し倒すのではなく、先に座り、祐樹を見上げる。
そして、鋭い犬歯で自分の口端を噛み切っていた。
鮮血を見てはいけないと、直樹はとっさに顔を逸らす。
けれど、香りが鼻孔に届いてしまうと、もうどうしようもなくなった。


「こっちを向いてみろ」
刃向いたいと思いつつ、首は勝手に正面を向こうと動いてしまう。
自分の眼下にルシファーの血が流れているのを見たとき、祐樹はベッドに膝をついていた。
距離を空けなければならないのに、逆に近付いてしまう。
目の前の赤はまるで麻薬のようで、強力な依存性があると今更気付いた。
もはや自分の意思で離れることはできなくて、祐樹は徐々に身を下ろしていく。
やがて、わずかに体を震わせながらも、血が流れ落ちている口端へ、唇を触れさせた。

自ら密接になるなんて、飛んで火にいる夏の虫とはこのことだと思う。
たとえ、どんな危険があっても、近付かずにはいられなかった。
おずおずと、舌先で血を舐め取る。
下から上へ、一回なぞると液はもうなくなってしまう。
わずかな量だけでは、まだ喉は潤っていなかった。

「どうだ、もっと欲しいか」
間近で吐息がかけられ、祐樹はわずかに怯む。
そのとき、呼気に鉄の香りが混じっていた。
ルシファーは、祐樹の唇を軽く舐める。
そこからは、誘惑するような味が、確かに感じられた。

「欲しいのならば、我がお前にしていることをすればいい」
「している、こと・・・」
深く考えずとも、何をすればいいのかわかる。
自らの舌を差し入れ、その血を舐め取れと。
自分からそんな大それたことをするなんて、想像することもできない。
最後の最後で残った理性が、祐樹の動きを止めさせていた。


「どうした?躊躇うことはない、お前の渇望しているものはすぐ近くにある」
ルシファーが話すと、空気の流れに乗って鉄の匂いが鼻にまとわりつく。
誘われそうになったけれど、やはり祐樹は躊躇していた。
「そんなこと、できない・・・っ」
声を振り絞ってそう言うと、ふいに身が引き寄せられた。
ただでさえ近い距離がさらに詰まり、唇が重なる。

「ううっ・・・」
無理やりな行為に、祐樹は微かに呻く。
そんな苦しさも、舌から伝わる味を感じたらすぐに消えてしまった。
ルシファーは、性急に求めるように祐樹の中へ入り込む。

「ん、う・・・!」
まるで相手を昂らせるように、その動きは激しかった。
舌に絡みつき、自身の唾液も、血液も交わらせ、祐樹に与える。
鉄の味がすると反射的に喉が鳴り、どんどん体の中へ入って行く。
体も心も、全てを侵食されてしまう恐怖を感じたけれど。
戻れと言うこともできず、祐樹は耐えているしかなかった。


口付けは普段よりもだいぶ長く、祐樹の息が荒くなる。
散々味あわせた後、ルシファーは動きを止め、ゆっくりと身を引いた。
「は・・・っ・・・」
与えられた熱を少しでも吐き出すよう、祐樹はぜいぜいと息を吐く。
手荒なことをされても、何だかんだで喉は潤っていた。

「いつも我の血を与えてばかりだな。今度は、お前のものを貰おうか」
ルシファーの手が、祐樹の下肢へと伸ばされる。
腹部に触れられると、びくりと肩が震えた。
「何が、欲しいんだ・・・」
薄々予測しつつ、控えめに問う。
自分の予測が外れてほしいと願ったけれど、それは叶わなかった。

「欲しいものは・・・祐樹、お前の精だ」
祐樹は、思わず息を飲む。
与えられてばかりでいるのは、不平等だとは思う。
けれど、首を縦に振れば、口付け程度では済まされないことになる。
頭のどこかで、そうしてもいいのかもしれないという言葉が浮かんだけれど。
まだ、心がついていかなかった。


「無理に痛むようなことはしない。気持ち良くしてやる・・・」
「う・・・」
耳元で囁かれ、心が揺らぐ。
けれど、ルシファーの手がズボンの中へ入ろうとしたとき、また肩が震えた。
「い、嫌だ・・・いや、だ・・・」
もうルシファーを見ないよう、背中を丸め、胸に顔を埋める。
一時の恐怖心がよみがえり、いやいやと首を振っていた。

そんな姿が意外で、ルシファーはわずかに驚いて祐樹を見る。
怯えている様子を見ると無理強いする気がなくなり、背に手を添え、後頭部を撫でていた。
急に優しくなった愛撫に、祐樹は動揺する。
単純だけれど、それだけで恐怖心は薄らいでいって。
まだ少し怖々としつつも、ルシファーに体重を預け、静かに呼吸をした。

「・・・今回は大目に見てやる。だが、次はないぞ」
そのとき、祐樹はほとんど無意識の内に頷いていた。
それは、次に召喚した時は行為をしていいと、そう了承することと同義だというのに。
離れたいと思えば、こうして身を預けていて、自分がわからなくなりそうになる。
背に添えられた手に、髪を撫でる掌に、安心感を覚えているのはおかしいのかもしれない。
それでも、今は、一時の安らぎに浸っていたかった。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!。
ルシファーとはもう完全にフラグが立ちました。でも、その前に明光と・・・いろいろさせたいです。