どこでもいっしょ1


郊外にある、小さな空き地
少し前まで、そこには一匹の白猫と、たくさんの黒猫、そして、一人の少年がいた
そこにいる白猫は、人になるために、人の言葉を勉強していて
少年は、白猫にたくさんの言葉を教えた
最初、少年は、言葉を話し、覚える猫にとても驚いた
けれど、すぐにそんなことは気にならなくなった
友人ができたようで楽しいと、少年はそれだけを思っていた

白猫は物覚えがとてもよく、一度教わった言葉は決して忘れなかった
それは黒猫も同じで、白猫に教えた言葉はすぐに黒猫達に広まっていった
一人暮らしをしていて、時間を持て余していた少年は、毎日のようにその空き地へ通った

しかし、空き地に、ビルが建てられることになり、猫達はいなくなってしまった
空き地には囲いがされ、もう入ることができない
その日から、少年は孤独感を覚える日々が続いていた




学校から帰ってきた少年は、帰宅したことを誰に知らせることもなく家に入る
自宅から離れた学校に通うために始めた一人暮らし
最初は、自分で何でもしなければならないが、何でもできるという期待に胸を弾ませていた
けれど、今となっては、滅多に両親に会えない寂しさにとらわれていた
一人が嫌いなわけではないが、特別好きというわけでもない
白猫と黒猫達に会ってからは、むしろ誰かと一緒に居ることのほうが好きなのだと自覚した

少年は、溜息をついて鞄を床に落とす
あの空き地での出来事を思うと、溜息を吐かない日はなかった
いっそのこと、空き地の存在を知らなければよかっただろうかと思うときもある
楽しかった日々を思い出すから、溜息が出る
けれど、言葉を話す不思議な猫達と過ごした時間は、とても満ち足りていて、忘れようにも忘れられないものだった


あの猫達は、もしかしたら自分が作った幻影だったのかもしれない
寂しさに耐えかねた自分が作った、慰めのための存在
今となっては、確かめようもない
空き地での情景を思い出し、少年は再び溜息をついた



一人の時間がとても長く感じる夜
熱中して見るわけでもないテレビを点け、ただ時間が過ぎるのを待っているとき
ふいに、インターホンが鳴る音がした
こんな時間に宅配便でも来たのだろうかと、少年は腰を上げる
インターホンは一回では鳴り止まず、何回も、家の主をせきたてるように鳴らされる
礼儀を知らない宅配便もあったものだと、少年は相手を確認する間もなく扉を開けた

「・・・どちらさまですか?」
扉を開いたとき、目の前には自分より一回り背丈の低い相手が佇んでいた
見覚えのない相手に、怪訝そうに尋ねる
見様によっては少女にも少年にも見えるその相手は、髪も、服も、上から下まで純白で
その珍しい格好に、不信感を抱いていた

「えっと・・・ここは、リクのおたくですかニャ?」
「え?そ、そうだけど」
妙な語尾が聞こえた気がしたが、突っ込んでは失礼だろうと、そこには触れないでおく
そもそも、初対面のはずの相手が、なぜ自分の名を知っているのか気になっていた

「ニャ、やったー!トロ、自分でリクのおうちにたどり着いたのニャ!」
真っ白な相手は、満面の笑みを見せたかと思うと、その場でくるっと一回転して、嬉しそうに両手を空に上げた
その言動に、リクは目を丸くしていた
トロという名前は、空き地で出会った白猫の名前に他ならない
それを、なぜ、目の前の人物が知っているのか
それに加えて住所を知られていることにも驚いて、リクの頭には多くの疑問詞が浮かんでいた

「どうしましたかニャ?」
ぽかんと呆けているリクに、トロ不思議そうに問いかけた
「・・・どうして、トロって、その名前を知ってるんだ?
それに、僕の名前や住所も、どうやって知ったんだ」
リクは、警戒心を含ませて尋ねた
突然現れた見ず知らずの相手にそこまで知られているなんて、警戒しないほうがおかしい

「だって、トロはトロだから。それに、リクの名前も、おうちも、リクが教えてくれたのニャ。
トロ、ずっとリクに会いたかったのニャ〜!」
トロは、リクに勢いよく抱きついた
「ちょ、ちょっと」
突然の出来事に、リクは混乱する
だが、抱きつかれたとたんに、とても懐かしいものが脳裏をよぎった
殺風景な空き地の、草の匂い
その香り、純白の髪からふわりと漂ってきた

「あ・・・」
思わず、感嘆の声を漏らす
思い出さずにはいられなかった
空き地にいた、白猫と黒猫達のことを
自分に抱きついている相手は、愛おしそうに身をすり寄せてくる
それは、まるで猫を思わせる仕草で、リクは懐かしいあの空き地での出来事を思い出していた


「・・・トロ・・・?」
無意識に、白猫の名前が呼ばれる
それに反応し、トロは離れ、にっこりと笑った
「はい、トロですニャ」
目の前にある、あどけない笑顔
とても純粋で、少しのごまかしもない
その笑顔は、トロそのものとしか感じられなかった

「トロ、なのか・・・?」
半信半疑で問いかける
ずっと、一匹の猫として接してきた相手が、こうして人となって自分の目の前にいるなんて
すぐには受け入れられない、とても、とても不思議なことだった

「もー、さっきからそうだって言ってるニャ。
もしかして、リク、トロのこと忘れちゃったの・・・」
トロは、不安そうに眉根を下げる
「い、いや、そうじゃないよ。・・・よく、覚えてる」
忘れるはずはない
一人の寂しさを忘れさせてくれた、あの空き地と猫達のことを
ただ、目の前で起こっている出来事があまりにも不可思議で、脳がついていけていないだけだ

「よかった〜。・・・ね、リク。
トロ、リクのおうちに泊まってもいいかニャ?」
トロは、どこか遠慮がちに、指先をもじもじとさせながら尋ねた
その、指先を合わせる動作は、照れているときのトロの癖だった
猫のときから変わっていない行動と、あどけない言動は、いつの間にかリクから警戒心を取り去っていた

「・・・うん、いいよ。トロ、家においで」
初対面の相手を、少し会話を交わしただけで家に泊めるなんて、おかしいことかもしれない
けれど、目の前の相手と、トロがどうしてもだぶって見えて
リクは、その頼みを断れなかった
断るという考えなんて、もう、なかったのかもしれない

「やったー!ありがと、リク。トロ、すごくうれしいニャ〜」
喜びのあまり、トロはリクに抱きつき、また身を擦り寄せた
「ちょっと、また・・・」
リクは慌てたが、押し退けようとはしない
誰かとこうして密着するなんて、滅多にないことだ
漂ってくる草の匂いと、甘えるように擦り寄ってくる動作に、愛おしさを感じて
リクは、自分が安心していることに気がついた
けれど、それと同時にここは外なのだということにも気づき
はっとして、トロの肩を両手で押して引き離した

「・・・ほ、ほら、入るなら、早く入って。
いつまでも扉を開けっ放しにしておくと、無用心だし」
「はーい。おじゃましますニャ〜」
トロは、ぺこりと頭を下げてから家に入った
人の家が珍しいのか、しきりに辺りを見回し、きょろきょろしている
「ここが、リクのおうち・・・あ!」
何を見つけたのか、トロはとある部屋へ駆けて行った
リクも早足で、後を追う
トロは、寝室にあるベッドをまじまじと見ていた

「これが、ヒトが寝るベッドなんだニャ〜。
いいニャいいニャ、ふかふかしてそうだニャ〜」
興味があることが一目でわかるほど、トロはベッドをじっと見ていた

「・・・よかったら、ここで寝るか?」
リクがそう問いかけると、トロはぱっと満面の笑みを浮かべた
「えっ、いいの!?
わーい、やったー!リクと一緒に眠るのニャ」
トロはくるっと一回転した後、リクの手を取った
「え?一緒にって・・・」
ベッドは譲り、自分はソファーで寝ようと思っていたリクはぎょっとした
けれど、拒否する間はなくて
そのままぐいと手を引かれ、瞬く間にベッドの中へ引き入れられてしまった
そして、トロは遠慮なくリクに抱きつく

「ト、トロ・・・」
「ベッドの中って、ふかふかあったかいニャ〜。
リクもあったかくて、何だかほっとするのニャ〜」
その言葉に、リクは共感していた
いつも一人だったベッドに、今日は誰かと共にいる
それは、本当に温かくて、安心するもので
出会ってすぐの相手なのに、その腕の中にいることが心地よくさえ感じられていた

自分は、この相手がトロであってほしいと望んでいるのかもしれないし
たとえそうでなくとも、どっちでもいいのかもしれない
突然の来訪者とはいえ、こんなにも、好意を示してくれている相手を拒めない
何より、大きな安心感が警戒心を忘れさせていた
たとえ、この相手が自分の寂しさが作り出した幻想でもいい
自分を安心させてくれる温もりが傍にあるのなら、それでよかった

「じゃあ、おやすみなさいなのニャ」
「あ、ああ、おやすみ」
トロが目を閉じると、ほどなくしてすうすうと寝息が聞こえてきた
ふかふかの寝床と、両腕の中にある温かさがよほど心地良いのかもしれない
目を閉じたリクも、いつもより早く睡魔に包まれるのを感じていた



―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
トロがかわいすぎてやった、後悔はしていない←
「トロといっぱい」というゲームをしていたら、何だか、衝動的に話が浮かんできて・・・
軍事国家はしばらくの間停滞します、すみませんorz
基本的に、ゲームの中ではトロは主人公大好きだったので
いきなり高感度高い設定になっております



キャラ設定は、またもや年齢を設けていません
リクは、一応学生ということにしています。少年が好きなもので←
私の文体はお堅いので、年齢の範囲が狭まってしまうかもしれませんが
年代設定は、各個人、自分が萌える年代を自由に想像してくださって構いません
一応、一応、自分としては、中3〜高校あたりをイメージしています

トロは、性格が幼くて純粋で、髪がぴょこぴょこ跳ねてる感じをイメージしています
そういえば、少年兵器以外の主人公って、全部頭文字に「り」がついている・・・。なぜだか