どこでもいっしょ 3


トロを見送った翌日、リクは一人で部屋にいた
以前は、暇になればトロのいる空地へ行っていた
しかし、もうそこにはトロもいないし、クロもいない
昨日、トロはここへ帰ってくると約束をしたが、それはいつになるかわからない
リクは、しばらく、一人空虚な時間を過ごすことになるだろうと覚悟していた

外は晴れ晴れとしているのに、気分はその天気にそぐわない
せめて、クロネコの一匹にでも会えないだろうか
空地には、かなりの数のクロネコがいたし
今日みたいな天気の良い日なら、どこかで日向ぼっこをしていてもおかしくはない
どうせ暇なら、散歩がてら探してみようと、リクは腰を上げた

そうして、出かけようと思ったとたん、
間の悪いことに、インターホンが鳴った
それは、一回では鳴り止まず、何度も鳴らされている
まさかと思ったリクは、相手を確認する間もなく扉を開けた


「ふにゃ・・・リク・・・」
扉を開いたところに立っていたのは、やはり、昨日出て行ったはずのトロだった
しばらく会えないと思っていただけに、リクの肩から力が抜けていった
だが、トロの目に、涙が浮かんでいることが気になった
リクは、とりあえずトロを家の中へ招き入れる
ソファーにでも座って、ゆっくり話を聞こうと思ったが
扉を閉めたとたん、トロはその場にへたりこんでしまった

「どうしたんだ?昨日の今日で、一体・・・」
リクは心配して、トロと同じ目線になるようしゃがみこむ
そのとたん、トロは思い切りリクに抱きついた
強く、背に両腕をまわして、すがりつく
リクは驚きつつも、トロの背を優しく撫でた
そうして、しばらくすると少し落ち着いたのか、トロが身を離した

「あのね、あのね・・・トロ、ご主人の家に行ったのニャ・・・
でも、ご主人、そこにいなくてね・・・かわりに、クロネコさんがいたのニャ・・・」
トロの声は明らかに元気がなく、悲しげで
それを聞いているだけで、辛いことがあったのだと伝わってくるようだった

「それでね・・・ご主人、病院に行ったって、そう言われたのニャ・・・
だから、その病院に行こうと思ったんだけど・・・」
言葉が、そこで途切れる
言うことをためらうくらい悲しいことがあったのだと、そう思わせるかのように
そして、病院という単語を聞いて、リクの脳裏には嫌な予感が浮かんでいた

「クロネコさんにね、言われたのニャ・・・。
ご主人、もうトロに会えないんだって・・・。
世界100周旅行に行っちゃったから、もう帰ってこれないんだって・・・」


「世界・・・100周旅行?」
現実離れしている言葉に、リクは目を丸くする
だが、すぐにその言葉の真意に気付き、はっとした
クロネコは、なんと優しくものを教えてくれたのだろう
もう帰ってこられないということは、ご主人とは、もう二度と会えない状態になっていることと同じ
トロのご主人は、おそらく、帰らぬ人となってしまったのだろう

「リク、リクはどこにも行かないよね?会えなくなっちゃうなんてことないよね?」
今にも泣き出しそうな声で問われる
そんな姿を目の当たりにして、会えなくなるなんて言えるはずはなかった
「・・・いなくならないよ。僕は、ずっとトロと一緒にいる」
リクは、トロを安心させるように微笑みかけた

「ふにゃ、よかった・・・。
トロも、ずっと、ずっとリクといっしょにいたいのニャ」
トロは、泣き笑いのような笑顔を返した
「・・・疲れただろ。何か、食べるか?」
「ううん、トロ、もう眠たいのニャ・・・」
帰って来たことで、緊張の糸が解けたのだろうか
トロの瞼は、少し重たくなっているようだった

「そっか。じゃあ、一緒に寝よう」
リクは、トロの手を引いて立ち上がる
まだ寝るには早かったが、今はトロと一緒にいてあげたかった
二人は着替えもせず、ベッドに寝転がる
お互いは横になって、向かい合った


「リク・・・トロのこと、ぎゅってしてほしいのニャ・・・」
「いいよ」
少しもためらうことなく、リクはトロを抱き寄せる
大切な人と会えなくなった悲しみを癒せるのなら、どんなことでもしてあげたかった

「もっと、ぎゅってしてほしいのニャ・・・」
そうねだられ、リクはトロの背にまわした腕に力を込めた
お互いの体が密着し、とくんと、規則正しい心音が伝わる
温かい、お互いの体温は気持ちを落ち着かせ、安心させてくれるようだった

「リク・・・トロ、もっと、リクとくっつきたいニャ・・・」
「でも、これ以上近付けないよ」
すでに、体はトロと密接になっている
これ以上引き寄せてしまったら、苦しくなってしまうように思えた
「もっと・・・くっつきたいのニャ・・・」
トロは呟き、リクへ身を近付ける
そして、唯一、まだ触れ合っていない、お互いの、言葉を発する箇所へ、自分を重ねていた

「ん・・・!?」
リクは、とたんに目を見開いた
今まで、驚くことは沢山あったが、この驚愕はひときわ大きかった
柔らかくて、ほんのりと熱を帯びたものが、自分の唇に触れている
今まで一度もしたことのない行為に、羞恥よりも驚愕のほうが大きくて
リクは、トロが離れるまで何も反応できなかった

「にゃ・・・あったかかったニャ・・・。
体の中、ぽわーんって、シアワセになる感じがするのニャ・・・」
トロは、どこかうっとりとした目でリクを見詰める
「あ・・・そ、そう、だな・・・」
どう答えたものか、リクはどぎまぎとしていた
トロは、ただ、心細くて、安心したくて、そう思ってしたことで、何か他のことを思ってしたわけではない
わかっていても、初めてのことに、動揺せずにはいられなかった


「こんどは、リクからもしてほしいニャ」
「えっ・・・」
トロがしたことを、自分からする
そんなこと、されたこともなければ、もちろんしたことだってなくて、さっき以上の動揺が走る
トロは、無垢な瞳でじっとリクを見詰めている
まだ、憂いが残る、綺麗な瞳で

「・・・わかった」
動揺するとか、緊張するとか、そんな言葉で逃げてはいけない
さっき、自分は何でもしてあげたいと思ったばかりなのだから
今度はリクが、トロに身を近付けてゆく
そして、トロが望むままに、柔らかな個所を重ねた

「ふに・・・」
トロは、重なった感触を味わうように目を閉じる
重ね合わせた後は、もう恥ずかしさなんて気にならなくなっていて、リクも自然と目を閉じていた
そのまま、少し息が詰まってくるまで、お互いは離れなかった

「は・・・っ」
リクが息をつき、身を離す
胸の内が、とても温かくなっている
さっきトロが言っていた、ぽわーんという言葉がよく合う感じがした
「リク・・・もっとしたいニャ・・・」
トロが、再び身を寄せる

「あ・・・」
まだ余韻が残っていて、ぼんやりとしている合間に、口が塞がれる
柔らかな感触が恥ずかしいとは思うけれど、跳ね退けようとは思わない
むしろ、胸の内から湧き上がってくる温かさを求めたくなる
口付けは一回では終わらず、トロが離れると、今度はどちらからともなく重なり合っていた

「ん・・・」
お互いがお互いを求め、引き寄せ合う
唇が触れ、重なるたびに胸が温かくなってゆく
心音は、いつの間にか早く脈打つようになっていて
その音も、触れている温度も心地良かった
その行為は、何度も何度も繰り返され、まるで、本能だけで行動しているような、そんな感じがしていた


何度目かの重なりが終わったとき、二人の動きは止まり、じっとお互いに視線を合わせていた
「にゃ・・・すっごくあったかくて・・・シアワセだったのニャ。
ありがとニャ、リク・・・」
トロは無邪気に頬笑み、リクの首元に顔を埋めた

「うん・・・温かくて・・・幸せだった」
リクは、甘えるようにすがりついてきたトロの白髪を、やんわりと撫でた
少し冷静になって考えてみると、自分は何てことをしていたのだと思う
けれど、止められなかった
離れてゆく感触が名残惜しくて、何度も、何度も重ねてしまった
そうしてしまったことを、後悔しているわけではないけれど
ただ、自分のしたことが信じられなくて、恥ずかしくて、頬が紅潮していた

確かに、羞恥は感じたけれど
誰かから求められること、誰かを求め、答えてくれることが、とても、幸せだと感じた

ずっと、一緒にいたい
感じた幸せは、リクのそんな思いをより強くさせた
目を閉じると、誰かが隣にいる心地よさから、すぐに睡魔が襲ってくる
リクは、温かな睡魔に身を委ねた




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
トロのご主人の話、これも公式設定になっています
ゲーム内で見たときは、涙がじんわり浮かんだのですが
今回、いちゃつき場面に利用させてもらいました