どこでもいっしょ4


リクが目を覚ましたとき、トロはまだ腕の中で眠っていた
自分に抱かれている、真っ白な相手を見て、夢ではなかったのだと安心する
時計を見ると、短針が9の数字を指していた
学校があれば確実に遅刻してしまう時間だが、幸いにも今日は日曜日だ
もう少しこうしていたかったが、トロが起きるまでに朝ごはんを作っておこうと、リクは腕を解いた
自分にまわされている腕も、そっと解く
そして、起こさないよう、足音をひそめて部屋を出た



それから、数十分後
出来上がった食事の匂いに誘われたのか、部屋でばたばたと音がした
よほど、お腹がすいているのだろうか
その足音はすぐに迫り、目の前に慌てた様子のトロが姿を現した

「おはよう、ト・・・」
呼びかけようとしたところで、リクの声が詰まる
トロは、リクの姿を確認すると、すぐさま、思い切り抱きついていた
「よかった・・・リク、いたのニャ・・・」
呟かれた言葉に、リクははっとした
トロは昨日、大切な人をなくしたばかり
だから、朝、傍にいるはずの相手がいなくて、とたんに不安になったのだろう
やはり、トロが起きるまで待っていればよかったと、リクは後悔した


「ごめん、トロ・・・。僕は、いなくなったりしないから・・・」
リクは、あやすようにトロの頭を撫でる
背丈が自分より低く、まだまだ幼いトロを見ていると、とたんに庇護欲がわいてく
悲しませたくない、守ってあげたいという思いが芽生えてくる
これは、親バカというものなのかもしれないけれど
トロが無邪気な笑顔を見せてくれるのなら、何でもしてあげたかった

「・・・ほら、ご飯食べよう。今日は時間があったから、少し手間かけたんだ」
「そうだニャ・・・。トロ、おなかへったのニャ。
また、リクの作ったゴハン食べられてうれしいのニャ〜」
トロはリクから離れ、うきうきとした様子で椅子に座る
ころころ変わる表情に、自分の感情を素直に出せる相手を見て、リクは微笑んだ


「ごちそうさまでした〜。今日のゴハンも、とってもおいしかったのニャ」
「良かった」
今日は急いでいないので、リクはのんびりと皿洗いに取りかかる
「あ、トロ、それやってみたいのニャ」
横からトロが覗き込み、手を伸ばす
リクは少し不安に思ったが、人として生きてゆくには覚えておいて損はないことだ

「じゃあ、お願いするよ」
「は〜い!おまかせくださいニャ」
とは言ったものの、心配なので横で見ておくことにした
トロはスポンジを泡立て、皿をごしごしと洗う
少々泡立ちすぎだが、そこは何も言わないでおいた
二人分なのでそれほど量はなく、全ての食器が泡に包まれるまで時間はかからない
後は洗い流すだけで、手が滑って皿を割ってしまうかとひやひやしたが、何事もなく終わってリクはほっとしていた

「ニャ、全部洗い終わりましたニャ〜」
「ありがとう。じゃあ、ご褒美に映画でも見に行こうか?」
「映画って、知ってるニャ。見るもの、なのニャ。
わーいわーい!行きたいのニャ〜」
トロは、大切な人と別れて悲しんでいる
自分だけが意気揚々としているのは気が咎めたリクは、トロにもっと人のことを教たがっていた
まずは、楽しみながら学べるということで、一番に思いついたのは映画だった

「行こう、トロ」
「ニャ〜。楽しみだニャ〜」
トロはリクの手を取り、待ちきれないと言わんばかりに玄関に引っ張って行った




街中にある映画館は、それほど規模が大きいものではないが、休日とあって館内は人でにぎわっていた
「ヒトがいっぱいだニャ〜。リク、何見るのニャ?」
「えーと・・・」
特に、見るものを決めていたわけではない
トロにとっては、何を見ても新鮮だろうと、その時間に上映しているものを見るつもりで来ていた
ちょうど後10分で上映開始の映画があったので、そのチケットを購入した
タイトルからして、たぶんラブストーリーだろうなと予測がつく
もう人が入り初めていたので、二人もその流れに乗って入場した


中に居る人はまばらで、いくつか空席があった
万が一、トロが騒いだり、外へ出たくなったときのことを考えて、最後列の端に座った
「トロ、これから映画が始まるけど、その間はしゃべっちゃだめだよ」
「おはなししちゃ、いけないのニャ?」
「これは皆で見るものだから、騒がしくしちゃいけないんだ」
行儀がいいときはいいので、あまり心配はないと思うけれど、念のため、そう諭しておいた

「はいニャ。トロ、静かにしてるのニャ」
トロがそう言ったとき、室内が暗くなり、映画が始まった


上映時間は約二時間あり、その間、トロは熱心に映画を見ていた
テレビの何倍もの大きさのスクリーンに映されるものは、それだけで興味をそそられているようで
内容にも興味があるのか、たまに身を乗り出しているときもあった
物語のだいたいの話は、どこかにありそうなラブストーリー
一人の男性に、二人の女性が言い寄り
そのどちらにも魅力を感じている男性は、なんとその二人の女性と結婚するといった話だった

女性同士はいがみ合うことなく、むしろ親友のような立ち振る舞いをしていて
ほのぼのハッピーエンドな、平和的な話だった
あまり露骨なラブシーンでも出てきたらどうしようかと思っていたが
その心配もなく、せいぜいキスシーン止まりで安心していた
トロは一時も退屈していなかったようで、映画館を出た後もうきうきとしていった


「楽しかったニャ〜。おっきな画面に出てたおにーさんも、おねーさんもキレイでかっこよかったし・・・
みんな幸せそうで、ハッピーエンドだったのニャ!」
「そうだな。良い映画だった」
映画も楽しめたが、リクは、誰かとこうして出かけるだけでも、楽しいことだと思っていた

「にゃ〜、ケッコン式もステキだったニャ〜。
トロもいつか、あんな風にケッコンしてみたいニャ」
その言葉に、リクはふと思うことがあった
自分は、トロの性別を知らない
顔立ちからして、たぶん少年だとは思っていたが
少女だと言われれば、そう見えなくもない

空き地にいたときも、トロの性別について尋ねたことはなかった
猫に性別を聞いて、それでどうなるというわけではなかったから
しかし、今は問題になりうる
これははっきりさせておかなければならないと、リクは問いかけた


「トロ、今更かもしれないけど・・・
トロって、男の子なのか?それとも、女の子?」
トロはきょとんとして、リクを見る
今更何を聞くんだと言いたいのかもしれない
けれど、トロは首をひねって、珍しく難しい顔をした

「トロ・・・わかんにゃいのニャ」
「え?」
「トロ、おとーさんもおかーさんも、もういにゃいから・・・教えてもらったこと、ないのニャ」
「・・・そうなのか」
自分の性別を知らないなんて、予想だにしなかった答えにリクは驚いた
そして、トロの両親がいないという事実に、心を痛めていた
純粋無垢の裏には、意外と過酷な人生が隠れているのかもしれない
しかし、性別がはっきりしていないと、これから何かと困ることがある
トロが自分で判断できないのであれば、他者が見極めるしかない
それは、トロの性別を示すところを見るということ
家に帰る間、リクはどうしたものかと頭を悩ませることになった




その後、夜になるまでの時間は、一人でいるときよりも早く過ぎて行く
夕食が終わった後、リクはとあることを思いついていた
トロの性別を確認するには、どうすればいいかという方法を
「トロ、今からお風呂に入らないか?」
リクが思いついたのは、ごく簡単なこと
一緒に風呂に入れば、自ずと服を脱ぐことになる
そこでなら、自然に相手の性別を確認できる
もし、女の子だったら、何か理由をつけて途中で出て行こうかと思っていた

「おフロ?わーい、入るのニャ〜」
トロは、早く連れて行ってほしいと言いたげにリクの手を握る
「お風呂はそっちにあるから、トロは先に入っててくれ。
僕は、タオルを用意しないといけないから」

「はーい」
トロは、リクが指差した扉に走って行った
リクは、タンスから二人分のタオルと寝巻を出す
それを持って脱衣所に着いたとき、トロはすでに曇りガラスの中に居た
リクは服を脱いで、洗濯かごに入れる
そして、緊張しつつ扉を開いた

「リク〜。早く早く、あったかいにゃ〜」
間延びした声が、浴室に響く
いよいよ、トロの性別が判明する
リクは心して、声の方を向いた


「・・・トロ?」
「は〜い、なんですかにゃ〜」
声はするのだが、姿が見えない
浴室に居る人の姿は、自分一人しかいなかった
「何で、猫に戻ってるんだ・・・」
リクは、気落ちしたように肩を落とす
浴槽につかっていたのは、人の姿をしたトロではなくて、小さな白猫に戻ってしまった姿だった

「ふにゃ〜。おフロ入ってキモチよくなったら、気が抜けてこうなっちゃったのにゃ〜」
よほどくつろいでいるのか、トロはまったりとした表情で浴槽の縁に顎を乗せている
リクは、がっかりしているところもあったが、内心ほっとしていた
人が何も身につけていない姿を見るなんて、とても慣れているものではないから

「リク、一緒に入るのにゃ〜」
相手の気などつゆ知らず、トロはまったりした口調で言った
「・・・そうだな」
目的を果たせなかったが、猫の姿をしたトロもかわいらしいことには変わりない
久々に見たからか、その姿は人のときとはまた違う安心感をもたらしてくれるていたた




風呂から上がるまで、トロは猫のままだった
今日はこのままでいてもらおうかと思ったが、寝室に着いたときトロが心配そうな顔をした
「ふにゃ・・・トロ、ネコのまんまじゃ、リクにつぶされちゃうかもしれないニャ〜
ちょっと、ニンゲンになってくるのニャ!」
そう言って、トロは廊下へ走って行った
一体、どうやって人の姿になるのだろうかと興味をそそられ、リクは廊下へ出る
けれど、人の姿になるというものは、結構簡単なことなのか
廊下には、すでに姿を変えたトロが立っていた

「えへへ、これで今日もリクとぎゅーっとして寝られるニャ〜」
トロは無邪気に笑い、リクをベッドへ引っ張る
リクは、もう慣れたようにトロと共に寝転んだ
少し前まで、こうして誰かと隣り合って眠るなんて夢にも思わなかったこと
それだけに、今、トロとこうしていることは幸せな事だと感じていた


「今日の映画、ステキだったニャ。トロも、いつかリクとケッコンしたいニャ〜」
「え」
唐突に発されたことに、リクは目を丸くする
「リク、いつか、トロとケッコンしてくれる?」
「そ、それは・・・」
その気持ちは嬉しいものだったが、性別もわからない現状でおいそれと返事をするわけにはいかない
リクは何とかはぐらかせないものかと、言葉を探した

「・・・トロ、結婚する前には、恋愛をしないといけないんだ」
「あ、恋愛って知ってるニャ。ふたりで愛し合うことなのニャ〜」
「まあ、そうなんだけど・・・
僕は、その恋愛っていうのをしたことがないんだ。だから、結婚はまだできない」
何とも単純なことを言ってしまったが、その端的なことが分かりやすかったのか
トロは少しも疑わず、納得している様子を見せていた

「そうなんだ〜。それなら、トロ、リクと恋愛するニャ!
そうすれば、ケッコンできるニャ〜」
トロは、リクにぎゅっと抱きつき、擦り寄った
単純すぎる、まるで幼子のような思考にどう応対すればいいかとリクは頭を悩ませる
このまま、トロのペースに流されてしっていまったら、取り返しがつかなくなるかもしれない
そう思ったリクは、そのまま黙っているわけにはいかなかった


「・・・トロ、恋愛っていうのは、そんなに簡単にできるものじゃないんだ」
「わかってるニャ。だから、トロは片思い中なの。
いつか、リクのハートをわしづかみにするのニャ!」
少し古い台詞に、リクは苦笑する
けれど、悪い気はしていなかった
包み隠さず好意を示してくれることに、戸惑うことはあるがそれ以上に嬉しい気持ちがある
多少戸惑ったが、素直な相手を突っぱねることはできなくて、トロの背をそっと撫でた

「えへへ。リク、大好きニャ〜」
大好きなんて言葉を人の姿をした相手から言われるのは初めてで、リクはやはり戸惑う
けれど、そこに本当に恋愛感情が含まれているのかどうかは疑ってしまう
トロは、精神的にはまだまだ幼いので、その言葉をうのみにするのはまだ早すぎる気がしていた

「ありがとう。・・・じゃあ、そろそろ電気消すよ」
「は〜い。おやすみですニャ」
リクは、手元にあるリモコンで部屋の電気を消す
部屋にあるのは、オレンジ色のぼんやりとした光だけになった
トロは、リクに抱きついたまま目を閉じ、リクは、トロの背を抱いたまま眠りについた




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
ゲーム上の設定をそのまま使っているところがあるので、トロは基本的に主人公が好きなのです