どこでもいっしょ5


トロとリクが、家でのんびりと過ごしていたある日の午後
ふいに、来訪者を示すベルが鳴った
「はいは〜い、トロが出ますニャ〜」
ぱたぱたと走り、トロが玄関へ向かう
念のため、リクは後ろからついて行った
玄関口へ着くと、せかすようにもう一回ベルが鳴らされる

「は〜い、今開けますニャ」
トロは、覗き穴で相手を確認することなく扉を開ける
そこには、見慣れない、長身の男性が立っていた
「よっ、トロ。リクも、久しぶりだミャ〜」
初対面の相手に名を呼ばれ、リクは目を丸くした
トロも不思議そうに相手を見ていたが、すぐに誰だかわかったのか、笑顔を見せた


「ふんふん・・・この匂い、クロだニャ!」
「んな〜。あったり〜」
「・・・クロ!?」
目の前にいる男性は、トロとは違って、下から上まで真っ黒だ
それに、愛嬌のある瞳をしているが、どこか鋭さがある
それは、空き地で見た、黒猫と同じ瞳だった

「クロも人間になったんだ。すごいニャ〜」
「トロにできて、オレっちにできないはずないミャ!」
リクは、唖然としてクロを見上げていた
「リク、ちょっとおじゃましてもいいかミャ?」
「あ、ああ」
「わーい!クロ、おはなしするニャ〜」
トロは嬉しそうにクロの手を引いて、部屋の中に招いた




トロとクロは、二人並んでソファーに座っていて
にこやかに会話をしている様子は、まさに仲睦まじいという言葉がよく合っていた
リクが少し疎外感を感じていたとき、クロに手招きされた
「リクも一緒に話するミャ〜。トロとの生活ぶりを、教えてほしいのミャ」
「あ・・・うん」
トロとクロが離れ、真ん中にスペースを開ける
リクは、そこへちょうど収まった

「それで、リクはトロとどんなことしたんだミャ?」
クロは興味深そうに、リクの顔を覗き込む
結構踏み込んだ質問と、目の前に来た端正な顔立ちに、緊張して言葉に詰まる
リクが何かを言う前に、トロが身を乗り出して答えた

「あのね、一緒にゴハン食べたり、一緒にオフロ入ったり、一緒に寝たりしたのニャ〜」
「うん・・・まあ、そんな感じかな」
かなり大雑把な説明だったが、間違ってはいない

「へー。そんなに進んでるんだ?ちょっと意外だミャ〜」
クロは、どこか感心しているように言う
リクは、何がそんなに進んでいるというのだろうかと尋ねようと思ったが
その前に、言葉はまたもやトロに阻まれてしまった

「ね、リク、今日クロとお泊まりしたいのニャ〜。ダメ?」
トロは、首をかしげて問いかける
そのんなかわいらしい仕草で頼まれたら、首を横に振れなかった
「いいよ。にぎやかになるのはいいことだし」
「いいのかミャ?ありがとミャ〜」
クロは嬉しそうに、満面の笑みを浮かべる
その屈託ない笑顔は猫のときと同じで、人の形をしていてもやはり中身は変わっていないのだと安心した
懐かしさを感じ、リクも自然と微笑んでいた




その後、三人で食べる夕食はいつもよりにぎやかだった
トロはクロに話したいことがたくさんあったのか、おしゃべりに夢中になっていて
クロも久々にトロに会えて嬉しかったのか、話に花が咲いていた
リクは、楽しげな二人の様子をじっと見ていた
この二人が、自分の家族だったらよかったのにと、そんなことを思いながら

「ね、今日は折角クロがいるんだし、三人でオフロ入るニャ〜」
「お、いいミャ〜。ニンゲンの風呂って、一回入ってみたかったのミャ」
「三人で・・・」
乗り気な二人をよそに、リクは少し戸惑った
それは、三人で入るのは狭いということではなく
今度こそトロの性別が判明するかもしれないということと
まだ会ったばっかりの相手と一緒に浴室に入るという、二つの緊張感があるからだった
だが、嬉しそうにしている二人に水を差すことはできなくて
リクはそのまま流れに任せて、一緒に風呂に入ることになった



前と同じように、リクは先に二人に入っていてもらった
今更じたばたするわけではないが、心の準備をしたかった
そして、一回深呼吸をしてから浴室への扉を開けた

「ふにゃ〜、やっぱりオフロはあったかいにゃ〜」
「いいキモチだみゃ〜」
二人は浴槽のへりに顎を乗せて、まったりとしていた
二人ではなく、二匹が
「・・・やっぱり、リラックスしてると猫になるんだな」
リクはほっとしつつ、ここでも少しだけ気落ちしていた




風呂から上がると、二匹はいつの間にか人の姿になっていた
「トロ、オレっち、リクと一緒に寝てもいいかミャ?」
「え」
「うん、いいよ〜。クロはお客さんだから、今日はお譲りしますのニャ」
驚いているリクをよそに、二人は話を進める
「それじゃあリク、一緒に寝るミャ」
「ま、まあ・・・いいけど」
返事を聞くと、クロはリクの手を引いて寝室へ向かった

「トロに先を越されたのはちょっとくやしいけど、オレっちともしてくれるのは嬉しいミャ〜」
「するって・・・使い方間違ってないか?」
言葉を間違えるのは今にこしたことではないので、リクはあまり気にせずベッドに横になる
隣に並ぶだろうと思っていたが、クロはリクの横ではなく、上に居た
眼上に、好奇心に満ちた瞳が見える


「・・・何してるんだ?」
「何って、リクと寝るのミャ。それじゃ、遠慮なく〜」
クロは目を閉じ、リクに身を近付けてゆく
端正な顔立ちが目の前まで迫り、リクは慌てた
「ちょ、ちょっと待ってくれ、寝るって、どういう意味だと思ってるんだ」
何か大きなとり違いをしていると、リクは手をつっぱねてクロを制した

「ミャ?寝るって、一緒にキモチいいことするってことじゃないのかミャ?」
「ち、違う、寝るっていうのは、ただ一緒に眠ることなんだ」
クロの大きな勘違いをここで訂正しておかなければならないと、リクは焦って答えた
「な〜んだ、そうなのミャ。キモチいいこと、リクとしてみたかったんだけどミャ〜」
「そ、そんなこと・・・」
クロの大胆な発言に、動揺する
トロは自分に懐いてくれたが、クロは野良猫のプライドがあるのか、さほど愛想を振りまくことはしなかった
そんな相手に思いがけないことを言われ、リクはどぎまぎしていた

「・・・ほ、ほら、もうどいてくれ。僕は眠りたいんだ」
リクは、ぎこちなくクロを押し退ける
「ちぇっ。わかったミャ」
クロは、しぶしぶといった様子で横になる
それを確認した後で、リクは部屋の電気を消した




少し時間が立った後、隣から寝息が聞こえてきた
トロと同じく寝るのが早いなと、リクは隣を見る
クロは仰向けになり、安定した寝像で寝ていた
こうして、落ち着いてじっくり見てみると、その横顔はやはり端正だ
リクは少しの間、その横顔に見惚れていた

少しだけ、触れてみてもいいだろうか
積極的なトロに影響されているのか、そんなことを思う
最近、眠る時はいつもトロと一緒で、いつも温かな体温を感じていたからか、少し、物寂しさあった
起こさないように、少しだけ
そっと触れようと、リクは布団の中で手を伸ばす
相手がそれほど遠くにいるわけでもないので、手はすぐに触れた

クロの長い指に、わずかに触れる
そのとき、一瞬寝息が止まった
起こしてしまったかと、リクは手を引こうとする
だが、その前に、さっとその手が取られ、瞬く間に、強く掌を握り返されていた
そこから伝わる温度は温かくて、心地良くて、でも、また動揺する


「クロ・・・?」
最初から起きていたのかと、怪訝に思い問いかける
すると、クロが目を開いて悪戯っぽく笑った
「リクって、結構積極的なんだミャ。
ま、オレっちとしても、そっちのほうが嬉しいけどミャ〜」
積極的だと言われたことが恥ずかしくて、リクは視線を逸らした

「こんなもんで照れてたんじゃ、甘えんぼのトロの相手なんてしてられないミャ?」
「・・・まあ、そうだけど」
甘えられるがままに、もう、キスまでしたとは言えない
そもそも、あれは単に、悲しくて心細いトロを慰めるただ一心でしたもので
それ以外の意図は何もないと、リクはそう思っていた

「リク、今日は泊めてくれてありがとミャ。じゃ、おやすみミャ〜・・・」
クロはそう呟き、リクの方へ身を寄せる
そして、感謝を表すように、リクの頬を軽く舐めた

「っ、クロ・・・!」
とたんに戸惑ったリクをよそに、クロはすぐ定位置に戻り、目を閉じていた
それはほんの一瞬、触れただけだったが
リクを戸惑わせるには、十分な行動だった
リクは何かを言いたそうに、口をもごもごと動かしたが
何と言っていいか整理がつかなかったのか、諦めたように目を閉じた
そんな行動で驚かされても、戸惑わせられても、お互いの手は繋がれたままだった




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
5話目にして、やっとクロが出てきましたー
ここから、結構いちゃつき度合いが増してゆくかと思われます