どこでもいっしょ6


翌日、クロは長々と居座る気はなかったのか、リクが目を覚ましたときにはベッドからいなくなっていた
クロまでもが人の形になってやって来るなんて、やはりあれは夢だったのだろうかと思ったが
手に残る温もりを感じると、そうではないと確信していた
目が覚めてきて、頭がはっきりとし始めたとき
リクは、ベッドで眠ることのできなかったトロのことを思い出した
急いでリビングへ見に行くと、トロはソファーの上で丸まって眠っていた
人の気配を察知したのか、ぼんやりしつつ体を起こす

「あ、リク、おはようニャ〜」
トロは、寝起きのとろんとした瞳でリクを見上げた
「おはよう、トロ。・・・寂しくなかったか?」
「んにゃ・・・ちょっと、さみしかったけど・・・
トロは、いつでもリクと一緒にいられるからいいのニャ。リク〜」
トロは甘えるような声を出し、リクに擦り寄る
リクは、よしよしと頭を撫でてやった
寂しかったと言われて、少し嬉しかった
その言葉は、トロに必要とされているのだと感じることができて、胸の内がほんのりと温かくなっていくようだった


「・・・トロ。今日は天気がいいし、どこかへ日向ぼっこをしに行こうか」
「うん!行きたいニャ〜。トロ、すぐ準備してくるニャ!」
日向ぼっこと聞き、トロは意気揚々とする
これでは、朝食を食べる時間さえもどかしく感じるかもしれない
たまには外で食べてもいいかと、リクは弁当を作って外へ出る準備をした




二人が着いた場所は、広い公園
そこは、公園というより広場くらいの規模だった
草原の上では大勢の子供たちが遊んでいて、平和な雰囲気があった

「ニャ〜、ぽかぽかしてて、気持ちいいのニャ〜」
天気は快晴、気温も暖かで、とても良い日和だ
「もう少し奥の方で、ご飯食べようか」
「は〜い」
ここはにぎやかすぎてあまり落ち着けそうにないので、場所を変える
にぎやかな場所から離れた草原には遊具もベンチもないからか、全く人気がない
二人は草原に座り、お弁当を取り出した

「いただきまーす。外でゴハン食べるのって、久しぶりだニャ〜」
「うん、僕もだ」
トロは、元野良猫なので、外で食べるのが当たり前だったかもしれないが
リクにとって、こうしてわざわざ外に出向いて食事をするなんて滅多にないことだった
急いで作ったシンプルなサンドイッチでも、環境が違うといつもと違う気分が味わえる
そこにささやかな幸せを感じるのは、トロが隣にいてくれるからに違いなかった



食事を終えると、リクは何かを探すように辺りを見回す
「トイレに行ってくるから、ここで待っていてくれ」
「は〜い」
辺りにはなかったので、リクはその場から離れ、元のにぎやかな場所に戻ったが
規模が広いので中々見つからず、意外に手間がかかった
トロが暇をして、どこかうろついてないかと思い、リクは早足で元の場所に戻ると
トロは言われたとおり、同じ場所で待っていて安心した
けれど、どうしたのか、トロはその場に丸くうずくまっていて全く動かない

「トロ・・・!」
体調が悪くなったのかと、リクは慌てて駆け寄る
顔を覗き込むと、トロは何とも安らかな表情で、小さく寝息をたてていた
リクはほっとして、胸を撫で下ろす
暖かい日差しと気候は、まさに昼寝をするにはうってつけの日和だ
猫でいたときも、よくこうして眠っていたのだろう

リクは、静かにトロの隣に座る
その寝顔は、中性的な愛くるしさがあってとても可愛らしかった
丸まった姿は、猫のときを思い起こさせるようで、リクはふいに手を伸ばしていた
起こさないように、やんわりとトロの髪を撫でる
太陽の光で暖まっているのか、ほんのりと温かかった

「んにゃ・・・」
トロが寝ぼけたような声を出し、もぞもぞと手を動かす
起こしてはいけないと、リクは手を引こうとした
けれど、その前に、その手はトロの両手にしっかりと捕らえられていた

「トロ・・・?」
起きているのか眠っているのかわからず、呼びかける
「うにゃ・・・」
一応、返事のようなものは聞こえたが、その声ははっきりとしていない
寝ぼけているのだろう、トロは、むにゃむにゃと言葉にならない音を発している
そして、握っているリクの手を自分の頬へ引き寄せ、そこへ擦り寄った


「あ・・・」
まるで、猫が甘えてくるような光景に、リクは空き地を思い出す
昔の出来事を回顧すると、胸が温かくなる
擦り寄ってくるトロが愛おしくて、再び髪を撫でようとする
その前に、手に触れている感触に変化があった
何か、柔らかなものが掌に触れている
何だろうかと、リクは視線を落とす

「ふにゃにゃ・・・」
気がつくと、手が湿っていた
良い夢を見ているのだろうか、トロは小さく舌を出し、リクの掌を舐めていた
「ト、トロ・・・」
そんな光景を目の当たりにしたとたん、瞬間的に心音が高鳴り、リクはうろたえる
慌てて手を引こうかと思ったが、小さな舌で掌を舐める様子は、とてもかわいらしくて
戸惑いとは別に、もう少しこうしていたいという思いが生まれていた
リクはその思いに負け、トロが自分からその行動を止めるまで、じっとそのままでいた




どれくらい、その場でじっとしていただろうか
トロはもぞもぞと動き、薄らと目を開いた
「にゃ・・・おはようなのニャ〜」
朝だと思っているのか、トロは寝ぼけたことを言う
「おはよう。でも、もうお昼前だよ」
リクの言葉を聞いても、トロはまだぼんやりとしていていたが
しばらくして、はっとしたように体を起こした

「トロ、寝ちゃったのニャ!?ごめんニャ・・・リク、退屈だったニャ・・・?」
おどおどした様子で問いかけるトロに、リクは安心させるように白髪を撫でた
「大丈夫。トロの寝てるとこ、可愛いなって思って見てたから、退屈しなかったよ」
はたから聞けば恥ずかしい台詞だが、トロの前だと素直な言葉が出てくる
それは、トロがとても純粋で、思いのままに接してくれるからかもしれない
トロはほんのりと頬を赤らめ、はにかんで笑った

「よかった・・・。ね、トロ、遊んできてもいいかニャ?
ネコの姿じゃできなかったこと、いろいろやってみたいのニャ〜」
「いいよ。お腹が空くまで遊ぼう」
「わーい!リク、行こ〜」
トロは幼い子供のようにはしゃぎ、リクの手を引く
リクは、トロの手をやんわりと握り返した




それから、二人はにぎやかな場所に戻ってきた
ブランコ、すべり台、ジャングルジムなどの遊具では小さな子が遊んでいたが、トロはそんなことはお構いなしに目を輝かせていた
リクはというと、この年で幼い子供達の中に入るのは流石に恥ずかしかったので
少し離れた場所から、楽しそうなトロの姿を見ていた
猫とあって、バランス感覚はかなり良いのか、ジャングルジムを軽やかに上り
ブランコも、初めてだというのにあっという間に立ち乗りをしていた
とても楽しそうにしていたトロだったが、途中でふと何かを思い出したようにリクの元へ駆け寄った


「リク、お待たせしましたニャ〜」
「もういいのか?遊びたかったら、もっと遊んでてもいいよ?」
時間にしてみれば、まだ一時間も経っていない
「ううん。リク、お腹へっちゃったかニャ〜と思って」
「え・・・だから、帰って来たのか?」
「ニャ。おなかって、退屈すると、早くへっちゃうのニャ。
トロはもう、じゅうぶん遊んだのニャ」
それにしては、遊具で遊ぶ子供たちの声が気になっているようだったが
せっかく気遣ってくれたのだから、リクはその言葉に甘えることにした

「じゃあ、そろそろ帰ろう。・・・また、遊びに来ような」
「うん!今度は、リクも一緒に遊ぼーね!」
そのことについては肯定的な返事ができなかったので、リクは軽く笑ってごまかした




その日の夜、昼寝をしたからか、トロがなかなか眠くならなかった
なので、二人がベッドに入る時間は少し遅かった
「リク、今日はありがと。とっても楽しかったのニャ」
「うん。トロが楽しんでくれてよかった」
一緒に遊んだわけではなかったが
トロの楽しそうな姿を見ているだけで、それだけで楽しい気持ちになっていた

「それでね、それで・・・リクが、トロのことかわいいって言ってくれたとき、すっごく嬉しかったの。
トロ、今寝てないけど・・・それでも、かわいいって言ってくれるかニャ?」
トロは、少し控えめに尋ねる
その、珍しく控えめな様子に、リクはくすりと笑って答えた
「今だって、トロはかわいいよ」
「ふにゃ、嬉しいの〜」

トロは有り余る喜びを表現するように、リクに抱きついた
もう慣れたもので、リクは軽く微笑んでトロの背に軽く手をまわした
幸せだと思った
こうして、平気で甘えて来てくれる相手がいることが
「リク・・・大好き」
トロはリクと目を合わせて頬笑み、リクの唇に、そっと自分を重ねた


「・・・!」
唇に触れている柔らかな感触が何なのか判明した瞬間には、トロは離れていた
抱きつかれることには慣れていても、この行為には驚いてしまって、リクは目を見開き硬直していた
「リク、おやすみなさい〜」
「あ・・・うん、おやすみ・・・」
トロは、リクに擦り寄って目を閉じた
リクというと、頭の中が混乱していて、すぐには眠れそうになかった
以前は、慰めるためにやったことだけれど、さっきの行動はどう解釈すればいいのだろうか
ただのスキンシップか、それとも、もっと、強い感情から成されていることなのか

トロのことだから、たぶん、それほど大きな意味を持ってしていることではないと思うけれど、気にせずにはいられなかった
トロの、「大好き」という言葉に込められた意味を




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
おひる寝シーンは、結構お気に入りの場面です